RUMRUM−RUNNING

旧間歇斜説spourts2007.12

 

 

●○●ラッシャー福島ゴング早々のダブルパンチ●○●

2015.3.2

 

颯爽登場は「心」友・福島久男。

ゆえあって、大昔から心に棲み着いている。

かつ、8年前ある事業に加担したときにまっさきに共闘を望んだ仁であった。

拳闘家にして石川幸雄同様武闘派歌人、先日のサシ呑みでも眼光は往年のままだ。

そうだ、あれは、健さんの死んだ当日、二人で黙祷した。

さて、当月創刊の「有 YU」は三人同人誌≠ニ銘打つ。

わたくしも、少数精鋭を自認する「金星」を持つが、人員は定めない。

この短慮ともみえる限定、いかにも福島さんらしい。

コンセプトは「評論重視」らしく、3者がそれぞれライフワークとおぼしきを掲げる。

福島さんは「牛島満沖縄軍司令官の歌」「BC級戦犯たちのうた」。

あきらかに、ワンツーではなくダブルパンチ。

牽制のジャブはなく利き手による二連打だ。

ラッシャーの本領ありあり。

さて、作品も3者3様

口惜しくも未読の本が数多あり購ひて砕きしストレスを思ふ 福島久男

わがうしろ手繰りよすれば歳月に馴らせられざる言葉が青き 岸本節子

いくそたびおのれ()てども窓に雨完全態の(きう)とはならず 内田令子

「創刊のことば」にわたくしも愛した山本太郎からの手紙文からの教え

「集中と持続」を宣誓する。

そうだ、ボクシングそのもの、

《拳魂歌心》に栄光あれ!

 

●○●当方健文録●○●

2014.12.18

 

両侠優が去ってさびしくなった。

いろいろ言いたい人もいるだろう。

頁主は「唐獅子牡丹」も「トラック野郎」もそれぞれ愛し、

剰え、この両主人公の「行動様式」を大いに参考にした。

俳優論を論ずる気はない。

ここでは、見ていない方のために、わたくしが「渡世」で参考にした

両主人公の行動様式を披歴してみたい。

 

その1 唐獅子牡丹

主人公は花田秀次郎など、毎回変わる。

それぞれ、昭和初期に生きる侠客、義理、人情、意地が三種の仁義。

義理のある親分は正義漢ながら老齢などで、いかんせん弱体、

非道で強大な対抗勢力の横暴が目に余る。

忍耐の挙句、単身、ドス一本、極小の武装で「差し違え決行」の殴り込みをかける。

単身、と言いたいが、直前に風間重吉(日替わり、多くは池部良)が

強引に随行、「雑魚はおいらが引き受けた」と標的への道を作りつつ

自身は絶命し、秀次郎の本懐をアシストする。

 

その2 トラック野郎

主人公は一貫して星桃次郎。

現代のフリーの運転手、ぎんぎんのデコトラに「昔桃太郎、今桃次郎」を標榜、

自己顕示、やせがまん、腕力自慢の人情家。

毎回、マドンナにホレ、いい雰囲気を作るが、結局は勘違い、

ブロークンハートの痛手のときに折も折、「時間勝負の緊急事態」が発生、

スピード制限もあらばこその大暴走、

これを追うケイサツの包囲網に全国のトラック野郎が集結、

ケイサツを徹底妨害してアシスト、ささやかな悲願を成就させる。

 

総括

コンセプト:ともに体を張った、自傷覚悟の対決。

対決の根拠:ドス一本の格闘技術または運転技術、ともに度胸に裏うちされた自信。

闘争の対象:数を頼んだ横暴の無頼漢群または国家権力の手先群。

味方:ただ一人の腕利きの好漢または気のいい烏合の衆。

以上、共通点を持ちながら構成はすぐれて相補的。

 

教訓

強大なものとでも闘う必然性があれば闘わねばならない。

強者と弱者が争うときに保身から強者に付くのは恥。

事態が劣勢である以上、戦果は「差し違え」でよしとする。

所詮、渡世は「馬鹿を承知」でなければできない。

 

 

●○●「唐獅子牡丹」の惜しい分析●○●

2014.11.19

 

本日は「不羈」記念日。15年経ちました。

さて、昨夜は、某好漢と相対酒。

帰ったら、健さんの報道しきり。

曰く「義理」と「人情」が世に受けたと。

やだねえ。実物を観てねえやつの一知半解。

「惜しい分析」と総括し、残念賞を授与した。

たしかに「義理」も「人情」もあるが、もっとも大切なのは「意地」。

これが全部揃ってやっと、「三種の仁義」なのである。

人間は「知」「情」「意」の生物または静物だもの。

矢野亮さんはここをきちんと押さえ、

第1節冒頭に「義理・人情」を第3節末尾に「意地」を入れています。

ただし原詩は数段ビビッド。

宜しければ「矢野亮」と「水城一狼」の比較をいかが。

zankyo.htm#唐獅子牡丹

 

しばらく、「瞋」とは無縁でいられるような気がする。

 

 

●○●秋亜綺羅のアウトロー●○●

2014.11.3

 

季刊詩誌「ココア共和国」Vol16が届いた。

秋さんのカバーレターに膝を1回半打った。

1回目は「我が意を得た」快哉。

2回目はその激サワーな側面に感応かつ躊躇した手の寸止め。

 

末尾2行にはこうある。

 

あまりいい詩を書くと、

隔離されますよ。

 

そうだな、頁主も確かに隔離されている。

 

「いい詩を書くと隔離される

おれは今隔離されている

ゆえにおれはいい詩を書いている。」

 

「英雄色を好む」の三段論法が懐かしい。

 

ただ、この時期「隔離」は該当者を思えばまさに禁句だ。

むろん、筆者承知の上での外角低め攻めである。

 

このアウトロー、心意気を多とし頁主は右手を小さく挙げる。

社会派は眉を顰めるだろうなあ。

諸賢の賢判いかに。

 

かつて、森水晶さんにも『アウトロー』なく私家版歌集があった。

 

 

●○●容喙ウォッチ●○●

2014.10.25

 

『妖怪ウォッチ』の流行をじつは昨日知った。

浮世離れもはなはだしい、と、自省。

「教訓的な機能あり」、とも併せ聞いて、調べてみたら

ウォッチは監視でなく、時計だった。

なんだ。

じつは、最近、頁主のことを監視していて忠告をしてくれるという

実にありがたいご親切に接したのだ。

シンソコ感謝している。

たとえば、

「バッチイ人と付き合うとお前もバッチイと思われて嫌われるよ、別れろよ」

など、極めて新鮮なご忠告。

あまりの新鮮さに25p飛び上がった。

もっとも、そのときには

「ほっといてくれ、ご意見無用!」

と、うめいたが、

後で効くのは冷酒ばかりにあらず。

今は、全身で「参考にさせて」貰っている。

《容喙ウォッチ》は最高の崇高な友情のあかしに違いない。

 

 

●○●似非頓悟●○●

2014.8.19

煩悩のかたまり、貪瞋痴のかたまり。

せんじつ、円覚寺を歩いていてある感覚を得た。

 

頓悟というにはおこがましいがある感覚を得た。

意識のもっとも深いとことでは

生命体は相通じている、と。

 

 

 

●○●平成人情伝●○●

2014.8.18

FaceBookに登録して久しい。

が、殆ど参加できていない。

どうやら、重厚か陰湿(つまり、軽薄でも明朗でもない)な気質に依るようだ。

三島由起夫は自身を軽薄と規定し、その部分に限って私淑しているのだが。

 

さて、本日は感涙の記。

数年来、ある刊行物の編集に触れていた。

その刊行物は申込順に掲載したから

2年前までは先を争って申込が殺到した。

一昨年の企画というより仕上げ不良からその人気は、一転、地に墜ちた。

 

今年は不人気補填の意味から、これはという往年の参加者に声を掛けたが、

「溝に落ちた犬は踏みつけろ」が実証された。

 

けさ、ただひとり、頁主よりひとまわり上のレディから

お詫びと称する申込があった。

ご入院にて通知をご存じなく、期限2日遅れての

ご参加意思表示。

この世の中、捨てたものではない。

 

やはり、FBには向かない記事だ。

 

●○●昭和残侠伝残響●○●

2014.8.10

PCに「昭和残侠伝」を仕込んだ。

これと天才ギタリスト小川和隆さんの新盤「鳥の歌」を交互に聴いている。

 

「馬鹿を承知のこの渡世」

やくざ映画のかつての隆盛の真因は

この語への時代的な共感にあった。

このころは、「素志」「素懐」「宿志」なんてものが残っていた。

人間の尊厳の根源だ。

 

「龍車に向う蟷螂」は「身の程知らず」をあざ笑うという意味らしいが

頁主はあざ笑う根性を軽蔑する。

あざ笑ううしろには打算という賤しさがある。

斧の構えはけちくさいがすがしがしい。

その素志にもとづく美挙は賞賛に足りる。

世間知らずもまた美徳だ。

 

こういう世間知らずがいちどだけ理解された時代がある。

昭和残俠伝の時代だ。

そのころ、

三島由紀夫らはタクシーで「唐獅子牡丹」を斉唱して市ヶ谷に向かい、

某大学では「背なの銀杏が泣いている」と泣いた。

 

蟷螂はいまもなお胸を反らす。

「馬鹿を承知のこの渡世」といって。

主人公は馬鹿な掟に殉ずる。

草鞋を脱いだ親分に無条件で荷担するという掟に。

 

この親分が決まって2パターン。

@   善良で正義感があるがそれゆえに武力的に無力な親分

A   非道を重ねて地位だけを築いた親分

いずれにせよ「馬鹿を承知で」しかつきあえない。

 

当世はやらない。

もっとも、当節は絵に描いたような馬鹿親分は希有だ。

 

 

●○●「外大短歌」第4号は好感づくめ●○●

2014.7.15

 

外国語を専攻する若い人たちの作品集は薄手ながら

いや、薄手であるがゆえに通りが良い。

軽快はスピードと相性が良いのである。

 

人間の生息域に引っ越すのでラム肉と雪送って下さい 永山源

この道を通った魚は何処に行きしやひとひらの鱗を拾う 高畠亮輔

腰下へ窄まってゆく髪のまた結いあげられるまでを見ている 山崎春蘭

サンダルの鼻緒も切れたのに 捲られぬままの葉月のカレンダー 本馬南朋

今日という日を完璧にするためにあのボールペンは旅に出たんだ 黒井いづみ

廃線が佐幕に規範を敷いている広さの、古さの、そして心の 千種創一

森動く、のかと思うへば森の奥を立命短歌会群れ走る 石川美南

 

編集後記が楽しい。衒いのない文が好感をもたらすことに気づきつつ

見直せば、衒いのない作品、これもまた好感。

黒井さんの50首になんなんとする全作が現在、これにも好感。

本馬さん、黒井さん、千種さん、石川さんは本サイト常連

→第2号

 

●○●「蓮」創刊号をオセロ読み●○●

2014.6.30

 

昨夜、「蓮(はす)」創刊号の送達に接した。

もちろん「受贈」でなく「購読」である。

共同代表は森水晶、石川幸雄両氏。

ひそかに頁主が「玉石コンビ」と呼んでいることは公表に値しない。

 

さっそくオセロ読み、「巻頭発言」と「編集ノート」を。

「巻頭発言」で、石川さんは昭和39年、つまり彼の生まれ年のシンポジウムでの

塚本邦雄の同人誌への所信を引き、激しい同感の意を示した上で、

「詩歌探究社『蓮』」を定義する。

曰く、「われわれは、同人一人ひとりの個人誌の集合体であり、

自らの表現は読者の目に触れた時点で完結する、と。

以下、氏の同人誌論がてばやくしかし確乎と開陳される。

たんなる青臭い言挙げでないことが好ましく頼もしい。

末尾にわが唯一の前衛・北園克衛の「不教不受」も行動方針のひとつに付加されている。

これは、頁主の同人誌への疑問「もたれ合い」を毅然と突き放す意思表示にほかならない。

巻末「編集ノート」で水晶さんは、本誌の刊行が思いたってから

ちょうど、1年でそれが実現したことへの感懐を述べる。

そして結ぶ。

「ここはスタートである。夢を見続けなければいけない。

否、夢を見るのではなく、夢になるのだ。一生をかけて、美しい夢に」と。

まさに、西田哲学「純粋経験」に近接する。

総勢13氏。しばらく携行する。

 

[12]グループ金星のこと

2013.9.1

守谷市にこの春から「現代短歌を考える会・グループ金星」を立ち上げた。

自然発生的要素と必然的発生的要素こもごもに。

短く書く。

精神は、会の性格を判り易くするために、既存のものから2つ

《自我独創の詩を楽しむ自由な集団》与謝野鉄幹

《不教不受》北園克衛……蛇足;自分で考えなさい

これらを習合した固有のものとして2つ

自ら頷ける歌の探求

「味な歌」を目指す

 

総勢8名

月例ワークショップで上記精神を実現しつつある

 

余録

親しい男に訊かれた。

いろいろ入っているのになぜ新しく始めたのか、と。

必要悪からの脱却です、と答えた。

 

1.結社の場合

「短歌人会」は良い会である。10年以上前に7年間編集委員が回ってきたこともあり、事情もそれなりに判る。

結社には結社の論理がある。

わたくしの理解では結社には《査定の論理》が厳然とある。

つまり、会員の差別化が組織運営の必須条件なのだ。

作品の排列はもとより、歌集評欄から指定執筆欄に至るまで整然たる秩序すなわち差別化があり、

その査定結果を、毎号、精確に、美しく会員に示すことにより結社の生命線たる秩序が成り立つのだ。

 

2.超結社連合体の場合

「現代短歌舟の会」は良い会である。

会の発足は「現代短歌中の会」など地域集合型の発足と時期を同じくしている。

しかし、いつの間にか、一部の人から「藤田武さんの教室」と呼ばれるようになっていた。

藤田武さんは尊敬する知情意ともに傑出した作家であるし、お人柄も好きである。

しかし、断じて《門人》でなない。

 

要するに、俗にいえば、全ての集団には《権力による彩色》が行われるのだ。

 

つまり、

《権力フリー組織づくりの試行》

が、最終的な狙い。

おおおっと、またまた非謙虚。

 

金星の目指すところを甘く掲げよう。

いつからか光り、最後まで輝く。

 

[11]江田浩司『まくらことばうた』を齧る

2012.12.10

『まくらことばうた』2012.11.10刊【北冬舎ポエジー21シリーズ U-3

 

1.《新規》の樹立

短歌というフィールドで《新規》をうち樹てる。これは現代短歌を口にする者、全体の《悲願》である。

20人にひとりくらいの作家は、これに心胆を練り腕力を消費する。

多くは《論》を交え、《語り》を組み込み、《他の詩形》との混淆を試みる。

が、江田浩司さんは真っ向、実作で《新規》をうち樹てた。

遊びでも酔狂でもない666首は圧倒的である。

 

2.大平原の騎馬団

地平線に突如砂塵が濛とあがり、忽然と騎馬団が出現するという景。

まさに、「あれよ」という間もなく、騎馬群にとりまかれた。

むろん、地平に至り、当方が発見するに至る以前から、各騎馬は錬磨を重ねている。

甲は、乙は、丙は、丁はそれぞれの闘争形態を考究演習する。

10騎単位の訓練もあったはずだ。所属の「未来」に2年余掲載したとあるから、

単騎の、或いは小集団の錬磨には相応の心肝と腕力(頭脳ワークほどちょろくはない)は傾注されたのである。

もちろん、わたくしは、こんなことを考えてから、読み始めたわけではない。

ただ、この作品集を、誰でもそうするように、1首目を読んだあと、

ぱらぱらと後続を見、その折にあらためて覚った驚きを、

拙い比喩に託して《騎馬団の襲来》と表したのである。

じじつ、背筋がひやりとした。絶対使いたくない浅墓語「トリハダ」を今回に限り使ってもよい。

 

3.語彙の新規

■いはゐつら引かばぬるぬる(かがよ)ひの手づからしぼる深きこころか

013頁)

手元の2つの小さな古語辞典の丁寧な方で語彙をみると

「いはゐづら」はスベリヒユの古語、とある。

むろん、枕詞という添え書きはこのレベルの辞書にはかかれていない。

これを知ると、あとはするする中ほどまで来る。

今、「これを知ると」と書いたが、実はそんなもんじゃあない。

「いはゐつら」が、わたくしの手を取って、歌に引っ張り込んだのである。

かりに、冒頭の語句が「おフランス」のことばであれば、引っ張りこまれなかったであろうし、

また、この作品一首だけで独立であても、読み過ごしたかも知れない。

枕詞の連打で、半ば仕上がった目は、「いはゐつら」を読んだときに、

古語辞典を辿り、この世界にわたくしを辷りこませるように、調教されていたのである。

つまり、読ませ方にも《新規》をうち樹てている。

歌に戻る。頂きの部分へ。

さて、小文の冒頭に、これをここで取り立てたのは「手づから」の読みのためである。

「手づから」は「引」く人、つまり作者と同一と読みたくなるところだが、これは、否。

「手づから」をわたくしは、「いはゐつら」と読んでいる。

「引く」にかかる枕詞にして、なおかつ主語であると。

つまり、スベリヒユの輝きが自ずから自身の心を絞っている(さまに見える)と読んでいるのだ。

歌の境地は鉄幹の「涙もあらむ。歌もあるらむ。」に近いが、さらに深淵をのぞかせている。

思うに、やや長めの序詞の間に、読み手の気分を醸成する効果が、

鉄幹の直截な歌い口に対して、この面では十分に勝っているのである。

 

4.介在の波紋

■はこどりの明けてとどろく風の(がく) 死を思はざれ(ばく)(くわう)は散り

025頁)

この歌の「凄み」をことさらに愛する。

「凄み」という語に品がないというのなら「精気」と言い変えよう。

加えて、「印象批評」と仰せられる読者のために「印象を構築する技術」を具体的に示さねばなるまい。

「広辞苑」にない語は使うべきでない、と胸を反らせたお調子者もいたが、

「麦光」は歳時記にもなく、創案と思われる。

また、この3点、「額」と「死」と「麦光」からゴッホを読み取っても江田さんは許すだろう。

なぜなら、この下句の示唆する世界は普遍に向いているのだから。

普遍に対して投げられた網はかならず、読み手の印象を絡め取るので。

さて、ここで放たれるもうひとつの「異彩」は「額」を導入する「風」の存在である。

「額に」の前に「風」を据え、その前に「明け」る、を据えれば、これは平均的な知性に対して「窓」を示したも同然である。

窓を開けて燦たる麦秋を見る。

ただ、眩しさに「死」を思うなよ、(漠とゴッホのイメージ)と言っているのだ。

こういうものをこそ、現代短歌と呼びたい。

同じ書き出しになるのを避けて末尾に持ってきたが、「はこどり」はカッコウの古語。

この「はこどり」は冒頭に来ていることの意味を少し。

剣道の基本は対手の目を読むことにある、と説かれるが、やはり、目が向くのは竹刀の尖端、「先革」という部位になりがち。

「はこどり」は、あの、白い鹿革の小パーツのように、読み手を幻惑する。

であるから、当方の打突は、どうしても、先ず、竹刀を弾いてから始まることになる。

かくして、「枕詞」はこの歌でも「介在」の意義を発揮する。

これにより、「明けて」がクロースアップされるのである。

「はこどり」によって、少し止まった読み手の意識が、その「待てよ」の補整のために、

それまで以上に、じっくりと再起動されるからである。

 

5.「ぐい呑み」の効用

■かへる山かへるがへるもは思ひみよ(きりぎし)めきし(はな)やぎの生

048頁)

前作とうって変る。

「かへる山」は越前の歌枕といい、音から「かへるがへる」を引く。

さらに、対象を明示しない命令形ゆえ、自己を含む社会一般に放たれたものと解する。

浮華の当節文化への警鐘である。

言わば、岩場同様お堅くなるところを、ひらりさらりふわりとばかりかわし、達意の本望を遂げている。

強い酒は「ぐい呑み」でやる方が愉しい。

江田さんが「ぐい呑み」を愛する方はどうか、(少ししか)知らないけれども、その効用は十分果たしている。

最初の2句で読み手は早くも軽い酩酊。箴言めく下句に素直に接するのである。

 

6.波動

表紙には一面海の波が競い合っている。

しばらく見ていると動いているよう見え出すのは、わたくしが、静止し続ける波を知らないからなのだろう。

波の中にさらに小さな同形の波。

この「自己相似」は歌の読みの時にもいつも感じている。

とく江田さんの歌は全体の中の、句に、さらにその語に、自己相似的な色合いがある。

それが集団となって編成されることの凄みはなみなみならず、かならず、現代短歌における《新規》を遂げるであろう。

その企図をめぐって、多くの果実が実現されたことに、欣快を感じている。

刊行日からちょうど1か月、まだまだ楽しめる一巻のとりあえずのレポートとしたい。

 

 

 

10〕『やわわらかに曇る冬の日』に見る今井恵子の凄み

(2012.4.11

今井恵子さんの『やわらかに曇る冬の日』は第5歌集、昨年920日に「北冬舎」から刊行されている。

世間的にも好評でスグに再販になったといいことは知っている。

著者の大切な文化的意欲を短文で括るのは僭越だが、便宜のためにのべれば2大特色は次の通りである。

  介護中であった母堂のアクシデントによる急死とその前後の状況の提示

  オノマトペによって引き寄せられるイメージを補足する実験の提示

わたくしはそれぞれに打たれた。

しかし、8日に開かれた同著の批評会に臨んで一驚した。

どうやら、わたくしのような読みは、当今の皆様とはズレているらしいのである。

ならば、書こうか、という次第。

この歌集の特質をひとことで言えば凄み≠ナある。

「歌達者」は世に多い。無論今井さんも達者で、特にセンスで勝負したものは清清しい。

特急がワンッと残せると突風のほぐれゆくらし暗き線路に

寡黙にして雄弁、さりげない修辞の妙。

嘴でなく唇 にんげんの柔らかき部分 紅を引くとき

言い過ぎを辛うじて抑えた内的世界の開示。

とまあ、ここまではイントロ。

「歌達者」なる技術の波に加えて、この歌集に限ってあるものは、作者の「ハートの波」である。

いまどき、「波」は「不快語」となる危惧もあるが、他に適当な例を知らないので、使用します。

「三角波、さんかくなみ」というものがある。

異なる波が別方向から集まると、波高が以上に高まる現象を指す語である。

この現象はしばしば海難の元凶ともなるが、江戸時代は「立浪」と呼んで立身を象徴する吉祥の文様とされていた。

わたくしは上記の「詩的諸技法」なる「技法の波」に加えて「魂ぶつけ」なる「ハートの波」あればこそ

凄みが齎されたのだと、スナオに認識している。

愛憎をわれに刻みし母なりきひりひりとして母は粗塩

すぐそこで母が焼かれているときを舌上にあり弁当の芋

「これを詠うのだ」という急迫感が伝わる。これが「ハートの波」。

理解するための「散文脳」でなく「詩的な脳」でよめば「共振」を覚える筈だ。

でも、上記には並々ならの「母の死」といういわば特異な環境にありますね。

ならば。

口中に溜めゆく息はみしりみしり頬を内より圧していたりき

ここでも、日常の歌ながら「ハートの波」に共振する。

愉快ならざる心境を心にとどめている状態。

このあと、このあと何か行動に出るのか、このまま堪えるのかの浅からぬ緊張感。

この「あるがまま」の心が伝わる。「みしりみしり」と「圧」の成果。

くわえて、その背後にうごめく作意。「ハート」と呼ぶゆえんである。

 

さて大詰め。

次はほんの一例、以下に見るオノマトペの新境地開拓は特許もの

他者はサルマネあるべからず。

地球外生物いるかふぉるんふるん神経質な顔など捨てよ

やあ君は何処から来たのふぉるんふるん無数の足がいっせいに動く

以下5首、中には分割使用例もある。

生まれ来し偶然を生きて夕焼けはふぉるん赤あか今こそふるん

この作業を「ハート」と呼ばずして「ハート」はあり得ない。

 

 

〔9〕年頭漫談「う〜む、1本」

(2011.1.2

リリースというと子が8歳のときに飛ばして“あげた”2つの飛行体を思い出す。

ひとつはバッテリーを搭載したそれこそバルサ材の飛行機、

組み立てるのももどかしくそれを放つと、それは正月の空を悠々と優に1分間は旋回した。

19年前。そのときの少年の歓喜は今なお鮮明だ。

しかし、同機は頭部から着地しプロペラを大破、飛行は1回で終わった。

重い自重と瀟洒なボディとのバランス、「設計不良だよなあ」とわたくしは遺憾の意、一方で少年は満足気に笑っていた。

傷心のわたくしを直後に偶然が救う。

数日後の新年会でブーメランを頂くことになったのだ。オーストラリア帰りの友人が「ご子息に」と下さった。

こんどはブーメランを片手に、少年と父は「大破の空き地」で交互にリリースを繰り返した。

ブーメランのリリースは最初の回転角のためのスナップと投げ上げる仰角で十変百化する、複雑な試行である。

さて、リリースといえば暮れ近くに文章と短歌の入り混じった作品集をリリースした。

『正十七角形な長城とわたくし』という。

内容を強引に纏めてしまえば、自作がなぜぐれてしまったかの背景を、読者が呆れるほど長々しく書いた文章と作品の並置だ。

この集が「ポエジー21」シリーズの一端となることもあって、「北冬社」柳下和久さんと足かけ3年、清談を持った。

多くの蛮意蛮行について、平素あまり入ることのない静かな喫茶店で、

むりむりこじつければ、回転角と仰角について語らったともいえる。

結果、中村幸一さん西王燦さんからも付録として過分の評辞を頂戴し、強力な掩護態勢下に入ったのだ。

リリース後、某忘年会ではじめて会った友人某氏がこれを喝破して曰く、

「協調性のない4人が見事に協調していますね」

う〜む、1本。

 

〔8〕中沢直人さんの《俺》と《男》につく

(2010.8.27

本来、自分のスケジュールのことは書かないのだが、これは例外。

822日に<中沢直人歌集『極圏の光』を語り合う会>が開かれた。

パネリストの話にも興味があったが、いつになく、是非とも話したい一言があった。

ここに書く羽目になったのは、前日から膝の炎症激しく、歩行・着座が困難な状態になっていたからである。

 

中沢さんの歌の生命線は低音の迫力である。

ここでは、そこのところを少しだけ。

 

ところでわたくしの作は先日宮本美津江さんからオレオレ短歌と名づけられた。

無論、彼女のことゆえ、例により否定的な文脈でのことであったが、むしろ、嬉しく聴いた。

 

ところで。

中沢さんの一人称は《俺》だ。例外的なわれぼくもあるが基本的には《俺》。

むろん、

現代短歌で《俺》と言い続けるのは相応の度胸が要る。

なぜなら、「われは控え目俺は出過ぎ」と暗黙に歌の読み手は規定するからだ。

つまり、《俺》を書く以上、

「際立った俺、前代未聞の存在をどれだけ書けるか」が勝負となるのである、といいたいのだ。

 

出世したい男の汗はぬめぬめとしてわがタオルうみうしのごとし

黒ずんだ俺はこんなに孤立してバルコンに撒き散らす空しさ

 

例証としたい、最大の《俺》およびそのプロローグはこの2首である。

ここでの『こんなに孤立』は決して「哀れ」は誘わない。

むしろ、「孤高」いや、強めて言えば「傲岸」とさえ読める。

『出世したい男』と大らかに自らを規定しているあとでもあり、

独自表現(=これごそ「孤高」「傲岸」の住処)で、

『ぬぶりぬぷり』『海うさぎ』『無性化した鰐』など

わたくしの舌を3回もを巻かせたことを挙げれば十分であろう。

それらの全長を添えておきます。

 

お互いに仕事が大事 面倒な豆腐ぬぷりぬぷり崩れてゆきぬ

乗り継いだ普通電車の空席に牙持つごとき海うさぎ笑う

よく書けた答案のことごとく薄し 湿地に無性化した鰐

 

なあに、逆風をへし折る勁草もある。

 

 

〔7〕『吹き溜まりの詩』

(2010.6.13

この欄に一年間文字を入れていなかった。欄を設けた以上これは宜しからず。

さて。

わたくしのPCには音楽ディスクが入っていてそれを流しながら作業することが少なくない。

ある時期は鶴田浩二の『花の小次郎』だったとここに書いたこともある。

ただいまは『吹き溜まりの詩』これは菅原文太。この歌に限り美声だねえ。

「夢というやつ道連れに 当てのないまま踏みまよう 俺は人生ヨコに見て・・・」

できることならここにリンクしてお聴かせしたいくらい。

もっとも、わたくしの選曲はいつも流行とは隔絶している。

ところで。

今日現在の関心事をいえば、自作のゲラがそろそろ上がってくる時期なのです。

ここでは書き散らしているが、今まで文章を纏めたことはなく、

これが初めて文章を文字にしたものとなる筈なのです。

さらに。

いままで歌集が4冊あるが、これは正直のところ、すべて有り余る意気と度胸のみでなしたしろもの。

まあ今回はこれに、少しだけ理性らしきブレーキをかけたのです。

構想段階でさる賢者から《パブリック》なる啓示をうけたからに他ならない。

が、パブリックはこれまた遠い「渦状星雲」であるに違いない。

といって、

何が悲しいといって書いたものをとんちんかんな人からとんちんかんな評を蒙る以上に悲しいことはない。

いやいやこれは贅沢な話、かつ、他山の石。

文太の声がさしかかる。「どうせ世の中 どうせ世の中・・・・・・」

いや、この否定志向は断じて宜しからず。

 

 

〔6〕ふたつの相聞―濱谷美代子 V.S.森水晶

(2009.4.5

 

このほど第1回日本短歌協会賞が発表となり

正賞、濱谷美代子氏の『君の夕日に染まつてゐたい』(角川書店、2008/7刊)

次席、森水晶氏『星の夜』(ながらみ書房、2008/12刊)

の受賞が報ぜられた。

 

ともに若い作家の相聞歌であることが注目を惹く。

無論、賞は時代を反映するし、

逆に、時代を反映しているものを見とどめねばならない使命を授賞行為はもつはずである。

 

ならば、この相聞の指すところはなにか。

若い作家と書いたがそうはいっても、十九二十歳ではない。

だから、なりゆきまかせの恋愛モードでは決してない。

つまり、これらは、偶成ではなく、ひとつの知的詩的プロセスを経たものだということに注目したのである。

 

両歌集のサワリを引く。

『君の夕日に染まつてゐたい』から

初恋のやうなこころを容れませう森のしづくに満ちたうつはに

初恋のやうな顔して今すこし君の夕日に染まってゐたい

よろこびのパーツあつめて自画像を白い言葉に塗りかへてみる

もとより、濱谷作品の、新鮮さ、完成度、将来性等々についての一般批評をここでは目的としない。

相聞の原点ということについて言えば

濱谷さんの作品には《初恋》に象徴される純朴さがありその辺りを原点をとする日常は、

素直な人間性に貫かれていて、読み手に共感を引き起こす。

言い換えれば、身近にある素材をみずみずしい感性で捉えたその中に

当然のこととして印象鮮やかな相聞が掬い取られたと言えるであろう。

 

一方

『星の夜』からは

幾人(いくたり)かの愛人のなかきわだちて澄みし目をもつ君を選べり

人妻を恋すと詠みし万葉の歌碑をみつむる人妻のわれ

歩み来てつめたい車に乗りこめばフロントガラスに星星の降る

上記とは全く異なる光線が見て取れる。

森さんは「あとがき」でかつて「アウトロー」という冊子を出していたと述べていることからも

おおよそのスタンスは知られよう。

つまり、現状べったりは拒否しており、特異な構成力を培いつつ歌を作ってきている。

先ほどの濱谷さんの評なぞった言い方をすれば、森さんの、《あいびき》に象徴される

平凡な日常との「断絶」は現代への懐疑探究の形を装って、読者の違和的共感を引き起こしている。

一方、あとがきでは、一人称での制作について触れているが、

ここで詠われた内容は 事実であってもなくても良い。

そういうスタンスで書いているということに 文芸上の意味があるのだ。

 

さて、両者への授賞には《現代の相聞》への期待という意味が少なからずあることと思う。

タイプの178°違う両者の今後の健闘もまた楽しみである。

 

無論、おふたりは相聞歌の専門製造機ではない。

生気ある感性の競演を最後にちらとお見せしよう。

 

相聞の腹はじけゆく熟れすぎのトマトは今朝のトレーにのこる(濱谷)

 

金色の檸檬の雫したたりてドライジンなる海にたゆたう(森)

 

 

 

 

 

〔5〕「舟」14年ぶりの就航

(2008.10.19

 

先にも本欄で述べた現代短歌舟の会機関誌「舟」の入稿を終えた。

常総地区で独自の高品位事業を推進する「崙書房」さんをパートナーとし、12月1日付刊行とする。

 

さてその舟の会は、かつて、律儀にも「舟」なる「アンソロジー」と銘打ったものを12号まで出して、座礁した。

つまりは、紙にまとめる必要性も感じず、外部の人様に見ていただく気分もなかったのである。

ひたすら、論じ、叫び、語り、考え、微笑する、無欲の井戸端会議こそが、作歌の土壌であると自負していた。

 

かくする鎖国の間、14年。「時去り、時来たるにや」次第に次第にクルーは替わった。

前にも書いたが、今の会には、発足当時、歌と無縁であったメンバーばかりか生を受けていなかったメンバーもいる。

こうなるとはじけたくなる。尺玉、2尺玉、4尺玉もそろいそうだ。

 

バン、を決め、その中身を固めた次第。メンバーには良いご友人が多いと見え結構な印刷部数となった、

もしもサイトご来遊の皆様のところ届きましたらちいっと、ご笑味いただきたいものです。

 

書かれた原稿を積み上げてあらためて感じたことは、書くことと言うことの違いであった。

よく知り尽くしている筈の井戸端会議のメンバーながら、全員に対して決定的なわたくし的な「発見」があったのだ。

藤田武さんがあることに事寄せた本質にあらためてキグっとするなど。

 

すみません。ウチワ話はイヌも喰わない。

 

 

〔4〕表現主体としての日野正美さん

(2008.5.17

 

日野さんの歌集『小徑賦』を楽しんでいる。本集は僅々3年前の刊行であるのだが、

暗黙裡に新刊のみを取り扱う風潮の強い短歌の世界では

out of dateのように扱われてしまうから不思議だ。

事実、わたくしの『異端陣』をお渡しするとしても「古いものですが」とお詫びしいしいお渡しする、ヘンな状況である。

それはさておき。

『小徑賦』にはいくつかの特色がある。

先ずは、バイリンガル。

ついで、各頁がフルカラーの写真入りでB5判見開きの形で英語、国語で各7〜8首の掲載がある。

まあ、バイリンガルは古くは椎木英輔さんの『らんぱんうん』があり、このサイトには

北久保まり子さんとAmeria Fieldenさんの共著『On the same starl』があるし、

英語短歌系の雑誌としては『THE TANKA JOURNAL』や『RIBBONS』もある。

それ以上に一驚したのは、日野さんが自作朗詠のために詩吟を学んだというところであった。

これはなかなかできるものではないし、少なくともわたくしはその例を知らない。

できうれば、弊サイトに1首かひと節か頂戴したいものである。

(日野さん、聞こえますか?)

さて、作品。英文の意識があってか、すぐれて日本文化的なものが少なくない。

 

卑弥呼(ひみこ)幻想(丹生忍冬斉画伯展)」より

貫頭衣乳(かんとういち)は隆々と(あらは)にてシャーマン卑弥呼(がん)闇を射る

A shaman Himko Exposes

Her glamorous bare breast and

Keeps her mysterious eyes

On the darkness

 

「節分の鬼」より

子ら巣立ちて妻逝きたればこの年の()みつく魔物、鬼も()らはず

This year, My children left home And my wife also departed.

Even demons Hardly away evils.

 

普陀落(ふだらく)の海」より

新月を雲覆ひつつ水平線淡あはしけれ普陀落の海

The clouds cover The new moon and The color of the horizon Becomes pale

In the Fedara.

早朝を山鳩の来て鳴くしきり秋彼岸過ぎて妻の忌(山鳩の)

In the early morning After the equinox A wild dove came and sang

For the anniversary of My wifes death.

 

日野さんのことゆえまだまだ新手法が腹中におありかと見立てるが、諸賢はいかが。

 

3〕わたくしの短歌環境

(2008.5.11

あなたはどこで何と何をやっているのですか、というお尋ねをいただいた。

カブキなら「問われて名乗るもおこがましいが」以下わたくしの所属やら何やらを、少々。

今後、この方面のできごとについても書きたいと思いますので。

なお、お断りですが、そういう内容ですから、以下はあまり面白くありません。

18歳のときに初めて空手の手ほどきを頂いた師の基本技に「7段蹴り」というのがあった。

片足立ちで7種の連蹴りを行ない、8で戻って逆に蹴るというもの。

つまり、わたくしには7つの環境がある。

1「短歌人会」

1974年より。ここでは毎月の出詠と毎月の歌会。

中断を除けば30年くらい通っている。

2「不羈」

原型は1974年に出した個人誌。A3判4ッ折の季刊を出していたが

上記を一時期辞めた直後の1999.11,19よりこの形に。

「目次が雑だ」という不評もあるが「樹海の面白さがある」というあり難い読者もおられ、日本は広い。

3「現代短歌舟の会」

1980年より。元々わたくしも住んでいた船橋市周辺のサークルであったが

今はあちらこちらから、無論、発足時には生まれていなかった、或いは少女少年だったメンバーもいる。

月例のワークショップは「詩精神」と「詩技法」をめぐって「偉大な井戸端会議」として運営してきたが。

一応、組織の代表という責任も感じ、秋には刷り物を出すべく動いている。

短歌人同様、ここでは雪駄orサンダル履き。

4「我孫子市短歌会」

市の認定組織。つまり(市の正規教室の修了者で結社の中堅も多いグループ。

この月例歌会に、さるご縁で呼ばれたヤンキー講師も今年で3年目。よってここばかりは靴履き。

5「守谷短歌会」

居住地内の会でわたくしはようよう2年目。ここも靴履き。

同じく市の肝煎りで県の重鎮を講師にお迎えして、優に15年は超える会。

1人3首を見つめ煮詰める会風に馴染み始めている。

6「TKNET歌会」

ここで書くのはちょとやばい。2007年より参加ながら。最近3月休んでいます。

ご関係の皆様、6月から復帰しますよ!

7「日本短歌協会」

別項で書いたので略。

毎週ある常務理事会などこちらは事務専一。

これまで、現代歌人協会の外は歌人会系統の組織には全く無関係だったこともあり、新規勉強中。

ま、周囲がこの短歌三昧に寛大であることに感謝せざるをえませんねえ。

 

2〕官能検査

(2008.5.4

居住地の守谷市内にアサヒビールの工場がある。

春の陽気に誘われて、ゴールデンウィークの見学会に出向いた。

感じの良いガイト嬢(古臭いねえ)に追きながら、ビール麦を齧らせてもらったりしながら、クイズを交えたお話を聞くこと1時間、

最後は3種の生ビールの試飲20分にて解散という次第だった。

ここで、2つのことが明らかになった。

ひとつは、中学の職業家庭科の時間で

「日本の住宅は間違えた考え方で家を建てている。今の住宅はいちばん良い場所を客間にしているがあれは間違い。

いい場所は居間にするもんです」と聞かされていたが、

アサヒビールさんは、絶好の場所を見学者のレセプションコーナー、つまり試飲場所に充てている。

「いちばん良い場所をお客様に」という思想なのだ。

と、つまりこういうこともある。

もうひとつ、ビールの検査の仕上げはやはりというべきか「官能検査」であった。

つまり、人間の感覚器官を通じて品質評定するのである。

おそらくは形式知に翻訳されているだろうけれども最後は「官能」、つまりリクツ理論ではないのである。

と、つまりこういうこともある。

実は、

しばしば、素晴らしい歌集が栞にヒネコびた解説を押しつけられているのを見て

歌集に哀悼の意を表することがある。

悧巧ぶった凡庸ほど始末が悪いものはない、とまでいうのは遠慮するが。

大昔、ボクらを捕まえてオネエサマが

「若い人がペダンチックにおやりになるのは不愉快」といっておられたが

その苦言が少しだけわかる。

「自己表出」とか「意味論」などは無論分析プロセスにあってもよいが

是非、論者としてでなく表現者としての「官能検査」的所見ももっと堂々と含めてほしいと

大きなお世話ながらわたくしは考えるのであるが、いかが。

 

 

1〕日本短歌協会のこと

(2008.4.7

昨日、200846日の定時総会で同協会の常務理事を拝命した。

といってもこのサイトの運営も体裁も、なんら変わろうはずはなく、変える気もない。

つまり、協会関係の方針や任務は協会の公式サイトでのべる所存でいる。

むしろ、ここではこの一行を言明するために書いており、このこと自体が本稿の趣旨である。

とはいえ、当然のことながら、短歌の世界をあらためて眺めると、あった方がよいものも、ない方がよいものも、

なくてはならぬものもあり、当然、あってはならないものもある。

この認識を出発点に、職分に相応のことは力のかぎり着実にはかどらせたい所存でいる。

ただ、いたずらに斜に構えたイメージを、かもすためにわざわざ掲げた、

《社説》をもっじた《斜説》なる看板は変更することとするが、

《強者におもねらない強靭な作家》という唯一の根本原理ははずさず、

今後とも本欄では折々の率直な所感を述べたいという思いでいる。

清い心の方々のみ、ときにお立ち寄り頂きたく存じます。