きよみき(清御酒)しりいず

「眼前一杯ノ酒、何ゾ恐レン身後ノ名」とやら頁地主の酒だより

きよみき10;「菊姫」石川県石川郡鶴来町 菊姫(資)

菊非命

(2005.4.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.10同時掲載)

将門ののち南朝の拠りたりし城址のなだり菊の黒残骸(くろざんがい)

枯れ菊の雪白ずれている下よりほの届きいつ菊の悲鳴は

討滅を平定と呼ぶ論理にて圧し(ひし)ぎたる気概要害

下総の春光万里駆け(くら)にはずみたる息 至悪極悪

《斬り伏せる》などと伝えるくちぶりには刀術の我意東国の貧

渋滞と紐帯 星は運行しpullとpushの機微ものがなし

実存を逐うて久しも迂回して《いまここわれ》に立ち至りたる

 

きよみき9;「田酒青森市 西田酒造店()

田の精気

(2004.9.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.9同時掲載)

黎明の厳たる色を犬に沁ませ森森(しんしん)と立つ田の精気はも

土用雲至快の時を構ずるか朝日手前の緑(りょく)(りょく)の力(りき)

一対の鴨水溝(すいこう)に没しゆき恰も蝶と牡丹の成り行きのごとし

立ちておる「今ここ我」を支えつつ 巨蛙(きょあ)ぶぶぶぶぶ醜(しこ)の推参

いかにも さびしき次第益荒男と呼ばれて立ちて絶たれたる意図

矢も盾もたまりかねたるなりゆきにつとつん抜くを「傾(かぶ)く」とぞ申す

生まれたることのついでの大遊びひた転ぶべし外道通天

きよみき8;「諏訪泉 鵬」鳥取県八頭郡智頭町 諏訪酒造()

寸鵬の志

(2004.4.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.8同時掲載)

白鷺は東国にあるもしかすがに尺余の体に「優」を収めつ

あだ夢は偶因的に類焼せり負け様のみはぎらぎらとして

円熟の燕雀は春の尖端を忽諸(こっしょ)に過ごしつ昼三下がり

恬淡の逍遥遊や鳥ごころ皚皚(がいがい)の翼(よく)皚皚の意思

かわいている確かにかわいている猟銃音 わけもねえ俗世ぱぱんと一生(ひとよ)

人に棲む鵬たるものの逸走や神韻縹渺「荘子」内篇

昼夜の風の交綏この凪に小鳥ひとつ気負い立たねば

きよみき7;「剛烈」茨城県久慈郡金砂郷町()富永酒造店

夏暉剛烈

(2003.9.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.7同時掲載)

桐葉(とうよう)の一葉を深く折り返し光風はらり業風となる

朝雲や論弁ひとつ息絶えて「堅白同異」石に佇む

朱の一騎夏暉(かき)剛烈のもちまえを悄とみており泰山木下

今日ばかりは猖狂妄行心死(ごころじ)に踏みたきものは紫の虎の尾ぞ

みどり樹に奇骨一体立てかけて心のとがりを持ち替えていつ

秀抜の至強の力のかなしみや恰もかの日「騅」の困惑

かの昔独弦哀歌醸したるそら色の指()は空に紛れおるか

きよみき6;「真向勝負」茨城県真壁郡明野町来福酒造株式会社

大男炎・真向勝負

(2003.4.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.6同時掲載)

きさらぎのそぞろ辛気に耐えかねてのぼる高殿西に薄雲

高層の力を借りて望もうぞ大男炎(だいだんえん)の夕陽沈むを

球形は幹竹割(からたけわり)になじむという田宮神剣真向勝負

おお落暉その退きざまは姿佳し ずずとさらりと沈思沈降

僭ながら越ながら俺愉しむと豪一椀をひたに呷れる

百巻の歌集の呻き隠隠と窓洩れ出でて星雲となる

自若とや雨滴水面をくぐりゆき二寸奥にて八相発破

 

きよみき5;「菊水 無冠帝」新発田市菊水酒造株式会社

無冠帝

(2002.9.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.5同時掲載)

無冠帝それの多くは卑称なる闇を圧する速射連発花火(スターマイン)

四劫(しこう)の間 《刹那刹那の連綿!》は少年の日の短気血戦

《ごうがしゃ》と花火喚(おら)びて飛散せる直後の闇に思惟は吸われつ

三界の万悪払う火の箭かな蹄催す将門に似て

将門のつと滑りたる僭称や無冠にありせば貴きものを

ちちのみの父畢竟は無冠帝 予もそれの子もその末裔も

四合をそぞろ空けたる酔眼に天の柄杓はわりなきばかり

きよみき4;「真澄」諏訪市宮坂醸造株式会社

真澄の視野

(2002.4.25書肆啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.4同時掲載)

益荒男は衰微したると君は言えりかの市ヶ谷の頓狂死(とんきょうし)以来

須臾の鳳 はらり巡れる寒風や青青緑緑松風一啜(いっせつ)

燦爛は鳳晶そして鐡幹子玻璃器枡酒マスカットなど

真澄とや言い得て至言たとえれば白羽(びゃくう)の鳳は若冲(じゃくちゅう)の手は

益荒男は絶滅せり、と君は言う擬似白虎なる俺に真向かい

寒空は降りみ降らずみ軽はずみおのこ真澄の視野を狭めつ

力強く負けなましものを小夜ふけて幼の昔の星を愛()しむかな

きよみき3;「浦霞 禅」塩釜市株式会社佐浦

擬似禅驟雨

(2001.9.25書肆拝啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.3より転載)

空蝉の空(うつ)なる前とて鳴く音の擬似擬似として夏たけわたる

うらみの「う」つらみの「つ」など捲き上げて禅堂の上雲は眠るも

論点が逸れるはずみの勢いに袂別(べいべつ)したるT氏の墓前

捻れより二年を隔て近づきて蝉の驟雨に杯(はい)を交わせり

擬似禅にひととき停まる予の脳のその間隙に思惟は疼くも

左側(さそく)のみ蝉のしぐれてある位置に座を占めたれば左のみ夏

おおここはこともあろうに円覚寺控えおろうぞ朱のくちなわは

きよみき2;「武勇」結城市株式会社武勇

武 勇 偶成

(2001.3.25書肆拝啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.2同時掲載)

池頭春草空手つかいの莫逆(ばくぎゃく)の辛夷木蓮既に秋声

少年時読書の罪を重ねにき文芸の罪春秋の罪

凍て雲に余罪を問うやここかしこ軽侮軽侮補軽視総監

蕭殺の風抜けてよりわが勇武にことのほかなる新たの空隙

北海にとど一頭を逐う夢は成り難かりき理想天涯

道すがら朝の初めの仕舞屋(しもたや)の覇の道に逸れて一花落ちたる

快然の誤用の語句の燦爛やあれの黙契これの約定

きよみき1;「獺祭」山口県玖珂郡周東町旭酒造株式会社

獺祭のぞめき

(2000.9.25書肆拝啓佑堂誌LE CARROSSE DOR vol.1同時掲載)

東国の眉根険しき荒男(あらしお)の囀る秋となりにけるかも

はつ秋の書肆屋上を行く風は都市の靡きの機微を見はてつ

高輪の青い月夜の河辺には「おや?」を尋ねて金の獺祭(だっさい)

(いろくず)の隙間隙間に澄むごとき悲しみのある眉のあり方

獺の立ち並べたる青魚尾(あおぎょび)の「猥」と「雑」とに及ぶ黄光

黄月輪(おうげつりん) 稼業に続く水域に作業待ちなる双胴船(カタマラン)かな

獺祭のぞめきをひそか離れつつ宙に舞うなるわがα星(アルファせい)