「骨一式」

全作品

(2000.1.30掲載)


断打断 打打打断断打断断 打打断打断 断打断断

しのび草には何をしよぞ  一定かたりをこすよの---古謡


微  吟

静かにしろ 金滴ならぶ海面に陽は傾いているぞ女よ

怯えろ 波ささやかの祝福もおまえの生の有限かぎりを言うぞ

時は 俺の思考を冷笑しおまえの影を見過ごしてゆくぞ

おまえ 分解すればはかなくも一片の肉千回の微笑

一心におまえの耳は歌ってもおまえの口は動きもしない

右腕を撃ち殺されてしばらくは秋口の陽を目深に被る

眼を細め口を細めて海岸に無頼の歌を糸となすこと

金色こんじきに太陽増える感動に雷霆的におまえを絞めん

列日下 心の隙の暗黒に長さも長き投錨をする

守護神ははるか昔に割腹ししかして残る無頼の矜持


髪 の 上 か ら

帰るなとおまえに放ち鎌倉のいちばん遠い波をみている

逆光のその源を示す陽よ汝の染めしこの色誉めん

海溝の底なる峰にひとことを嘯くために船に揺られる

魂と貴様ら言うな魂は胸底深く低くあるもの

愛らしき幼き仕草つくり出す脳いつくしむ髪の上から

あちこちの神経叢をいらだたせおまえましろき俺への哀訴

透る子を宿す夢見ろおずおずと立木の下に見上げるよりは

爆薬の狂性いたく成就して岩石,雲となりあがる朱夏

銀体の俺に斜陽を注がせてアマルガムめく悲像をつくる

子袋の赤い魚いる海辺まで少女を誘う詐術を許せ


朱  夏

青くさき青春さらばこの日より極彩色の巨画を描かん

この先もまたこの先も輝かん日射の道のカーブ蜿蜒

陽の下にじわじわと血を滲ませて美しきかな風の咬傷

信州に山は屹立稜線は左上りに山頂を攻め

頂上の石に指紋を置くために百度も山に迫りたる日々

夏風の遺恨に回る葉のみどり 奇癖の果ての落命はよし

限りなく叫びつづける母にしてむらさき色の花に安すらぐ

明けたてのいく分固き大気を割り空へと消えしやつの荒魂

黙れ雨さわがしき血にあやつられ死して鋭き顔ある朝ぞ

刃金より妖気が立てばその刀とうの鞘いちどきに逆反る不幸


おとことうか
男 踏 歌

水温に体温合わす追従をやめざる稚魚の姿いくばく

風が雲 月も雲裂く雰囲気に誘い出されて辻斬りにゆく

からくも 夢のひとつを見果てれば暁あけぴったりを俺に貼りつく

人生の一回性の精華たる抜き打ちの機をいまだ持たざる

死装束華美を尽くして海に行く器官の襞を全て覆うて

抜き打ちに斬り込む腕も手も金属三途河原の報復戦一戦

うろたえる月追いつめて雷となる和様カリギュラ辻斬りの夢

一色の口紅に飽き来る女電流的な恋のあてなく

青年が苦渋の色も赤色に若木を斬ればそれもまた罪

急激な坂に至りてのぼりつめ武具きらめかす海を憐れむ


 

おとこどうものがたり

男 道 物 語


銀河は 温度下段に構えればさて秋水よ輝いてみよ

漆黒の生花なければ造花にと黒布を裁つ即ち一輪

朝鳴きの鳥よ激しく押し黙れ俺の偽侠ぎきょうのついえる朝

あくまでも尾がこだわれば同化せず風変わりの鳥死ぬ物語

女敵の骨やわらかく斬り果てて午睡に入る長剣は良し

あらぶる眼あらぶる声にふりくるは風なり それも母の形の

反論がなければ正義それゆえに鯉口を切るあわれ真昼間

英雄の偉業を妬み青青と雲剃り上げた月を見ている

緑色の脾臓のゆえにうなされるこの夜あまたの蛾は幹に死ぬ

俺流の男を求め浴びにくる偏愛の地は鎌倉の風


 

必 敗 の 賭 け へ

 

青葉こそ別れの背景いずこなり行って戻るな怒りは永遠

冷水に冷えた口腔にいっぱいにソプラノを吸う青年期も可

時には呪詛をまだらの葉陰ひっそりと逆剃りのあと痛き喉から

さらば貴様夢根こそぎに引き抜いて俺より高く歌わんとせよ

尖鋭の心もちたしそれ故に美にほど遠き匹夫刺すべく

この日酒乱空はきらめきを漲らせモザイク的な遠景も燃え

収束のための屈折くり返す青春晩期ひゅうひゅうと風

致死量の夢嚥み下し発つ旅の眼前にはや肩怒る山

山犬の美を備えたる自負の故にたかぶり吠える蛮心の春

研ぎ上げし肉体着けて葉脈の真下を駆ける必敗の賭けへ


悪 帝 の 詠 草

 

菜の花の狂いざかりに去りゆきし妹の血よ俺に残れよ

全能の俺様にして知り得たる恋慕無常の語形を憎む

は何だ?唇は何いもうとの愛撫とは何また急死とは

赤茄子の皮は粘膜ひといきにむき尽すべし創痍の心

論理は矩形行動は線意志は点姦策思う叡智は不可視

細心に死を企てる巧妙を剣に質せば即ち拒む

太陽とて非業の血を噴く血管のやや出来のよい輪切りにすぎぬ

敵意を 必ず欲しいこの時を孤独と呼ばず何の孤独ぞ

弱卒の武装は笑止鉄塊を心臓とする俺の背後に

願わくはいちにんににんの女ゆえ狂死したると呼ばれんことを


濁  声

 

鳥が枯れ雲が芽ぶけばくっきりと俺の眼にこそ狂気は来たれ

 

骨を吸い肉はじくべき刀身を反らせるためにとどく軟風

 

錐よ錐よなぜ鋭いと問いながらことさら深い午睡に落ちる

 

動機は黒 楽章も黒の人生譜 しかるに弾かん鮮紅の曲

回想よ一目散に俺を去れ俺を離れて詩になり下がれ

爪までをひたすら続く細造り夏至は眩しく注ぎいしかな

その男の二十五歳の眼光をくるより早くぼっきりと折る

濁声は荒潮騒あらしおさいに紛れても俺には俺が愛しくてならぬ

多情にて空は夕焼け喪の色の山稜づたい転げつつ主知

鎌倉の桜ぎしぎし重きかな甘えの挙句至たりし卯月


武 辺 の 朱

 

朱だ 一面の朱におろおろと鴉が湧くぞしかも無数に

 

夕陽は手なずけられて俺の手に媚びそのものの朱光を注ぐ

 

武辺とて影も武辺の素振りする長き喉のみどに貝を突き立て

 

花と萼裏より見ればその奥に真昼の月が息づくばかり

 

ざぶざぶと膝まで濡らす遠浅の潮に勝りて緊まれ俺の血

 

雄叫びの風は敵方ゆっくりと陽の球形は膨らみ緩み

 

うらうらと狂剣病きょうけんびょうの羞しさに炎天白くたけてゆくかな

 

後頭に恋着あればひといきに青水を飲む 背中へ抜けよ

 

山誘おびき海誘くとて走りたし夏至南中を過ぎて久しく

 

雷の来て雷の去るとき硝子戸に花本来の生はゆらめく

 

骨を吸い肉はじくべき刀身を反らせるためにとどく軟風


高 ま り

 

陽が鳴る 白く真摯に陽が鳴る耳紅くしてそれを聴いておる

 

ゆっくりと話したな かちどきのために俺の錬鉄少しやすめて

 

象牙だ 象牙の時だ こめかみは唯おし黙る誰も居らぬ

 

しろがねの杭一本を引き出して初夏陽しょかびに面と稜をあてがう

 

風鈴の音の真下に弱鳥は孵化せし後の雛の夢みる

 

一区画脳神経を失いて詩人たやすく酒神となれり

 

早逝の吉兆ならん高まりを鈴のごとくに肋にくくる

 

父の父そのまた父の悲しみに思い当たれば煙草をいそぐ


き   ん

黄 金 に あ り た し

 

真っ直ぐに口ひきしめて見上げればだあんと高く遠き太陽

 

黒騎士の兜のごとき光沢を予の心臓は確かに保つ

 

俺が決めた公孫樹は燃えよ雲は萎えよ 秋日を愛すことのほか黄金きん

 

遥かを声がゆくこと 叫び手も受け手も俺を埒外として

 

つまずきよ空うそぶきよ青春の俺の一切斜面をのぼれ

 

秋の しずまる前の風の中 何ぞおまえは淋しく割れたる

 

森冷えの中に地擦じずりの声ながら「ささ」と告げたり「愛」という意味

 

眠らんと夢のゆく方指させば俺の失地は赤赤痛し

 

我慢きらいが我慢の挙句咳こむと荒夕焼あらゆうやけは今涙なる

 

ああ俺も黄金きんにありたし何ものか俺のそばにて眩しく燃えよ

 

父の父そのまた父の悲しみに思い当たれば煙草をいそぐ

 


女 に は 遇 う な

 

韜晦の俺にはこれが関の山白き相手を見つめおる 歯を

 

女には遇うなきわどい黄昏を肩怒らせて歩く限りは

 

生爪に夢ひきはがす夜半窓に月おっとりと白き秀抜

 

泣き寝入り月は中空に甘んじてたんたん照らす女性の町を

 

脚本にない科白のみ告げ続け今あり無冠にしかし確乎と

 

筋肉の結び目肘に持ちていてしばしばに朱の「いざ」を叫びし

 

音符群・紫煙・詭弁は化合する梟雄平へいは頬の肉削げ(平:川村平

 

わが悲歌は海恋うままに吸われゆき奥眼の魚の奥眼となれり

 

風の子を産み落としつつ風の母稲野蹴立ててゆけり ひとりで

 


大 海 楚 楚

 

嗟! わがうごめきを引き摺りて美美しき海の暮れ方に寄る

 

暑雲がよってたかって太陽を黒夕焼くろゆうやけに改竄したる

 

汐退きて風退くときの鎌倉の手に累とあるうず高き悔い

 

決死連合鴎とべとべ陽に向かい統一を欠く隊伍のままに

 

大海楚楚 一部を鈍く光らせてそのまま雄の眠りに入る

 

ひとしきり風に打たれて迂回する松悄然と並ぶあたりを

 

はしり落ちてそのまま磯の波と化る風の気ままよ風流海流

 

佩刀をゆるさぬ時代ときに生まれきて少事少難今年も暮れん

 

わたくしの淋しい顔はこのままにただ白桃に向けているべし

 

若き怒号に砕きたるあの小悪魔いまつんつんを誰と遊ぶか

 


哀  調

 

振り向けば俺の尾寒く濡れておる二月の風よ手加減せぬか

 

枯れ葉らがこぞり落ちれば裸木はめえめえと鳴く 山羊か 女性か

 

寝る前の闇よ一夜の供をせよ黒無地の夢見果てたければ

 

死ぬ時に青みを帯びた雪がやみ氷雨にならぬと誰が言えよう

 

ひとつの等価俺と相手がこもごもにコーヒー店に水吸いしこと

 

俺の影頭上にふたつ角を持て 酔漢、邪鬼と見つめ合いたし

 

酔い痴れて清和源氏の少年は夢に二月の雲白く見る

 

その夢に唇赤き人はいてただ「ようこそ」と告げるであろう

 

明け鴉卑怯未練の神としてしばらく止まれ俺の天守に

 

何もかも裏目となればにっこりと木曽義仲を愛してやまず

 


鳩 の 喉

 

みぞれなる悲しき夜のみぞれなるほとほと泣きて降るみぞれなる

 

飢えければ空手の帯を横抱きに雄の心を売りにゆくなり

 

姉の手のまこと冷たき日がありき竜の泉に浸れればなり

 

やさ心ひどく痛みて仕方なく骨の番いを噛み噛み、噛みぬ

 

本郷に夏雲びしと腹這うを仁美じんびたしかにしずしずと視し

 

鳩の喉くるりと見えし一瞬にかなたかなたのよき日日の声

 

臓に火や俺心中の虫の乱大盃すこし傾けるとき

 

哲学は緑の矩形一冊に啀めば弱し俺の犬歯も

 

鞘ばしる怒号の背理それを知り赫奕しずむ俺の血球

 

武にあらず文にもあらずしずしずと背を低めゆく落暉なるべし

 


異  形

 

日輪の嫡女を俺にまつわりて冬、日だまりの蹴技を誉めよ

 

銅製のかなしみどんと胸にある 現れ出でよ煽情の神

 

海ぎしにまばたくさまに波崩れ力学了んぬ泡泡そして泡

 

うつむけば理学工学さらさらと俺のうなじを背にくだるかな

 

その人もその他の人もよく言いきふとしたことに死ぬ男よと

 

不覚にも腿の白きをのぞかせて見知らぬ人よパトスよ何処へ

 

遠き立志木陰に青くすくむ上は小鳥の青き口腔くちへのがれん

 

無原則を法典とする人生のたとえば短歌見よこの不様

 

異形なる丹心漢の通るとき山門、冬をもぐもぐと食う

 

嘗ての意気まく熱よ退化するな嗚呼玉杯に塵は積んでも

 


春 が 来 る

 

両手突きの胸のがら明きその明きにいかなる欲が似合うであろうか

 

呼吸は凹凸宿世は綿糸それならばなお淡淡を生き果ててみん

 

格闘を知らぬ草らは絶えつつも銘銘軽き実りは残す

 

黒風くろかぜにもたげられたるその神を義仲の眼に見つめてありき

 

女女しさを恥と思わずなりにけり何と淋しき溶解変化ようかいへんげ

 

そのかみ、老木に掌は小さくて無辜の光を受けていたりき

 

草原に斜陽の角度落ちつけば浅手しずかに痛みはじめる

 

銹び釘を土ふまずより抜きながら久久の血を待ちうけておる

 

酔眼にラーターの金にぶければ炎二寸に尖らせてみる

 

春が来る 山・里・野だと? 然にあらず鎧通しの先一点に


攻  勢

 

待つぞ桜よ ことしの春の最良の白ひとひらを俺に与えよ

 

丘には 匂いあるべしもどかしく坂道の紆余なかば来りし

 

一節の風ながれ来てしろ女びとの細くますぐの髪割れにけり

 

見晴らし台何見晴らせとつめ寄るか眼の放埓を喪くせし者に

 

手は欲る この日無性に手は欲る あどけなきものは草の汁まで

 

女への宿意ではなし白日下濡れ髪様ようの藻を踏みにしは

 

陽と潮は結ばれて波 攻勢の敗れやすさは美しきかな

 

春のみに薫るを海と知りたれば遂に出て来ぬ件の海に

 

鎌倉に鎌倉の風威を張ればこの時ぞよき辛夷・蓬髪

 

黒ずめる海もよきかな一日の荒事和事果てて凪ぎたる

 


春 の 仕 掛 け

 

時おりに雨の小滴を交えつつ機械刻みの春は定まる

 

花ひらき袖口ひらき気はひらく 春の仕掛けに叛くものなし

 

昼月を同じ高さに懸け残し四月の幕は切り落とされき

 

花の量かさ俄かに増える雨上がりあらたの怒り剥けばまぶしき

 

白色を悲しむ雄おすもあるものを息ひしぐまでの桜・猖獗

 

春風にぐっと冷えたる肝の赤薄く覆いて別れたりけり

 

水に浮く白の花弁を防ぎ矢に魂落ちのびよよし地獄へであれ

 

ある人の見えぬ場面を思うとき光を撫でて散る花である

 

思い多く幹を押しけりしばらくを皮膚の記憶の眼にまさるとて

 

時や行くこの淋しさを何とせん見送ることに慣れておれども

 


プ リ ズ ム の 眼

 

プリズムの眼にて見しもの信じつつ深追いをせり斯く人生を

 

行きずりの捨て科白には違わねどわが詩も痛む春はおりおり

 

しろがねの脛金はばきの彫りに陽の耀るをわが肉を刺す許可と読みける

 

夢なかの鎧戦よろいいくさに勝ち残り結膜「りん」と風を得しかな

 

乱のため乱巻き起こす雲の下みつめておりきひとのすなおを

 

嬌声に眉をひそめてさて俺はどこへ行こうかまだらの春を

 

しばしばししたしむ酒の粘りにて空飛ぶこともついに忘れき

 

よも俺に起死回生はあらざらん白雲の尾は風に食われて

 

海づらを見ていし果てに金切かなきりしかの吠え面も懐かしきかな

 

擦れ合うて稲村ヶ崎波が鳴るものの離れる音であろうか

 


下 界 に 棲 む

 

沼に落ちやがて沈みし雨滴なる同化かなわぬ花を残して

 

肉太の歌あるものをこの日ばかり斜めの風を拾いてありぬ

 

空に 呼び子は鳴るぞ誰か来よ情愛劇の相手とはせん

 

思い出を口にふくめる小半時 尖れるものの角なつかしく

 

踝に草分け進む独歩にて凝固の蛇をはやく解きけり

 

枝に集まる花の間の冷水にふと認めたる武神の眉間

 

兄者 俺の教えよいつどこで俺の性根は脱臼したのだ

 

血に代えて親不孝声おやふこうごえ吐きておる重ねよ重ねよ花は白さを

 

くだものは黄にはりつめて転がれり消して光らぬ俺の眼のまえ

 

恋歌は義歯にかためて奥に噛まん顎を開きて死せば湧くべく

 

椅子に居て肉のはずみを知るならばおおさめざめと俺を思えよ

 

俺の起こす剣の業の妙諦に桜裂けじと「荒乱舞あららんぶ」する

 

飛ぶ桜 飛ぶ葉 飛ぶ水 飛ぶ鴉 殿りを飛ぶおまえの衣裳

 

本能を共有せねばそれだけでおまえは未だ絵の空の月

 

何ごとも終ついには白に行きつくに はかな緑を樹ていそぐ春

 

告げておけ風よ汝の吹く女ものに俺も下界にしばらく棲むと

 

 


青 水 引

 

俺がずうっと考える上を雲が過ぎてゆく

 

突き指の痛みの上に来る夏を木蔭より見る風透ければこそ

 

黒叩きくろぐろ叩き萩の上揚羽ゆっくり遣いに来たる

 

いく日を徒に過ごせし悔恨に爪三糎を切りとりにけり

 

やや高き丘辺の風に叫んでも首さびしげに士魂は眠る

 

眼の限り青水引は絡まりて俺は出られぬ夢の廊下を

 

長寿ののち些か愧じん愧のため今日激情に首まで浸る

 

さしぐめる男らしさのその上に七月の雨浅く沁みたる

 

眼を据えて睫毛ばかりに寄るときに初めて花は「個」を放ちけり

 

生蕃の俺にしてさえ恋しきは髪の根分けし海のそよ風

 


油  蝉

 

海の音 じんじんと立つ油蝉 左様孤独は美徳なるべし

 

右側は真南ならん高き陽に耳一丁を焙らせていつ

 

夏の眼を黒き硝子に遮りぬ 悲歌と海との類比あるべく

 

上昇の気流の中にいずくまる鳥よ汝は「飛ばざるもの」ぞ

 

深剃りの沈む鏡に見入りつつ自刎の折の装幀をなす

 

醜鳥の金切り声に摺れ摺れて殺気うごめく女心にょしんとはなる

 

ことごとく母の願うに違いつつ双の脚のみ力みちたり

 

失望にわが肌いたく荒れたればしたしき海の美魚に会うべし

 

陽と俺と相正眼あいせいがんにかなしめり波先のゆら、ゆらりを隔て

 

「夜」は明けない明けるのは海そして樹樹暮れゆくものはまこと「海」のみ

 


憂  色

 

鶴頭の赤き染まりに野風吹きとりとめもなく夏は暮れんと

 

肉の血の安堵は遠し夕景色けやき連枝に朱の光かげは散り

 

戴冠はほろびに近し ぐらぐらと朱輪は山の頂きに煮え

 

人肌のぬくみの夢を詩と晒す粟立つ首に恥も世もなく

 

うすき美酒なぜかは知らぬことながら月なめらかの夜となりたる

 

一息の酒は流水するすると腸はらわたまでの道洗うとぞ

 

腹しろき蟋蟀今夜こよは試みに紺の少女の枕辺に鳴け

 

血漿も酒も小唄もめぐるなり経過は斯様、壮年までの

 

懸命に幹・枝・梢張る下に真白に「こん」と落ちし空咳

 

もみじ葉は傾き交し枝交し俺棲むための廟をつくる

 

燃えんかな秋さんさんの荼毘竈俺の組成の概ねは赤

 

わが心しんの腐乱きたなき夕刻は籠手のにおいの麻酔に果てん

 

男伊達 されば下の下の趣きに斬り倒すべき美男樹一株いっしゅ

 

行かんかな愛してやまぬ鎌倉へ骨格ほねの形の憂色のまま

 

俺の詩のプロトタイプの粉みじん秋そくそくと氷食うかな

 

独りにていともすがしき独りにて由比の沖つの碧を占めぬ

 

乱れ飛ぶ雲あこがれをかき消せば目薬ニ滴さすも余儀なし

 

鎌倉や不祥不滅も堂に入り俺の眼を射る風および波

 

内戦や源氏の白も菊水も「隆」として立ち「悄」と消えたる

 

恋一菓れんいっかあばらに懸けて喘喘ぜいぜいの馬を駆りたる武者の頤

 

きらきらと秋日あつめゆるみおる神風吐きて呑んだる海も

 

幟雲真西に足を向かわせし御大将の秋の愁眉よ

 


彼 岸 花

 

天辺てっぺんに赤燃えければ誰彼は妬むであろう のう彼岸花

 

嘆こうぞ秋らしく吹く風の間に意中の人の見えがくれする

 

非違ひとつかなしかりせば八方に伸び垂れ下がるくぬぎに見入る

 

昇る陽に不承不承の赤備え東雲ひとつ河跡湖に寄る

 

誑かす沙汰などは無理それならば低声こごえにぼそと恋言わしめよ

 

地を蹴るを走るというか 弾力をもつならば脚駆けよしばらく

 

ある午後を惜しめば昼のましろ月絵の具かすれし絵に似たるかな

 

女の名何ぞ愛らしく「子」と結ぶいくたりかいし小さきやつらよ

 

不人気の人にまぎれて不人気の俺はもっとも緩く歩を踏む

 

魔風見せおまえすばやくスカートを乗り物として俺から帰る

 


引  火

 

蛇の黒するりと失せて曲線の艶ばかり眼に残る林道

 

瞬間の引火のさまよ山ながら樹形もしるく紅葉葉は濃し

 

はぜの実は葉形あらわに燃え上がる地底の神は発情せしか

 

地に吸われ水は稚く寝に入りて粗きは地上静けきは地下

 

秋空に山ひるまずに稜を置く整合は不変二千年来

 

燃える山 鳴り物入りの絵空事 ガソリン状の川も流れよ

 

夕雨の上がりし後の綺羅日差 俺若き日の「余波の鋭鋒なごりのきれあじ

 

激突に憧れながら生きのびて輝く傷を胸にもつこと

 

夕焼けは黒く驕りて収まらず鳥よ君等は鳥身御供とりみごくう

 

大過去の裏の表紙に滲めるは口唇形こうしんけいの対の祝福

 


ドラマツルギ

劇  剣

 

よし俺に日本の介の名のあらばさも似合うべしこの日黒刀こくとう

 

朝焼けよ獲たき獲がたき女ものあれば長きひと息吐きているなり

 

恋を病み骨崩れたる俺ながら時には空を刺さん試み

 

劇的に死ぬためにある命なる それをあなたにくれてしまって

 

スカートをまっすぐに穿く苦労などあなたもするかおお愛らしや

 

呆然と雲追いいたる対の眼よ後朝を嘆く蝶ら明かき日

 

斬るべきを有たざる一方抱くべき人に遇えざる暮れよ 黒刀

 

たまたまに君の休暇を塗りつぶす男の幻げんを逆袈裟に斬る

 

鯉口に切先もどす納刀の無為の仕草を喜喜と致せり

 

濡れ事の次の場までの幕間は夕紅雲ゆうべにぐもを見送りていん

 


骨 一 式

 

耳に風ひゅうと当てつつ木阿弥の元へさびしく帰る俺なる

 

これやこの惑うばかりの反比例のぼりて翔けて鳥は縮みぬ

 

あの鳥も狂ったそうな羽ばたきのあと翼形の微熱のこして

 

monochroの世をanachroの眼に写し俺清清と河渡るかな

 

三寸の心を守るそのための武装を解きぬ豊葦の原に

 

からからと矢車鳴りていたるこそわが幼年の無力のしるし

 

靡くなよ春の威圧に靡くなよ黄を強く咲く矜りの花よ

 

骨一式授かりければ組み立てて即ちは立ち即ちは踏む

 

雨、夜更け、酒のぬくみの沁みたれば弓矢戦ゆみやいくさの夢に沈まん

 

酒吸いてやがて淋しきひと眠り 的場に馬場に鞍に雨降れ

 


白 鹿 ・ 白 虎

 

鳶の尾の乱れぬさまを言うならば指をするどく斜めに立てよ

 

ふさわしき喃語なきまま塔に立ち鴎のかざす小手に手を振る

 

四月の陽ばさばさと受け手を拡げ 待てよそのまま空に逃げるな

 

目を閉じよと強要したるそのあとに言うべき愛を言えざりし虎

 

神よりも魔法の婆ばばを呼びよせてここにこの子を眠らす手だて

 

白鹿びゃくろくに白虎添い寝の夢のため白昼深く湧けよオーロラ

 

ひわ色の君の上衣を吹く風を捉えるための網を探しつ

 

海の生むかなしみなれば踝のとがりふたつを濡れしめにけり

 

風ふきて髪さらわれてある額に刻むことをする俺の文字など

 

白鹿の喉笛かくす頷きに歪みがちなる小暗の夢や

 


白 片 耳

 

先験の痛みであろう刻刻と心の中に募る水量みずかさ

 

その人の落涙太き大潮の暮れ方俺は月を見るのみ

 

空の下恋しくあれば俺の上の男の髪にしばし手を置く

 

温暖の中といえども焚き火濃しすり寄らんかな火の格式へ

 

悲しくばそそけ髪して会いに来よ真白きものに眉目書くべし

 

愛・鈍脳 何も知らねばやすやすと酒の器となりて半日

 

余の者は笑わば笑え秋の風俺鉄面皮easy 強引

 

正に 君の守備なり一線に締めたる唇くちと細き人中にんちゅう

 

究極の真理に向いた俺であるから世俗の敗けを敗けというなよ

 

然れども白片耳しろかたみみには言わざりき朱に染まりて斃れる未来すえ

 


東   国

 

安っぽくあらねど愁しゅうに沈む日の膂力を集め刀とうを支えつ

 

東国の荒男あらしおなれば抱くべし月に似るまで研ぎたる刀を

 

淋しがるばかりの俺と思うなよそも剛直を男というのだ

 

早紅葉いくらか飽きて散る下に俺は手を振る 女の如く

 

こう灼けよ俺一束いっそくの深刻の理ことわり過多のこの黙の上

 

転換は意表を衝きて事成れり秋の柏のその大一葉

 

連携を笑みて拒みしその日よりただの一人となりたる侠気

 

瞠けば一瞬に秋きらきらと俺の感受は涙ぐむかな

 

秋の岡の真黒の石は或る帝位ひとりの腰をしずかに下ろす

 

守破離とや秋波のごとく星降るに東国の雄の何の難剣

 


淡   愁

 

飾りなき男の舞の踏み足の足袋のこはぜの放物線や

 

魂は肉と芥を材として さてその上の俺なる涙

 

事ひとつはじまる前の緊張はりつめは荒川かわ一本を黙せしめたり

 

流星となりて銀河を渡らんと彦星俺は酒しゅをあおりいつ

 

はりつけの形に圧して君を視る宇宙も俺も少しさびしく

 

玲瓏をさしつらぬきて咲くものの所詮竜胆花の危殆や

 

Vinylヴァイニルの表紙カヴァーを舐めてみたれども彼方の風が欲しくてならず

 

を閉じよおまえ瞼の朱の海に世界の一人、俺を棲ませよ

 

秋の野に放り出されてある人の手足もろとも謎めきにけり

 

久久に胴紐の紺結うときもおまえ睫毛の恋しきかなや

 


歌  神

 

かちどきのえいえい声ごえの上ずりを朱舌しゅぜつに載せし中世の者

 

不逞神ふてがみを脳に祀りて神酒をあげ武威羽織りしが青春なりき

 

刀身を秋の蚊ひとつ窺えりおお鏡面の青や歌神うたがみ

 

秋草を力りきいっぱいに踏み倒し伝法肌の目録とする

 

さまよいを美風と呼べば風鐸や孤神こしんなします咳は来にけり

 

一本の意地で支えが利くならば芥の夢を更に積まんに

 

世の理非を見分けるための眼にてしみじみ見たる女人の項うなじ

 

汝こそは獅子が牡丹によるときのひそひそ声ごえを聞きたる女もの

 

忍べ 秋の寒さが有り体に予の短命を予言するとも

 

一回性、独自性且つ孤独性、以上が俺の沙汰の基準だ

 

そもそもは「名なし」されども氏うじに接くひとつの名あり かなしみとする

 

うずくまる蛟みずちぞ脳は 一尾を頭蓋の檻に久しく閉ざす

 

青春の不如意をかこちはるばると見たりき彼の日彼処火の峰

 

刃渡りの幅ぎりぎりに広がれる殺傷力をかなしみにけり

 

立つときに持つは黒柄巻き糸に沁みたる俺の哀あいと一念

 

個人史を遡るため水を飲む水が耳よりあふれ出るまで