道   歌

歌を便法に使う

☆人名サーチの手順;【編集】⇒【このページの検索】⇒人名入力にて

NEW


小笠原流教え歌

 

足も手もみな身につけてつかふべし離れは人の目にや立ちなむ

 

無躾は目に立たぬかは躾にて目に立つならばそれも不躾

 

仮初の立居にもまたすなおにて目にかからぬぞ躾なるべし


謡曲(観世黒雪)

 

わが宿は菊を籬に露しきて月にうたふる瓢箪の声

 


武道道歌

 

武の道は仏の道と同じこと修行なくては悟られもせじ

 

いまさらに異国(ことくに)ぶりに習はめやここに伝ふるもののふの道(井伊直弼・安政3小川町講武所開所式)


剣道道歌(詠み人不詳)

 

立会いは竹刀で打つな手で打つな胴造りして足で打つべし

 

悪念の起こる所を切り払うこれが宝の剣なりけり

 

癖が出て弱くなったと知らずして同じ強さと思うはかなさ

 

手の内のできたる人の取る太刀は心にかなう働きをなす

 

法定は学ばんほどに道遠し命のあらんかぎりつとめよ(法定は形稽古を指す

 

切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

 

稽古をば疑うほどにくふうせよ解きたるあとが悟りなりけり

 

道場に入るべきときは身を正し心の鏡くもりなきよう

 

年毎に咲くや吉野の桜花木を斬りてみよ花のあるかは

*

剣術を使う人ほど馬鹿はなし頭叩かれ礼をいうなり


鹿島新当流・塚原ト伝高幹

卜伝百首より頁主抜粋

 

武士(もののふ)の名にあふものは弓なれや深くもあふげ高砂の松

 

武士の魂なれやあづさ弓はる日の影や長閑からまし

 

武士の射るや弓矢の名に立てて国を治むるためしなりけり

 

兼ねて知る軍の(には)に持つ弓は少し力にまさる好めり

 

武士の()にしるものは馬なれや心がけぬはおろかなるべし

 

武士のその名をあぐるためしには昔も今も馬をこそいへ

 

武士の鎧の下に乗る馬はくせありとても強き好めり

 

太刀の寸臍にくらべて差しつべしわが身の丈の合はぬ嫌へり

 

長刀(なぎなた)は二尺に足らぬほそ身をば持つは不覚のありと知るべし

 

槍はただ力に合はせ持ちぬべし尺にあまれる穂はな好みそ

 

兜をば軽く手細く真向の実の厚きを好み着るべし

 

弓はただおのが力にまかすべし手にあまりたる弓な好みそ

 

勝負はながきみぢかきかはらねどさのみみぢかき太刀な好みそ

 

鍔はただ革にまされるものはなし糸にておけばぬれて乾かぬ

 

鍔はだた切りぬきあるを好むべし厚き無紋をふかく嫌へり

 

武士の軍の(には)に出るとき湯漬けにしくはなしと知るベし

 

武士のいつも身に添へ持つべきは刃つくる為の砥石なるべし

 

武士の身に添へてさす刀には椿の油みねにぬるべし

 

武士は女にそまぬ心もてこれぞほまれの教なりける

 

武士の帯はせばきを好むべしひろきは刀ぬけぬ故なり

 

武士の軍の場にもつ物は梅干にますものはあらじな

 

武士は暑さ寒さの分かちなく野山をかけて身をからすべし

 

武士は心にかけよ水泳ぎ知らずば常に不覚あるべし

 

武士の刀の目釘見もせずに腰にさすこそ拙かりけれ

 

武士の酒を過ごすぞ不覚なる無下に呑まぬも又おろかなり

 

武士の夜の枕に鼻紙を敷いて寝るこそ教なりけれ

 

武士の道行く時に逢ふ人の右は通らぬものと知るべし

 

武士の常に踏む足こころしてことにのぞみて乱れぬぞよき

 

武士の雪にやけたる手足をば酒あたためて洗うてぞよき

 

武士は軍の事を常々に思はざりせば不覚あるべし

 

武士の知らで中々拙きは弓馬槍とかねて知るべし

 

武士は古き軍の物がたり常に聞くこそたよりあるべし

 

武士の心のうちに死の一つ忘れざりせば不覚あらじな

 

武士のまなぶ教へは押しなべてどの(きはめ)には死のひとつなり

 

武士のまよふところは何ならむ生きむ生きむの一つなりけり

 

武士の心の鏡曇らずば立ち逢ふ敵をうつし知るべし

 

武士の生死二つをうち捨てて進む心にしくことはなし

***

永禄11年梶原長門との仕合より

学びぬる心にわざの迷ひてやわざの心のまた迷ふらむ

 


柳生新陰流

 

(1)柳生石舟斎宗厳

 

世を渡るわざのなきゆゑ兵法を隠家とのみたのむ身ぞ憂き

 

かくれがとたのむはよしや兵法のあらそひごとは無用成けり

 

兵法のかちをとりても世の海をわたりかねたる石の舟かな

 

兵法は能なきもののわざなれば口業喧嘩の基ひ成りけり

 

兵法はうかまぬ石のふねなれど好きのみちにはすてられもせず

 

兵法や腰のかたなもあひおなじ朝夕いらでゐることもあり

 

兵法は稽古鍛錬つねにしていろにいださでかくしつつしめ

 

へいはうのならひそのおりいでざるとかたるは己が恥としらずや

 

無刀にて稽古鍛錬取りえてはわが兵法の位をぞしる

 

へいはうは器用によらず其の人のすける心のたしなむにあり

 

兵法はしりてもしらぬ由にしてゐる折々の用にしたがへ

 

兵法は弟子の心をさぐりみて極意おろかにつたへはしすな

 

兵法はふかき淵瀬のうす氷渡るこころのならひ成りけり

 

無刀さへきりかねたらん其の人のかたなにあひていかがしてまし

 

我が太刀に我と非を打つ工夫してつもる位のこころよくしれ

 

人をきらん心しばしば兵法にわれがうたれぬならひしてまで

 

つつしまず兵法面に出しなば人に憎まれ恥やかくらん

 

つねづねに五常の心なき人に家法の兵法印可ゆるすな

 

うかまざる兵法ゆゑに石のふねくちぬうき名や末に残さん

 

無刀にてきはまるならば兵法者こしのかたなは無用なりけり

 

世をたもち国のまもりと成る人の心に兵法つかはぬなはし

 

万物は無に対するぞ兵法も無刀の心奥義なりけり

 

中々に猶里ちかくなりにけり余りに山の奥をたづねて

 

斬り結ぶ刀の下ぞ地獄なれただ斬り込めよ神妙の剣(「極秘口伝」)

 

(2)柳生但馬守宗矩

 

むねのうち雲吹きはらふ風もがな心の月をあきらかにせん

 

心こそ心まよはす心なれ心に心心ゆるすな(不動智神妙碌より「兵法家伝書に引用」)

 

ながめやる山のあなたに立つけぶり爰にたく火のほのほなりけり(古歌より「家伝書に引用」)

 

(3)柳生十兵衛三厳

 

兵法に勝たんと思ふ心こそ仕合に負くるはじめなりけり

 

4)柳生連也厳包(尾張柳生家)

 

徳を得れば一天世界ことごとく風に木草のなびくことわり

 

(5)柳生兵庫助(尾張柳生家)

 

腰の折れまた坐るのを嫌ふなり折れて坐るはなほ悪しきなり

 

懸け退きに膝のすわるに二つありつかれ足をばわけていましむ

 

切合いに心ひかれてとにかくに及びかかるは初中後のくせ

 

切合いに手の下るのは直すべしせつかく勝て負にこそなれ

 

両足の一度に坐る不自由はぬかり砂原倒れやすさよ

 

拳にて太刀を使ふは弱みにて手の内まはり打ち合いに負く

 

直立つったつた身とは自由のすがたにて位といふはなほ心あり

 

位とは行住坐臥に動静に直立つものぞ位なるけり

 

立ち上がる手元に敵を引寄せて須弥の一刀両断にせよ

 

打つ時に拳に面添へぬれば面も反らず拳さがらず

 

懸る時も退く時も足はただ居つかぬやうに使ふべきなり

 

徳川光友(尾張2代藩主、新陰流6代

 

出でぬ間の山のあなたを思ひやるこころやさきに月を見るらむ

 

雲はらふ嵐の庭の池水にもるより早くうつる月かげ

 

 


上泉伊勢守信綱・新蔭流

 

いづくにも心とまらば棲みかへよ長らへばまた本の古郷

 

里はただ降らざりけれと旅人のいふに山路の雪をしらるる

 

おのづから映らばうつる映るとは月も思はず水も思はず


直心影流

 

稽古とは一より始め十に行き十より還る元のその一

 


示現流

 

いましめの左のひじの動かねば太刀のはやさを知る人ぞなき


伊藤一刀斎景久・一刀流

 

敵をただ打つと思ふな身を守れおのずからなる賤が屋の月


千葉周作成政・北辰一刀流

 

極意とは己が睫毛のごとくにて近くあれどもみえざりにけり

 

我体は破軍の星の形にて敵する方へまはす剣先

 

谷川の瀬々を流るる栃がらも実を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

 

雨あられ雪や氷とへだつれどとけては同じ谷川の水


小野次郎右衛門忠明・小野派一刀流

 

世はひろし事わざはつきせじさりとてはわがしるばかり有りと思ふな

 

是のみと思ひきはめそ幾数も上に上ありすいもうのけん

 


心形刀流目録序

 

ふしおがむいがきのうちは水なれや心の月のすめばうつるに

 

花もみぢ冬の白雪見し事もおもへばくやし色に出にけり

 

 

黒雲のうちより動く雷なればこれぞ無妙の味わいと知れ(松浦壱岐守清)


天然理心流道歌

 

荒海の水につれそふ浮鳥の沖の嵐にの心動かず

 


梶派一刀流伝書

 

剣術の稽古は人に勝たずして昨日の我に今日勝つと知れ


伊東左近祐近・岩流

 

春風になびく柳の糸ゆうも岩も潰さばくずれぬるべし


宮本武蔵玄信・二天一流

 

乾坤をその侭庭に見るときは我は天地の外にこそ住め


井上景雲・雲弘流(針ヶ谷夕雲系)

 

有りとすれば無し無しとすれば有る世の中の月だにうとき夜半の影法師


鞍馬流

 

気は長く心は丸く腹立てず己小さく人は大きく


居合道道歌

 

居合とは人に斬られず人斬らずおのれを責めて平らかな道(神夢想林崎流・林崎甚助重信)

居合こそ朝夕抜きてこころみよ数抜きせねば太刀もこなれず

 

居合とは心に勝つが居合なり人に逆ふは非刀ひがたなと知れ


田宮流居合道

 

極意とは表の内にあるものを心尽しに奥な尋ねそ

 

右膝の頭を規矩に抜く刀三角のカネの大事こそあれ

 


自鏡流居合道

(自鏡流百足伝)

 

稽古には清水の末の細々と絶えず流るる心こそよき

 

夕立のせきとめがたきやり水はやがて雫もなきものぞかし

 

うつるとも月も思はず映すとも水は思はぬ猿澤の池

 

幾千度闇路をたどり小車の乗得てみれば輪のあらばこそ

 

稽古には山澤河原崖や淵飢えも寒暑も無きものにして

 

吹けは行く吹かねば行かぬ浮雲の風に任する身こそやすけれ

 

山河に落ちて流るる栃殻も身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ

 

わけ登る麓の道は多けれど同じ雲井の月をこそ見れ

 

兵法は立たざる前に先ず勝ちて立会いてはや敵はほろぶる

 

体と太刀一致に成りてまん丸に心も丸にこれぞ一円

 

稽古にも立たざる前の勝にして身は浮島の松の色かな


無双直伝英信流居合術

 

居合とは心に勝つが居合なり人に逆らふを非力とは知れ

 

わがみち乃居合ひとすじざつだんに知らぬ兵法人にかたるな


合気道道歌

開祖・植芝盛平

 

誠をば更に誠に練り上げて顕出一如の真諦を知れ

 

太刀ふるい前にあるかと襲ひ来る敵の後に我は立ちけり

 

まが敵に切りつけさせて我が姿後に立ちて敵を切るべし

 

左右をば切るも払ふも打捨てて人の心はすぐに馳せゆけ

 

取りまきし槍の林に入る時はこたては己が心とぞ知れ

 

敵多勢我をかこみて攻むるとも一人の敵と思ひたたかへ

 

気のみわざたまの志づめやみそぎわざみちびきたまへ天地の神

 

己が身にひそめる敵をエイと切りヤアと物皆イェイと導け

 

つるぎわざ筆や口にはつくされず言ぶれせずに悟り行へ

 

大宇宙剣のなかにもののふの光となりて世にぞ開かん

 

誠とは剣の道と人は言ふ神に問はれて答ふすべなし

 

古より文武の道は両輪と買いこの時に稽古の徳に身魂悟りぬ

 

まよいなば恋しき道にも入りぬべし心の駒に手綱ゆるすな

 

右手をば陽にあらはし左手は陰にかへして敵をみちびけ

 

ふりまはす太刀に目付けて何かせん拳は人の切るところたれ

 

鬼おろち吾に向いておそいこば後に立ちて愛にみちびけ

 

道人のするどく光る御心は身魂の中のひそむ悪魔に

 

合気にてよろず力を働かし美しき世と安く和すべし

 

美しきこの天地の御姿は主のつくりし一家なりけり


日置流弓道道歌

 

朝嵐初心の射手に教えなば昼をば過ぎて夕嵐なり

 

胴の伏す射手にあまたの難ぞある胸尻出でて顔は反るなり

 

肩骨の出づる射手こそ矢強けれ勝手下がりて射る肩は憂し

 

顔もちはやよとて人の呼ぶときにいよと答へて見向く姿よ

 

矢の心弓の張り顔知らずしてただ射る人は名をば取るまじ

 

稽古には直すところは多くともただ一色というて射させよ

 

矢をかけて引きしぼるには覚ゆるぞ放つときには無念無想よ

 

誰もげにはやりし時は好くぞかしとほして射ぬる人はまれなり

 

弓づるのすわりといふはかまえよりはなれし後も違はぬをいふ

 

思ひきや山ふところをゆたゆたと影すみ上がる弓張の月


槍術道歌

 

手闇の夜の鑓の構えは一露にて音なきやうに当りてぞ知れ(法蔵院流)

 

手は待たいに足は懸けんにてたゆみなく行く水鳥の心なるべし(大島流)


神道自然流空手道道歌

 

空手とは人に打たれず人打たずことのなきを基とするなり(小西康裕)


糸東流空手道道歌

 

何事も打ち忘れたりひたすらに武の島さして漕ぐが楽しき(摩文仁賢和)

 


柔術道歌

 

捕らはれては水に浮く木の身をもてし浪にまかせつ風にまかせつ(天神楊心流)

 

雲晴れて後の光と思ふなよもとより空に有明の月(起倒流・寺田一左衛門正浄)

 

ほらぬ井にのぞかぬ人の影さしてたよらぬ月と映る月影(気楽流)


天道流薙刀術道歌

 

生まれ得し直なる形そのままにまがらで勝つを兵法といふ(寺河原弁蔵一納)

 

極意とて別にきわまる事もなしたえぬ心のたしなみをいう


神道夢想道杖術道歌

 

突けば槍払えば薙刀打てば太刀杖はかくにもはずれざりけり


根岸流手裏剣術道歌

 

手と肩の力を抜いて腰強く飛ばす剣は岩通すなり(根岸松齢宣教)


伊賀流忍法道歌

 

忍びには習ひの道は多けれど先ず第一は敵に近づけ(寺田一左衛門正浄)


茶道道歌

利休百首より頁主抜粋

 

その道に入らむと思ふ心こそ我身ながらの師匠なりけれ

 

ならひつつ見てこそ習へ習はずによしあしいふは愚なりけり

 

心ざし深き人にはいくたびもあはれみ深く奥ををしふる

 

はぢをすて人に物とひ習ふべしこれぞ上手のもとゐなりける

 

上手にはすきと器用と功積むと此の三つそろふ人ぞよく知る

 

点前には強みばかりを思ふなよ強きは弱く軽く重かれ

 

何にても置付けかへる手離れは恋しき人に別るると知れ

 

濃茶には湯加減あつく服はなほ泡なきやうにかたまりもなく

 

口広き茶入れの茶をば汲むと言ひ狭き口をばすくふとぞいふ

 

余所にては茶を汲みてのち茶杓にて茶碗のふちを心して打て

 

柄杓にて湯をくむ時の習ひには三つの心得あるものぞかし

 

ともしびに陰と陽との二つあり暁陰に宵は陽なり

 

竹釘は皮目をうへに打つぞかし皮目を下になすこともあり

 

花見より帰りて人に茶の湯せば花鳥の絵も花も置くまじ

 

右の手を扱ふ時はわが心左のかたにありと知るべし

 

床の上に籠花入れをおく時は薄板などはしかぬものなり

 

茶はさびて心はあつくもてなせよ道具はいつも有合にせよ

 

茶の湯とは只湯をわかし茶をたてて飲むばかりなる事と知るべし

 

もとよりもなきいにしへの法なれど今ぞ極むる本来の法

 

規矩作法守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな


茶道不昧流

散るは浮き散らぬは沈むもみぢ葉の影は高尾の山川の水


連歌 牡丹肖柏 「一座建立」を説いて

 

わがほとけとなりのたから婿舅天下のいくさ人の善悪


仏の道

 

一切の経は仏のおしえなり坐禅は直に仏なりけり(至道無難)

 

ひたすらに身は死にはてて生きのこるものをほとけと名はつけにけり(同)

 

口はきけどひとたび死なぬ侍はまさかのときに逃げつ隠れつ(白隠)

 

はねよはねよをどらばをどれはるこまののりのみちをばしる人ぞしる(一遍)

 

NEWともはねよかくてもをどれ心ごま弥陀の御法と聞くぞうれしき(同)

 

夢のよをゆめとも知るでみる人はさめよと千鳥夜半に鳴くらむ(沢庵)

 

有露路から無露路へ帰る一休み雨降らば降れ風吹かば吹け(一休宗純)

 

声もなく香もなく常に天地(あめつち)はかかざる経をくり返しつつ(二宮尊徳・不文の教)

 

心よりやが心に伝うれば鳴く鳥となり咲く花となる(釈宗演・円覚寺管長

 

月も月花も昔の花ながら見るもののものになりにかるかな

 

耳にきき心におもひ身に修せばいつか菩提に入相の鐘

 

はけば散りはらへばまたも散りつもる人の心も庭の落葉も

 

仏心は生き死にを超え天地を包みて天真独朗のものそ(朝比奈宗源・円覚寺管長

 


傘松道詠集道元

教外別伝

あら磯の波も寄せえぬ高岩にかきも付べきのりならばこそ

不立文字

いひ捨てしその言の葉の外なれば筆にも跡をとどめざりけり

正法眼蔵

波も引き風もつながぬ棄てをふね波こそ夜波のさかりなりけれ

涅槃妙心

いつもただ我がふる里の花なれば色もかはらず過し春かな

本来面目

い春ははな夏ほととぎす秋は月冬雪さえて(すず)しかりけり

即心即仏

かもめともをしともいまだみえわかぬ立てる波間に浮沈むかな

応無所住而生其心

水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり

父母所生身即証大覚位

尋ね入る深山の奥のさちぞもと我が住み馴れし都なりけり

尽十方界真実人体

世の中にまことの人やなかるらむかぎりも見えぬ大空の色

麗雲見桃花

春風にほころびにけり桃の花枝葉ににのこるうたがひもなし

牛過窓樗

世の中はまどろみ出る牛の尾のひかぬにとまるこころばかりぞ

夢中説夢

本末もみな偽りのつくも髪おもひ乱るる夢をこそ説け

鏡清雨滴声

聞くままにまた心身にしあらばおのれなりけり軒の玉水

声づから耳にきこゆる時しれば我が友ならぬかたらひぞなき

十二時中不空過

過ぎ来つる四十路あまりは大空のうさぎからすの道にぞ有りける

誰とても日影の駒は嫌はぬを(のり)の道うるすくなき

人しれずめでし心は世の中のただ山賤(やまがつ)のあきのゆふぐれ

坐禅

守るともおもはずながら小山田のいたづらならぬ僧都(かがし)なりけり

頂に(かささぎ)の巣やつくるらむ眉にかかれるささがにの糸

濁りなき心の水にすむ月は波もくだけて光とぞなる

此のこころ天つ空にも花そなふ三世(みよ)の仏に奉らばや

礼拝

冬草も見えぬ雪野のしらさぎはおのが姿に身をかくしつつ

仏教

あなたふと七の仏の古言を学ぶに六つの道を越えけり

嬉しくも釈迦のみのりにあふひ草かけても外の道をふまめや

詠法華経

あなたふ夜もすがら終日(ひねもす)になり(のり)の道みなこの経と声とこころと

渓の響嶺に鳴く猿こゑごゑにただこの経をとくとこそきけ

この経のこころを得れば世の中のうりかふ声も法をとくかは

峯の色渓の響もみなながらわが釈迦牟尼の声と姿と

四の馬三つの車に乗らぬ人(まこと)の道をいかでしらまし

無常

朝日まつ草葉の露のほどなきにいそぎな立ちそ野辺の秋風

世中は何にたとへん水鳥のはしふる露にやどる月影

無建長五年中秋

また見むと思ひし時の秋だにも今宵の月にねられやはする

(完)


善光寺如来御詠歌

全二十一番より頁主抜粋

 

埋もれし難波(なにわ)の池の弥陀如来背なに負います本田善光(第一番)

 

心ざす国は信濃の善光寺臼に据えますこれぞさびしき(第二番)

 

身は茲に心は信濃の善光寺導き給え弥陀の浄土へ(第三番)

 

曇りなき身は晴れやらん弥陀如来御判頂く極楽の印(第四番)

 

明日ありと思う心のあだ桜夜はに嵐の吹かぬものかは(第十番)

 

極楽の御法(みのり)の船に乗りたくば胸の間の波を鎮めよ(第十一番)

 

急ぐまじ迎えんほどは待てしばしその日のときと定めおくなり(第十二番)

極楽へ願うて速く生ずべし如来の前で御礼申しに(第十三番)

称うればこの身はこの儘極楽の仏の数に入るぞうれしき(第十四番)

阿弥陀ほど慈悲な仏はなけれども頼まぬものは救い取られず(第十七番)

伊勢の海清き渚はさもあらばあれ我は濁れる水に宿らん(第二十番)

(のり)の船知るも知らぬも渡すべし西へゆくべき船の便りに(第二十一番)


雲巌寺臥月庵衣食の歌

 

履物を正面さけて外向けて揃えて脱げば心もそろう()

 

いちにちに器を持って背を伸ばしいただく食の有難きこと()

 


日光山輪王寺教え歌

南光坊天海

 

気はながく勤めはかたく色うすく食ほそうして心ひろかれ

 


養生道道歌

(曲直瀬道三《養生俳諧》120首より頁主抜粋)

 

かねてより身をつつしむは文の道病で(くす)すは物ののふのわざ

 

朝毎に手すりあたため目も顔もなづれば帰る老のさざなみ

 

食は只よくやはらげてあたたかにたらはぬほどは薬にもます

 

酒とてもよはぬ程にて愁いさり心をたすけ気もかよふ也

 

老ぬるは立てみ居てみ見をつかひ心は常にやすむるぞよき

 

常の食四時(しいじ)に順じ五味を和し飽に及ばず又は飢ゑざれ

 

性をわれ常にすなほにためなをしよきをしたふや養生のもと

 

飽き満ちてかしらあらふなうゑてまた湯風呂に入るは虚実そむけり

 

温かに足を洗ていねよ只水にひやせば脚気とぞなる

 

常よりも殊にヤミ目のおりからはゆ風呂と炭火淫酒謹め

 

わきまへぬ陰萎の薬のむ事はもゆる炎に薪をぞそふ

 

しおからくあつきを用い其後にひや酢をすえば声をうしなふ

 

我形(わがからだ)内の血と気は仏性の旅屋ぞかこへあらしよこすな


卑怯道

江戸時代末期本社勤務中級武士に流行したという

世の中は左様でござるごもつとも何とござるかしかと存ぜず


真向法道歌

始祖 長井(わたる)

 

真澄空ただみ一つの御光を真向仰げ四方のとも人


相場道

本間宗久・三猿金銭秘録

 

万人が万人ながら強気ならたはけになりて米を買ふべし

 

野も山もみないちめんに弱気ならあはうになりて米を買ふべし


馬方道

常陸国椎尾山薬王院の碑に馬方の作とある

 

あら石を七曲り越え不動越え馬車で運んで手造り仕上げ


空手道那覇手の極意とされるところ・頁主の試作

 

剛を柔さらに鋭へと絞りつつ「鞭身」に除く敵の鋭鋒

 

丹田を発して腰に肩肘に託して募る「骨掛」の利器


爺道・2003年頁主の摸索により創始

 

爺道六級なれば恬として地水火風空じりっと歩む

 

暁星のしたたるころを寝返れば老にして「壮」天蓋無害

 

皓皓乎欅梢の白月(びゃくげつ)は孤独であるが頑迷ではない

 

際涯は野にも天にもありはせず純純常常時時威刻刻