エジプト考古学博物館T
 エジプト考古学博物館は、約20万点といわれる古代エジプト時代の遺物が収蔵された大博物館です。5000年以上にわたる古代エジプトの歴史と文化を知るためには必ず訪れなければならないところです。この「エジプトの旅」をご覧頂く皆さんも、先ずこのページをじっくりご覧頂きたい。古代エジプトを理解するための予備知識を、ある程度習得できると思います。
             
 1858年、初代考古局長に就任したフランス人考古学者マリエットは、それまで古代エジプトの遺物が大量に海外に流出していた状況を改め、文化財は現地に保存されるべきという方針を打ち出しました。そして1863年、現在の考古学博物館を誕生させ、博物館に展示する遺物収集を目的にした発掘を積極的に行い、後世に大きな業績を残しました。

             「エジプト物語」をクリック、「古代エジプト美術の特徴」を参照


1. エジプト考古学博物館の正面

          
 
 前庭には、古代エジプトを象徴するロータス(ハス)とパピルスが植栽されている。ロータスは上エジプトを象徴する植物とされ、パピルスは下エジプトを象徴する植物とされた。
 ロータスの花と茎の形は、エジプトの国土である三角州とナイルの長い流れをエジプト人にイメージさせ、またパピルスは、かつてはエジプトの湿地帯に多く繁茂していた。


      


2. ジェセル王坐像 
                 古王国 第3王朝 前2650年頃 サッカラ出土 石灰岩 彩色 高さ142cm

           
 
 サッカラにあるジェセル王の階段ピラミッドの北側に隣接して設けられた祠堂の中に安置されていたもの。古代エジプトで最古の等身大の彫像である。かつては全体に彩色されていたが、現在では部分的にその痕跡が残るのみである。


3.カフラー王座像
                 古王国 第4王朝 前2550年頃 ギザ台地出土 閃緑岩 高さ168cm

           
 
 ギザ台地にそびえる3大ピラミッドのうち、第2ピラミッドの建造者であるカフラー王の坐像。
ピラミッド付属の河岸神殿でフランスの考古学者マリエットによって発見された。
 王座の脚はライオンの脚として表現され、足の上部にはライオンの頭部がつけられている。また、王座の側面にはパピルスとロータスを結びつけたデザインが浮彫りされている。 このデザインは、上下エジプトの統一を意味する「セマ・タウイ」と呼ばれるもので、王朝時代を通じて、王座の側面デザインとして広く使われ続けられた。
 カフラー王の頭部背面には、翼をひろげた隼が置かれている。この隼はホルス神を表すもので、王がホルス神の化身であることを象徴している。古代エジプト彫刻を代表する逸品である。 
ホルス神・・・天空を支配し、戦いと勝利を象徴する神で、古くから王は地上におけるこの神の化身とみなされた。オシリス神話ではオシリスの息子とされた。上下エジプト冠を載せた隼頭の人物で表される。
4.メンカウラー王と2女神立像
                   古王国 第4王朝 前2500年頃 ギザ台地出土 片岩 高さ92.5p

           
 
 メンカウラー王がギザ台地の建造した第3ピラミッドの河岸神殿から出土したもの。
王は中央に立ち、頭には神エジプトの象徴である白冠を戴いている。右手にはハトホル女神、左手には「ノモス」を擬人化した女神を伴っている。
 エジプトには、伝統的にノモス(州)と呼ばれる行政区がある。このメンカウラー王の3体像は、当時ハトホル女神を信仰していた8つのノモスの地方神を別々に描いた8作品が作られたと考えられている。
ハトホル女神・・・その名は「ホルスの家」を意味する。天空の女神であり、さらに諸神の母、死者の守護神、歓喜の神など多くの性格を持ち合わせている。雌牛の角と耳をもち、円盤を載せた女性、または雌牛として表される。
5.ラーヘテプ王子と妻ネフェルトの坐像
                古王国 第4王朝 前2600年頃 メイドゥム出土 石灰岩 彩色 高さ(左)121cm

  
 メイドゥムの崩れピラミッドの北側に造営された大型マスタバ墳の一つから、1871年にマリエットが発見したもの。
 ラーへテプ王子は、第4王朝スネフェル王の息子であり、大神官で将軍でもあった人物と考えられている。ネフェルトはその妻である。
 別々の石材から制作されているが、明らかに2体で一つの作品である。ラーヘルプは赤褐色、ネフェルトはクリーム色に彩色されているが、このような男女による塗り分けは、古代エジプト美術の基本的な表現方法であった。5千年もの時の隔たりを感じさせないほど、美しい色彩を保っているのには驚嘆させられる。 この2体の彫像の両眼が水晶と黒曜石で象嵌されており、発掘時にエジプト人作業員は、これらの像が生きていると思い込み、恐れおののいて逃げ出したとの逸話も伝わっている。
マスタバ墳・・・「マスタバ」とはアラビア語で長椅子やベンチといった長方体の腰掛けを指す。古王国時代、ピラミッドの周辺に造営された貴族や役人の墓の外見がマスタバに似ていたことからこの名称が生まれた。
6.メルスアンク夫妻立像
                古王国 第5王朝 前2350年頃 ギザ台地出土 石灰岩 彩色 高さ49.5cm

          
 
 ギザ台地のメルスアンクのマスタバ墳から出土したもので、メルスアンクと彼の妻の彫像と考えられている。古王国第5王朝時代から多くの夫婦像が作られ、マスタバ墳に納められるようになった。
 古代エジプトでは、王を除くと一夫一婦制が一般的であり、妻の権利は現在考えられているよりも守られていたようである。そうしたことから、夫婦像でも妻が従属的に描かれることなく、平等に扱われている。この夫婦像においても妻の右手が夫の右肩の上に置かれており、夫婦間の信頼に満ちた愛情豊かな関係が表現されている。


7.神官セネブと家族の像
                     古王国 第5王朝

          
 
 古代エジプトでは夫婦や家族を一緒の像にして副葬することが多かった。この家族像も仲睦まじく腕を組む夫婦と男女2人の子どもを表している。
 家長のセネブはいわゆる小人である。しかし、ここではベンチの上であぐらをかいた状態で表現することによって違和感のないほほえましい家族像になっている点が注目に値する。子供たちが右手の人差し指をしゃぶっているのは幼児を表すときの伝統的な表現方法である。


8.アメンエムハトの葬送用石碑
       中王国 第11王朝 前2000年頃 テーベ アメンエムハトの墓出土 石灰岩 浮彫り彩色 30×50cm

  
 
 この彩色石碑(ステラ)は、色彩の保存状態がきわめて良好で、当時の墓の状況をよく伝えている。
 向かって左側のベッドに腰掛けている3人の人物のうち、中央の男性が墓の主であるアメンエムハトであり、左が母親のイイ、右が父親のアンテフである。アメンエムハトが来世に復活している両親に、死後再会し喜んでいる場面と考えられる。
 この3人の様子を見守っている右側に立っている女性は、アメンエムハトの現世の妻ハピである。彼女の前には供物卓が置かれ、その上には牛の前足や野菜などが鮮やかな色彩で描かれている。 この石碑では、供物卓は現世と来世の境界として表現されているとみることが出来る。


9.ホルス神に守護されるラメネス2世像
                   新王国 第19王朝 前1250年頃 灰色花崗岩 タニス出土 高さ231cm

          
 
 ラメネス2世は最も有名なファラオといってもよいが、このラメネス2世は人差し指を口にくわえた幼児の姿で表されている。このポーズは幼児を表現する時の決まりのもの、偉大なファラオであっても、一般の庶民と同じ表現をとるのは興味深い。
 王権を守護するホルス神が、ここでは胸に太陽円盤を付けた隼の姿で表現されている。


10.ハトシェプスト女王頭部像
    新王朝 第18王朝 前1480年頃 テーベ(ルクソール)ハトシェプスト葬祭殿出土 石灰岩 彩色高さ61.0cm

          
 
 第18王朝のトトメス1世の王女ハトシェプストは、夫トトメス2世亡き後、女性でありながら自らファラオであると宣言した。即位後のハトシェプストの像は、王としての「男」の姿を採っていた。この像も付け髭をつけた男性の姿になっている。


11.ハトシェプスト女王のスフィンクス像
                 新王国 第18王朝 テーベ ハトシェプスト葬祭殿出土 花崗岩 高さ61cm

  
 
 このスフィンクス像も男の王の姿をしているが、顔の表情には女性的なやさしさが表れている。


12.アメンヘテプ4世(アクエンアテン)立像
                   新王国 第18世紀 前1365年頃 カルナク出土(?) 石灰岩 高さ396cm

          
 
 この像は、アクエンアテン王の治世の初めにカルナクに建設したアメン神殿に置かれていた。王の代表的な彫像で、高さ4m近い巨像である。冠や付け髭、組み合わせた腕など、伝統的なファラオのポーズで表されている。ただ、分厚い唇と尖った顎、細い眼、丸みを帯びた女性的な腰のラインなど、特異な風貌をしている。ホルモン異常が原因ともいわれている。
        
           「エジプト物語」をクリック、「アクエンアテンの宗教改革」を参照


13.ネフェルトイティ王妃頭部像(未完)
                    新王国 第18王朝 前1365年頃 アマルナ出土 赤色珪岩 高さ35.5p
 

          

 アクエンアテン王の王妃ネフェルトイティは謎に包まれた女性である。一説にはアクエンアテンの父親であるアメンヘテプ3世が、ミタンニ王国から娶った王女だという。絶世の美女と謳われ、多くの彫像やレリーフが残っている。この王妃の像は未完成で、彫刻のための線が黒く描かれ、製作途中であったことを示す。


14.太陽神アテンを礼拝するアクエンアテン王と家族像
              新王国 第18王朝 前1365年頃 アマルナ出土 アラバスター 浮彫り 高さ102cm

          
 
 腕の形をした太陽光線を放つアテン神を礼拝する王と妻ネフェルトイティ、その娘たちの姿が彫られている。


15.アクエンアテン王と家族像
                新王国 第18王朝 前1365年頃 アマルナ出土 石灰岩 浮彫り 高さ32.5p

          
 
 アクエンアテン王と王妃ネフェルトイティ夫妻、その3人の王女たちが一家団欒をしている場面が描かれている。アテン神を直接礼拝するのは王の家族だけであったので、庶民たちは神の預言者である王を描いたステラを家の祭壇に置いて礼拝した。


16.アクエンアテン王と王女の像
 
          
  
 アマルナ時代の作品は、日常的なほほえましい題材のものが少なくない。これもその一つでアクエンアテン王が膝にのせた王女にキスしている像である。この時代、王と家族が一緒の彫像やレリーフが多く作られたのは、王が信仰するアテン神が愛と慈しみの神だからである。


17.アマルナ時代のカノプス壷

  

 非常に高度な技術で彫刻されているもので、アマルナ時代の傑作の一つに数えられている。眼と眉毛には青色ガラスと黒曜石が象眼されているが、このカノポス壷は右眼を欠いている。
カノポス壷・・・古代エジプトではミイラを作る際、心臓以外の内臓を取り出し、4つに分けて別々に保存した。その内臓を収める容器をカノプス壷という。 王の内臓(肝臓、肺、胃、腸)は、それぞれ香油に浸けて小型棺(ミイラ棺のミニチュア)に入れたうえ、まずカノプス壷に収め、それをさらに4つに区切られたカノプス櫃の決まった位に安置し、最後にカノプス厨子で覆う。
18.祝祭の浮彫り
            新王国 第19世紀 前1200年頃 サッカラ出土 石灰岩 浮彫り 高さ51cm 幅105cm

  
 
 左半分は女性がタンバリンを打ち鳴らしている場面、右半分は8人の男たちが行進している場面が表されている。足元では、クラッパー(拍子木)を打ち鳴らして踊る少女2人の姿がある。エジプトの一般的な壁画に比べて、たいへん動きのあるダイナミックな構図である。


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