コナーラク スーリャ寺院

 スーリャ寺院はヒンドゥー教の寺院です。ヒンドゥー教の石積みの寺院建築の基本的なスタイルは、6世紀後半頃の中部インド(デカン高原)で成立したとされます。 ここからその後、南北インドへと波及し、それぞれの地域で独自の発展を遂げていくことになりました。このうち北方型のひとつの頂点を極めたのが、8世紀から13世紀にかけてのオリッサ地方でした。同地方には、この時期のヒンドゥー教寺院がブハネシュワールを中心に数多く残っています。コナーラクのスーリャ寺院はこれらの中でも最後の時期に属し、最大規模を誇るとともにもっとも壮麗な建物と精緻な彫刻で知られています。
 インドの観光に関心がある方なら、外壁がミトゥナ像(男女交合像)で埋め尽くされていることで有名なカジュラーホのヒンドゥー寺院のことはご存知でしょう。そのカジュラーホの寺院と対比されるのが、コナーラクのスーリャ寺院なのです。
 同行講師の宇野先生は、カジュラーホとコナーラクのナーイカ(情念を抱く女)とミトゥナを対比して次のように述べておられます。
 「カジュラーホのナーイカ像、ミトゥナ像は清潔感があるものの一種の類型化が認められるのに対し、コナーラクは人体表現にリアルな、なまなましさがあって対照的である。 ヒンドゥー教にミトゥナ像があらわれるのは、単なる生理的感覚的な喜びではなく、真理にふれる喜び、現象的なる人間が実体的なる神と一体となることを感得する宗教的歓喜にほかならないと考えるのである。即ち性的観念を抑制して解脱をはかろうとするのではなく、性そのものの中に肉体的、現象的な面を超越した存在の真理を求めようとするのであった。」

                世界文化遺産 コナーラクのスーリャ寺院 1984年登録 

 

1.スーリャ立像

           
 
 スーリャ寺院は太陽神スーリャに捧げられた。コナーラクは、インド亜大陸の東端、それもベンガルの海辺に位置し、コナーラクという地名自体が、「太陽のすまうところ」を意味している。スーリャ(太陽神)をここに祀るゆえんである。
 1905年、スーリャ寺院の発掘作業中に出土したスーリャ立像が、デリー国立博物館に所蔵されている。この立像が半長靴をはいていることから、イランからの太陽信仰の影響が指摘されている。また、台座には7頭の天馬が彫刻されている。7頭の天馬は日の光の7彩を意味し、また一週間の「7」を表すといわれる。
 スーリャ寺院を太陽の運行を司るための巨大な山車に見立て、7頭の馬がこの山車を引くという構成になっている。
 


 2.スーリャ寺院の参道

  

 参道の両側にはお土産屋が立ち並ぶ。建物の貧しさを別にすれば日本の寺や神社の参道
と変わりはない。奥にそびえる建物はスーリャ寺院の前殿。
 

 3.スーリャ寺院の側面

  
 
 右側のピラミッド形の屋根を持つ建物が前殿、その左側には本殿の高塔があったが、今は崩壊して基部を残すのみである。前殿の高さが39mであることを考えると、高塔は少なくとも60m、もしかすると75mもの高さにそびえていたであろうと思われる。


 
スーリア寺院の復元図
 
            
 

4.丸彫りの馬

  

 前殿正面の階段側面には丸彫りの馬が置かれている。もともと7頭が置かれていたが、今残るのは2頭だけ。寺院全体がスーリャ神が天空を駆ける7頭引きの馬車に見立てて造営されたことが分かる。
 


5.車輪

  本殿・前殿の基礎部分の南・北には、各々12個(計24個)の直径3mの車輪が浮彫りさ
れている。「12」は太陽がめぐる2ヶ月を象徴する。車輪の軸の中に浮彫りされた神々やミトゥナ像は精緻を極める。
 

  
 

  


  


  


6.壁面を埋め尽くす浮彫り
 
  壁面にはおびただしい数の人像群が刻まれており、男女が抱擁し合う「ミトゥナ像」
も多く見られる。
  

  
  

  
 

7.ミトゥナ像

  



 前殿の正面外壁の高所にもミトゥナ像が置かれている。参拝客は必然的に下から見上げるようになり、妙になまなましい感じを与える。それを意図してこの場所に置いたとも考えられる。


8.見学の子供たち

  
  
 スーリャ寺院には先生に引率された子供たちが見学に来ていた。寺院の外壁を埋めつくす赤裸々なセックスの場面を、先生たちは子どもに対しどのように説明しているのだろうか。さしずめ世界遺産を鑑賞しながら性教育もできるということだろうか。
 ところで現代インドの人たちは、寺院において披露されるあからさまなセックスの場面をどのように受け止めているのか興味のあるところである。。8世紀頃からのイスラム勢力のインド進出、17世紀初頭からの西欧列国のキリスト教勢力の進出によって、現代のヒンドゥー教精神が少なからず影響を受けているという見方がある。キリスト教やイスラム教からすれば、聖なる寺院の壁に性行為が表現されるということはとんでもないことで、その影響を強く受けて現代のヒンドゥー教徒もうしろめたく感じているというのである。
 しかし、ヒンドゥー教徒の子供たちが堂々と見学に来ているのだから、セックスをタブー視することはまったくないようだ。セックスを通して宇宙とひとつになろうとするインドの伝統は今なお健全なのではないか。

 


9.舞楽殿

  前殿の前方には、神々を歌舞で供養するために建てられた舞楽殿の方形基壇が残って
いる。屋根は失われているが、基壇の壁面には踊り子や太鼓、笛などを奏する楽師を浮彫
りしたパネルが、3段にわたり帯状に整然と配されている。

 
  
 
  
  

  


10.舞楽殿の浮彫り

  

  


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