武士道の逆襲

菅野覚明 (講談社現代新書、2004)

 

武士道といえば、新渡戸稲造の『武士道(Bushido, the Soul of Japan)』――国内のみならず海外でも有名なこの古典で主張された「武士道精神」は、著者によれば「本来の武士道」とは何の関係もないのだそうです。

新渡戸の『武士道』の内容は、中世〜近世の武士たちの生き様とはほとんど関係なく、武士階級が消滅してから30年後に書かれた日本人論であり、明治期に現れた他の多くの武士道論も、みな同様。なぜ当時そのような「武士道」日本人論がブームになったのか。近代国家形成期の国民的アイデンティティ模索の一過程だった。しかし、これが今日の武士道概念の混乱を招いた。以上のことは、専門の研究者の間では常識なのだそうです。そもそも「武士の精神」という意味での「武士道」という言葉の使用も、明治期に始まった。

では、「本来の武士道」ともいうべき、「武士の気性と行動を貫く中心的思想」の内実はどうだったのかというと、戦国時代までの明日にも死ぬかという戦闘者としての切迫した生き方と、平和な江戸時代の為政者・有能な官僚としての生き方とでは、かなり異なる面があるのですが、それでも一貫した要素を取り出すことはできるというのが著者の立場で、本書ではそれを、「私」「実力」「名」「共同体」「家来」「死」などのキーワードで説明します。

「本来の武士道」は戦闘者である武士という一つの階級の道徳思想であり、それは武士以外の一般人(町人や農民)の道徳とは大きく異なるというのは、考えてみれば当たり前のことのようですが、重要な指摘です。今日盛んに武士道の復興を主張する論者たちにも、ぜひ一読してほしい一冊。