左利きは危険がいっぱい

スタンリー・コレン (石山鈴子訳、文藝春秋、1994)

 

右手利きの人ならたいてい、右手に怪我をしたときに、左手でハサミを使おうとしてひどく手こずった経験があるでしょう。では、左手利きの人が左手に怪我をして右手でハサミを使うと、どうなるのでしょうか。おそらく、右手利きの人の場合ほど手こずらないはずです。それは、普通のハサミが、たとえ裏表のないハサミでも、右手利き用、ではなくて「右手用」に出来ているからです。

カナダの心理学者で、体の利き側(利き手、利き足、利き目、利き耳など)に関する権威である著者が、ある奇妙な調査結果を前にしたときに抱いた疑問が、本書の出発点となりました。その調査によると、人口全体に占める左手利きの人の割合は、高年齢層になるに従って次第に低下する。すなわち、十代では人口の15%が左手利きなのに、五十代では5%となり、八十代では1%。この現象は世界共通です。その謎を解き明かそうと、著者は多くの研究論文を調査し、遺伝学、大脳生理学、医学、心理学、教育学、社会学などの知識を総動員して取り組みます。そしてたどり着いたのが、「希少形質マーカー」モデル。

左手利きに関しては、昔から知られている不思議な事実がいくつかあります。利き手には遺伝が関係しているらしく、左手利きの割合が高い家系が知られている。しかし一方で、一卵性双生児のペアが同じ利き手になる確率は二卵性双生児のペアがそうなる確率と同じ(血縁関係にない二人でも同じ)。天才と呼ばれる人たちには左手利きが異常に多く、大学の成績優秀者の中でも左手利きの割合が普通よりも大きい。しかし一方で、心身障害者やさまざまな精神的・社会的問題を抱えている人たちにおいても左手利きの確率が高い。右手利きの人の言語優位半球は圧倒的に左半球(97%)だが、左手利きの人でも69%は左半球優位。

これらの不思議な現象はすべて、「希少形質マーカー」理論で説明できるのです。そして、あの加齢とともに左手利きの割合が減っていく現象も、少なくともその一部は。では、残りは?

左手利きの人にとって、普通のハサミは単に使いにくいだけでなく、場合によっては危険なものでもあります。ハサミに限らず、家庭用・産業用の道具、機械のほとんどは、右手利き用(右手用)に出来ているのです。例外はコンピュータのキーボード(Qwerty配列)くらいのものでしょう(それだって、エンターキー、カーソルキー、テンキーなどは右側に付いている)。右手利きの人が右手を使えなくなったときに非常に不便だと感じるのは、単に利き手ではない方の手を使わなければならないからではなく、右手利き用(右手用)の道具を左手で使わなければならないからなのです。これが単に不便なだけではなく、危険でもある道具や機械は、意外に多い。その最たるものは、自動車! もっともこれは、車が右側通行である国での話です。その事情は本書の第14章で述べられています。そうしてみると、逆に日本では右側通行にすることによって、自動車事故がかなり減るのかもしれません(ただし、左手利きの人の事故率が飛躍的に高くなるという代償を払って)。

本書をすべての右手利きの人と、すべての左手利きの人にお薦めします。