チンパンジーから見た世界

松沢哲郎 (東京大学出版会、1991)

 

有名なチンパンジー、「アイ」を対象に行われた実験の記録です。チンパンジーの認知機能は人間のそれと同じか、違うか。チンパンジーは数の概念や言語を習得できるか。チンパンジーは外界をどのように眺め、認識しているのか。アイに図形文字と記号操作を教え、工夫を凝らしたさまざまな実験によって、これらの疑問に一つひとつ答えを出していきます。

興味深い結果をいくつか紹介しましょう。人間は知っている人の顔写真をさまざまな回転角度(正立の位置からの傾きの大きさ)で見せられたとき、傾きが大きいと認知が難しく、180度回転(倒立)したときに最も時間がかかるのに比べて、チンパンジーは倒立の写真を正立の時と同じ速さで認知できること。アイが習得した色彩語彙の個々の意味範囲は、人間のそれとほぼ同じであったこと。アイは数の概念の一部(数の順序性)を理解したと考えられること。

最も議論を呼ぶのは、おそらく「言語」の問題でしょう。著者は次のように主張します。「ヒトは『言語』によって、ヒト以外の動物と区別されるわけではない。逆に言うと、言語にも、非言語的コミュニケーションにも、社会関係にも、道具使用にも、またそれ以外の、ヒトという種の行動レパートリーのあらゆる側面に認められるところの『自己埋め込み的構造のレベルの深さ』こそが、ヒトの認識を特徴づけているのである」

本当にそれが人間の言語の最大の特徴なのかどうか。アイが習得した「言葉」はどこまで人間の言語に近いのか。この問題が決着を見るには、今しばらく時間がかかるのかもしれません。