昔から疑問に思っていたことがある。
J. S. バッハの器楽作品の中には、たとえば「ブランデンブルク協奏曲」や「フランス組曲」のように、6曲で1つの曲集にまとめられているものがいくつかある。これらの曲集のCDやレコードは、たいてい1枚に3曲ずつ、2枚組のセットになる。問題はそのときの曲の順番だ。ふつうは番号順に収録されているのだが、そうでないことも少なくない。LPレコードの時代には、曲の途中で盤面が替わることを避けようとすると、番号順にできないこともあった。これはまあ、仕方がないと思うのだが、曲の途中で面を替えていながら、何の意味も必然性もなく曲順を入れ替えているものも多かった。CDでは、演奏によっては2枚に収まりきらない「パルティータ」以外は、どの曲集も番号順で無理なく1枚(片面)に3曲ずつ収まるのだが、それでも依然として番号順でないものがある。
そこで筆者の疑問とは、これらの作品においては6曲の調の配列に意味があると思われるのに、順番を入れ替えてしまったらその意味が失われてしまうではないか、ということである。演奏者やレコード会社の制作担当者は調の配列の意味に気付いていないのだろうか。
しかし、そもそもバッハの作品の調の配列に意味がないのだとすると、自動的に筆者の疑問も意味を失うわけだ。そこでこれを検討しようというのが本稿の目的である。
バロック時代(17〜18世紀半ば)には、同種の編成・形式の器楽曲を6曲または12曲集めて1つの曲集として出版または献呈することが多かった。バッハの器楽作品には12曲セットのものはないが、単一楽章の小規模な曲集も含めると、6曲セットのものは全部で10ある。「ブランデンブルク協奏曲」、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」、「無伴奏チェロ組曲」、チェンバロのための「イギリス組曲」、「フランス組曲」、「パルティータ」、「小プレリュード」、オルガンのための「ソナタ」と「シュープラー・コラール」、そして「チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ」である(作曲者の生前に出版されたのは「パルティータ」と「シュープラー・コラール」のみ)。
このうちいくつかの作品については、調の配列に規則性があることがすでに指摘されている。「イギリス組曲」の各曲の主音(音階の第1音)を順に並べると、ラ・ラ・ソ・ファ・ミ・レとなり、2曲目以降は1音ずつ下降している。「小プレリュード」ではこれがド・ド・レ・レ・ミ・ミと、逆に階段状に上昇している。また「パルティータ」ではシ♭・ド・ラ・レ・ソ・ミと、上下に広がっていく「くさび」型である。しかしここでは、主音ではなく、長調と短調の配列(本稿では「長短配列」と呼ぶことにする)に注目してみよう。
10の作品集の長短配列は以下のとおりである。曲の番号順に、長調はDで、短調はmで示す。ただし、無伴奏ヴァイオリン曲集は「ソナタ」を前半に、「パルティータ」を後半にまとめた。
ブランデンブルク協奏曲 DDD DDD 無伴奏ヴァイオリン曲 mmD mmD 無伴奏チェロ組曲 DmD DmD イギリス組曲 Dmm Dmm フランス組曲 mmm DDD オルガン・ソナタ Dmm mDD シュープラー・コラール Dmm mDD パルティータ Dmm DDm 小プレリュード Dmm DDm ヴァイオリン・ソナタ mDD mmD
注目してほしいのは、前半の3曲と後半の3曲の関係である。まず「ブランデンブルク協奏曲」、「無伴奏ヴァイオリン曲」、「無伴奏チェロ組曲」、「イギリス組曲」をみると、いずれも後半が前半と同型である。これをA型とする。つぎに「フランス組曲」、「オルガン・ソナタ」、「シュープラー・コラール」をみると、前半と後半で長調と短調が入れ替わっている。いわば「裏返し」である。これを−A型としよう。
残ったのは「パルティータ」、「小プレリュード」、「ヴァイオリン・ソナタ」だが、いずれも後半は前半を「逆順」(前半と後半の境を中心に左右対称)にしたものの「裏返し」である。逆順をB型とすると、これらは−B型となる。
つまり、これら10の曲集の長短配列はすべて、後半が前半と同型またはその裏返しか、後半が前半と逆順またはその裏返しか、この4つのタイプのいずれかなのだ(「ブランデンブルク協奏曲」と「無伴奏チェロ組曲」はA型であると同時にB型でもある。これをA/Bと表すことにする。同様に「フランス組曲」は−A/−Bである)。
以上をまとめると次のようになる。
ブランデンブルク協奏曲 DDD DDD (A/B) 無伴奏ヴァイオリン曲 mmD mmD (A) 無伴奏チェロ組曲 DmD DmD (A/B) イギリス組曲 Dmm Dmm (A) フランス組曲 mmm DDD (−A/−B) オルガン・ソナタ Dmm mDD (−A) シュープラー・コラール Dmm mDD (−A) パルティータ Dmm DDm (−B) 小プレリュード Dmm DDm (−B) ヴァイオリン・ソナタ mDD mmD (−B)
なぁーんだ、と思われるだろうか。そんなのは偶然にすぎないだろうと。だいいち、6曲を前半と後半の3曲ずつに分ける根拠は何か。
そもそも6という数自体、三位一体を表す3の2倍に由来するのだが、「パルティータ」では第4番の冒頭楽章がいわゆるフランス風序曲の形式であることから、この曲が曲集の後半の開始として位置づけられているということは、すでに諸家の認めるところである。「イギリス組曲」第4番のプレリュードもフランス風序曲のリズムを取り入れている。バッハの他の作品を見ると、「ゴルトベルク変奏曲」では30の変奏の後半を開始する第16変奏がやはりフランス風序曲だし、「平均律クラヴィーア曲集」第2巻の後半開始にあたる第13番嬰ヘ長調のプレリュードも、3拍子ながらフランス風序曲のリズムだ。もっとも、「無伴奏チェロ組曲」では第5番がフランス風序曲で始まるから、二分割が常に意識されているわけではないのかもしれない。
そこで、二分割の問題はひとまずおいて、つぎに、バッハがこれらの作品集で長調の曲と短調の曲をランダムに並べたときに、偶然このような結果になるということがありうるかどうか、言い換えると、このような配列の規則性はバッハ自身の意図したものであるといえるかどうかを、確率計算によって検証してみよう。
まず、上記の4タイプの可能な長短配列をすべて書き出してみると、以下の24通りである。
DDD DDD (A/B) DDD mmm (−A/−B) DDm DDm (A) DDm mmD (−A) DDm mDD (B) DDm Dmm (−B) DmD DmD (A/B) DmD mDm (−A/−B) mDD mDD (A) mDD Dmm (−A) mDD DDm (B) mDD mmD (−B) Dmm Dmm (A) Dmm mDD (−A) Dmm mmD (B) Dmm DDm (−B) mDm mDm (A/B) mDm DmD (−A/−B) mmD mmD (A) mmD DDm (−A) mmD Dmm (B) mmD mDD (−B) mmm mmm (A/B) mmm DDD (−A/−B)
1つの作品集に含まれる6曲の長短配列は全部で 26 すなわち64通りだから、長短配列が上記の24通りのいずれかになる確率は、24/64=3/8 である。したがって、6曲ずつの作品集10組のすべてが偶然に「長短配列の規則」に適合する確率は、 310/810=0.0000550 となる。
統計学ではふつう、偶然に起こる確率が100回に1回(0.01)以下である現象が実際に起こったら、それは偶然ではないと考える。バッハの長短配列の規則性は、偶然に起こるとしたらおよそ1万8000回に1回の現象で、これはサイコロを6回振ったときにすべて同じ目が出る確率(1/65=0.000129)よりも低い!――もうおわかりだろう。これは決して偶然ではないのだ(バッハが長調と短調をランダムに配列したとすると、10組のうち長短配列の規則に適合する組の数の期待値は3.75である)。
バッハは明らかに、長調の曲と短調の曲を上記のような規則に適合する仕方で並べたと考えられる。何のために? もちろん単なる自己満足だろう。こんなことに感心してくれる人は誰もいない。いや、そもそも、こうして何組も並べてみなければ、何らかの規則性があることにすら、誰も気づかないだろう。しかし、気づいてもらえなくてもいいのだ! 筆者はこんなところにもバッハの美意識を感じるのである。同種の曲を6曲並べるときは、長調と短調の配列にも気を配るという、形式の美学である。
さてしかし、これははたしてバッハの独創だろうか。バロック時代の他の作曲家の作品集には、ここまで徹底していないにしても、長短配列に何らかの規則性が見られる例はないのだろうか。そこで、6曲または12曲からなる作品集を多く遺した作曲家を何人か取り上げて、それらの作品集の長短配列を調べてみよう。まず、バッハと並び称されるドイツの作曲家ヘンデルである。
<ヘンデルの作品> トリオ・ソナタ Op.2 mmD Dmm 合奏協奏曲 Op.3 DDD DmD オルガン協奏曲 Op.4 mDm DDD 合奏協奏曲 Op.6 DDm mDm DmD mDm オルガン協奏曲 Op.7 DDD mmD
いくら眺めても、全体としては何の規則性も感じられない。ちなみに、Op.6を6曲ずつに分けてみても、バッハの長短配列の規則に適合するのはOp.2とOp.6の後半だけである。6組のうち偶然この規則に適合する組の数の期待値は2.25だから、これはごく自然な現象である。では、もう一人の有名なドイツの作曲家テレマンの場合はどうだろうか。
<テレマンの作品> ハンブルク四重奏曲 (1730) DDD mmm パリ四重奏曲 (1738) DmD mDm 四重奏曲 (1733) DmD DmD 整然としたソナタ (1728) mDm DmD 整然としたソナタ (1732) mmD DmD 音楽の練習帳〜ソナタ (1740) DDm mDD DDm DmD 音楽の練習帳〜トリオ (1740) mDm Dmm DDD DmD 無伴奏ヴァイオリン幻想曲 (1735) DDm DDm DDm DDm 無伴奏フルート幻想曲 (1733) Dmm DDm DmD mDm リコーダー・パルティータ (1716) DDm mmD ヴァイオリン・ソナチネ (1718) DDD DDD
ヘンデルに比べると規則性のある例が多いが、やはり全体を貫く規則のようなものは認められない。バッハの長短配列の規則に適合するのは15組中11組で、その確率は (2411×404×15!/11!4!)/6415=0.00430 と低く、統計学的にも偶然には起こりえない。しかしそれら作品集の多くは、単に長調の曲と短調の曲を一定の比率で交互に並べた結果そうなったにすぎない。つぎにイタリアの作曲家を見てみよう。取り上げるのはコレッリ、ヴィヴァルディ、ジェミニアーニである。
<コレッリの作品> トリオ・ソナタ Op.1 DmD mDm DmD mmD トリオ・ソナタ Op.2 DmD mDm DmD DDD トリオ・ソナタ Op.3 DDD mmD mDm mmD トリオ・ソナタ Op.4 DmD DmD DmD Dmm ソナタ Op.5 DDD DmD mmD DDm 合奏協奏曲 Op.6 DDm DDD DmD DDD
<ヴィヴァルディの作品> トリオ・ソナタ Op.1 mmD DDD DmD Dmm ヴァイオリン・ソナタ Op.2 mDm DmD mDm mDm 調和の霊感 Op.3 DmD mDm DmD mmD ストラヴァガンツァ Op.4 DmD mDm DmD mDD ソナタ Op.5 DDD mDm ヴァイオリン協奏曲 Op.6 mDm Dmm ヴァイオリン協奏曲 Op.7 DDm mDD DDD DDD 和声と創意の試み Op.8 DmD mDD mmm DDD チェトラ Op.9 DDm DmD DmD Dmm フルート協奏曲 Op.10 DmD DDD ヴァイオリン協奏曲 Op.11 DmD Dmm ヴァイオリン協奏曲 Op.12 mmD DDD 忠実な羊飼い Op.13 DDD DDm チェロ・ソナタ Op.14 DDm DmD
<ジェミニアーニの作品> ヴァイオリン・ソナタ Op.1 Dmm DDm mmD Dmm 合奏協奏曲 Op.2 mmm DmD 合奏協奏曲 Op.3 Dmm mDm ヴァイオリン・ソナタ Op.4 DmD mmD Dmm DDD チェロ・ソナタ Op.5 DmD DDm 協奏曲 Op.6 (不明) 協奏曲 Op.7 DmD mmD
3人ともほとんど全く規則性がない。途中まで長調と短調を交互に並べていながら、最後の方でなぜかその規則を崩してしまっているものもある。フランスの作曲家も取り上げておこう。バッハと同時代のルクレールである。
<ルクレールの作品> ヴァイオリン・ソナタ Op.1 mDD DDm DDD DDm ヴァイオリン・ソナタ Op.2 mDD DDD DDD mmm 2ヴァイオリン・ソナタ Op.3 DDD DmD トリオ・ソナタ Op.4 mDm DmD ヴァイオリン・ソナタ Op.5 DDm Dmm mDD DmD ヴァイオリン協奏曲 Op.7 mDD DmD ヴァイオリン・ソナタ Op.9 DmD DmD DDD mmD ヴァイオリン協奏曲 Op.10 DDD Dmm 2ヴァイオリン・ソナタ Op.12 mDD DmD 序曲とソナタ Op.13 DDD mDm (偶数番目がソナタ)
何らかの規則性が認められるのはOp.4だけである。念のため、バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハも見ておこう。父バッハの死後30年以上経った頃の作品も含まれる。
<C.P.E.バッハの作品> プロシャ王・ソナタ Wq. 48 DDD DDD ヴュルテンベルク・ソナタ Wq. 49 mDm DDm チェンバロ・ソナタ Wq. 50 DDm mDm クラヴィーア・ソナタ第1集 Wq. 55 DDm DmD ロンド付ピアノ・ソナタ第2集 Wq. 56 DDD DmD ロンド付ピアノ・ソナタ第3集 Wq. 57 DmD mDm ロンド付ピアノ・ソナタ第5集 Wq. 59 mDD mDm ロンド付ピアノ・ソナタ第6集 Wq. 61 DDD mDD 正しいクラヴィーア奏法 Wq. 63 DmD mDm ハンブルク交響曲 Wq.182 DDD DmD
こうしてみると、長調の曲と短調の曲を交互に並べる方法が比較的よく用いられる傾向はあるものの、6曲または12曲からなる作品集のすべてに共通する規則が認められる作曲家は、バッハ以外には(少なくとも著名な作曲家の中には)一人もいないことがわかる。やはりこんなことを考えつくのはバッハだけなのだ。しかもバッハの場合、長調と短調を1曲ずつ交互に並べる最も単純な形のものが1つもないたことは、注目に値する。チェンバロのための「小プレリュード」の長短配列は「Dmm DDm」であるが、主音が「ド・ド・レ・レ・ミ・ミ」なのだから、ふつうなら単純に「ド(Dm) レ(Dm) ミ(Dm)」と並べたくなるが、あえてそうしていない。誰でも考えつくような、したがって誰が見てもすぐに気づくような陳腐なパターンを安易に採用することは、バッハのプライドが許さなかったのだろう。
なお、バッハ以外の作曲家の作品については可能な限り複数の資料に当たったが、楽譜、録音などの一次資料に当たっていないので、一部に誤りがあるかもしれない。また、トレッリとロカテッリについては、資料不足のため調べられなかった作品が多いので割愛したが、調べられた範囲では一貫した規則性を確認できなかった。
ここで、やや些末ではあるが、ちょっと気になる問題を片づけておこう。初めに挙げたバッハの作品集の長短配列には、A型、A/B型、−A型、−B型、−A/−B型はあるが、B型だけはない。バッハはなぜ、「純粋な逆順型」(左右対称形だが、前半と後半が「同型」ではないもの。たとえば「Dmm mmD」や「DDm mDD」)を一度も採用しなかったのだろうか。
まず、3つのことを確認しておこう。第1に、A型(同型)とB型(逆順)はいずれも、長調の曲と短調の曲が同数(3曲ずつ)の場合には不可能だという単純な事実である。
第2に、これも当たり前のことだが、バッハが曲の配列を決めるときには、なにも長調と短調のことだけを考えていたわけではないということである。たとえば、いくつかの曲集において最初の曲は「前奏曲」風の小規模な(あるいは親密な曲想の)作品であり、最後の曲は最も大規模な(あるいは深刻な曲想の)作品である。また、楽章数が次第に増えていくものもある。隣合った曲が似た性格になるのは避けたいということもあっただろう。初めに触れたように主音の配列に規則性をもたせたものもある。
第3に、バッハの器楽曲集のほとんどすべてが、既存の曲の寄せ集めによって、またはそれに若干の新作曲を追加することによって、成立していると考えられることである。つまり、何らかの構想に基づいてすでにほぼできあがった曲集に、あと1曲か2曲を何とか調達して6曲からなる曲集を完成する、といった状況が多かっただろう。だとすると、その時点で長短配列の選択肢はある程度限られていたと思われる(そう考えると、「逆順の裏返し」(−B)という手の込んだワザは、それほどの制約がありながら、あるいはむしろ自ら制約を設けながら、その中でなおも長短配列に何らかの一貫した規則性を持たせるために考え出された、苦心の策と見ることもできる)。
したがって、なぜ「純粋な逆順型」を一度も採用しなかったのかという問いに対しては、上記のようなさまざまな事情があってたまたま一度もできなかったのだ、というのが妥当な答えだろう。ただ、完全主義者であるバッハのことだから、「純粋な逆順型」を一度も作れなかったことは、もしかしたら心残りだったかもしれない。
ついでながら、無伴奏ヴァイオリン曲集にも触れておこう。
「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」は、ソナタ3曲とパルティータ3曲からなり、周知のとおり自筆譜ではソナタとパルティータが1曲ずつ交互に記譜されている。この順での長短配列は「mm mm DD」だが、本稿ではソナタとパルティータを分けてそれぞれをまとめ、「mmD mmD」とした。これはルール違反だといわれれば、それまでである。しかし筆者は、この曲集でもバッハは長調と短調の配列を重視したこと、そして長短配列を考える際にはソナタとパルティータに分けたであろうことを、確信している。
3曲のソナタは、各曲の第2楽章フーガが次第に長大になっている(演奏に要する時間の比はおよそ2:3:4)うえに、主題の転回形は第2番と第3番のフーガで使われ、ストレッタは第3番のフーガのみで使われるというように、作曲技法的にも次第に高度になっている。またパルティータに関しても、古典的な組曲の形式からの自由度が次第に増している。そして、各曲の主音はソナタが「ソ・ラ・ド」、パルティータが「シ・レ・ミ」と、見事な対称形である。つまり、ソナタとパルティータの配列は最初からそれぞれに分けて独自に、しかも相互に関連づけて考えられているのだ。そうした上でバッハは、全6曲の長短配列を一定の規則に従わせることも忘れなかった。この長短配列「mmD mmD」が、ほぼ同時期に成立したと考えられる「イギリス組曲」のそれ(「Dmm Dmm」)に近いこと、さらには直後に成立した「無伴奏チェロ組曲」の「DmD DmD」とも同類であることが、これを裏付けている。
それなら、なぜ最後にわざわざソナタとパルティータを交互に並べたのか。目的はおそらく、両者の対比を際立たせるということだろう。ソナタの「静」とパルティータの「動」を交替させているという、専門家の指摘もある。
さて、バッハの器楽作品には12曲セットのものはないが、6の倍数の曲がセットになっているものが3つある。すでに触れた「平均律クラヴィーア曲集」第1巻および第2巻、そして最晩年にまとめられたオルガンのためのいわゆる「18のコラール」だ。「平均律」は長調の曲と短調の曲を交互に並べた曲集だから、これは除外しよう。
そこで残るは「18のコラール」。6曲ずつ3組に分けると、長短配列は以下のとおり。
<18のコラール> DDD DDD (A/B) Dmm mmD (B) DDm mDD (B)
いかがだろうか。全体が見事な左右対称形だ。そして、あの「純粋な逆順型」(B)がついに登場。全18曲の調をランダムに並べて上のように6曲ずつ3段にしたときに長短配列が全体で左右対称形になる確率を計算すると、これは左右の対応する各位置の曲の長調・短調が一致する確率であるから、1/29 すなわち、512回に1回である。もちろん、偶然には起こり得ない。ついでに、18曲のうち6曲が短調である場合に長短配列が全体で左右対称形になる確率も計算してみよう。18曲のうち6曲が短調となるパターンは、18 !/6 ! 12 !=18564通りある。この中で左右対称形となるパターンの数は、左側の9曲のうち3曲が短調になる場合の数と同じであるから、9 !/3 ! 6 !=84である。したがって左右対称形になるのは、84/18564=1/221、つまり221回に1回である。これでもサイコロを4回続けて振ったときにすべて同じ目になる確率(1/63=1/216)より低い。
ところで、「18のコラール」というのは、実は「17のコラール」と呼ぶべきだ、という説がある。この作品は大きな楽譜帳に、他のいくつかの作品とともに書き込まれているのだが、最後の1曲だけが他の17曲と離れたページに記譜されていて、しかも曲の途中までしか書かれていないからだ(しかし、これとは別に完全な形の印刷譜が現存する)。「18のコラール」というタイトルも作曲者自身による記入ではない。
しかし、本稿で述べてきたことから考えると、これはやはり「18のコラール」と呼ぶべきだろう。なぜ1曲だけ離れたページにあるのかは不明だが、18曲の長短配列の完璧な美しさは、この1曲を他の17曲のコラールと一緒にして1つの作品集と見なしてほしいという、いかにもあの「音楽の捧げ物」の作曲者に相応しい遺言ではないだろうか。
最後に、演奏家諸氏にお願いしたいことがある。これらの作品集の演奏や録音に当たって、何らかの事情により曲順を入れ替えることもあるかもしれないし、また自らの判断により曲順を変更することはもちろん個人の自由であるが、もしも本稿の主張をご理解いただけたなら、何らかの形で長短配列の問題に一言言及していただければ幸いである。
(1998年6月1日)