Title: a certain remedy
Author: kujoshi
Rating: NC-17
Disclaimer: This is a work of fiction. I own nothing but the story line.




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「それで、貴方とあの見習い書生とは同衾する間柄なのですか?」

初対面の挨拶、時候の話、事務的な打ち合わせ、と礼儀正しく続いた話がふと途切れた折にいきなりこんな問いかけをされ、鳴海は一瞬頭が空白になった。
「おや、これは益体も無いことをお聞きしたようですね」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだろう。
訪問者は楽々と答えを読み取ったようで、鳴海の返答を待つ手間はかけなかった。
「それでは、今日のところはこれで失礼致します。また何かあればお伺いすることになると思いますが、その折にはよろしくお願いします」
よどみない口調で続け、
「あ、はあ、こちらこそ…」
まだ半分固まった頭で機械的に常套句を口にする鳴海に軽く頭を下げ、探偵社のドアに向かった。
「申し上げる必要もないでしょうが、先ほどの質問は忘れて下さいね」
最後に優雅な笑みを見せると、男は静かに出て行った。
「…って…?おい、ちょっと待てよ!」
やっと鳴海の頭に質問の意味が届いて怒りが湧いたのは、相手はとっくに銀楼閣の玄関を出ただろうという頃だった。


「おや、それはまた随分と…」
鳴海の、報告というよりは苦情の訴えを聞いたヤタガラスの使者は、頭巾の下の唇を歪めた。
決して鳴海のために怒ってくれているわけではなく、おかしさをこらえているのが見てとれる。
来客中、テーブルの下に大人しく座って会話を聞いていたはずの黒猫は、鳴海の怒りに共感するどころか、緑に光る目を逸らせて頬髯を震わせるだけなのは、滑稽さのみを感じているようであった。それに憤慨して探偵社を出、神社まで来てみたのだが、どうもこちらも同様らしい。
「随分と、なんだというのです」
噛み付くように、問い返す。
脳裏にはまだあの、同じように洋風の装いをし、同じように曲のある髪をした、自分よりはいくつか年下らしい男の姿がちらついている。
上背は鳴海よりも若干低いが、体の厚みは勝っていた。脂肪ではなく、しっかり鍛えた筋肉がついていることが、背広の上からでもわかった。
肌の色は西洋人のような白さを持っており、長めの髪や、伊達らしい眼鏡の下の瞳も色が薄いようだった。
少々尖った細い鼻に、しなやかな眉の下には鋭そうな目という、眼鏡が無ければ厭味な程の美男子である。

「そちらが信頼できる相手というから上等の珈琲を入れてもてなしてやれば、いきなり人の私生活について妙な憶測を口にして帰って行くというのは、一体どういう作法ですか。神道というより、怪しい密教の徒ではありませんか」
身に付いた習性で大げさに表情を作って抗議をしたが、使者はそんな芝居はお見通しとばかりに涼しげに微笑んで、
「当代は召喚師としての力量はもちろん、学問に於いても秀でた学生ですが、世間智という点では尋常小学校の子供に比べても欠けるところがあるようなので…」
「そんなことはわかっていますが、そのことと、あの妙な質問とはどういう関係があるのです」
「世間一般の人間ならば『妙』と思うことでも、当代には何が妙なのかわからない、そういうこともあるのです。それはあなたもご存知でしょう」
「……」
突然、自分のまわりの空気がひやりとするのを鳴海は感じた。
使者の目が頭巾の奥から鋭く睨めつけているのがわかる。
(…なるほど、裏で色々聞いてるのはわかってる、と言いたいわけだね)
鳴海は肩をすくめてみせ、
「それじゃ、今日はこの辺で帰りますよ。あんな非常識な男の力を借りなきゃならない事態が起こらないよう、そちらもしっかりお祓いでも祈祷でもしてて下さいよ」
せいぜいの憎まれ口を叩いて、神社を後にした。

***

「では葛葉、来月朔日からということにするのか?」
「はい」
「期限は一月となっているが、延長になる可能性もあるということなのだな」
「はい、よろしくお願い致します」

放課後の高等師範学校の教員室で担当教官に休学願いを提出した少年は、あらためて頭を下げた。
この、表向きは探偵助手である少年に関しては、詳細は伏せられてはいるものの、「特殊な状況にある者ゆえ、色々と目をつぶって欲しい」旨のお達しが相当の見返りと共に下されていた。
それで、通常この少年が数日無断で欠席をしたり、あるいは午前や午後だけの登校になったりすることは特に問題になりもしないのだが、先日受けた「依頼」というものが、機関の扱った過去の任務に鑑みてもかなり特殊であり、また日数もかかることが予想されたので、今回は正式に許可を取り、それも前もって話を通しておく方がよかろうということになったのである。
「カラスのおねーちゃんもそうしとけってさ」
所長の鳴海はそう言って、紙巻を吹かしつつ書類の保護者欄に判を押したのだった。

「そういえば、昨日も休んでいたが、病気ではないのだよな?」
出席簿をめくっていた教師がふと、という感じで尋ねてきた。
「あ、はい。すみません」
「いや、それは別によいのだが…」
問題ないとは言われていてもこんな場合の常で、少年はひとりでに頬が熱くなるのを感じたが、教師は笑いを見せてうなずいた。
「もしや、ミムラを見かけなかったかと思ってね」
「ミムラ…」
呟くように教師の言葉をくり返してみたが、少年にはその名前に覚えがなかった。
その様子を見て、教師は再び苦笑した。
「おまえの級友なのだが、覚えていないようだな。まあそう目立つ型でもないし」
「…すみません」
「何、おまえが謝ることでもない。ただ、ここ二日ほど登校しておらず、家でも探しているようなので、万が一にも町中などで姿を見かけていないかと思って聞いてみただけなのだ。心当たりがないなら、気にしなくてよい」
「わかりました。それでは、失礼致します」
いま一度頭を下げ、少年は廊下へと出た。

(ミムラ…字は、三村だろうな…)
昇降口へ向かいながら少年は級友であるらしい男の顔を思い浮かべようとしたが、どうもうまく行かなかった。
自分の席の近くに座っている級友たちならば顔は思い出せるが、こちらは名前の方があやふやだった。
自分で考えてみて、決して記憶力が悪い方ではないと思う。
任務で関わる人の名や顔はすぐに覚えるし、仲魔たちの性質なども把握している。
それが学校に関してはこんな有様だというのは、
(内心、必要のないことだと軽んじていて、記憶に残らないのだろうか)
学校生活、普通の若人の生活というものに入り込めていない自分というものが、急に強く意識されたようだった。
(仕方の無いことなのだろうが…)
今更何を…と思ってみても、少年は自分の中に、小さいが決して飲み下せない塊が生まれた気がした。

***

「やあ、久しぶりだね」
聞き覚えのある声に、校門を出かけた少年ははっと目を上げた。
脇の塀に半ば寄りかかるようにして、山上が立っていた。
盆の時と同じような背広姿だったが、厚目の服地の両前で、顔に細い枠の眼鏡がかかっているという点が違っていた。
「…君に直接会うことは少々気が咎めたのだが…」
「……」
相手の穏やかな表情に身体の緊張はすぐに解いたもの、といってどんな面持ちで向かえばよいのか瞬時には判断がつかず、少年はとにかく軽く頭を下げた。
そのまま黙って立っている少年に、山上の方もどう続けたらよいのか少々困惑したか、あるいはちらちらと興味深げに向けられる下校の生徒たちの視線も気になったか、
「ええと…少し、歩こうか」
言って、先に立って歩く。
言葉の曖昧さとはうらはらに目的地は定まっているらしく、迷いの無い足取りで裏通りの方へ向かう。
少年が少し遅れてついて行くのに、
「筑土町の方へは、午前中に挨拶を済ませておいた。君の帰りが遅れるかもしれないことは所長さんに話してあるから。もちろん目付け役さんにも」
安心させるように言い、歩みを緩めて少年に並ぶようにした。

やがて、道の交差する角に面した小さな門が見えてきた。
そこをくぐった脇には二階建ての西洋風の建物が立っている。
山上は慣れた足取りで入り口に向かい、中にいた人々に軽く挨拶をしたりしながら階段を上がった。
男ばかりで、自分にかなり近い年と思われる者たちもいれば、ずっと年かさの人間もいた。
「とりあえずの身分として、ここの研究室助手ということになっているんだ」
(では、あの人々は大学の学生や教授ということか)
山上の眼鏡姿は、彼らに溶け込むための小道具なのだろう。
少年はここの学究的な雰囲気に納得しながら山上の後に続いた。
通り過ぎるいくつかの部屋の空いたドアの向こうには、数多い小引き出しのついた背の高い棚や、様々な実験器具のような物が見えた。
「ここで少し、休憩しようか」
山上はテラスに少年を誘った。
広い芝生の向こうに池が見え、さらに奥には豊かな緑が広がっている。
少年は樹々のそびえる丘に目をやり、予想していなかった空の広さに驚いた。
(桜田山にも樹は多かったが、あの鬱蒼とした感じとは違う…)
「なかなか、いいところだろう?元々小さな山だったところだし、植物の研究ということで樹をやたらに植えているからね、本郷よりもなじみやすいよ」

「まあ、座って待っていてくれ。今、お茶をもらってくるから」
山上はテラスに置かれた何客かの椅子を示し、建物内に戻っていった。
少年は言われた通りに腰を下ろし、景色に目を向けた。
確かに気持ちの良い場所ではあるが、
(自分は何故ここに連れて来られたのだろう…)
鳴海に挨拶を済ませてあるということは、当然ヤタガラスの方とはきっちり話がまとまっているのだろうし、少年としてはただそれに従うだけであって、了承を取るというような手続きは必要ない筈である。
それは数日前、黒猫に身を窶した目付け役のゴウトから聞かされた話で――
不可思議な依頼のことは更にそれ以前から鳴海に聞かされていたが、その依頼を遂行するためには守護している帝都を相当長く留守にすることになってしまう。
「その間、万一帝都の危機でもあった時の用心に、修験の人間を代理に雇うのだとさ。もちろん表立ってそうとは言わぬが」
「修験のお方というと…」
ふと予感がして尋ねる少年に、
「ああ、盆の時の、山神さまだ」
黒猫は緑の目を光らせて答えたのだった。

(もしや、あの時のことを気にかけて下さっているのだろうか)
そうだとしたらもったいないことだ、と思う。
格上の方に力を授けていただいて、更に今度は自分の勝手で留守をする間の護りを引き受けて下さるなどと…
あの時起こった事は不幸な事故で、誰が悪いというものでもない。
言えるものならば、「これも神の思し召し」ということになるのかもしれぬ。
そうであるなら、あの時自分でも言った通りに、
「神々のなさりように相対して人の子が出来ることは、喜ぶか、悲しむかのみ」
なのである。

狐がいなくなったことは、それは悲しいことだ。
だが始終傍らにいるようになったのは、実際にはほんの数ヶ月のことである。
子供の頃は一日中共に山を駆けたりする日もあったが、成長するにつれ自分の修行が厳しさを増し、狐の方も里人に頼まれて働いたりするようになって、互いに姿を見ない日も多くなっていった。
自分が帝都に出てからは、それこそ数える程の回数しか会っていない。
だから…
(この、物足りないような気持ちは、始終見慣れていた姿が急に見えなくなったという、それだけの理由なのだから)
いつまでもそんな気持ちを引きずっているようでは、帝都守護者としての面目が立たぬ。
早く忘れてしまうことが肝要なのだ。
だがこうして、嫌でも思い出してしまう人物を目のあたりにしては、忘れておくということは困難である。
ましてや、あちらからその事を持ち出されでもしたら…
少年は自分が詮無い事を口走りでもしないかと、緊張が解けないのだった。

「おや、ユー、来てましタか」
特徴ある声に、少年はさっと立ち上がり身構えた。
顔は髭に覆われ、痩せた身体に黒いカソックを身に付けて、足には草履という奇態な風体の外国人が立っている。
(ラスプーチン!なぜここに…)
「オー、刀を抜く必要は、ありマせんネ。ミーはもうユーたちに害すること、ありマせんよ」
「……」
そう言われても相手がダークサマナーでは、簡単にその言葉を信用するわけにもいかない。
「困りましタね。どうしたら信用してもらえるかナ…」
ラスプーチンは眉をしかめつつも、ニヤニヤ笑いながら肩をすくめる。
「首でも外して、預けたらどうかな」
後ろから山上の声が聞こえた。
言葉はきついものの、眼鏡の奥の目は笑っている。
その手に持ったお盆には、急須や湯のみが乗っていた。
「あっ…申し訳ありません、気の利かないことを…」
少年は急ぎ、山上からお盆を奪うように受け取った。
茶をもらってくる、というのはてっきり誰かに仕度を言いつけてくるという意味だと思っていたのだ。
山上が手ずから運んでくるとは思いもせず、どっかりと座りこんでいたとは…

(自分が行くべきだったのに)
こんなところをゴウトに見られたら、どれ程叱責を受けることか。
いや、ゴウトがいたとすれば、山上の言葉に遅れず「何をしている、おまえの仕事だぞ」と命じてくれていただろうが、そんなことを考えるということが既に、
(頼りすぎているのだ…)
こんなことでは、と思うと自然と頬から耳のあたりが熱くなる。
お盆をテーブルに置き、茶道具や菓子鉢をテーブルに移そうとして、湯のみが三客あることに気がついた。
(これは…)
思わず問うような目を向けると、
「下で会ったので先に上がってるように言ったんだけど、一緒に来た方が誤解がなくて済んだかもしれないね」
椅子に腰をかけた山上は肯いて見せた。

聞くと、ここにいるダークサマナーには山上の方から声をかけていたのだという。
――こちらの部下になって働けというわけではない。
ただ普段はこちらの邪魔をせず、もしも帝都を揺るがすような案件が起きた場合には多少の協力体制を取って欲しいと、伝えておいたのだと。
「そうイうことなラ、別にミーも断る理由ありマせんしネ。ミーはこの街で呑気にやってくのガ、性に合ってイて、気に入ってマスから、ここを壊さレるのは迷惑ネ。ミス・タヱもいるシ…」
ラスプーチンは上機嫌で煎茶を啜りつつ、菓子鉢に盛られた豆大福をひょいひょいと口に入れる。
「おいおい、包みくらい剥くものだよ。造り物の身体ったって、折角手に入れてきた名物なんだからね、ちゃんと味わってくれよな」
山上は呆れつつ、
「君も遠慮せずにどんどん食べなさいよ。食べ盛りなんだから」
菓子鉢を少年の方に近づけて、勧める。
「あ、はい、ご馳走になります」
軽く手を合わせて頭を下げ、少年は菓子の包みを剥いた。
二つに割り、片方を口に入れる。
「…美味しいです」
名物というだけあって、上品ながらも濃いその甘さは、初めて味わうようなものだった。
残りの半分も、あっという間に指の間から消えた。

「ユーは、まったく子供ナノね。いやはや、こんな子供に負けタとはネ…」
ラスプーチンは溜息をついた。
次の菓子に手を伸ばそうとしていた少年の頬が再び熱くなる。
ラスプーチンは更に畳み掛けてきた。
「同じ制服の学生デも、西洋レディとランデブウ、ワかる?逢い引きなンてしてイるオマセボーイもいるとイうのに」
(え…?)
確かに少年の通う学校は女子部もあり、リベラルな校風で、学問の傍ら女友達と交友を深めている生徒たちもいるようである。
しかし西洋婦人とつきあうなどとは…
「それは、外国語の教師か何かと、たまたま会って話していたとかじゃないのか?」
山上も同じ思いとみえ、ラスプーチンに注意をしたが、
「いヤ、仲良さげに、腕組んデまシたネ!それにこの制服、三日月に三本ラインの徽章付き学帽、見間違エる筈、ありマせん!」
ラスプーチンは少年の学帽を示して主張した。
「…それを、一体いつどこで見たと?」
少年は思わず尋ねていた。

「ん?気にナる?ユーも、ランデブウ、シてみたいのかな?」
からかい気味に言いかけたラスプーチンの顔が引き締まった。
「オゥ…」
山上が横から掌を向けている。
(あれだけで、動きを封じることが出来るのだ…)
「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと教えてあげなさいよ」
口調は穏やかに、笑いさえ含んでいるが、その目つきは厳しい。
ラスプーチンがやっと、という感じで肯くと、山上は向けていた掌を下ろした。
「昨日、ネ。昼過ぎ…ハルミ…でネ。港の方、よく、気取った外国男とジャパンのレディがウロウロしてる辺りデスよ」
「晴海町…」
何故かはわからない。
直感のようなものだろう。
少年にはその生徒が、無断欠席をしているという三村という学生であるような気がしたのだった。

***

翌日登校して三村がこの日も欠席であることを確認すると、少年は探偵社には戻らず、登校時の制服姿のままで晴海町に行ってみることにした。
(これは、悪魔や何かとは関係の無いことなのだから、武器や仲魔は必要無いだろう)
ラスプーチンが見たという学生と三村を結びつけているのは自分の勘でしかないのだし、晴海町と一口に言っても広い場所である。
そんなあやふやなことでゴウトを連れ回すのは自分勝手だ…
このところお目付け役に頼りすぎで、甘えが出ているのではないかと不安になった少年はそんな風にも考えてみたのである。
だがそこには、昨日探偵社に帰ってからのゴウトと鳴海の態度も少々与っていたかもしれない。


あの後――
山上とラスプーチンが世界情勢や術者同士の話をしているのをなんとなく耳に入れながら茶を啜っているうち、部屋に灯りがともり始めた。
少年は暇乞いをして、道もわかるし一人で帰れると言ったのだが、山上は自分が誘ったのだからと、市電の走る大通りまで送ってきてくれた。
その夜、鳴海とゴウトが揃っているところで放課後の顛末を報告すると、二人ともラスプーチンの出現には驚いたが、
「まああいつは、こちらと利害が対立しない限りは敵というわけでもないからな。ロケットの時には無理矢理協力させたが、それで別段恨みを抱いているわけでも無さそうだし」
ゴウトに続いて鳴海も、
「やたらとタヱちゃんにちょっかいを出すのは感心しないが、一応サマナーなんだから悪魔退治の役には立つだろうな」
と肯いた。
そこまではよかったのだが、少年が、
「何故わざわざ自分を連れて行ったのかわからなかったのだが、結局ラスプーチンに引き合わせて話を通しておくためだったのだろう」
という意味のことを言った途端、鳴海、ゴウト、二人ともが一瞬微妙な表情になった。

「ラスプーチンが来たのは偶然ではないのか?前から声をかけていたのは事実だろうが、山上は、確かにあいつも呼んだと言ったのか?」
ゴウトの問いに少年はその時のことを思い出してみた。
…はっきりとそう言ってはいなかったように思う。あの時の状況からではどちらとも判断がつかなかった。
というよりも少年は、山上に対する自分の振舞い方に迷っていたところに第三者が現れたことで助かった気分になり、そこいらの経緯にはあまり注意を向けていなかったというのが本当のところである。
だが、
「そうでないとしたら、自分を連れて行った意味がまったく無い」
と、少年は三人の顔合わせは山上が計画していたことだと結論付けたのに、二人は曖昧な顔を見合わせるばかりなのである。
自分がいなければ会話の成り立たない二人が、留守の間に話し合った筈もないのにこの一致は一体どういうわけかと、少年は不思議に思った。
(鳴海さんに何か考えがあって一方的にゴウトに話し、ゴウトもそれに賛成しているということだろうか。とにかくゴウトは人の言葉はわかるのだし)

(そういうことであれば)
その内容はたぶん、あの狐に関することであろう。
少年が最初案じたように、鳴海やゴウトも山上があの時の詫び代わりに、既に決まっている件についてわざわざ少年に挨拶を入れてきたのだと考えているのだ。
鳴海もゴウトも面と向かっては言わないが、あの事故に関しては少年に気を使っているのがわかる。
(そのことは有り難いが…)
結局は自分で乗り越えるしかないことなのだ。
そうやって子供扱いされるのは、まだまだ自分に至らない面が多いせいなのだ。
まず、自分が成長しているということを行動で見せなければならない。
幸いというのかどうかわからないが、無断欠席をして遊び歩いているらしい級友の話は言いそびれていたし、自分一人で調査をするのにはぴったりだ…
そんな思いが根底にあって、少年は一人晴海に向かう市電に乗ったのだった。




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