Title: with a little help from my -?-
Author: kujoshi
Rating: PG-13
Disclaimer: This is a work of fiction. I own nothing but the story line.



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気がついた時、そこは見知らぬ土地だった。
しかしどこか懐かしいような、見覚えのある場所のような気もした。


「大丈夫かい?」
通りがかりらしい見知らぬ女性が声をかけてくれる。だが、
(大丈夫…とは?)
「転んだの?」
また、別の女性の声だ。
(あ…?)

見回すと、大きな川にかかる橋の真ん中で座り込んでいる。
ここで、倒れていて気がついたところらしい。
心配されるのも無理はない。

「あ…はい、大丈夫です」
心配する女性たちの視線を感じ、少年は立ち上がって礼を言った。
マントの裾の埃を軽く払う。
マントに学生服、そう、自分は…
「そう、気をつけてね、雷堂ちゃん」
「はい」

普通に返事をしてから、少年ははっとした。
(え…?この人たちは自分を知っている…?)
少年の驚きをよそに女性たちはとうに去っている。
(自分は知らないのに…それに自分の名はそんなのでは)
だがそう思って次の瞬間、少年はもっと大きな驚きに襲われた。
(自分は…?)
少年は、自分の名前を思い出せなかった。
自分がなぜここにいるのかも。


少年はもう一度、自分の姿をあらためた。
マントに学帽、学生服。
ごく普通の書生の格好である。
だがマントで隠れた学生服の上には、異様とも言えるものを身につけていた。
まず気づくのは左腰に佩いている長い刀。
それを止めているベルトの右側には拳銃の入ったホルスターがぶら下がっている。
手で探ると、後ろには弾丸が並んで止めてある。
更に、胸にも同じような白い皮ベルトが巻かれ、両の胸に数本ずつ、金属の管のようなものが、これもまたきちんと止められている。
(これは…)
どう考えてもただの学生の持つものではない。
(特殊な軍人か、何かなのだろうか…)
だが、自分がそのような特別の力を持っているという感覚はなかった。

(落ち着かねば…)
少年は襲ってくる不安を抑えようとした。
(名前を知っている人がいるということは、たぶん自分はこの町を知っているのだ)
少年は一度目を閉じて、深く呼吸をした。
それから目を開け、橋の欄干に寄りかかって町を眺めた。
最初に感じたように、やはり懐かしい感覚がある…
と、強い視線を感じた。
橋のたもとだ。
ただの黒猫だった。
だがその目は翡翠色に輝き、妖しい光を放っているように見える。
黒猫は少年の視線に気づくと身を翻して走り去った。
少年は思わずその後を追った。
何かがわかるような気がしたのだ。
黒猫は器用に商店街の人ごみの中を抜け、その一角の寺の中に走りこんだ。
少年も迷わず後を追った。
未知の町でありながら、どこか体がその地形を覚えている。
長い刀の揺れを障害にしない走り方も身についているようだ。
だが寺の門をくぐり、本堂へと上るきざはしを見て、少年の体は止まった。
そこに立っていたのは自分だった。
自分が何者か思い出せない状態で、なぜそう思ったか。
それは後で思えば、無意識の記憶というようなものなのだろう。

「魔の気配を感じて来てみれば…我が影法師か」
大きくはないがよく通る声は、少年と同じものである。
違うのは、顔に走る二本の刀傷だ。
一本は左頬を斜めに、もう一本は右の額から目を通り頬へと下りている。
学帽の庇にも切れ目がある。
傷のせいか右目はやや眇められてはいるが、その眼光は鋭い。
それに気圧されて、少年は言葉が出なかった。
答えない少年を退けるべき魔と見たか、その少年は刀の柄に手をかけた。
「待て」
止めたのは先程の黒猫だった。
ずっと、その少年の足元にいたようだ。

(え…?)
猫が人の言葉を話している。
だが一方、そのことをそれ程不思議とも思っていない自分がいる。
「影法師、というわけでもなさそうだ」
黒猫は少年を眺め回すように見ながら言う。
「写し身のようによく似てはいるが」
「業斗がそう言うなら信じよう」
その少年は刀を納めた。

(『ゴウト』…)
どこかで聞いたような気がする。
だがはっきりとは思い出せない。
「影ではない、というなら名乗ってみせよ。十四代目葛葉雷堂の姿をまとって現れた妖かしよ、答えてみよ」
「……」
「答えられぬのか。ではやはり…」
再び刀を抜こうとするのを、
「まあそう早まるな、雷堂」
黒猫が再び、名前を呼んで諌めた。
(『ライドウ』…そうか、さっきの女性たちは自分とこの男を間違えて…)
では、ここは自分の知っている町ではないのかもしれない。
少年は再び不安が大きくなるのを感じた。

「この者、魔の気配は感じるが邪気はまるで無い。何者かに使われているだけのモノかもしれぬ」
「む…」
黒猫に言われて、雷堂と呼ばれた少年はあらためてこちらに目をくれた。
「おまえは、物が言えぬのか」
「いや…」
「ほお、声も雷堂に似ているな」
「業斗の言う通りだな。我に似せて作られたのか?」
「…違う…と思うが…」
何も思い出せないのだから、答えようがない。
「おまえ自身の名前はないのか」
「…思い出せない…」
少年の答えに、雷堂と業斗は顔を見合わせた。

***

名前も家も、なぜここにいるのかすらわからないという少年に、雷堂と業斗は困惑しているようだった。
「忘れ病、とかいう類か」
そう聞かれても少年には判断できない。
「そういうもののようだな。だがそれにしても只者ではあるまい」
(ん?)
代わって返事をする業斗の言葉に少年が思わず顔を向けると、
「そら、そうやってちゃんと俺の言葉を理解している。普通の人間には猫の鳴き声としか聞こえないはずなのだ」
(そうだったのか)
「それに持っている管も飾りではないな。見るところちゃんと悪魔が封じてある」
「…サマナーか。我と同じ…」
雷堂は少し目を見開いて少年を見た。
「召喚の呪文は思い出せないようだが」
「闘えば思い出すかもしれぬな」
雷堂はニヤリと口の端で笑った。
「試してみるか」
「雷堂?」
やや心配そうに見上げる業斗に、
「この町ではそれほど強い魔は出ない。ここに来るまでの間は運良く出会わなかったようだが…」
雷堂は門を出て歩き出した。
「来るがいい」
少年はその後に続いた。

何歩目かで、空間が歪んだ。
数体の「魔」が現れる。
それを目にした瞬間、少年は胸の専用ベルトに収まっている管の一本を取り出し、召喚の呪を口にしていた。
「ライドウちゃん、ちゃんとサマナーやれてるの?」
炎に包まれた黒衣の女性悪魔が現れる。
「ほお、あんなレベルの『仲魔』を使っているとは」
業斗が感心したように言う。
少年は自らも刀を抜き、数度なぎ払って簡単に魔を退けた。
「仲魔」の力など、この程度の「魔」には不用であった。

「やはり、体で覚えたことは忘れないようだな」
雷堂も少年に一目置いたようだ。
「しかし、おまえの仲魔はおまえのことを我と同じ名で呼んでいたな」
言われて少年ははっとした。
戦闘に入った瞬間、何もかも--「すべてを忘れている」ことすら頭になくなっていた。
「ライドウ」と呼ばれるのもその中では当たり前のことだった。
だがこうして通常の空間に戻ると、すべてはまたもやの中になってしまう。
「おまえより、仲魔の方が役に立ちそうだ。召喚呪文は思い出したようだから、端から呼んでみろ」
雷堂の言葉に少年は肯いたが、
「雷堂、これは俺たちだけでは片付かない問題のような気がしてきたぞ。ここは神社に行ってあの使者にも相談した方がよいのではないか?」
業斗が言い出した。
「うむ、仕方あるまい…」
雷堂はその神社にはあまり行きたくなさそうだったが、かと言ってもっともな業斗の言葉に反論するすべもなさそうだった。
三人は市電に乗り、郊外へ向かった。

***

「十四代目、業斗童子、これは…」
瓜二つの二人のサマナーを目にして、「ヤタガラスの使者」という女性はそれ以上続ける言葉を失ったようだった。
着物と同様真っ黒な頭巾が鼻までを覆っているが、それでもその驚きは明らかだった。
(この女性もなじみがあるように思える。今さっき雷堂が行った、この使者を呼び出す作法にも…だが、それ以上はわからない…)

「色々問うてみたが、邪ではなさそうだ。しかし家もわからぬというのでは放り出すわけにもゆかぬ」
業斗の説明に使者は、
「確かに、邪ではない。しかし普通の存在でもないようですね」
「それは、サマナーであるのだから」
「いえ、それだけではないようです。この者は、たぶんここに在ってはならぬ存在」
少年はどきりとした。
雷堂が早速刀に手をやる。
「やはり、討つべきモノか」
「お待ちなさい」
使者が落ち着いて諌める。
「あなたはそう手が早いから困ります。わたくしの推測を口にする前に、まず確認しなければなりません。そなた…」
使者は少年に向かって命じた。
「管の仲魔たちを呼んでみなさい。それぞれから話を聞きましょう」
少年は言われるまま、仲魔を一人ずつ召喚した。
その悪魔たちは皆同じようなことを言った。
十四代目葛葉ライドウ、悪魔召喚師で帝都の守護者、表の身分は鳴海探偵社の助手兼弓月の君高等師範学校生徒…

「我と同じだ」
雷堂が驚きと共に言う。
だが、関わってきた任務の話はかなり違っているようだ。
仲魔たちはもちろん全部の任務を知っているわけではないが、その断片だけでも、雷堂や業斗にはまったく心当たりがない事件が多くあるようだった。
「わかりました。やはりわたくしの考えたとおり…」
使者は納得したようだ。
「そなたはたぶん、こことは異なる時空の十四代目でしょう。何かの原因で時の迷い児となりここに現れたのだと思います。その原因でか、異なる時空に入った衝撃でかで、記憶が失われたのだと思われます」
少年は使者の言葉の意味を考えた。
(つまり、自分のいた世界とこことは同じような場所…なじみがあるのは、そのせいなのだ…)
使者はまだ言葉を続ける。
「気の毒ではありますが、異なる時空の存在は好ましくはありません。出来るだけ早く元の世界に帰ることが双方にとって望ましいことです」
「だが、病にある者にそんな難題を」
雷堂が割って入った。
眉根が少しひそめられている。

「病と言っても体のことではありません。それに闘いぶりの見事さはあなたも認めていたではありませんか」
「それはそうだが…」
雷堂はまだ何か言いたげだ。
(自分と同じ十四代目と知って、同情が湧いたのかもしれない…)
少年は雷堂を見て思った。
悪と思えば容赦なく砕かんばかりの勢いにこの優しさ。
情に熱い性質のようだ。
自分とは少し、違う気がする。
(といって自分のことはいまだよくわからないが…)
「あなたも不安はあるでしょうが…」
使者は少年に向かい、慰撫するように語る。
「帰る手立てはちゃんとあります。それは安心してよろしい」
「わかりました。ではそれを教えてください」
素直な少年の返事に使者は安堵したようだ。
「それでは…」
使者は時空を超えるための秘宝の存在と、それを手に入れる手段のあらましを説明し始めた。

***

「とりあえず、名前がいるな」
元の寺--筑土町と呼ばれている町の多聞天に戻って雷堂は言った。
帰る手段があるといっても一朝一夕にはいかない。
神社で寝泊りしてもいいのだが、記憶の無い身では日常のことに不自由もあるだろうと、戻るまでの間は雷堂と業斗の世話になることにしたのだった。

「おまえも『ライドウ』なのだろうが、同じ名では不便だ。いずれにしても今のところ、どんな名で呼ばれてもおまえには変わらんだろう?」
少年はうなずいた。
「では…」
雷堂は少し考えるようにして、
「アキラ、というのはどうだ」
業斗の口ひげが少しピクリとしたようだが、特には何も言わなかった。
「君がいいのなら、自分は文句はない」
「ではこの世界では葛葉昌と名乗るがいい。聞かれたら自分の従兄弟だとでも」
「わかった、有難う」
そう答える少年を、雷堂はしばらく黙って見つめる。
(…?)
少年…今は昌、が何か、と尋ねようとした瞬間、雷堂はふいと身をひるがえし、本堂へ入っていった。

「粗末なところだが…と、我が言うのもなんだが」
三人は本堂脇の小さな部屋に入った。
雷堂と業斗は、住職の許可を取ってここで寝起きをしているらしい。
「風は多少入るが、雨はしのげる。おまえも十四代目を襲名したのなら、『里』で厳しい修行を積んだはず。山野で暮らすことを考えたら、何ほどのこともないだろう」
確かに、表は冷たい風が吹いていたが、上等な毛で編まれているらしい、薄くて軽いマント一枚羽織っているだけで寒さはまったく感じなかった。
今ここでマントを取り、学生服だけになっていても特に寒いとは思わない。
(鍛えられているのだな、この体は)
昌はうなずき、板の間に座った。
「忘れ病というのは」
横に座った業斗が語りかけた。
「本人が思い出したくないと願ったような精神的なものでなく、頭を打ったとかの衝撃が元ならば、一晩寝ただけで思い出すこともあるのだ。あまり思い詰めず、気を楽にすればよい」
「そうなのか。有難う」
昌が答えると、黒猫もまた妙な瞳で自分を見ている、ような気がする。
先程の反応も考え合わせると、
(この名前になにか思い出といったものがあるのかもしれない。だがそれに関わることは自分の任ではなさそうだ)
昌はつとめてそう考えるようにし、元の世界へ戻る試練のことに意識を集中した。

使者が説明した手段は聞いた限りでは簡単そうだった。
もちろん、相応しい「力」があればの話である。
時空を超える秘術を使うために必要になるのは「天津金木」という宝具であるが、悪用を避けるためにわざと三つの角柱として分けられているのだという。
角柱は帝都各地にそれぞれの守護者を付けて封印されており、それを手に入れるためには守護者に相対してその力を示さねばならない。
つまりは闘って勝つということであるが、武力だけではなく、知力なども試されるらしい。
「各地と言ってももちろん現界ではなく、異界に赴かねばなりません。用意が整ったらあらためてここでわたくしを呼ぶように。あなたを帝都の異界へ送りましょう」
使者はそう締めくくった。

異界というのは、人間がおらず店などもなく、ところどころ通り道が「龍のアギト」などで塞がれていたりする以外には地形などは現界と変わらないという。
自分がこの雷堂とほとんど同じ人生を経てきているのなら、この帝都の色々な町も自分の足で歩いてよく知っているはずだ。
(しかしそれは記憶があれば、の話だ)
知らぬ町の、更に知らぬ異界とやらに、何の知識もない自分がそのまま飛び込んで大丈夫なのだろうか。

「我は明日は学校へ行くが」
雷堂が話しかけてきた。
「その間、退屈だろうから、業斗と散歩でもしてくればよい」
「そうだな、手始めは銀座町でも行ってみるか」
銀座町は、三本の角柱の一本がその異界で守られている場所である。
昌の不安を見抜いて、手助けしてくれる心積もりのようだ。
異界で闘うのは一人でも、あらかじめ町の様子を少しでも知っていれば心強い。
「有難う、世話になる」
業斗はおかしそうな目で昌を見た。
「おまえは本当に素直な子だな。時空が異なると色々違うものだ…」
「業斗」
雷堂の目に鋭い光が宿り、黒猫は、
「おっと、少しネズミとでも遊んでくるか」
と、部屋を出て行った。
「逃げ足だけは早い」
雷堂は腹立たしげに言う。
昌は黙っていることにした。




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