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2000年9月〜12月
| グァテマラはメキシコの南、中米北部に位置する共和国である。地図を広げてみると、ちょっと歪んだ壺のようにも見える。地図によっては右上に取っ手でもついたかのようにベリーズが加わる。ベリーズはかつてグァテマラがその領有を主張していたためである。 グァテマラは地理的には熱帯に位置するが、起伏に富んだ地形のため、様々な気候帯に分けられる。地形的には、ユカタン半島部(ペテン)、太平洋沿岸地帯、中部高原、北部渓谷地帯、の四つである。壺の口の部分が、メキシコのユカタン半島の付け根部分にあたる低地である。かつてマヤ文明が栄えたのも熱帯雨林に覆われたこの地域であるが、今では数多の遺跡も大部分はジャングルに覆われ、昔日の栄光を忍ぶばかりである。メキシコからエルサルバドルにつらなる低地の一部をしめる太平洋沿岸地域もまた熱帯に属するが、東西に走る山脈に囲まれた中部高原および北部渓谷地帯はほぼ温帯となり、山間部に至っては、セーターなしでは過ごすことも難しい。 赴任地であるアルタベラパス県は北部渓谷地帯のなかにある。遠くカリブ海に注ぐ河川が美しい渓谷美を作り上げている地域である。 首都から語学訓練の行われるアンティグアに向かうとき、初めてグァテマラの風景を眺めた。幾重にも連なる台地の縁にしがみつくように家が建っている。ここは1,500m前後の高地にあるため、雲がずいぶん低く流れていくのが印象的であった。 首都であるグァテマラ・シティCiudad de Guatemalaはかつて首都であったアンティグアが地震によって壊滅的な打撃を受けたのち、慎重な選定を経て、18世紀、中部高原地帯に作られた首都である。しかしながら近年の急速な人口の拡大のため、首都圏は拡大し続け、ついには家々が台地からこぼれ落ちはじめたような観がある。地図をみると谷間を越えて首都圏が拡大している様がよくわかる。発展途上国の例にもれず、ここ、グァテマラも首都に人口および物資の大半が集中し、発展した近代都市を形成しているが、同時に様々な都市問題を引き起こしている。また地方との格差も広がる一方である。 中米最大の人口を抱えるグァテマラは、人口の過半数がマヤ系先住民(インディヘナ)によって構成されているため、他の中米諸国と比べても特異な印象を与える。男性は一部の地方を除いて民族衣装を身につけることはあまりないが、女性は今も、色とりどりの模様を織りだしたウィピルと呼ばれる上着を身にまとい、巻きスカートを着用している。 人種構成としてはインディヘナおよびラディーノと呼ばれる混血がほとんどで、白人はごく少数である。このラディーノという概念は単に白人とインディヘナの混血を示すと言うより、インディヘナの生活をしなくなった人々をも含む対立概念である。したがってラディーノが多く住む都市の新市街周辺ではインディヘナの姿を見かけることはあまりないが、一歩首都をでるとグァテマラン・レインボーとも呼ばれるこれらの民族衣装を着たインディヘナたちを今も容易に眼にすることができる。 首都を離れ、眼をその周囲の景観へと向けると、目に映る風景が、同じ気候帯に属するとはいえ、日本とはずいぶん違って見えることに気づく。 ここ、グァテマラは太古に隆起した土地が浸食を受け、同時に活発な火山活動の影響を受けて出来た土地であり、起伏の多い特徴的な景観を形作っている。農村部に住むインディヘナたちはトウモロコシやインゲンマメを中心とする焼き畑農業を営んでいるため、山の斜面はそのままトウモロコシ畑となり、緑のパッチワークを描き出している。民家は集落を形成すると言うよりも山の斜面、トウモロコシ畑の中に散在している。牧歌的で美しくも見える風景であるが、木を切り倒しすぎているため、雨季には表土が流出しやすく、また土砂崩れ等の被害も受けやすいなどの問題を抱えてもいる。 興味深いのは集落の形成のあり方である。アジアなどの米作地域では水利および労働力の集約の必要性から、平地部にかたまって居住し、集落を形成するが、ここ、グァテマラでは住民は畑の近くに住居を構えるため、前述のような集落の様相を見せる。「トウモロコシの文化」と「米の文化」の違いとでも言うべきであろうか。 このことは同時に教育に関しても様々な問題をもたらしている。集落は広い範囲に点在し、学校の建設および教員の派遣を困難なものとし、教育の普及を阻んでいる。私のここでの仕事は県の教育事務所に属し、教育環境改善のために働くことであるが、グァテマラにおける教育上の問題は、こういった環境を考慮したうえで改善策を考える必要がある。 また、前述のようにインディヘナの人口比率が高いため、言語上の問題も存在している。グァテマラ全体でマヤ系非マヤ系含め、23の言語(マヤ系21言語とシンカ語、ガリフナ語)が存在し、スペイン語を話せない、あるいは話すことはできても書けない人々も多く存在する。スペイン語は彼らにとっては第二言語に過ぎない。都市をはなれ、一歩村落に足を踏み入れれば、スペイン語もあまり通じない、閉鎖的な人々のまなざしにさらされることになる。 |
| グァテマラの地方教育行政は日本とは異なり、各自治体の管轄ではなく、教育省所属の県事務所(Direccion
Departamental de Educacion de Alta
Verapaz/D.D.E.)が行う。教育省が教育政策およびカリキュラムを策定し、県事務所がその実施を担当している。県事務所はフォーマル教育(就学前、初等、中等前後)およびノン・フォーマル教育(特に識字教育と成人教育)を管理運営するが、必ずしもすべての教育行政分野を管轄しているわけではない。各省庁に属する各種学校はそれぞれ別に運営されている。 県内は16の市町村があるが、それとは別に30の学区に分けられ、行政技術調整官(Coordinador Tecnico Administrativo/C.T.A.)がそれぞれの運営にあたっている。現在アルタ・ベラパス県の学校数は635校、教師数は2641人(2000-01現在)。これらの管理を27人のCTAで行っている。 行政技術調整官の任務は以下の通り。 @ 管轄学区内の活動展開また、教育事務所内は以下の部局に分けられている。 @ 行政管理運営局(Unidad de Desarrollo Administrativo/UDA)私が配属されているのは、アルタ・ベラパス県教育事務所内の一部局である教育開発局であり、カウンターパートもここの責任者である。 |
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| 首都からコバンへと向かう旅客は、幹線道路沿いにいくつもの援助機関の看板をみることだろう。特にバハベラパスからアルタベラパスにかけては頻繁に目にすることができる。この地域は内戦中に人権侵害の甚だしかった地域のひとつであり、また生活水準も非常に低いため、各国の援助機関が入っている。にもかかわらず、全体の改善はなかなか進んでいないのが現状である。 これはいくつかの要因が考えられる。PROASE(Programa de Apoyo al Sector Educativo de Las Verapaces 欧州連合による二国間援助機関) の分析に依れば、この地方特有の問題としてインディヘナの比率が高く、スペイン語を話せない人々が多いこと、また分散した地域に居住すること、援助組織に参加することもすくなく、組織的な研修も不十分であること、伝統的な組織と近代的な組織の間に葛藤が存在していること、などが挙げられている。(PROASE, "Plan Operativo Global", 1999)いずれにせよ、援助を入れることよりも、それを効果的なものにするための方策を練ることが今後は必要になるだろうと感じている。時間と労力のわりに報われない仕事かもしれないが。 3.1 隊員の地位 Asesor en Planificacion(プロジェクト・アドバイザー) 3.2 要請内容 【要請理由】 地方分権化により、教育省県事務所の権限は強化されてきている。こうした状況の中で、教育の量的・質的拡大を目指す様々なプロジェクトを県単位で形成を予定しているが、まだ十分な体制でない。特に県独自の教育プロジェクトを企画・実施するにあたって、地域の社会的・文化的な状況および地域社会の教育ニーズを的確に把握することが必要とされている。 【期待される具体的業務内容および求められる技術の範囲】 隊員は、カウンターパートとともに同地域の社会・文化的背景や教育に対するニーズなどの教育関連の調査、県内で行っている教育プロジェクトのモニタリングやインパクト調査、費用便益調査などを企画・実施し、県独自の教育プロジェクトの立案につなげてゆくことが望まれる。社会調査等のフィールド経験および教育社会学等に関する知識を有することが望ましい 3.3 実際の業務 隊員募集時の職種としては社会学となっているが、実際にはプログラム・オフィサーと同じと考えてよい。これはプログラム・オフィサーの欠員を社会学枠で補充したためである。したがって、実際に期待されているのは教育関連プログラムの実施にかかわる業務である。 前任者から業務を引き継ぐに当たって、特にと依頼されたのがドナー間会議の定期開催についてである。アルタベラパス県には数多くの援助団体が様々な活動を行っているが、それぞれの活動を調整する機関が存在しないため、援助の重複やかたよりがしばしば見受けられる。前任者の手により、こうした状況の改善のために各援助機関を集めたアルタベラパス教育開発諮問機関Consejo de Desarrollo Educativo en Alta Verapazが作られ、定期的に会議が開催されている。この会議に関する業務以外では要請にあるとおり、専門を生かした社会調査を期待するとのことだった。 赴任当初、カウンターパートとなる教育開発局長からも、現時点における主要な業務がこの会議に関する業務だと聞かされた。ただ、それ以外は特に指示はなく、業務についての詳しい説明もなかった。しかたがないので初めのうちは前任者の残したスペイン語の資料を、辞書を片手に手当たり次第読むことしかできなかった。 赴任前に考えていたのは、自分の専門を生かしたアルタ・ベラパス県の教育環境調査である。しかしながらアンケート調査にせよ、聞き取り調査にせよ、言葉の問題も含めてかなりの困難が予想されるうえ、他の任地の社会学隊員から、アンケート調査におけるさまざまな障害や問題点を聞いていたこともあり、しばらく取り組むことはできないだろうとは覚悟していた。 けれども、問題はそれ以前にあった。調査は本来教育プロジェクトを立ち上げるという観点から行うべきだろうと思うのだが、現時点では県教育事務所に調査データを有効に活用する体制が整っておらず、基礎的な統計調査でさえしっかり管理されていない状況であり、調査の意義自体が危ぶまれる状態である。 また、着任してから後、教育事務所からの働きかけがまったくといっていいほど存在しなかったのも大きな問題であった。着任した日にひととおり顔見せのような簡単な紹介があった程度で、あとは何もない。仕事の概要をつかもうにも資料らしい資料は前任者が用意してくれたもの以外にはなく、カウンターパートに尋ねてみても、前任者の残した書類を見るようにと指示を受けただけ、議事録についてもその所在がよくわからないという答えが返ってくる始末。これはちょうどUDEの秘書が休暇だったうえに先輩隊員たちも任国外研修や国内出張で事務所にいない時期だったせいもある。しかし、実際問題として業務や資料の共有化があまりなされていないこともこれでわかった。 このような状態で調査を行っても、他の現地の同僚を巻き込むことは難しい。赴任早々でなにをすればいいのかわからず、将来の計画も立てられないままに、初めのうちはひたすら書類を読む毎日であった。 |
| 書類ばかり読む日々が続いて、いいかげん嫌気がさしてきた頃、ちょうど県内各市町村の現状視察と図画工作および理科教材展の募集案内の配布をかねて県内の学校を訪ね歩いていた先輩隊員が、学校訪問に誘ってくれたので、県内南部のいくつかの学校をともに訪れることにした。訪問したのはサン・クリストバル・ベラパスSan
Cristobal Verapazおよびサンタ・クルス・ベラパスSanta
Cruz Verapazにおける以下の学校である。学校名にあるEscuela
Oficial は公立学校、Urbana(都市)およびRural(地方)は学校区分を表している。都市部Urbanaの学校は通常男女別であるが、地方Ruralの学校は共学Mixtaである。かっこ内の日本語は学校名(多くは村aldeaの名前がそのまま付けられている)である。都市部の学校には名前がない場合が多く単に男子校Para
Varones、女子校Para Ninasと呼ばれている。 サン・クリストバル・ベラパスSan Cristobal Verapaz 1. Escuela Oficial Urbana, Para Varones. 2. Escuela Oficial Urbana, Para Ninas 3. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea las Pacayas(ラス・パカヤ村) 4. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea El Rancho(エル・ランチョ村) 5. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea Chinguarrom(チングァロン村) 6. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea Sta. Ines Chicar(サンタ・イネス・チカル村) 7. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea Paniste (パニステ村) サンタ・クルス・ベラパスSanta Cruz Verapaz 1. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea la Isla(ラ・イスラ村) 2. Escuela Oficial Rural Mixta, Aldea Acamal(アカマル村) 3. Escuela Oficial Rural Mixta, Caserio El Arco(カセリオ・エル・アルコ) 4. Escuela Oficial Rural Mixta, El crucero Rio Frio(エル・クルセロ・リオ・フリオ) 5. Escuela Oficial Rural Mixta, Pena del Gallo.(ペーニャ・デル・ガヨ) 6. Escuela Oficial Rural Mixta, Rafael Arevalo Martinez, Chitul(ラファエル・アレバロ・マルティネス、チトゥル村) これらの学校を訪問することで現在の学校の現状を、おおまかであるが、把握することができた。残念ながら独立記念日前だったため、授業が行われていない場合が多く、授業そのものの観察がほとんど出来なかったせいもあるが、特に今回の視察で目に付いたのは、教育インフラおよび学校経営の問題である。 教育インフラ上の問題点としては学校施設の不足、学校設備の不備、不適切な学校規模などが挙げられるが、グァテマラの場合、その生態学的な理由から集落は広い範囲に点在し、教育インフラの整備と改善には幾多の困難が存在することは考慮に入れる必要がある。これらの問題解決のためには費用と時間が必要であろう。また、いくつかの方法が導入されてもいる。たとえば、PRONADE (Programa Nacional de Autogestion para el Desarrollo Educativo/教育開発自主管理国家プロジェクト)が実施している自主管理学校Escuela de AutogestionやNEU (Nueva Escuela Unitaria/一学級学校プロジェクト)などがそうである。教育インフラ整備に関しては様々な援助機関が手をさしのべてはいるが、どうしても幹線道路からはずれる地域に関しては、なかなか援助が行き届かないのが現状である。 学校経営上の問題としては、学校規模が小さく、僻地にあり、また教員の数も足りないことからくる問題も大きいのであろうが、各学校を回った限りでは、子供たちの学習姿勢が学校により格段の差があったのが印象的であった。ちょうど独立記念日前のイベント準備の時期であったが、うまく子供たちを巻き込んで、かつ授業につなげられている学校とそうでない学校があり、また地域住民とともに行事を行っている学校と、行事自体がほとんど存在しない学校があるのも気になった。概して、うまく運営されている学校の生徒たちは知的好奇心が旺盛であり、学習意欲も高いように思えた。 興味深かったのはNEUを導入していた学校 である。独自教材が充実しているうえ、教員の意欲が高く、生徒の関心も次にどんなことを教えてくれるかという期待に満ちていた。非常にうまく運営されている印象を受ける。また、近隣の学校教員の中には、この学校の授業に対する関心を持っているものもおり、高い評価を得ていることをうかがわせた。NEUのプログラムのためというよりは、学校運営の中にうまくプログラムを組み込んでいる感がある。機会があれば授業観察のために再訪したい学校のひとつである。 独立記念日には訪れた学校の一つから招待を受け、地元のティピコ料理に舌鼓を打った。 PRONADE:Programa Nacional de Autogestion para el Desarrollo Educativo農村地域の幼児教育・初等教育の量的拡大と質的向上を目指して、公立学校のないところに教員を派遣し、仮説学校Aula Temporalを作り上げる国家プロジェクト。1993年から始まった。プログラム全体の運営は教育省の下部機関が教育省の業務とは独立して行っており、各県に教育省の件事務所とは独立した事務所を構えている、それぞれの学校は契約したNGO(ISE: Instituciones de Servicios Educativosによって運営され、県事務所はその活動の調整を行っている。現在650前後ある公立学校よりも数としては多く、アルタベラパス県全体で700を越える学校が作られている NEU:Nueva Escuela Unitaria生徒の自主学習を進める教材と学級運営により、少数の教員による複式学級の運営を可能とするもの。もともとはコロンビアで開発された教授法のグァテマラ版 |
| しばらくは先輩隊員とともに学校を訪ね歩いたが、さしたる目的もなく学校視察を続けてもしかたがないため、再びオフィスに戻り、ドナー間会議の準備に取りかかった。ようやく教育開発局の秘書が休暇を終え、事務所に復帰したため、具体的な業務の話ができるようになったこともある。といってもとりあえずは、秘書に渡されたこれまでの会議の議事録などを読む必要があり、書類を読み続ける毎日に変わりはなかった。 この間、秘書をのぞき、あいかわらず事務所側からの働きかけはない。赴任してまもなくカウンターパートに業務計画を提出しても、ほとんど読みもせず綴りのチェックだけされて返却されてしまう。スペイン語があまり話せないため、相手にされていないのだろうと感じた。独立したパーテーションに机があることもあり、事務所内で会話がほとんどないのでスペイン語の会話能力が今後上達するとも思えず、精神的にかなりのストレスを感じていたのもこの時期である。もう一人の先輩隊員が任国外研修から帰国し、同じ事務所内に先輩隊員が2人もいるようになったことが救いであった。 過去の議事録や企画書により会議の概要は把握することはできたが、実際問題として、どのように調整業務を進めればいいのかがつかめず、議題を提案するまでにはなかなか至らなかった。悩んでいるところに先輩隊員からの示唆を受け、各学校の現状についての情報を各援助機関に提供することによって、調整業務を円滑に進められることに考えがおよんだ。 この段階で深く危惧していたのは、援助の調整がうまくいかず、会議の存続が難しくなる可能性があったことである。というのは、会議の機構がさほどうまく機能していないことをうかがわせる報告書があがっていたためである。 前任者が設定した会議の機構は、定例会議の前に分野別の委員会会議と執行部会議を行うというものであったが、今回、3分野ある委員会会議のうち、実施されたのは教員研修部門一つのみであり、結論として有意義な会議ではなかったと位置づけられている。これは教育事務所の調整がなく、いまだ援助の重複が解決されていないためである。援助の重複を避けるためには、各援助機関による活動内容をしっかり把握し、それをもとにそれぞれの活動を調整する必要があるが、強制力を持たない教育事務所としては各援助機関に報告書の提出を義務づけることが非常に難しく、したがって各援助機関の活動を把握しきれないのである。 これらの現状をふまえ、会議に先立ってカウンターパートである教育開発部長に提案したのは、事務所独自の情報網を作り上げることである。各学校の現状を把握し、その情報を各援助機関に伝えることによって、援助の重複やかたよりをなくことができる。また、これらの情報を教育事務所が提供することによって、会議の主導権を握ることも可能となる。 グァテマラにおいては本来、行政技術調整官(Coordinador Tecnico Administrativo/C.T.A.)が各学校の現状を把握しているはずなのであるが、必ずしもすべての学校の状況を的確につかんでいるわけではない。というのは、グァテマラの集落の特徴として、各コミュニティが広い地域に散在し、それぞれのコミュニティにある学校をすべて巡回するのに非常に時間がかかってしまうためである。必要な情報が行き届かないこともしばしばある。電話が存在しないのはもちろんである。 実際、先輩隊員が前述の図画工作および理科教材展の作品募集のために県内各地を巡回したときにも、多くの学校が行政技術調整官からの情報を得ていないことがわかっている。これまでもこうした状況を改善する試みがなされてきたが、いずれも根本的な解決には至っていない。 今回提案したのはCTAによる情報網というよりも、各学校と教育事務所との直接的な連絡を可能にしようとするものである。つまり、学校向けの「教育事務所通信」の発行によって教育事務所からの業務連絡を徹底するとともに、その配布・取材を通じて各学校の各学校の現状と援助要請の状況を拾い上げ、把握した情報を各援助機関に向けてドナー間会議(アルタベラパス県教育開発諮問機関定例会議)で配布するというものである。 以下は月例CTA会議の際、プレゼンテーション資料として使用した概念図である。 |
ドナー間会議La Reunion interinstitucional

| @教育事務所通信による援助活動の広報 A各学校の現状と援助の要望 B教育事務所からの業務連絡 C教育事務所通信の配布 |
| この通信紙は、学校側にとっては現状を訴え、援助を得る手段になる一方で、知りたい情報を教育事務所から引き出す手段にもなる。教員にとっては教授法の手引きとなる記事などを授業の参考にすることも出来る。 CTAにとってもメリットはある。学校側がある程度情報を持っていれば、業務連絡も円滑に進められる上に、教育事務所の活動を把握することにより、自分の仕事をより大きな枠組みの中に位置づけられるようになるのである。 以下にその具体的な目的をあげる。カウンターパートに提出した書類の原案の抜粋である。 まとまった企画書は2号報告書に添付予定であるので、ここでは原案に近い形で掲載する。 |
1. 目的 1-1 CTA(教育行政官)および各学校と教育事務所をダイレクトにつなぐ回路づくり。 名目上の目的は以下にあげる項目すべてであるが、実際にねらっているのは、教育事務所と各学校をつなぐネットワークの形成そのものである。紙による定期連絡手段によって、教育事務所自身の情報網を確立し、業務を円滑に進めるようにするとともに、得た情報を元に他援助諸機関との調整業務を効果的に進めることが最大の目的である。 1-2 業務連絡の徹底。 月間予定表の添付によって、スケジュールを共有化できる。できればCTA事務所や学校内の職員室(校長室)に張ってもらえるような形式が望ましい。また、期日通りに発行し続けることによって、定期連絡手段として用いることが可能である。つまり、配布と同時にそこに書かれている事項に対する打ち合わせが教育事務所とCTA、およびCTAと学校間でなされるようにする。配布時には簡単な打ち合わせをかねた説明が必要であるため、CTA会議の時がベストである。万が一発行日に届かないことがあれば、学校側からCTAに対して、クレームがつくくらいが望ましい。そのことによって、業務連絡が確実に行われているかどうかの学校側からの確認ともなるからである。 1-3 他援助機関に対する情報の提供。 現在、アルタ・ベラパス県には多くの援助機関が存在するが、それぞれのプロジェクト間のかたよりや重複が多く見受けられる。これを回避するための会議プロジェクトが行われているが、なかなか有効に機能しているとは言いづらい。というのは各援助機関に対して情報の提供を強制することが難しいからである。これに対して、教育事務所通信の取材・作成をつうじて各地域の具体的な学校情報を集め、それを提供することにより、調整業務を円滑に進めることが可能となる。 1-4 企画・イベントの掲示・連絡。 『図画工作展』や『体育大会』、『合唱・合奏コンクール』の募集案内などに使うことが出来る。 1-5 教材および教育法の提案。 ユニークな教育法、あるいは学校紹介など。 1-6 現場からの声の汲み上げ。 意見欄の作成によって、現場の声(改善要求などを含む)を汲み上げることができる 1-7 教育事務所の広報。 教育事務所の存在そのもののアピール。 1-8 協力隊員の位置づけの明確化とスキルアップ 後述 2 形式 2-1 巻頭の辞。 第一回は所長および局長のコメントの掲載が必要。 2-2 業務連絡 できればこれは別紙としたい。というのはCTA会議での配布というのであれば、この部分はかなりぎりぎりでの作成が想定されるからである。また、独立した掲示物としての利用が可能になると言う意味でも、便利である。 2-3 企画・イベントの掲示 2-4 教材・教育法の紹介 2-5 教育事務所広報 3 これまでの経緯 この企画はH隊員によって提案されたものを原案とした。現在アルタ・ベラパス県では、図画教育促進のための子供たちによる図画工作展が理科教育教材展示会との共催で開催されることになり、隊員たちによる開催準備がすすめられている。その伝達を、H隊員は各学校の教育環境の視察をかねて、全行政区を巡回し、広報活動を行った。予想されたことではあるが、その伝達が伝わってない状況が数多くあり、その際の経験から、確実に伝わる連絡手段の確立が必要であるとの認識に至り、隊員の手による教育事務所通信の企画へとつながったのである。また、アルタ・ベラパス県には前任者の立ち上げたドナー間会議が存在するが、前述の通り、情報の提供の強制力を持たないため、情報が思うように集まらず、従って今も援助の重複が存在しているのが現状である。これを回避するためには教育事務所自体が魅力的な情報を提供しうる必要がある。たとえば、ある学校においては施設が足らず、別の学校においては教材が不足している等である。これらの情報の提供によって援助のかたよりをさけ、重複を回避することが可能になると思われる。 4 作成スケジュール現在作成中 |
| このプランは、自分自身の業務としても大きな利点が存在する。 というのは現在に至るまでスペイン語の会話能力が、業務遂行に必要なレベルに至っていないため、非常に苦労している。この通信紙の作成は、それほど高度なスペイン語会話能力がなくても可能であるため、現在の語学レベルでもなんとかなると考えたのである。読み書きは時間をかければなんとかできるが、会話ではなかなかそうはいかない。人によるのかもしれないが。 なお、1-8「協力隊員の位置づけの明確化とスキルアップ」についてであるが、これは赴任当初、ほとんど教育事務所からの働きかけがなかったことから、今後、隊員が同様の状況に置かれたときのことを考えて、一事例としてこういった企画が参考にならないかと考えたことによる。
実際にはかなりのスペイン語能力は必要となるのだが、こうした記述による業務は、会話とは異なり、他の協力を仰ぎやすいのである。そのため、他の同僚を巻き込みやすく、隊員の業務のアピールにもなり、結果として事務所にとけこむきっかけとなった。 また、職種別の研修モデル案についてはいまでもその考えは変わっていない。現在グァテマラには多くの隊員が入っているが、仕事らしい仕事のない隊員もいることをしばしば耳にする。配属先の受け入れ態勢が整っていないためである。発展途上国においてはしかたのないことであるが、今後、配属先の環境をある程度整える必要はあるだろうと思われる。 話を元にもどす。 この情報網を提案したのはもともとドナー間会議の円滑な運営のためであったが、企画をすすめるうちに前述のような様々な目的をもりこむことになった。これはそれだけ多くの問題が教育事務所の中にあるということの裏返しでもある。これらの問題点の根底にあるのは結局のところ相互のコミュニケーション不足である。「教育事務所通信」はその解消のためのきっかけになればよい。したがって情報網を確立し、これらの目的を果たすために必要な鍵は、どれだけ多くの人を巻き込むことができるかである。援助の調整にしても、教育事務所の機能強化にしても、必要な業務を提案するだけでは継続して実行されるようになるのは難しい。この「教育事務所通信」の発行に当たり、業務計画を話し合い、それぞれの活動を公開することにより業務の分担や役割が明確になれば、問題の解消に少しでも近づくと思われる。 |
いくらかの問題はあったにせよ、10月13日に会議は無事開催された。会議は予定時刻を一時間以上も過ぎてから始まった。 参加者は以下の通り。 県教育事務所教育開発局 平和部隊(アメリカにおけるボランティア機関) MINEGUA(国連グァテマラ監視団) タリタ・クミおよびドン・ボスコ(教員研修を目的としたNGO) 国家和平基金(FONAPAZ) カスティーヨ・コルドバ財団 PROASE, PROYECTO ALA, APRESAL (いずれも欧州連合による二国間援助機関) SECTOR PRIVADO GOBERNACION (それぞれの組織についての詳細は2号報告書に掲載予定) ほぼ前回と同様の参加者を確保できた上、MINEGUAも今回の会議から参加してもらうことができた。 会議そのものは各組織ともにこの会議をなんとか有意義なものにしようとする雰囲気が見られ、非常に建設的な意見が多く出された。結果として、存続に関する危惧は杞憂に終わった。参加した援助機関自身が、調整の必要性を切実に感じていたのである。 会議で提案されたのは会議の機構の変革と教育事務所自身の情報の提供である。重複を避けるためには、情報を出し合わなければならないというあたりまえの提案をもとに話し合いが進んでいる中、ちょうど会議に先立って企画した案と重なる提案が、他援助機関から要求されたことになる。それに答えて教育開発部長自身が次回の会議までには教育事務所から各学校に関する情報リストを提供することを約束した。したがって、当面の活動は各CTA事務所を回り、この情報リストを作成することになる。 会議機構については、委員会は廃止、かわりに会議が年に6回開催されることとなった。従って、1月の会議までにリストアップしようとするのならば11月中に各CTA事務所を回らなければならない。 最初はもっとも多く援助機関が入っているアルタ・ベラパス県とバハベラパス県との県境にあるSan Cristobal, Santa Cruz, Tactic, Tamahu, Tucuruなどのポコムチ語圏にある各municipioから入っていこうと考えている。 4 今後の計画 今後の予定としては、県教育事務所情報網確立のための活動を実行に移していくことが第一である。具体的には教育事務所通信の発行である。この通信紙を発行し、実際の業務の役に立たせるためには教育事務所の各部局の協力が必要である。したがって、年内はこの情報網の企画を各部局やCTA、教員に説明し、その協力を仰いでいく予定である。 第一号の発行は来年度1月第一週の予定である。これを月刊で発行していくことができれば、事務所内外におけるコミュニケーション不足を解消する手段となる。 また隔月で開催が決まっているドナー間会議については、援助の調整にどのような情報が必要かを検討した上で、必要な情報を効率よく集める方法を考えなければならない。しかしながら初めのうちはできるだけ学校を多くまわり、教育現場の生の声を汲み上げる必要があると考えている。 |
| (1号報告書より抜粋) |
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