元の社地は背後の高架道路の下にあったようです


敷地の都合で南面していた社殿は現在は東向き


安政の大地震の後安政5年(1858)に社殿を再建
関東大震災や戦災による修復をして現在に至る




境内摂社、奥に錨がおいてありました