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聞き慣れた曲が耳に届いた。
目覚まし代わりにかけていたケータイから流れて来る。
糸は横たわったまま手を伸ばして音を止めた。
隣で眠る真が目覚めた気配は無かった。
窓の向こうは、地に向かって傾いた陽の色で赤く染まっていた。
さっきまで真を飲み込み包んでいた下腹部が、動くと微かにだるい。
真を起こさないように服を着ようと、真の傍らでベッドに置いた自分の左手が目に入った。
その薬指には、銀の指輪が光っている。
いつもはチェーンに通して首からかけられているのだが、
真の部屋に居る時だけは、本来の役割を果たすべく約束の指にはめられていた。
体を重ねて真の一部を受け入れた時の、流れ込む熱の高さを恍惚と思い出す。
真の全てを受け入れ、その繋がりを引き離してしまっても、
この指輪が、真の全てを自分に留めてくれているような気がして、
糸の全身から幸福感が湧き上がる。
――――これって いつの間に買ってくれてたんだろう?
真琴でいる間の真の行動を知り尽くしているつもりだった糸は、ふと考えた。
そもそも誕生日プレゼントは、相手のサプライズを期待する行為でもある。
その前にもらった誕生日プレゼントの香水も、真琴は糸に内緒で用意していたのだから。
あつらえたように自分の指にしっくり絡まる指輪を見ているうちに、
この指輪を自分のために贈ってくれた静かな寝息をたてる真が、
苦しいくらいにいとおしく離れ難くなってしまった糸は、
――――― もう帰らなきゃ・・・・・・兄ちゃんに叱られる・・・・・・
そんなことを小さく思いながら、定期的に上下する真の胸に再び顔を埋めていた。
頬や手のひらに触れる真の肌の滑らかな感触と体温に、胸が体が熱く疼き出す。
――――― M & I ―――――
指輪に刻まれた小さなこの文字が目に入るだけで、糸は真に総てを支配され続けているような気がする。
同時に、真の総てを委ねられているという幸福感に満たされていた。
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不意に目が覚めた。
窓からは遮光カーテンの合い間を赤い陽の光が何本も差し込んでいる。
言い知れなく見えない不安に襲われて傍らに視線を移す。
自分の体から寸分離れていない場所で安心しきって眠る糸が居た。
起きる気配の無い寝顔に安心して、静かな寝息をたてる糸の髪を起こさないように優しく撫でる。
その綺麗な顔の側に置かれた糸の左手に光る指輪。
この間の糸の誕生日に真が贈ったものだった。
―――― これのせいかな?
誰も見ていないところで自嘲気味に笑っていた。
―――― これを買ってる間に居なくなっちゃうんだから
糸を見失ったあの時のどうしようもない不安が、突然に真を襲ったらしかった。
この時ばかりでは無い。
糸はいつも真に内緒で何かを成し遂げようとしてしまう。
それが真のためだ思えることが多いのも事実だと、多少自覚してはいる。
―――― ちょっと目を離すとホントに何処にでも行っちゃうんだから
さっきまで自分を受け入れ包んでくれていた細い体が美しくてたまらない。
あの糸の中で得た快感を思い出すだけで身震いしそうになる。
そっと、しかし強い意志でその体を抱き寄せた。
いつまでも離したくなくなる心地良い温度が真の気持ちを和ませると同時に、
糸がまどろむ温かい世界から、もう一度あの激しく熱い世界へと連れて行きたくなる。
この狂おしい程に愛しい糸の総てが自分のものだと信じさせてくれるものが、
糸の指に密着する銀の指輪かもしれなかった。
真は指輪の絡まっている糸の細い指を、ねっとりと舌を絡めて口に含んだ。
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過去裏拍手 小話 〜指輪〜
こんな小話を出したこともあったらしいです。忘れてました。
ちょこっとだけ加筆してます。
(2007.02.25)