************************
あれから何日が経ったのだろう。
夏休みも終わり、2学期が始まった。
何も変わったようには見えないが、
この長い夏の間には、誰もが何らかの形でそれまで未知だった経験を積んだのだろう。
それがオレと糸さんのように望んでいなかった経験だった場合もあるのかもしれない。
あれから、糸さんは何も変わらないように振舞っているが、
オレが触れることを恐れている。ような気がする。
夏休み前と変わらず、ふたりきりの時にはキスをしたり抱き寄せたりしていても、
何処か怯えているようなピリピリした空気が感じられる。ような気がする。
そして。
ふたりで歩いているとき、ふたりでお茶を飲むとき、ふたりで買い物をするとき、
すれ違う人や隣に座った人の煙草の匂いに反応して表情を微かに曇らせる糸さんを、オレはそれまで見たことが無かった。
全てが、あの夜に起こったことのため。
全てが、あの夜に起こったことのせい。
糸さんを見つめれば見つめるほどに見えて来る男の姿を、オレはいつから正視できるようになったのだろう?
************************
「糸さん もう帰れる?」
「うん もうちょっと」
「じゃ 外で待ってるから」
「・・・・・・・うん 」
真琴は、気乗りしていない糸の返事を気にしないように、校門で待っていた。
糸が真琴の家に寄るのは初めてではない。
何よりも糸と真が恋人同士であることは、誰も知らずに認められていなくても本人同士が認めていた。
それだけで良かった。
「だいじょうぶ?」
「・・・・・ うん」
開かれたそこに指を滑らせてそっと触れてみた。
触れながら糸の顔を見ると、固く目を閉じて恐ろしい何かに耐えるように口を結んでいる。
(こんなに濡れているのに、オレを受け入れられないのか?)
同時に、
糸にこんな顔をさせるように仕向けたその男に対して、真の糸に対する愛情と同量の激しい憎悪が向けられた。
真は、糸の顔をそっと両手で包むと、何度も何度も繰り返し、強張った肌に優しく唇を寄せた。
糸がやっと少し瞼を開くと、その細い隙間から涙が零れた。
「まこと・・・・・・ 」
微かも漏れた自分を呼ぶ声を聞き逃さなかった真は、糸の声を飲み込むように唇を塞いだ。
こんな行為を、あれから何度繰り返しているのだろう?
「いや・・・・・・
「やだ・・・・・・
「やめ・・・・・・・
そんな言葉は聞きたくない。
その言葉はオレに向けられた言葉じゃない。
オレの向こうにいるあの男だけに向けられた抵抗の言葉だから。
糸を大切にしていたが故に、糸の総てを先に奪われるは思っていなかった。
それでも、体を奪われても心だけは自分のところにあると信じていた。
だからこそ、自分との体の関係を拒む糸の声を聞いてしまったあの衝撃は忘れられない。
――――― 糸は最後の最後に、本気で真を突き飛ばしたのだ。
あんな目にも遭いたくない、それ以上に糸にあんなこともさせたくない。
糸の心は真と一緒にあるという自信が、何故か真には沸沸とみなぎり続けていた。
その確信は、糸が過去の恐怖に捕われ続けていればいる程に強くなって行くようだった。
――――― 糸さんを幸せにできるのはオレだけ。
――――― オレを幸せにできるのも糸さんだけだから。
真は、この想いをどうやっても何が何でも糸に伝えなければならなかった。
真は糸の髪に優しく指を絡ませすき流しながら、唇を重ねゆっくり舌を絡ませていた。
時折少しだけ唇を離して呼吸を楽にしながら、糸に自分の熱を忘れさせないよう何度も唇を合わせ続けていた。
舌を絡ませるほどに交じり合う唾液を拒まない糸が、いとおしくてたまらない。
「あ
糸の口から安堵の吐息が漏れた辺りから、真は糸の顔を撫でていた手を首筋から下へと滑らせた。
無駄な肉は無いとはいえ、しなやかに整った女性に成長しつつある糸の体は、
どきりとするほどの艶めかしい曲線を真の手になぞらせていた。
この体に自分より先に存在を刻み込んだあの男の存在が、益々許せない怒りと羨望の炎で包まれて行く。
それと同時に、糸を護りきれなかった自分の力の無さが怒りの炎に油を注いだ。
――――― 何もかも忘れて オレだけを見て?
――――― 何もかも忘れて オレだけを感じて?
――――― 何もかも忘れて オレだけを受け入れて?
糸は、触れているのが真だと解っているのに、下半身に触れられるだけで鳥肌が立つような嫌悪感に襲われていた。
真だと解っているのに、頭ではわかっているのに、体が勝手に凍るように固くなって何もかもを拒んでしまう。
――――― 何もかもを忘れて 真に抱かれたい
――――― 何もかもを忘れて 真を抱き締めたい
――――― 何もかもを忘れて 真とひとつになりたい
頭の奥底にいつまでも流れ出る切ない願いとは裏腹に、
僅かでも気を緩ませると、あの自信に満ち溢れた煙草の匂いをまとった男に全身を絡め獲られる。
そんな恐怖から逃れられない糸の体と心が重ならない目からは、いつまでもいつまでも涙が溢れた。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい・・・・・・・・・・・・
――――――― オレは どうしたらいい?
真から逃げるように両手で覆った糸の頬から流れる涙を見ながら、真はしばし呆然としていた。
************************
糸の家に煙草を吸う者は居ない。
勿論、真は未成年である前に煙草には興味が無い。
伊藤先生を呼びに職員室へ入った糸は、そこに充満する煙草の匂いに血の気が引くのを感じた。
全身の毛穴から冷たい汗がほとばしるような錯覚に陥る。
「糸くん?」
伊藤先生の声が遠い。
「どうしたの? 気分悪い?」
やっと聞き取れた声に反応する。
「・・・・・いえ 何でもありません」
「そう?」
今までにも何度も入ったことのあるこの部屋の空気を、
こんなにもおぞましく肌に感じたことは一度も無かった。
独特の臭いを伴って白く煙る空気に触れた途端に、
これと同じ臭いを伴って自分に触れて来たあの乾いた唇とぬめった舌の感触を思い出す。
その後には、拒む自分をこじ開けて力尽くで入って来た気持ち悪さと恐怖が追って来る。
糸の意思を無視して、じわじわと気持ちの悪い汗が冷たい温度を持ったまま肌を包もうとする。
糸は思い出したくないあの煙草の匂いにまみれた口付けを、あの時の何もかもを、
否応無しに生々しく反復させられていた。
「糸くん?」
気丈な返事には程遠く、糸の顔色は一向に戻らない。
「今日は部活を休んでいいわよ?」
伊藤先生が心配そうに、糸の苦しそうな顔を見つめた。
――――― この人に全部話せたら・・・・・・。
糸は顧問である伊藤先生が好きだった。
だからこそ、今まで演劇部をまとめて来てくれた縁の下の力持ちである彼女に、
何もかもをさらけ出してしまいたい気持ちにもなったが、すぅっと息を吸って思い留まる。
「大丈夫です」
精一杯の虚勢を張って、糸はいつもように真っ直ぐな笑顔を返した。
職員室を出た糸の心臓は、口から飛び出しそうな勢いで激しく脈を打っている。
――――― あたしは真を裏切った?
抵抗しきれずにあの男を受け入れてしまった自分。
抵抗しきれなかったのは、受け入れてもいいと思ったから?
こんなあり得ない過去の感情を想像してしまった糸を、見えない吐き気が襲った。
思い出したくないと思えば思う程に、あの感触と体温と臭いが思い出される。
自分の顔に、あり得ないくらい近くに寄って来る見慣れた顔。
意識したことのない独特の煙草の臭い。
感じたことのない唇の感触。
味わったことのない舌と唾液の味。
体感したことのない温度と肌の感触。
そして、失神する程の下半身の痛み。
それらの全てを一気に反芻してしまった糸は、そこから一歩も動けなくなってしまった。
過去の恐怖によって心も体もがんじがらめになってしまっている糸には、
今の真に伝えるべき言葉も表情も見つからなかった。
今の糸には、ただただ乾くあての無い涙を誰も見ていない所で流し続けるしかなかった。
真にすがれたら、どんなに幸せだろう。
そう願いつつも、真を裏切ったという負い目のある糸には、
それは絶対に許されない、手の届かない願いへと変わりつつあった。
糸に起こったことの全てを知っている真が、
糸を充分に思いやって慰めてくれることは、糸には解り過ぎていた。
だからこそ、真を裏切った自分がどんどん汚く、真の傍にいる資格が無いとも思えて来る。
真の優しさに甘える価値が本当に自分にあるのだろうか?
真との絆を信じていながらも、心の何処かで、
真に捨てられることが怖くて怖くてたまらなくなる。
糸は、真をどんなに大切に想っているのかを思い返しては、
誰にも見られずに、知られずに、独りではらはらと泣いていた。
――――― やっぱり今日もダメ・・・・・なのか?
抵抗しない糸を抱く事は簡単かもしれない・・・・・
だが、少しでも自分を拒む仕草を見せられると、正直、真の体は萎えてしまうのだった。
――――― どうしたらいいんだ?
真の中で繰り返される葛藤は、未だ何の答えも光も見出せてはいなかった。
それでも、糸を諦めるつもりは毛頭無い。
それ程に、糸は真にとって、大切でかけがえのない唯一の女の子であった。
糸と一緒に居てこそ、自分の未来が開けるのだと、真は信じて疑っていなかった。
糸は、真の愛撫で気持ち良さから濡れて来る自分を感じると、
あの時、望まない相手の愛撫でも濡れてしまったことを思い出して、どうしていいのかわからなくなる。
――――― 真を裏切ったのかもしれない。
気持ちは真を裏切っていなくても、感じてしまった自分の体が真を裏切ったのだと思うと、
真にどう謝っていいのか言葉が見つからなくなってしまう。
その代わりに溢れ流れ出る涙が、真を更に困惑した状態へと追い込んでしまっていることも解っていた。
それ程に、糸は真が自分を大切に女の子として扱ってくれることも知っていた。
だからこそ、真に対して今の自分がどうしていいのかを見失っていたのかもしれない。
************************
「よお」
時が演劇部にOBとしていつものように突然に顔を出した。
傍若無人な態度の時を恐れて尻込みする部員たちではあったが、
時を先輩として尊敬もしているので、薄い緊張感の中にも、和気あいあいな空気が広がる。
真琴は、今にも掴み掛かりそうな鋭い目で遠くから時を見つめていた。
ふと、隣に目をやると、これまで見たことも無い程に血の気を失って白い顔をした糸が立っていた。
その表情からも全身からも精気は感じられないような気がした。
真琴は、はっと我に返ると同時に慌てて糸の肩を抱き抱えると、
時の何もかもが糸に届かないように、守るように部室へと誘って行った。
時が糸に声をかけることも視線を向けることも同じ場所に居ることも許せなかった。
糸は部室で真琴に肩を抱かれていたが、しばらくしてからようやく我に返ったように声を出した。
「・・・・・・まこ?」
「糸さん? よかった・・・・・・」
糸は微笑む真琴に視点を合わせたところで、自分の全身がじっとりと汗ばんでいることに気付いた。
「・・・・・あたし?」
「なんでもないから!」
現状を確認すべく糸の言葉を遮るように、真琴がまるで溺れてやっと息を吹き返したかのような糸を、
安堵して抱き締め直した。
その真琴のぬくもりに何を訊こうとしていたのか忘れてしまった糸。
糸は真琴の体温を久しぶりに感じたような気がした。
( 気持ちいい・・・・・・ )
糸はゆっくり目を閉じて、真琴に抱き締められていた。
「大丈夫だから・・・・・・ 」
糸に体重をかけないよう糸の上に覆い被さるような姿勢で腕を張っている真にかけられた声。
もう何度この部屋で、何度この状態で聞いたかわからない糸の言葉。
でも何度でもその言葉を信じるしかない真は、糸の唇を吸いながら下の蜜壺へ指を滑らせた。
糸は真の腕を心細気に掴んでいたが、そこにはっきりとした意思が滲んでいた。
真のしつこい程の念入りな愛撫で、糸の気持ちの前に、体が真を受け入れようとしている。
滑らかな乳房の突起は、真の濡れた唇と舌による愛撫によって、赤く尖り高く潤っていた。
乳房の膨らみに比例して、糸の両足の力が抜ける。
真は、その開かれた内腿に柔らかな金髪を触れさせて、糸の中心へ顔を埋めた。
強張っていながらも、真の執拗な体への愛撫によって、そこはしっとりと湿っている。
真はゆっくりと、黒い茂みを避けた小さな入り口に舌を這わせた。
その舌は、ぬるりと吸い込まれるように、糸の中へ容易に侵入できてしまった。
「・・・・・あっ・・・・・・」
糸が体を仰け反らせた。
そして、開かれた入り口へ真の別の一部が侵入しようとすると、
「いやあっ!」
糸は必ず声を上げる。
いや、上げていた。
だが、今日は聞こえない。
「?」
真は恐る恐る糸の顔を見つめる。
糸は真を涙ぐんだ目でうっすらと見つめていたが、そこに恐怖は感じられない。
「・・・・・まこ・・・・・」
糸は自分に覆い被さる真の華奢に見えていながらも逞しい肩をぐっと抱き寄せた。
「・・・ もう だいじょうぶ だから ・・・」
儚く微笑む糸。
真の理性が弾ける。
――――― オレが何もかもを忘れさせるから
――――― オレ以外の何もかもを忘れさせるから
――――― オレだけを見てて
真は、糸の言葉をもう一度信じて、入り口で先頭だけをこそばせていた固くなった全てを、
一気に糸の中に押し込んだ。
「あああああっっっっ!」
激しい衝撃に糸の声が大きくなった。
真の先端が体の奥に達したことが、糸には解った。
真とひとつになれた悦びが湧き上がる。
吸い込まれた真が糸の膣道をぐちゅぐちゅと動く度に、
糸の中から愛液が溢れて真を歓迎するのが解った。
「ああっ ああんっ・・・・・」
あの時とは違う。
これが真なんだ。
糸は体中の感覚を、真を感じることの全てに集中していた。
――――― 目に映る真の姿
――――― 耳に聞こえる真の吐息
――――― 鼻に感じる真の匂い
――――― 口に届く真の熱
――――― 指に伝わる真の金の髪
真を受け入れているという実感で、糸の体中が快感を感じ初めていた。
凍っていた心と体が、ゆっくりと、だが激しくほぐれて行くにつれて気持ち良さが深まる。
真の肌が吐息が触れるだけで、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
真は、糸の膣内をぬらぬらと愛液に誘われるように蠢き、
空いた手は乳房を揉みしだき、唇は目に映る糸の全てを吸い尽くすように肌を漂っていた。
「まこ・・・・・まこと・・・・・」
糸の息遣いが荒くなって行くにつれて、真を抱き締める腕と指に力がこもる。
「・・・・・糸・・・・・・・・」
聞いたことの無い真の言葉に糸の体中の血が沸騰しそうになる。
呼び捨てにされたことの無かった糸の血流が真の声に一気に早くなった。
その真の吐息にも近い熱い声は、真とひとつになれた糸の悦びを頂点まで押し上げてくれるのに充分だった。
糸は真を自分の元へ取り戻し、真も糸を自分の元へ取り戻した。
<夏合宿―V 〜残像〜 >
===== どーでもいい創作裏話
『夏合宿』から月日が経って、ヤることになった糸と真だけど、
どうしても怖がってできないっていうのを、書いてほしいです!!』
というリクエストを、3月にいただきました。
ありがとうございました。
今もこの世界においで下さっていることを祈るばかりです。
ご要望の全てにお応えできないことが歯痒くもありますが、
できないことが殆どでございます。
愛はあってもチカラがありません・・・・・(ちくしょー★)
そんなこんなで一段落しちゃいました。
こんな世界を、共有してくださるWジュリ好きさんの懐の広さに大感謝ですvv
「馬鹿じゃないのっ!?許せない!」
とブチ切れた方には、御縁が無くて残念ですが、
これにくじけずに、ステキなネット生活をお過ごしくださいませ。
こんなところまで、お付き合いありがとうございますvv
(2007.05.11)
↑皆さまのお力も分けていただいて、今日から5年目です。きゃー★
もう4年もこの世界を広げているかと思うと感慨深いです。エロばんざいっ!
ありがとおございますー!!