===空白のとき===[22]===







     「真琴さんっ!」


     部活が行われている体育館に戻った真琴を、美咲の慌てた声が迎えた。


     「美咲さん? どうかしたの?」

     「糸さんが倒れちゃったの!」

     「え?」

     美咲のあくまでも遠くから見ていたにすぎない説明聞いた真琴が、
     屋内に目を配ると、時に支えられるように座り込んでいる糸の姿が目に入った。

     何が起こったのか予測もしない、いや出来ないまま、
     真琴は糸に向かって駆け寄っていた。


     「糸さん! 大丈夫?」

     「 ・・・・・・ まこ? 」

     糸の目は、待っていた筈の真琴の姿を瞬時にとらえていた。
     だが、自分を心底心配する真琴の顔を見た途端に、
     どんな言葉を吐いていいのか混乱してしまった。



     ――――― 真琴を待っていた。



     さっきまで、そして今も間違いなく、糸は真琴を待っていた。

     そんな思慕が大きすぎたのか。
     糸は真琴に向かって言うべき言葉の全てを見失ってしまっていた。

     真琴の目を見ないまま、糸が答えた。

     「 だいじょうぶ ちょっと暑かったみたいだから…… 」

     「 いっ子 あっちで横になってろ 」

     「 …… うん 」

    まるで真琴が見えていないかのように、
    自然に糸は時に支えられて糸は真琴の前を去って行く。

    真琴の目に映るそのふたりの後ろ姿は、まるで糸が時に総てを委ねたように見える。
    その光景は、今の真琴には耐え難いものだった。







    ――――― もう 糸さんに オレは必要ないのだろうか?







    糸は、時に支えられて体育館のステージの脇に体を横たえていた。

    ここまで来る間の真琴の驚いた表情が脳裏に焼きついている。

    真琴の姿を見た瞬間、糸は真琴に抱きついて行きたい程の、
    狂おしいほどに愛しく思える感情に溢れていた。


    だが、真琴を男として意識し始めていた糸には、飛び出すことはできなかった。


    真琴は、家業を継ぐかどうかの賭けに出ている。
    その賭けのために性別を偽って、糸の居る学校に転入して来たのだ。
    その正体がバレたら、真琴の夢はそこで閉ざされてしまう。

    真琴の夢を守りたい。
    真琴の夢を叶えてあげたい。

    糸は、真琴に同姓の親友として接することに、大きな不安を感じていた。
    それ程に、今の糸は、真琴を異性として意識してしまっていたのだ。
    そして、この感情こそが糸を真琴から遠ざけてしまうような態度をとらせてしまうことに、
    糸は全く気付いてはいなかった。



    途中から部活に参加した真琴と復帰した糸は、
    いつもと変わらずにメニューを終えて家路についた。


    いつもと違うのは、糸の隣に真琴が居ないことと真琴の隣に糸が居ないことだけだった。















    「じゃあね」
 
    「また 明日ね」


    いつもと変わらない別れの挨拶を交わして、皆と別れて独りだけの家路についた真琴は、
    ふと何かを堪えるかのように黒い空を見上げてたたずんでいた。


  



    ――――― 結構 星って見えるんだ






    雲に覆われていた空の隙間から、小さな瞬きをとらえることができる。
 
    小さな光の中に、命のありったけをこめて輝いている姿に心を奪われる。





    ――――― 糸さんの中では オレはこれくらいの存在すらないのだろうか?




 

          演劇部のある学校なら、どこでも。

          そう、どこでも良かった。


          だが、今は違う。

          真は糸と出会ってしまったのだから。





          ――――― 「一緒に転校しましょう?」



          こう提案した隆世の声も眼差しも真剣だった。


          今の自分が糸の傍に居ても、何もできないのだろうか?

          自分だけが糸を頼りにしていたことに改めて気付く真。
 
          糸がどんなに自分を犠牲にしてまで真琴を守ってくれていたのか。



          ――――― オレは糸さんに何もしてあげられないのか?





          小さな負の想いは、更なる悲しい想像を連れて来る。
 




          真琴の糸への想いを肯定するものも否定するものも、
 
          そこには誰も何も居なかった。















     「ふう」

     帰宅した糸は、遅い食事を終え風呂を済ませてベッドに倒れ込んだ。

     気を抜くと、自分を心配そうに見つめる真琴の顔が浮かんで消えなくなる。

     「 まこ…… 」

     真琴を求めて求めて求めている自分と、まだ真っ直ぐに向き合っていない糸には、
     異性として意識してしまっている真琴と、これからどう接していいのか?
     その答えをひとつも出せてはいなかった。


     ただ、糸の中に無意識に膨らむ真琴への束縛心は、どんどん大きくなって行くのだった。














     ――――― ♪♪♪


     深夜、不意に着信音が鳴る。



     「 はい 」



     茜が相手を確認して携帯電話に出た。

     「 ……… 」

     相手は分かっている。

     「 何かあったの? 」

     「 ……… 」

     「 まこと? 」

     茜は優しく弟の名を呼んだ。

     どうしたのか、なかなか返事が来ない。

     様々な試練と戦っている真を、自分も家と戦いながら支えてきた姉の茜は、
     何か良からぬことが起こったのかと懸念を巡らせた。
 



     「 …… ねえさん 」




     やっと自分を呼んでくれた声に安心した茜に、真の話が続く。











     「 …… オレ 転校しようかと思うんだ ……」










     茜の耳に届いた真の声は、予期した事態のどれにも重なってくれてはいなかった。








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     ===空白のとき===[22]===


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     ===空白のとき===[23]=== へ、続きます。




     懲りずにまだ 続いてます。

     飽きずにまだ 続きます。


     お付き合い、本当にありがとうです!
     最後までどうぞよろしくですm(。≧Д≦。)m


     (2007.08.19)