===空白のとき===[21]===







     「おい!」


     ――――― 誰か呼んでる?


     「・・・・・・ か ? ・・・・・・っこ? 」


     ――――― 真琴じゃない・・・・・・。



     やっと少し目を開けると、そこには見たことの無いような必死の形相で、時が声を荒げていた。



     「大丈夫か!? いっこ??」




     慌てている時の顔に視線を向けた後、目だけで辺りを見回しても真琴の姿は見えない。

     糸は、目を開けた途端に飛び込んで来る顔が、真琴であることを期待していた自分に驚く。

     それ程に、今、目の前には勿論、自分のそばに真琴が居ないことを認めたくなかった。

     それ程に、真琴を追い求めていた自分に気付いてしまったことは認めざるを得なかった。



     「 ・・・だい ・・・・・じょう ぶ・・・・ 」


     なんとか途切れ途切れの声で答えた糸は、自分を支える時の腕を、
     無意識にぎゅっと握り締めていた。



     ――――― あたしは これから どうしたらいいんだろう



     真琴が傍に居ないことへの底なし沼のようにに広がり続ける不安が、
     糸の真琴への忘れてしまった筈の思慕を、静かに呼び戻しているのかもしれなかった。















     真琴は、伊藤先生からの頼まれ事で、少しの間ではあったが体育館から、糸の傍から離れていた。

     用を済ませた真琴が、足早に部活に戻ろうとしていた途中、後ろから声がかかった。


     「マコトくん」

     「?」

     「ちょっといい?」


     隆世に呼び止められた真琴が足を止めた。

     「隆世ちゃん ごめん ・・・・・すぐ部活に戻らないといけないの」

     自分に注意を払って真っ直ぐな視線を送ってくれる真琴に緊張しながら、隆世が話を続けた。


     「ごめんなさい でも ちょっとだけ話を聞いて?」


     今も昔も、真琴には何故か隆世の願い事を断われない。



     「お兄さまが 三浦さんにこの写真を見せてしまったの」

     真琴の顔を見れないまま、隆世が1枚の写真を真琴に手渡した。


     「お兄さまは 三浦さんにマコトくんの秘密も話してしまったの」

     予想はしていたが、事実を告げる隆世の言葉に、
     真琴は手渡された写真に視線を落としながらしばらく呆然としていた。


     糸さんは、この写真と飯塚隆士の説明をどうとらえたのだろう?

     茜が糸に自分の秘密を吐露してしまったことなど夢にも思っていない真琴は、
     この飯塚隆士とのやり取りから、糸の態度がぎこちなくなって来たと瞬時に判断した。

     信じられないと突っ撥ねてしまっただろうか?

     もしかして?と少しでも疑念を抱いてくれただろうか?

     いずれにしても、今の糸の態度においては、真琴に正解をもたらしてはくれないようである。



     ただひとつだけの真実は、

     ――――― この写真を見ても糸が記憶を取り戻して真琴のことを思い出してくれなかった

     ということに事実に他ならなかった。


     この事実が、坂道を転げるように、真琴をどん底へと導いてしまっていた。





     自分が手渡した写真によって固まった真琴を見つめながら、
     隆世が思い切って静寂を破った。


     「・・・・・あのね」


     はっと我に返って、真琴が写真から隆世へと目線を移した。


     「わたし マコトくんの夢は応援したいの」


     「?」


     「わたし マコトくんと一緒にいたいの」



     隆世の目は、いつでも本気だった。



     「だから」


     「一緒に転校しましょう?」



     隆世の思いがけない誘いの言葉に、真琴の表情が凍りついた。







     ――――― このまま糸さんが思い出してくれないのなら 一緒に居ない方がむしろ彼女のためなんだろうか?



     最近の糸のそっけない態度に、真琴は自分が求める糸の筈の存在を掴みきれずに居た。



           糸さんが居なくても、オレは父さんとの賭けに勝たないといけない


           もともと糸さんを知らないうちにこの学校で賭けをまっとうしようと決めて来たんだ


           ここで偶然、糸さんには秘密がバレて助けてもらうことになったけど、
           今の糸さんはオレのことを知らないのだから助けてはくれないだろう。



     真琴の気持ちは、見えない希望を見失うと同時に、糸から少しずつ離れて行くようだった。



     ――――― 糸さんが居なくても・・・・・・?





     「わたしは マコトくんと一緒に居たいの」


     ふと目をやると、その傍らには、幼い頃から許婚と決められている少女が居た。

     この体の弱い小さな少女は、自分を追って転校までしてくれていた。

     その上に、一度は彼女を裏切って勝手に自分の夢を叶えるために転校した今でも、
     自分を求めて慕ってくれていた。


     隆世の想いを本気と感じ信じられる程に、真琴の気持ちは糸からほんの少しずつ遠ざかって行くようだった。















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     ===空白のとき===[21]===


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     ===空白のとき===[22]=== へ、続きます。




     まだ 続いてます。

     まだ 続きます。


     お付き合い、本当にありがとうです!


     (2007.07.14)