===空白のとき===[17]===







     「なあ あたしと真琴って仲良かったのか?」

     美咲と与四郎がきょとんと糸を見つめる。

     「なに? やぶからぼうに」

     美咲が屈託なく笑いながら糸の疑問に軽やかな声で答えた。

     「与四郎とはまた違って 仲良かったわよね? カップルみたいで」

     「そうそう」

     美咲の適確な説明に与四郎もけらけらと笑う。

     「・・・・・ そっか ・・・・・ 」



     ある日、突然、気付いたら自分のそばに居た真琴。
     糸に覚えが無くても、仲は良かったらしい。
     それもカップルと勘違いされる程に。
     糸には心を許せる同性の友人はそんなに居なかった。
     それは、糸の外見や性格にも帰するのだが、
     同性でありながら、まるで憧れの異性を見るような目をされると、
     それ以上友人として歩み寄れなくなってしまうためだった。
     なのに、転校生である真琴とは、知り合って日も浅いうちから、
     親友と呼ばれるくらい特別な関係になってしまっていたらしい。

     糸は、今の自分が不思議だった。
     美咲達の言うことが本当なら、
     どうして真琴のことだけがすぱっと切り取られたように頭の中から消えてしまったのか?
     真琴が自分にとってどんな風に特別な存在だったのか?
     考えても考えても、今の真琴以外の姿は何も思い出せない。
     真琴と出会った日のことも、心を開き始めたであろう日のことも。

     考えれば考えるほど、真琴が自分にとってこれまでの友人とは何かが違ったのかもしれないと、
     新しい興味が湧いて来るに過ぎなかった。



     ――――― この写真と何か関係があるのか?


     糸は何気なく持ち歩いてしまっている写真をポケットから出してじっと見つめた。
     飯塚隆士から渡された真琴と思われる人物が写っている写真である。
     だが、その中の真琴の金の髪は肩につくかつかないかの長さしかない。
     糸が知っている、たおやかな長い金髪の真琴とは明らかに異なっている。

     隆士がこの写真を見せながら声を荒げていた。

     ――――― マコトくんのことを何も覚えていないのかっ!?

     こんなことを言っていたような気がするが、
     糸には、あの時の隆士が何を言わんとしていたのか、
     あるいは糸に何を言わせようとしていたのか見当もつかなかったし、
     勿論、今でもさっぱりわからない。

     それでも、自分が真琴をもっと知るためには、この写真を無視してはいけないような気になっていた。
     それと同時に、この写真を誰にも見せてはいけない危険なモノであるという判断も、
     無意識にしていた。
     だからなのか、糸は独りで居る時にしかこの写真を見ることは無かった。

     この判断こそが、糸と真琴を結び付けている見えない絆だったのかもしれない。





     ――――― この写真って何なんだ?


     ( 一言でいいんだ、真琴に訊いてみよう )


     糸はいつの間にか真琴のアパートの前に来てしまっていた。

     本当に真琴に問いただすことができるのかわからない。

     しかし、独りで悩んでいても埒があかない。

     思い切って呼び鈴を鳴らした。





     真琴は、まだ帰宅していないようだった。
     学校には居なかったから、何処か寄り道でもしているのだろうか?

     糸は、真琴がひとりで暮らして居ることを思い出した。

     ( 買い物かな? )

     ( どうしよう )

     出鼻を挫かれた糸が、これからどうしようかと立ち往生していると、後ろから声が聞こえた。

     「糸さん?」

     「真琴?」

     「どうしたの?」

     「・・・・・・ちょっと いいか?」

     「うん 待って 今 鍵開けるから 」

     真琴が手早く部屋の鍵をくるっと回してドアを開けた。



     「どうぞ 入って」
 
     真琴が糸を部屋へと誘うが、糸は玄関の戸を締めてその場に立ったままで居た。

     「糸さん?」

     「あのさ 真琴」

     「なに? どうしたの?」

     真琴が買って来たばかりの食材が入ったスーパーの袋を携えたまま、立ちすくむ糸を見つめる。

    


     何かを吹っ切ったように、糸は持っていた写真を真琴に見せつけた。




     「これって お前なのか?」




     糸に気付かれないところで、真琴の心がみるみるうちに凍りついた。

     糸が手にして真琴に見せている写真は、
     紛れも無く飯塚隆士に見せられたモノと同じ写真であった。



     真琴は全ての感情を押し殺して笑顔を作る。

     「なに その写真? だれの?」

     「・・・・・? お前じゃないのか? これ?」
  
     「 ちがうわ 」

     「 へ? 」


     拍子抜けした糸が間抜けな声で訊き直した。


     「 それ 私じゃないわ 」

     にっこりと笑いながら答える真琴の顔を見つめながら、
     へなへなと緊張の糸が切れたように座り込む糸を見て、真琴が駆け寄る。


     「糸さんと私は親友だって言ったら 信じてくれる?」


     真琴は、玄関に力無く崩れた糸の頭をそっと抱き締めた。


     「糸さんは私の大切な人だから きっといつか思い出してくれる・・・・・・」


     「・・・・・うん」


     ――――― そうかもしれない


     糸は真琴の香りに頭痛を呼び起こされながらも、真琴に抱き締められる心地良い感触から逃れられずに居た。





     ――――― この温もりを絶対に離さない


     糸のそばに居続けるためにも、真琴は絶対に自分から正体を明かす訳にはいかない。

     飯塚隆士の存在は勿論、
     それ以上に厄介な存在が常に真琴の動向を見張っていることを、
     とっくに真琴は知っていたのだから。


     真琴はありったけの好意と想いを秘めていながらも、糸の頬に自分の頬を重ねることしかできなかった。


     ――――― 糸さんは こんなオレをもう一度受け入れてくれるだろうか?


     糸にとっては同性としか思われていないであろう現実が、真には切なくてたまらない。
     それでもいいから、今は糸のそばに居たい。
     そんな想いとやるせなさで、静かに糸を抱き締める腕に力がこもった。


     ――――― このまま力いっぱい糸を抱き締めてしまえたら

     ――――― このまま本当のことを告げてしまえたら
     

     思うままに行動することは容易いことであった。
     だが、確固たる未来を譲れない真琴には、簡単に踏ん切りがつかないことなのである。


     真琴は、次々と襲い掛かって来る邪念を必死に追い払いながら、
     困惑しているであろう糸を優しく抱き留めていた。





     ――――― 真琴は真琴だ

     ――――― 真琴は女の子だ


     写真に写っていた髪の短いその人物は真琴では無かった。

     それは、糸が期待した答えの筈だった。
     それなのに・・・・・・。


     自分の中に芽ばえ始めていた名前を付けられない感情が、
     突然に行き場を失った不安と戸惑いを溢れさせるように、
     真琴の温もりに包まれる中で糸の胸を締め付けていた。

     それはズキズキと続くいわれの無いあの頭痛よりも、
     耐え難い程の悲しい痛みのような気がして、
     糸の胸の奥と同様に、目の奥までもが熱くなって行くのだった。















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     ===空白のとき===[17]===


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     ===空白のとき===[18]=== へ、続きます。





     今回もお付き合いありがとうございました。

     読んでくださっている皆さまは勿論、
     続きを期待してくださっている皆さまには、
     本当にありがとうございます。

     こんなに続いてしまうとは、
     きっと私がいちばん想定外とビビってます。     
     ○回で終わる予定だったのに(遠い目)。

     ですが、既に見えているラストに向かって完成させたい思いますので、
     まだまだ続く気もしますが、どうぞお楽しみいただけますように。

     更新希望のアンケートの一押しや、「続きはまだですかっ!?」
     という痺れを切らした一声が、この世界を後押ししてくれてますです。感謝。



     (2007.05.22)