===空白のとき===[1]===








     ―――――僕達を裏切ったら許さない

     ―――――これは

     ―――――警告だよ





     ・・・・・なんで

     これからという時に

     こんな目に遭うんだろ







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     「・・・・・う・・・・・ん・・・」

     「あ」
     「気が付いた?」
     ・・・・・伊藤先生・・・・伸子・・・・・・与四郎・・・・・

     うっすらと目を開けると、白い世界の中で見覚えのある面々が心配そうに覗き込んでいた。

     「!?・・・・・あたし・・・・・・?」
     ズキンッと頭が一瞬痛んだ。
     鼻に吸い込まれる薬の臭いがきつい。

     「廊下ですっ転んだんだって?思わぬところでバカだなー」
     「大丈夫 糸さん?」
     「やめろよなー もうすぐ本番だってのに!」
     「まこちゃんがねー 運んでくれたのよ 保健室まで 昼休みだしどっか行っちゃったんだけど・・・・・」」

     ・・・・・まこ・・・ちゃん?

     「あ どっか痛い所とかない?勧誘会直前なんだから注意しなきゃ!」
     「・・・・・いえ ・・・・・・大丈夫です」

     ・・・・・勧誘会って?
     ・・・・・みんな、何を言ってるんだ?
     ・・・・・次の舞台はロミオとジュリエットだろ?
     






     勢いよく転がり飛んで来た沢山のボールを避け切れずに廊下で頭から倒れてしまった糸。
     意識を失った糸を保健室まで運んだ真琴は、
     糸の意識が戻る前に怒りを抑えきれずに、今回の首謀者である飯塚隆士と対峙していた。

     「やっぱり あなたですね?」
     「何のことかな?」
     「とぼけないでください」

     予想しきっていた筈の反応に、真琴のハラワタが煮えたぎる。
     そんな怒りを抑えようとしない冷たい視線に、冷たい声が重なって校舎の壁を流れた。

     「糸さんに罠をしかけて 何を企んでいるんですか?」
     「僕は当然のことをしただけだよ? 隆世を悲しませた罪は重い」

     親同士が決めた真琴の許婚である隆世に振り向かない真琴を、隆世を溺愛する兄の隆志は面白く思っていない。

     「三浦糸のどこが良いのかわからないね 隆世のように華もない 
     部外者のくせに図々しいし乱暴で 隆世を煩わす害虫だよ」

     「・・・・・・悪いけど 私 最近 目が悪くてね 糸さんしか華に見えない 他は全て雑草に見える」

     「隆世ちゃんも誰も皆―――――あの人には勝てないよ どんな綺麗な華か 私が一番よく知っている」

     真琴は、すうっと大きく息を吸うと、一気に静かに強く吐き出した。

     「・・・・・彼女に何かあったら 貴方を殺すかもしれませんね」








     コンコン

     ガラガラッ

     「・・・・・失礼します」
     飯塚隆士の意思を無視して言いたいことをぶちまけてから、保健室に息を切らせて飛び込だ真琴の目に、
     既にベッドの上で意識を取り戻し、上半身を起こしていた糸の姿が映った。

     「よかった!・・・・・・糸さん 大丈夫?」
     無事そうな糸の姿に安堵し、駆け寄って優しく声をかける真琴。

     「・・・・・?」

     不思議そうに真琴の顔を見つめる糸。

     「・・・・糸さん?」

     糸の周りに居た皆にも、一瞬のうちに張り詰めた空気が伝わった。

     安心した真琴の柔らかい笑顔に向かって糸が問い掛けた。


     「おまえ だれ?」




     「!?」
     「糸さん!?」
     「何言ってんだ?三浦??」
     「糸くん?まこちゃんよ??」

     「・・・・・まこちゃん・・・・?」

     糸は不思議そうに怪訝そうに、たおやかな金髪の美少女を見つめている。

     場の空気の重さに堪え切れず、とうとう与四郎が声を荒げた。

     「おい!三浦!じゃあ俺は誰だ?」
     「・・・・・与四郎」
     「糸さん!私はっ!?」
     「・・・・・伸子だろ」
     「糸くん 私のことは解る?」
     「・・・・伊藤センセ」

     「じゃあ 彼女のことは?」
     自分のことは覚えているのだと確かめて安心した皆が、改めて真琴の存在を糸の前に押し出す。


     「・・・・・・知らない」


     これまでに見たことが無い程の真琴の青白く凍りついた表情を、その場に居た全員が目撃してしまった。
     真琴は演技中以外に自分の感情を表に出すことが、殆ど無かったのだから。

     「・・・・なんで 真琴さんだけ解らないの?」
     「あんなに仲良かったのに・・・・・」
     
     これまでの糸と真琴の姿を見て来た者ならば、誰しもが感じるであろう不条理な現実に為す術が見つからない。

     「ねえ 糸さん 今日は何月何日?」
     「○月○日だろ?」
 
     周りの空気が、一層固く凍りついた。

     「・・・・・それって○ヶ月前?」
     「もしかして真琴さんが転校して来る前じゃないのか?」

     真琴は、桜ヶ丘高校に転入して間もなく演劇部に入部していた。
     糸の記憶を辿ると、真琴が入部する直前までの記憶しか無いらしい。
     真琴に出会った時から今までの数ヶ月に関する記憶がすっぽり抜けてしまっていた。
     真琴に関する何もかもが、糸の中から消去されてしまったのか、
     見えない奥に押し込まれてしまったのか、
     兎にも角にも、糸には真琴のことは、何もかも解らなくなっていた。

     (・・・・・オレと出会う前?)

     (・・・・・オレを知らない?)

     真琴の体の中心から、凍えた何かが指の先まで流れ出している。
     激しい驚きを隠せずに見開いた目を糸に向ける真琴を、糸はただ意味も無く見つめ返すだけだった。





     心配する与四郎や美咲に、家まで送ってもらった糸は、
     自分の家までの道筋も、家族のことをちゃんと覚えていることを彼等に証し、部屋に戻った。

     そこは見慣れた少し散らかっているいつもの自分の部屋だった。

     壁に飾られた見知らぬ美少女との写真を除けば。



     この少女は、保健室で心配そうに声をかけて来た彼女に違いなかった。
     だが、仲良さそうに肩を並べている写真なのに、糸は彼女を知らなかった。

     与四郎や美咲達が、送ってくれた帰り道で真琴と呼ばれるこの少女の話をしてくれたが、
     今の糸には、見知らぬ美しい少女でしか無かった。

     (・・・・・本当にあたしとこいつは親友だったんだろうか?)

     この自分の傍らで微笑む少女のことを知らない今の自分に、何の不安も心細さも感じられない。

     真琴との関係は勿論、真琴のことをこれっぽっちも覚えていない糸は、
     そんな彼女との写真を飾っておくのも気味が悪い気がして、かつての自分が飾ったであろう写真達を、
     一枚一枚、丁寧に剥がし始めた。










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     ===空白のとき===[1]===


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     ↑創作過程落描き。

     シャトーさまに勿体無くもリクエストいただきましたので、ちょっと文でも萌えてみようかな〜と思って書いてます。
     こんな管理人宛に、お話へのリクをありがとうございました。
     キリリク以外での文へのリクは珍しくて、実際ビビッております。どきどきどきどき★
     表世界での文創作も、拍手御礼以外では何年ぶり?(苦笑)

     思いつくままにへろへろ〜少しと続く予定でございますが、出来る限りの早い完成を目指してます!
     拙い話ではございますが、毎度の如く愛は詰まっておりますので、
     耐えられる皆さまのみ、最後まで、お付き合いヨロシクお願いいたします。




     と、いう訳で。


     ===空白のとき===[2]=== へ、近々続く予定です。
































     (2006.08.14)