「悠斗兄から買い物頼まれてるから 先に行くな」
「え? 付き合うよ 一緒に 」
真琴の返事を聞かないうちに糸は走り出していた。
昨日は、竜矢さんから頼まれ事をしているからって先に帰ったっけ。
一昨日は、竜良くんと待ち合わせをしているからって先に帰ったっけ。
その前は・・・・・・。
「ピンポーン」
ひとり帰宅して、最近の糸の行動を省みていた真は、
慌てて手元にあったウィッグを被って玄関に向かった。
「はい?」
用心しながらドアを開けると、姉の茜が微笑んで立っていた。
最近の糸の言動を、頭の中だけで長く反芻していた真の気持ちが少し削がれた。
「これ 預かって来たから」
茜はいつものように微笑んで、携えていた大きな紙袋を真琴に手渡す。
受け取ったその中身は、椿が選んだ女物の洋服であろうことは容易に想像ができた。
女装生活を強いられている真琴には、確かにありがたい差し入れではあるが、
その贈り物は多少うんざりするほどに頻繁で、
真琴の住む部屋の比較的大きなクローゼットは、
フリルが小さな空間を所狭しと彩るような可憐なドレスで既に満員御礼であった。
真琴は持って来てくれた茜に礼を言うと、部屋に招き入れた。
「姉さん 紅茶でいい?」
「ええ ありがとう」
慌てて身に付けたらしい長いウィッグを外して台所に向かう真を見ながら、
茜はいつものように真の独りでの暮らしぶりを心配していた。
それは父と真の約束が果たされることを心配しているのにも近かった。
いつものようにお茶を入れ、自分の目の前に座った真は心無しか沈んでいるようだった。
「元気ないみたい 体の調子でも悪いの?」
心配そうに俯きかけた顔を見ている茜。
幼い頃から自分を見つめてくれていた茜に嘘はつけない。
真は思い切って最近の糸の様子を話した。
「あなたのことを遠ざけているのかもしれないわ」
「なんで?」
「椿姉さんが 糸さんがあなたの秘密を知っているかもしれないって疑っているのは知っているわよね?」
「うん」
「糸さんも気付いているんじゃない?」
「そうかな?」
「いつも一緒にいるんだもの 気付いていてもおかしくないでしょ?」
「そうかも・・・・・」
「だからじゃない? 糸さんはあなたのために距離を置こうとしているんじゃないかしら?」
茜の意見に大方で同意しつつも、真は納得してはいなかった。
椿が桜校に赴任して来てすぐに、糸とはお互いの気持ちを確認し合った筈だった。
「足枷でもいいんだ」
「側に居て欲しい」
本心だったあの言葉を糸は受け入れてくれたと信じていたから。
だからこそ、初めて糸の方から身を委ねて抱き付いて来てくれたのだと信じていたかった。
長い睫毛を伏せて黙り込む真にかける言葉を見つけようと、茜は懸命に考えた。
茜の目に映る真は、今にも叫びながら怒り出しそうにも大声で泣き出しそうにも見えていた。
頼まれてもいない悠斗からの買い物をすることもなく、
糸は真琴と会わない帰り道の土手に寝転がり、ぼんやりと空を仰いでいた。
「離れるなんて許さない」
真剣だった真の顔と言葉が何度も繰り返し甦る。
「・・・・・・残り1年乗り切る為に」
「オレの全てを支えてほしい」
「夢も糸さんも あきらめるつもりは無い」
この言葉を貰った時には、試練に耐える真琴の力になっていることが本当に嬉しいと思った。
そんな真剣な真の真っ直ぐな想いを知ってしまった時から、少しずつ、
糸は心底、真の夢を叶えてあげたいと深く深く思うようになって行った。
だからこそ、いつか真琴に宣言したように、ふたりで一緒に夢を叶えることも、当然、考えた。
だが、考えれば考えるほど、今の自分の存在が真琴の女としての卒業を邪魔するような気がしてならなかった。
それ程にも、真琴は糸の中で大きく大切な存在になっていた。
たとえ、女として卒業できなくても、男に戻った真の側に居られればいいとも思った。
家を継ぐであろう真の支えになれればいいとも思った。
夢を諦めた真の側で、自分はアクション女優への夢を叶えることも可能だと考えた瞬間、
全身に悪寒が走った。
「あたし独りだけで夢を叶える?」
感じた事の無い違和感が糸の体内を冷たく走り抜けた。
「真琴と一緒に夢を叶えたいっ!って言ったのはあたしの方じゃないかっ!」
気を許した途端に、今にも予期しない涙と嗚咽に覆われそうだった。
―――――― それなら、今のあたしに出来ることは?
精一杯考えた挙句の答え。
―――――― 真琴と必要以上に接しない。
3年になって同じクラスになれて嬉しくてたまらない気持ちを堪えて、
極力ふたりきりで居ないように話さないように心掛けた。
それは、部活中でも同様だった。
一緒に帰ることも避けようと決めた。
自分が一緒に居ることは、常に父親に偵察されている真琴の為にならないと思ったのである。
この真琴と一緒に居る時間を自ら削るという選択は、糸にとって想像以上に辛いことであった。
それでも、あと1年弱。
真琴がこのまま女として卒業すれば、いつでも人目をはばからずに一緒に歩ける。
こんなささやかな約束されない未来だけが、糸の悲しい決意を支えていた。
「糸さん?」
「あ? なに?」
「今日は一緒に帰れる?」
「あ えと ごめん 」
「・・・・・そう わかった じゃあね」
困ったような笑顔の糸を責める資格が無いような気がして、真琴はすんなり諦めた。
真琴に手を振る糸は安心しながらも真琴に申し訳ないような気がして仕方が無かった。
糸が今の自分の想いを伝えれば、真琴はこの間のように、離れて居ることを激しく拒むだろう。
そうなれば、以前のように真琴と行動を共にできるが、
真琴の秘密を糸が知っているということが暴露される危険も増えることになる。
糸にはその危険に身を曝す真琴の姿を想像することすら耐え難かった。
自分と一緒に居ないことを選んだ糸を背に、
真琴は茜に言われたことを思い出しながら、
「あの時のオレの気持ちは 本当は伝わっていなかったのか??」
という自問自答を繰り返していたのだった。
もう何日も続いている独りぼっちでの帰り道。
糸を手放したくないが故に、自分自身の賭けに巻き込んでしまったという自責の念も感じていた。
このまま無事に卒業さえすれば・・・・・・。
卒業して本来の姿に戻り、男として糸を迎えに行くことはとっくに決めていたことだった。
ただ、それまでの間を糸の支え無しで過ごして乗り越えて行けるという選択肢は、
真琴の中には微塵も存在していなかった。
真琴の中で、女として卒業することは、自分の夢のためだけでなく、
いつしか糸とずっと一緒に居るために必要な条件となっていた。
真琴にとって欲しいモノは、たった二つだけなのだから。
糸が真琴を避けるようになって、2週間以上の日々が経とうとしていた。
相変わらず、糸はのらりくらりと真琴とふたりきりになることを避けていた。
そんなある日、球技大会の準備のために、糸と真琴は同じグループで買出しに行くことになってしまった。
「ハチマキは この布で作ろうか?」
「お揃いのTシャツは どれにする?」
予定された買い物を全て済ませると、同じ方向に帰るのは糸と真琴だけになってしまっていた。
糸は分担した荷物が入った紙袋を、真琴から顔が見えにくくなるように抱き抱えていた。
「ねえ 糸さん」
「ん?」
「ちょっと回り道して 海を見て行かない?」
目の前に抱えた荷物の脇から覗き見ると、
しなやかな金髪をなびかせた真琴が、まるで天使のように微笑んでいた。
糸の心臓がバクバクと早鐘を打ち出す。
真琴に「そばに居て」と言われて応えたあの場所に行くのは、今はまだ辛すぎる。
「荷物も多いし 早く帰ろうぜ」
真琴からの誘いに返事を曖昧にして早足になった途端、
糸の目の前から紙袋が消えて真琴の真剣な顔が現れた。
「なっ!」
「これ 持ってあげるから 行こう ね?」
久しぶりに間近で見る真琴の顔は、やっぱり綺麗で目を奪われる。
こんな邪気の無さそうな笑顔に逆らって振り切れる奴がいたらお目にかかりたいと思うくらい、
顔が火照るのを隠すのが精一杯だった糸は、
奪われた荷物を取り返す事を口実に、真琴の後を追うしかなかった。
ふたりで居るための秘密の場所。
いつもの海辺。
ここで、真琴は家の中以外で唯一、糸の前で真に戻ることが出来た。
真琴は抱えていた荷物を下に下ろして、後ろに居る糸を振り返らずに広がる海を見つめていた。
「まこ?」
「あたし 帰らないと」
「・・・・・・・」
「オレと一緒に居たくないから?」
糸の心臓がツキンと痛んだ。
「そ・・・・・・・・・」
(そうだ)
(そんなことある訳ない)
糸の中に用意された言葉と封印された言葉がぶつかり合う。
返事を飲み込む糸に振り返った真琴は、じっと視線を合わせない糸の顔を見つめた。
糸は唇を噛み締めながら目を伏せている。
「糸さん?」
差し延べた真琴の指が糸のこわばった頬に触れた。途端、
「さわるなっ!」
それまで固まっていた糸が激しく顔を反らせた。
驚いた真琴がさっきまで糸の頬に触れていた手を、所在無さそうに空中に置き去りにした。
「いや あの ごめん・・・・・・・」
ひどく驚いている真琴に距離を置いて謝る糸。
真琴はおずおずと尻込みする糸の手をぐっと掴んで、もう一度近付いた。
掴んだ糸の手を自らの胸元まで持って来た真琴は、真っ直ぐに糸の目を見て問い掛ける。
「オレと一緒に居たくない?」
掴まれた手から、忘れそうだった真琴のぬくもりが伝わって来る。
真琴の格好をした真が糸の本心を揺さ振った。
何日ぶりかに感じる真琴のぬくもりに、糸の体からは閉じ込めていた筈の熱い想いが溢れて、
今にも噴き出すかと思う程に沸き立っていた。
火照りを隠せずに真っ赤になっているであろう顔を必死に伏せて、
やっとの声を絞り出す。
「卒業するまで 一緒に居ない方が いいと思うんだ」
「・・・・・・・・・」茜の推測が正しかったことは認めたくなかった。
「どうして?」
「そばに居てくれるって 言ったよね?」
真琴の激しい困惑を知ってか、糸はたどたどしく続けた。
――――― 女として卒業すれば真琴は自由になれる。
――――― 自由になってからは真の側に堂々と居られるのだから、
――――― 今 あたしが足枷になると解っていて一緒に居るのはやっぱり良くない と・・・・・・・
「ちがうっ!」
突然の荒げた真琴の声に糸が驚く。
それは紛れも無くいつもと違う男の声に聞こえた。
「オレが自由を賭けて卒業する為に糸さんが必要なんだっ!」
「解ってくれるまで何回も言うよっ!」
「そばに居て欲しいんだっ!」
糸の返事も聞かずに真琴は糸を抱き締めた。
真琴の言葉と力強い腕に抱えられて、糸の決意がほろほろと涙に変わって溢れ出していた。
声を出さずにぼろぼろと涙を流す糸が、自分の不甲斐無さを象徴しているようで真琴の胸もじくじくと痛んだ。
「つらい想いばかりさせて ごめん」
温かい腕の中で聞こえた優しい声に、糸は真琴の背に腕を回して力を込めた。
力を込めた指の先まで真琴のぬくもりを感じられた。
全身で感じるその体温に、離れている間の寂しさを改めて実感していた。
(離れて居られるなんて、どうして思えたんだろう?)
さっきまで真琴と距離を置いていた自分が、自分では無いような気さえしていた。
真琴の理性は糸の両手を背中に感じた瞬間から、飛び出しそうになっていた。
手の中にやっと収めた糸を、このまま自分の物にしておきたかった。
真琴は僅かに腕を緩めて、ふわっと口づけをした。
そのまま抵抗しない糸の唇を自分の唇で覆い続けた後、こじ開けて舌をねじ込んだ。
糸の行き場の無い舌を絡めて吸うような口づけを、しばらく味わっていた。
やっと取り戻した腕の中の糸の体温と柔らかい感触は、真琴のこれまでの不安を掻き消すのに充分だった。
真琴の執拗な口づけを受け入れていた糸は、体の中心が熱くなって行くのを感じていた。
そんな高騰した温度を感じ取られたのか、
糸は真琴に抱き抱えられたまま押し倒されていた。
真琴は糸のシャツの下に手を滑り込ませて、難無く糸の胸を直に触れていた。
さっきまで頬に触れていた筈のしなやかな指は、妖しく小さなふくらみを弄んでいた。
「あっ・・・・・・あっ・・・」
ふくらみの先を軽くつままれる度に、それまで出した事の無い恥ずかしい声が漏れる。
すっかり形を作ってしまった糸の柔らかい丘の頂きは、
真琴の指で弄られるだけで、糸の身体に淡い快感を与えてくれていた。
足の間が熱く疼くのが解った。
体中の全てで真琴を欲している。
「まこ・・・・・・」
涙声で小さく呼ばれたその声は、理性の飛んだ真琴の衝動を加速させた。
自分が触れるだけで悦ぶ糸の姿に、真琴の欲求は最高に膨れ上がって行った。
その潤んだ瞳も形良く尖った鼻も赤く萌える唇も、全てが愛おしかった。
最後の下着まで取り去った糸の黒い茂みに、堪え切れずに溢れ出た愛液に先の濡れた自分を添えて、
まだ見えない彼女への入り口近くまで這わせてみる。
「あん・・・・・・」
まだ挿入もしていないのに、隠されている入り口を刺激されたことで、
糸からの愛液がたぷんと濡れ出し、その快感を伝える声は真琴の耳に小さく届いた。
真琴は、その声を合図にしたかのように、
即座に割れ目を見つけて一気に糸の中へ自分を埋め込んで行った。
「ああっっ やっ ぃやぁっ 」
明らかにさっきとは感度の異なる喘ぎ声が真琴の耳に届く。
真琴は心地良く悩ましい声を発する糸の口を何度も自分の口で軽く塞ぐと、
糸の体の奥の感触を確かめ味わうように、幾度も腰を打ち付けていた。
その真琴の動きに合わせるように迎える糸の中はしっとりと縮まり、
真琴の動きと共にぐちゅぐちゅと滑った水音をたてて歓迎し、
まるで、とうとうやって来た真琴を捉えて離さずにおこうとするかのようであった。
「あっ ぁふっ あぁっ 」
糸は、真琴と繋がった所から体の芯まで熱く血が沸騰しているかのような錯覚に陥っていた。
自分の体の中で動きこすれる真琴の存在を強くいとおしく感じながら、
離れていた時間を取り戻すかのように、身を委ねていた。
「・・・・・・側に 居てほしい」
重ねて伝えられていた真琴の願いが、体の中から、外から泣き出したいくらいに伝わって来た。
ウィッグではない本当の真の前髪が、彼の動きに合わせて糸の顔や首筋にさらさらと触れる。
糸の想いも、体の中から真琴を締め付けた強さで伝わっているに違いない。
気を許すと今にも発射してしまいそうな程に襞を刺激する糸の体に、真琴はすっかり飲み込まれていた。
「 まこっ・・・・・ まこっ・・・ 」
あたしが側に居てもいいのか?
口に出せない想いが、体の中深くに突き寄せる真琴への甘い声に溶けて行くようだった。
―――――― やっぱり離れられない
―――――― あたしは真琴と一緒に居てもいいのかもしれない。
糸は真琴に奥まで何度も突かれ続けて何も考えられなくなるような快感の海の中で、
意識が飛ぶ寸前までそう思っていた。
真琴に抱き付いて押し倒してしまったあの時と同じ波音が、静かに繰り返し聞こえていた。
そんな考えは甘かったのだと
糸はこの後すぐに、椿の目の前で後悔することになるのだ。
===== あとがき ======
本編、5巻 ⇔ 6巻 よりお送りいたしました。
ちょっと(かなり?)本編と連動しきれておりませんが、
時差とかかなり乱れておりますのは、ご愛嬌でご勘弁くださいませ。
糸さんの揺ら揺ら揺らめく想いを書いてみたかったらしいです。
ヲトメな糸さんは本当に可愛いですよねvv
ヲトメな真琴さんも濡れた棹を武器にしなければ、本当にカワイイのに・・・・・げほげほ。
この時点でのエッチは、私内【糸さん処女説論争】に激しく関わりますので、
今回は敢えて【はぢめてじゃない】っぽい感じv
で、軽く展開してみておりますです。ご了承ください。
私のサイトでは、なかなか楽しく糸まこHマンネリ化が浸透しておりますので、
糸まこに関わるような異なるCPとかも考えましたが、
隆世ちゃんとヤってるまこりんを誰が読みたいかねっ!?とか。
・・・・・・すいません。
新婚糸まこは、もう大手を振って書いてもいいのかもですが、(いけません)
なんたって糸さんは12人(=1ダース)生むので、やる度に出来ちゃったら、
女優生命に関わるでしょっ!?(真剣に言ってますから)
【迷い道】も書きたいと思ってますが、このままでは年に1本!?(苦笑)
鬼畜まこりん、何処まで鬼畜にしても許されるのでしょうね?(笑)
新婚さんなまこりんは欲しいモノを手に入れてめっちゃ鬼畜に糸さんを愛してる気がするので怖いです。
って語ってる私がいちばん怖いですね〜。
こんな奥までご覧いただいてありがとうございます。
おてんとうさまに当たれない世界でございます。それでも、
私がWジュリ好きでいる限り果てしなく広がり続ける世界だと思いますので、
許せる方だけお付き合いくださいますように。
Wジュリばんざいっ!
裏世界の拍手マンガ更新は、もう少しお待ちください。
今までは5枚でしたが、今度は10枚まで描けるので無駄に頑張ってみます(笑)。
ってマンガじゃなくてお話でもいーのよね?ってどっちも描け(書け)ないけど。
・・・・・・是非、表の更新履歴をご参照くださいませ。
この度も最後までありがとうございまいした。
(2006.06.16)