★★★★ 誕生日戦争[on your behalf for this Birthday War] ★★★★









「まこちゃーん!」



校舎の廊下で姉さんに呼び止められた。

一緒に歩いていた糸さんも一緒に振り向く。



「椿さん。」

「学校でその呼び方はやめてくださいよ。」

「あら いいじゃない。それより、はい。これ渡すの遅れてごめんね。」



鍵を渡された。



「さすがに実家から通いで3時間はつらいから、この夏近くのアパートを借りたの。」

「えーすごいっ!」



隣で糸さんが反応し、姉さんは嬉しそうに糸さんに話しかける。



「早速パーティーを開こうと思って・・・はい!」



B5紙にゼロックスコピーされた招待状を渡している。オレのお誕生日会・・・って目に入ってきた。何これ?



「まこちゃんのお誕生会ねー。私のアパートでやることにしたから。」



唖然とするオレ達を尻目に言いたい事を一気に喋って姉は去っていった。明日は糸さんと二人で過ごすつもりだったのに・・・。糸さんの表情も一気に暗くなってしまった。オレもやだよー。



その後、糸さんとも話したが、断れる雰囲気ではないし、糸さんにも諭されたので、今回は渋々姉孝行する事となった。ま、昔から苦労をかけた相手なので、今ひとつ強くでれないのも敗因の一つだが、本人を差し置いて勝手に予定を組んでくれるのは今後勘弁してほしいよな。そのうち、やんわりと釘をさしておこう。茜チャン経由の方がいいかな?



しかし、オレも明日で 18 か。感無量だな。

法(条例含)などで禁止されている様々な事ができるようになる年齢。反面、法で守られなくなる年齢。メディアへの露出など、一部の行為に対し、親の承諾が必要なくなる等など、18歳になって出来る事は思ったより多い。まだ親のすねかじりである事には変わりはないが、又一歩、父親の権力の傘の外へ踏み出せる感覚は嬉しい。



そういえば、姉が糸さんに配った招待状にはふざけて「18禁」と記載されていたな。禁の漢字に×が付き、その横に「歳」とあった。あまり笑えない。なんであんな薄ら寒い冗談書くんだろうね?ジェネレーションギャップ?



「んじゃ、まこ、明日なー!」



糸さんは明日の準備という事でブンブン手を振り回しながら元気良く帰っていった。

オレのアパートに誘いたかったけど、時間が無いのでは仕方がない。

オレの誕生日は二人きりになるいいチャンスだったのに・・・残念だ。



オレはまだ時間も早いのでアパートに帰らず、そのまま駅前まで出る事にした。

帰りは近くのスーパーに立ち寄って晩飯の買い物もしよう。



(ん?)



ふと駅前で誰かに見られている気配を感じ、何気なさを装って視線を向けると、大男がこちらを凝視している。注目される事には慣れているが、どっかで見た感じがする。

そいつはかけていたサングラスを外した。あれ?あれは・・・やばいっ!



知らん顔してやり過ごそうとしたが、反応が遅れたようだ。あの中学校の出身者がなんでこんな所にいるんだ?今のオレの境遇を考えたらイヤーンな状況だわ。

足早に歩き去ろうとしたオレの腕を掴んで、そいつは嬉しそうに叫んだ。



「まこっちゃんじゃんかよー。面白い所で会ったな。」

「あら、もしかしたら大河内さん?お久しぶりです。」

「またまた〜。どうしたの、仮装大会?」



一発でオレを見破りやがった。バカだけど勘はいい奴だ。昔つるんでた相手だから仕方ないけれど、極めつけにやばいぞ。オレは奴を引き入れる事を一瞬で決め、即行で近くの公園に連れて行った。



オレはそいつを伴って公園のベンチに座り、手短に現在の状況を説明した。

はっきり言って、こんな目立つ大男同伴で公園なんて行きたくなかったが、人気が無いところでこそこそ話すよりはましだ。知り合いが近寄ってきたら遠目にもわかるしね。

オレより2個上のその大男は大河内と言って、オレの中学時代の先輩にあたり、笑っちゃうけれど、今は現役の大学生になっていた。

すっげバカだった奴は誰が見ても中卒後、どこかの組にはいるものと周囲に思われていたが、中学卒業前にまっとうに受験勉強をして高校に進学。オレは奴の事を「バカだバカだ」と言いたい放題だが、奴の場合、ちゃんと勉強していなかっただけで、やり始めたら吸収は早かった。



やくざの事務所からスカウトが来てたらしいけど、人生15〜16で好きでもない「筋もの」になる必要は無いだろう。ま、本人がどうしてもなりたければ誰も止めんが。



「しかし、まこっちゃんもあの親父さんとそんなバトルしてたとはな。感心するぞ。」



大河内は中学時代にオレんちに何回か来た事があるので、我が家の家族構成や事情にある程度通じている。あ、そういえばこいつは茜ちゃんの信奉者だったな。



「そういうわけで、お前が今日オレにあった事も無しね。忘れてくれ。」

「まあ、しゃーないわな。懐かしくて思わず引き止めたけど、女装している時点でわけありってことは理解できた。駄々こねてまこっちゃん怒らせるなんて怖い事しねーよ。」



わはわは笑っている。まあ、この大らかさは結構気に入ってたんだよね。

基本的に人の弱みに付け込まない。物分りがいい奴だった。女好きだけど、粘着質ではない奴だったよな。



「しっかし、うまく化けてるな。女装しなくてもマブだから、当たり前か。」

「けっ。一発で見破った奴に言われたかねーよ。」



いかん、口調が奴に引きずられている。妙に影響力がある奴だ。



「まこっちゃん、そんな生活してるのなら女日照りじゃね?紹介しよっか?」



あ〜・・・、そういえばこんな奴だったな。



「お前、女衒でもしてんの?いらねー。」

「まさか。大学の知り合いだよ。まこっちゃんなら、即OKって女いると思うよ。ま、女装しない状態で会ったほうがいいけどね。」



思わずため息をついた。



「いらねーから。そもそも女日照りって決め付けんな。」

「・・・あっ。そうだね。まこっちゃんなら2桁ぐらいいそー。」

「何お世辞言ってんの?むかつくから、決・め・つけん・な。」

「・・・わりー、んじゃ、この話は忘れるわ。」

「ん。」



ふと思いついてオレは尋ねた。



「大河内、まさかとは思うが、オレと喧嘩したときに姉さんに相談とかしたことある?」

「え?茜先輩に?いや、それはないよ。そもそも、俺、まこっちゃんとまともに喧嘩した事ないやん。」

「そうだったっけ?」

「手合わせ程度だよ。俺、合気道してたから、まこっちゃんの格闘術に興味あったし。」



ふ〜ん。こいつではないか。オレは奴の凶悪そうな面をしばし観察した。



「家の中国拳法に興味あるなら、オレより父さんの相手をすればよかったのに。」

「やめてよ。当時俺も中坊だっつーの。あのおっかない親父さんとは組みたくないよ。」

「そりゃ、言えてるなー。」



俺たちはわはわは笑いあって、和やかに別れた。この付近で万が一、女装姿のオレに再度出会っても、無視してくれと約束は取り付けたのでこれで一安心だ。



しかし、大河内と話したらやたらと昔を思い出した。嫌な事も思い出したが・・・。

そういえば、オレの誕生日のお祝いだと理由付けられ、はじめて女に食われたのも中坊の頃だったな。いたいけなガキ相手にひでー事する女もいたもんだ・・・な。

いや、当時オレもその手の行為に興味があったから女を悪者にするのはフェアじゃないか。



それより、明日の誕生日・・・他はいらないから糸さんだけ欲しかったな・・・。

あっ、思わず本音が出た。(照れてしまう。)



「真琴さん。」



ふと顔を上げると尾崎が立っている。あれ、もしや見られていた?

さーっと内心蒼褪めた。



「与四郎君、こんにちは。どうしたの?」

「なんか人相の悪そうな人に捕まっているって聞いたので急いで来たんだけど。」



かー・・・哀れ大河内。人相悪いと色々損だよな。



「道を尋ねられたので色々と教えて差し上げましたが、そんな変な方ではありませんでしたわよ。」

「遠目でよくわからなかったけど、一緒に笑ってお話してましたか?」

「ええ!あの方、ウイットに富んだユーモアを連発されていたので面白おかしくお話をさせていただいたわ。」

「そうだったんだ、もろ美女と野獣の組み合わせだったので心配したよ。」

「ま、演劇部らしい心配をしてくださってありがとうございます。(ニッコリ」



オレは深々とお辞儀をしてにこやかに退去した。話の内容までは聞かなかったらしい。

尾崎はそれほど勘がいい部類ではないので、問題は無いだろう。



この男は中学時代からの糸さんの相棒だ。どう見ても、糸さんとは友達以上ではない。

例えてみれば、糸さんの4人目の兄弟のようなもので、目撃者がこいつでよかった。

ま、時先輩が来ると、使いっぱしりにされて、糸さんを罠に落とす片棒担がされる場合もあるみたいだが、基本的に大らかな性格でオレは気に入ってる。



おっと、いつのまにか時間が経っている。

オレは手早く買い物をすませて帰宅した。

宿題や予習などは夕前にちゃっちゃっとすませた。

さ、飯でも作るぞっ。





涙ぐましい努力を積み重ねて、糸さんがオレの為に作っているプレゼントの事も知らず、オレは平和な誕生日前夜を迎えていた。





**************************************************************





9月18日の誕生日当日。



校門前で落ち合った途端に糸さんは姉さんから紙包みを受け取っていた。



「?」

「まず中に入っている服に着替えて欲しいの。」

「ええ?」



驚く糸さん。この姉は・・・何考えているんだろう?



「これはサプライズだから、まこちゃんは後から私の新居に来てね。」

「う・・・ん、じゃ、こっちもアパートで着替えてくるから。」



不安そうな糸さんを置いていくのは気が進まなかったけれど、姉さんが変な事するとは思えない。まあ、これも姉孝行の一環として従いましょう。

二人に手を振って、オレは一旦自宅に戻った。クラスメイトや演劇部の連中から貰ったプレゼントもアパートに置きたかったし、丁度いいや。



始めて訪れる姉のアパートはすぐに見つかった。オレのアパートからそんなに遠くない。ちょっと嫌かも・・・。



貰った鍵でさっさとドアを開けて中に入った。

皆がいる部屋に入いると、何かの話で盛り上がっているようだ。



「おじゃまします。」

「マコト君!」

「(あれ、隆世ちゃん!?)何で・・・皆してコスプレしてんの?」

「うふふふ。まこちゃんを悩殺しようと思って!さ、主役も来た事だし始めましょうか。」



オレは隣にいる糸さんを見やった。うおっ、糸さん可愛い・・・。姉さんナイス!

ウィッグとセーラー服でいつもとは違う雰囲気。スカートからすらりと覗いている綺麗な足・・・。



オレはそっとつばを飲み込んだ。さわりてー・・・。あ、やば。大河内モードがまだ残っている。気をつけないと。



「ふーん、糸さんセーラー服か・・・。普段から制服着ないから貴重だね。」

「ばっ・・・どこ見てんだ、アホ!」

「べつにー(勘はやっぱいいよな。)」



頬を赤らめながら悪態をつく。押し倒していじめたくなるよなぁ。あれ?



「後ろの箱、なに?」



気のせいか糸さんの顔色が悪くなった?隆世ちゃんが向こうから声を上げた。



「マコト君、それ三浦さんからのプレゼントよ。特製ジャンボプリン。」

「え・・・プリン!」



オレは糸さんに目でことわって箱の中身を取り出した。確かにプリンだ。オレは固まった。



「ごめん。嫌いだなんて知らなかったからっ。しかもこんなキングサイズ!」



目の前で糸さんが必死になって言葉を連ねている。



「い、嫌がらせにしか見えないかもだけど。」



オレはハッとした。呆けている場合ではない。何か言ってやらねば。



「気持ちだけでも嬉しいよ。」(やばっ、思わず本音出ちゃった。)



糸さんが呆然とオレを見た。上手いフォローが出てこない。

横から椿姉さんが糸さんをねぎらっている。彼女は明るく振舞っているようだが、気落ちしているのは隠せない。糸さんの手には昨日はなかった絆創膏が沢山貼られていた。



「あ、マコト君。私紅茶淹れるわね。マコト君の好きなフレーバーティー。」



遠くで隆世ちゃんが楽しそうに喋っている。



「皆さんもめし上がってください。」

「あらーーありがと。」



オレは糸さんの言葉を思い出していた。

(「うまくいかなくて。」)

・・・まさかプリンの事だったなんて。



「さ、いただきましょ。」

「はい、マコト君。」

いつのまにか隆世ちゃんが手作りのシュークリームをオレの前に持ってきてくれていた。

紅茶とスプーンを手渡される。シュークリームは手づかみでいいのに、必ずスプーンを使おうとする所がお嬢様だな。



がたっ!



急に糸さんが立ち上がった。驚く面々の前で慌てたように言葉を発する。



「あたしちょっと用があるんで帰ります!」



目の前で茜姉さんが慌てる。「糸さん!」

「これも持って帰りますからー。」箱にしまったプリンを箱ごと持ち上げた。あ。



箱の底がばかっと外れ、落ちてきたプリンを床に落ちる前に受け止めた。



「間一髪・・・。」

「あーごめん、すぐしまって。」



糸さん早い。すぐにオレからプリンをとって再度箱に入れようとしてる。待てーそれはオレ宛のプレゼントだ!オレは深く考えずにスプーンでプリンをすくった。オレのプリン!



そのまま口に入れた。



「・・・・」



しばらく時が止まってた。

オレは沈黙して口に入れたものを味わい、他は動きを止めてオレの様子を伺っている。

しばらくして、糸さんと椿姉さんが耐え切れないように同時に口を開いた。



「ま・・・まこ!?」

「まこちゃん!?」



「・・・おいしい。」



驚く一同。



「そんな!あんなに倒れるほどに嫌いだったのに!!」

「(バラすな。)糸さんが作ったものなら平気みたい。」



オレも驚いてるよ。こんな事ってあり?

見るのも嫌だったし、匂いなんてもってのほか。

無理に食べさせようとする人間がいたら地球の裏まで殴り飛ばす勢いで拒否ってたのに。

でも、これは糸さんからのプレゼント。オレだけのものだ。

後先考えずに飛びついたら食べちゃった。しかもおいしかった・・・。



突然、隆世ちゃんが癲癇みたいに倒れた。

椿姉さんが慌てて介抱している。

その騒ぎの中、茜姉さんがそっとオレの肩に触れた。



「プレゼント類は後日アパートに送るわ。後の事は私に任せて 2人で楽しんでらっしゃい。」

「姉さん。」

「ね。」



スッチー姉さんが天使に見えた瞬間だった。

オレは糸さんの手を引いて、その場から逃げ出した。




















★★★★ 誕生日戦争[Do not kill me, Please love me] ★★★★








椿さんのアパートはまこのアパートからそんなに離れていなかった。

あたしの足なら10分もかからないと思う。



「わーっ。すごい夕やけー!」



椿さんのアパートから出た後、まこはあたしの手を引いて両方のアパートの中間点にある海沿いの堤防まで連れて来た。綺麗な夕日が見える場所だった。

住宅地の奥にあるこんな穴場を知っているなんて、まこって結構散歩してるのかな?



「アパートだと椿ちゃんが来るかもしれないからね。ここなら大丈夫。」



堤防に座ってプリンを箱から取り出しながらまこが呟いた。

あ、あのスプーン、そのまま持ってきたんだ。



「あーあ、ついでに着替えて来れば良かった。」

「いーじゃん、そのままで。」



ウィッグを外しながらぼやいたあたしにまこがプリンを食べながら答える。

ぼおっとした表情でこちらを眺めている。スカート姿が珍しいのかな?



「おい・・・そんな食って大丈夫なのか?見るのも嫌だったんじゃ・・・。」

「うん。食べた事は無かったけど。」

「え・・・?」



話を聞いてみたら、完璧に親父さんの影響だ。ほとんどトラウマじゃん。

あの親父さんがプリンねぇ。似合わねー。



「無理して食わなくてもいーぞ?」

「大丈夫。全部食べるよ。」



パクパクと淀みなく食べながら喋っているまこからあたしはプリンの容器を取り上げようとした。長年のトラウマがそんな簡単に克服できるもんか。



「本当に大丈夫だって。」



見事なスピードで防戦しやがる。あたしは勢い余ってまこを押し倒してしまった。

それでも、プリンは安全な状態で水平に保たれている。



「ごめ・・・」



多大な迷惑をかけている気分であたしはまこを押し倒した状態で固まった。ぺったりと上に乗っかってしまってる、情けねー。

まこはプリンを自分の身体の脇に注意深く置きながら、上に乗っているあたしに低い声で囁いた。



「・・・オレのためでも、そうでなくてもいいよ。糸さんの作ったものなら何でも食べる。」



くっ!いつもながら見事なセリフだ。奴は照れるという事を知らないのか?

不覚にも胸を打つ言葉を聞いて、あたしはジーンとした。



まこは空を見ながらあたしの頭を撫ぜていたが、しばらくしてその右手をあたしのわき腹に移動させ、くるりと身体を入れ替えた。まこに敷かれた状態で何か言おうとしたあたしに優しく唇を重ねてくる。

ゆっくりと唇と舌であたしの口を開かせながら、味わおうとするようにプリンの味がする舌を差し込んできた。まこはその気になればいくらでも素早く動けるのに、なぜかこんな場面では、ゆっくりと動く。



「まこ・・・」

「・・・」

「まこ、タンマ・・・」



あたしは追いかけてくるまこの唇から逃げるように少し離れた。酸欠状態で苦しー。

あたしを見つめていたまこが、目の前で鮮やかに笑った。



「糸さん、呼吸してよ。その為の器官だよ、これ。」



あたしの鼻をつまんで笑っている。絶対こいつ S だ。顔を振っても離してくれない。

痛いぞ、コノヤロー。



「!」



・・・鼻をつまんだまま、口付けてくる。ぎゃあっ。殺す気か!

力一杯もがいたらやっと離してくれた。



「使わないようだから、必要ないかと思ったけど。それなりに抵抗するんだ。」

「こらぁ!あたしを殺すつもりか!?」

「可愛いなぁ。」

「ぅ・・。」



鼻から離れた右手はそっとあたしの足の上に置かれた。そっちに気をとられてたら、再度あたしにキスをして、そのまま唇をあたしの頬の上を這わせ、首筋に落としていく。くすぐったい。

極力、気にしないようにしていた足の上に置かれた右手はゆっくりと這い登ってくる。

その手が動くたびにあたしの足は緊張し、意に反して引きつりそうになる。



「まこ・・・」

「なに?」

「手は何してる?」

「右手の事?糸さんの生足に触りたくて触りたくて・・・姉さんちでは困ったよ。邪魔者が多かったし。」



なにっ!つまり、今は邪魔者がいないから解禁されたってこと?

危険を感じたあたしは足をじたばたさせたが、まこの足に絡まれて動けなくなった。



「抵抗は認めません。今日はオレの誕生日だしね。」



えーーーーっ!?



「プリンもいいけど、別のプレゼントもほしーな。糸さん?」

「ええっと・・・何をご所望でしょうか?」



あーあたしのバカっ!何言ってるんだ?絶対に水を向けられてる、こいつに。

まこの右手は思わせぶりに動いて、あたしの内ももを這い回っている。



「さすが、糸さんの内転筋群はよく締まっているね。」

「ないてん何?・・・。人の耳元で喋るな。」



まこはにっこりと微笑みながらあたしの顔を見下ろす。



「内股の筋肉の事だよ。それより、何故だめなの?糸さん。耳元で喋ったら・・・。」



そのまま、あたしの耳に唇を這わせながら囁く。うあっ、ゾクゾクする。

思わず、うめきそうになった。息を止めて声が出ないように我慢してたら、まこが続ける。



「感じるから?」

「あ・・・。」



ついっと指先があたしの内ももを滑り、そのまま下着の間に分け入ってきた。

飛び上がりそうになって足を閉じようとしたけど閉まらない。逆にまこの足で更に開かれて固定された。指で下着の内布に触られ、耳に舌を這わされた。



「濡れてる。」



あたしの目を覗き込んだまこの目が細められている。輝いて濡れている。

あたしの下着を引っ張って、脇に寄せながら、器用に指を差し込んできた。



「あ、いやっ!」



以前一度同じ事をされた事があるけれど、その時とは決定的に何かが違う。

あたしの中に入った指は確かめるように中で蠢いている。

時々ぴりっとしてあたしの反応を引き出す。何してる?



「まこっ!」



まこの手をどかせようと自由な左手で掴もうとしたが、まこの左手で頭上に縫いとめられた。あたしの右手はまこの身体に敷かれていて動かない。



「まこ、やめっ・・・」

「だめだよ。何が欲しいのか考えている最中だし、ここなら人目は無いしね。」

「嫌だ。誰か来るかもしれないし、こんな明るいところでっ!」



あたしの耳に舌を這わせていたまこは耳たぶに軽く噛み付いてきた。

痛くないのに痛くされる予感にあたしは息を呑む。



「まこぉ・・・。」

「暗くて、誰も来なければいいの?」

「つっ・・やめっ・・・。」

「糸さん、抱いていい?」



まこの繊細で少し骨ばった長い指があたしの中を浅くかき回して、ゆっくりと抜き差しする。かき出した粘液を塗り広げているようだ。信じられないほどイヤらしい音が聞こえているけど、あたしを一心に見つめているまこの目はとても生真面目そうな色を湛えていた。

形の良い爪をいつも綺麗に切り揃えているあの指があたしの股間を這い回っていると思うと血圧が上昇しそう。

断続的に耳たぶへ加えられる甘噛みはもう痛いのだか、気持ちがいいのだか、わけがわからなくなってきた。



やばいよーと声にならない叫びを上げた時、急にまこの動きが止まった。

低く舌打ちして、あたしの中から指を引き抜いた。(舌打ちっ!?)



あたしに対する戒めを全て解いて、上体を起こしてプリンを手に取ったその顔を見ると、青筋が浮きそうなほど機嫌を損ねている。疑問に思うあたしの耳に子供の声が聞こえてきた。まだ遠い。犬の鳴き声も聞こえてきた。犬の散歩?



あたしは思わず吹き出した。笑ったあたしを睨みつけたまこもやがては表情を和ませ、苦笑しながらプリンを食べ始めた。



散歩中の子供と犬と母親らしい人間がその場に現れた時、まこはプリンを殆ど食べ終わっていた。あたしの心臓も平常モードになったかな?

リードから外れて近寄ってきた犬がフンフンとプリンの匂いを嗅ぎ、尻尾を振っている。



「ないよ、もう食べちゃったよ。」

「すみませーん。カム!」



飼い主の声に従順に従った犬が離れていく。よく躾けられているなぁ。

感心してその一行を見送っていると、まこが笑いながら呟いた。



「萎えた。場所と時間は選ばなきゃいけないね。糸さんは正しい。」



おー危機からの脱出。あたしはほっとした。

ふとまこを見るとあたしを見ながら不機嫌そうにしている。

やば。表情に出たかな?



「安心した?糸さん。」

「いや、そんな・・・事ないよ。」

「それともがっかりしたかな?」

「・・・」



下手に刺激したらどういう方向に進むかわからない。気をつけよう。



まこはプリンの容器を箱に入れて近くに置くと、右手をあたしの目の前に突き出した。

不思議そうに見返すあたしに向かって一言告げる。



「舐めて。」



さっきまであたしを攻めていた指。あたしはハッとなり、次にカッとなった。

でもあたしの睨みを涼しそうに受け流して、まこはその指をゆっくりとあたしの口に差し込んできた。こんな指、咬んでやる・・・と思ったのに、何故かあたしの舌は押し付けられた指を舐め始めた・・・。うがー、自分が信じられない。



あたしの表情を観察しながら、突き入れた指をしばらく舐めさせていたまこは満足そうに笑い、もう一本別の指に変え、同様に舐めさせてゆっくりと引き抜いた。



「じゃ、夕日も翳ってきたし、一旦アパートに引き上げますか?糸さん、帰宅前に何か飲んでいかない?のど乾いちゃった。」

「ん。」



言葉少なめにまこと並んで歩き出したあたしは小さく隣に毒づいた。



「・・・まこって・・・すんごいスケベ。」

「まあ、男なんて多かれ少なかれこんなもんだよ。」



しれっと返される。嘘だ。絶対にまこは普通よりスケベだ。



「プリン、ありがとう。おいしかったよ。」

「お粗末さまでした。でも、嫌いなの知らずに作って悪かったな。」

「ううん。」



隣を見るとまこの優しい微笑があった。あたしの手をとって貼っている絆創膏ひとつひとつに丁寧にキスをしていく。



「オレの為にこんなに苦労して作ってくれたのはわかってる。とても嬉しいよ。」

「いや。」



あたしは熱くなった顔を隠すために下を向いた。なんでこいつはこんな恥ずかしい行動を堂々と行えるんだ?不意打ちされたあたしは否定さえもできずに唖然とする。



「糸さん?」

「もう・・・まこの言動にはついていけないよ。」



あたしが真っ赤である事に気付いているまこは嬉しそうにあたしの顔を覗き込もうとする。



「見なくてもよろしいっ!」

「えー見せてよ。」



早足になったあたしに早足でついてくる。そのまま、まこのアパート近くまで2人で競歩をしていたら、突然、前方から呼びかけられた。



「まこちゃーん!」



まこのアパートの方向から椿さんと茜さんが歩いてくるのが見えた。



「プレゼント。まこちゃんの部屋の前に置いてきたわよ。紙袋に入れてドアノブにかけておいたわ。」

「なんだ、わざわざ今日届けてくれたの?ありがと。帰る前に何か飲んでく?」

「あら、なかなかの気配りね。ではお言葉に甘えてお呼ばれしちゃうわよ。」

「どうぞ。いつもお世話様です。」

「糸さん、丁度よかった。まこのアパートで着替えてくれる?制服ついでに持って帰るわ。」

「え?あたしのほうでクリーニングに出してお返ししますよ。」



椿さんはニコニコ笑って手を振った。



「そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。今日はわざわざコスプレに付き合わせたしね。ご協力ありがとうってところよ。」



うーん、結局パーティーをぶち壊したのはあたしだったのではないかと思うけど、全然気にしていないようなのでほっとした。



(しかし・・・。)



ついさっきまで、まこに怪しい事をされていたあたしは決まり悪い気分で2人を見やった。

優しい表情を見ると良心の呵責が・・・。隣には天使のような微笑を浮かべたまこがいる。何だかペテンにかけられている気分だ。



そのまま、お誕生パーティーの二次会のような和やかな雰囲気であたし達は温かいお茶をお呼ばれし、散会した。





今日のまこ・・・



家への帰り道、あたしは堤防でのまことのやり取りを思い出す度に赤面していた。



あの散歩親子が来なかったら、どうなってたんだ、あたし?

結構すごい事をされた覚えはあるのだけど、今ひとつ現実感が薄い。

なぜか本気で逃げられない。相手がまこだからだという自覚はある。



別の人間に同じ事されたら?

想像しようとしてあまりのおぞましさに鳥肌が立った。

相手を特定して想像する事さえも耐えられそうにない。



つまり、まこ以外にはあんな反応は出来ないという事らしい。



(でも待てよ。)



ここのところのまこのご乱行はつい最近始まったよね。

まこは元々冷静な奴で、今までどんなに機会があってもキスとか少々過剰なスキンシップぐらいしかしてこなかった。一線を越えた接触をするのは控えている節があったよな。

夏合宿からだ。それはわかる。



あたしは歩みを止めて、薄暗くなってきた空を仰いだ。きっかけってあったっけ?

何かもやもやする。



キャンプファイヤーの前は・・・雷で停電になった時だ。

センサーがしばらく死んでたから、その隙に承太に話をしにいったんだよな。

まこに助けられ、あの空き部屋で朝までいた時の事を思い出した。



「ん?」



あたしはある事に気付いて、再度天を仰いだ。



あたし、すげー事した・・・、うわ。

忘れていた。あたし、まこのズボンのチャック降ろして、あいつの下半身に触った。

あたしはその事実に思い至り、悶絶しそうな気分になった。



よく考えてみたら、まるで色キチみたいな行動だ。

あの時はうろたえていて、あいつが苦しそうに感じたので深く考えずに行動し、結果すごい事になったんだった。

まこは最初はあたしを止めようとしていた・・・。

なんで今まで忘れていたんだろう?

きっと思い出したくなくて意図的に忘れていたんだ。我ながら、姑息。



ええと、そうすると・・・

今現在のまこの行動はあたしの考えなしの行動によって引き起こされている可能性が高い。まんま、自業自得じゃん!スケベとか言ってまこを責めるのはお門違いだ。



あたしは蒼褪めてしまった。



「おい、糸。」

「!?」



思わずぴょんと跳ねた。立ち止まってあれこれ考えていたあたしの背後にいつのまにか帰宅途中の悠斗兄が立っていた。



「おかしい奴だな。何、踊ってる?考え事は家に帰ってからにしろ。」

「あ、うん。(踊ってねーよっ!)」



一緒に歩き出しながら、悠斗兄があたしの顔を伺い見る。



「なんだか、顔色悪いぞ。今日、何かあったのか?さてはプリンが受けなかったのか?」

「あ、いや、それは大丈夫だった。サンキュー悠斗兄。別件で考え事してただけだよ。」

「そうか。お前にしては珍しいな。」

「うん?」

「慣れない事をすると熱出すぞ。心配事があるなら俺たちでも真琴さんでもいいから相談しろ。」

「うん。」



なんだか、一部失礼な事を言われ、釈然としないものを感じたが、まあいいや。

悠斗兄に噛み付く気力が残っていない。



あたしはその夜、頭を抱えながら布団にはいった。

確かに知恵熱が出そうだ。





























★★★★ 誕生日戦争後日談[大河内君のお話]★★★★



「大河内、まさかとは思うが、オレと喧嘩したときに姉さんに相談とかしたことある?」

「え?茜先輩に?いや、それはないよ。そもそも、俺、まこっちゃんとまともに喧嘩した事ないやん。」

「そうだったっけ?」

「手合わせ程度だよ。俺、合気道してたから、まこっちゃんの格闘術に興味あったし。」



俺を無表情に見つめるまこっちゃん。こえー・・・。



俺はそれをした奴らには心当たりがある。聞かれてとぼけるのはこの人相手だとかなりきつい。内心びくびくしながら俺は祈った。聞いてくれるなよー!



「家の中国拳法に興味あるなら、オレより父さんの相手をすればよかったのに。」

「やめてよ。当時俺も中坊だっつーの。あのおっかない親父さんとは組みたくないよ。」

「そりゃ、言えてるなー。」



内心ほっとした。のど元過ぎたかな?



しかし、まこっちゃんの綺麗な面拝むのも、久しぶりだ。

俺が学中卒業した後、二度ほど母校訪問した時に会ったっけ?

相変わらず、下手な女など足元にも及ばない花のかんばせだなあ。

もれなく毒と棘が付いてくるけど・・・。



何の冗談だかわかんないけど、女装してる姿を見た時は目を疑ったね。

懐かしくてつい声をかけたけど、俺を凝視しながら「面かしな。」とあごをしゃくられた時にはまじで後悔した。凄みがグレードアップしてやがる。



ガキ時代の荒々しい気性はうまく隠せるようになってるようだけど、まこっちゃんの本性は見かけ通りでない事を俺は知ってる。



次に見かけた時には知らないふりね。仰せの通りに、お殿様。

結構、根に持ちやすく、執念深い性格だから気をつけよう。うん。



うおっ!何この思考パターン!?これでも俺の方が先輩なのに、信じらんない。

出会ったしょっぱなから鼻面とられて引き回されたせいか、頭が上がらないなぁ。

ま、何年も会っていなかった奴に偶然出くわす事はもうないだろー。





**************************************************************





その数日後・・・



「・・・(俺の)予想ほど当てにならないものはないな。」



彼女と一緒に入った喫茶店でコーヒー飲みながら、何の気なしに外を見てたら見つけてしまった、女装まこっちゃん。しかも一人じゃない。友人っぽい男と談笑しながら歩いくる。

何、あの年相応な爽やかな笑みは?男、アーンド本性を知ってる俺でも思わず騙されそうな可憐さだ。勘弁してよ・・・。



「何?剛。予想って?」



一緒にいたみっちゃんが俺の視線を辿った。



「あ・・・。あの子。」



発言に気付いて視線を彼女に戻すとまこっちゃん達を見ている。



「どしたの?知り合い?」

「あの女の子。確か三浦さんだわ。」



はて?どこに女?まこっちゃんは成田だから別人の話だよね。



「どの女の子?」

「ほら、金髪の女の子と一緒にいるショートヘアの子。」



ええええ?あれ女か!?



「空手の三浦兄弟の妹だわ。直接知ってるわけではないけど、あの子も相当やるみたいよ。」

「まじ、女か?遠目だから間違ってねー?」

「間違いないって、兄貴がかっこよくてねー・・・。」



何それ?俺の胡乱な視線に気付いたみっちゃんが慌てて手を振った。



「個人的に知ってるわけではないって。あたしは剛も知ってる通り合気だしね。でもまあ、格闘技つながりでその手の雑誌見るし、近くに住んでるの知ってるし・・・。」



ま、確かにそうだな。みっちゃんと俺は同じ道場に通っていて知り合った仲だ。

空手の三浦って名前は俺も聞いたことある。しかし、家族構成まで把握してるって、どゆこと?ミーハー?



俺たちがそんなやりとりをしている間に例の2人は話しながら喫茶店の近くを通り過ぎた。近くで見ても女に見えん。でも結構可愛い顔してる。あ・・・。まこっちゃんと目があった。



一瞬、すげえ目つきで俺を睨んで、何気に奴は位置を三浦なんたらと入れ替えた。

ありゃー、何その警戒心?自分の身体で隠したわ。

俺の目の前に座ってたみっちゃんは不思議そうに俺を見た。



「知り合い?」

「まさか。」

「綺麗な子ね。じろじろ見てたの彼女?」

「それこそ、まさかだよー。でも髪の毛見て俺の学中時代の後輩を思い出したんだ。」

「あ、以前話してた子ね。」

「そうそう。」



やがて、話は別の話題に移っていったが、俺はやばいものを見た焦燥感を感じていた。

あの警戒心は変だったし、そもそもあいつがあんなに嬉しそうに女と話している姿など見たことないぞ。

考えてみたら、以前もこの近くの駅前でまこっちゃんに出くわしたんだった。学校の名前は聞かなかったけど、近くかもしれない。



確か、あいつは鳴海西に進学したという話だったな。名門の進学校からわざわざ「勝負」の為に別の学校に転校させる親も親だし、あいつもあいつだわ。いかれた親子だね。



俺はこの町には住んでないし、大学は全く別の場所だけど・・・。ここの近くにみっちゃんの実家がある。必然的に駅前などで頻繁に会っているし、よく利用するラブホなどもこの近くだったりする。こりゃあ、又会うかもしれないなー。気をつけようと心に誓った。



君子危うきに近寄らず・・・だぜ。





― 完 ―
































<<管理人より>>





隠し持っていた爆弾投下です。





(2013.04.29)