まこ糸新婚物語
秋薫る10月の半ば、外は秋晴れで気持ちのいい天気だった。
真はいつもの通り糸より先に起きると、ベッドから降りて伸びをした。
(いい天気だな)
窓のほうを見ながら、着替えをする。
音を立てないよう窓を開けると、秋のにおいをつれた風が優しくカーテンを揺らした。
そして、まだベッドで眠る妻の頬にキスをすると、朝食の支度をするため部屋を出た。
「もう! 何で起こしてくれないんだよ!」
それから30分後。
糸は真が作った朝食を口にしながら、目の前にいる夫に文句を言った。
「だって、糸さんよく眠ってたから」
「だから! 朝食は交代でやろうって決めたじゃないか!」
本日の朝食のメニューは、トーストに、目玉焼き、ウィンナーとちょっとしたサラダ。
そして真お手製のオニオンスープ。
それらをあっという間に作ってしまった真は、冷めないうちにと糸を起こして一緒に朝食をとっていた。
「そうだけどさ、無理にすることもないんじゃない?」
「だけど・・・」
サラダを口にしながら、糸は真から視線をはずし下を向いてため息をついた。
現在結婚生活3ヶ月目の二人は、結婚した当初からいくつか決め事をしていた。
そのうちの一つが、さっき糸が口にした「朝食は交代でつくる」ことだった。
しかし、糸が真より先に起きたことは数えるほどしかない。
前の日に夫婦の営みがあったりしたときは、朝はつらかった。
起きれないことはないのだが、最初のうちは甘えて作ってもらっていたのだ。
それがいつのまにか、当たり前のことになっていて、さすがにまずいと思った糸は、
「これからは、ちゃんと交代で朝食を作ろう」
ある日真にきっぱりとそう言ったのだった。
だが、現実はごらんのとおりであった。
「とにかく、明日はあたしが作る! だからまこはゆっくり寝てていいからな!」
「はいはい」
糸の態度が可愛くて、真は含み笑いをしながら返事をした。
「もう・・・」
そんな真の姿を見て、糸は拗ねたようにそっぽを向いた。
それらは何ら変わりのない毎日の光景であった。
昼食をとってしばらくたった頃・・・。
「糸さん、準備はOK?」
「ああ、まこは?」
「ばっちり」
二人はなぜか不的な笑みを浮かべ、テーブルの上に数枚の紙をお互い見えないように伏せた。
「じゃあ、いくよ」
「せーの! ジャンケンポン!」
掛け声と同時に、二人はジャンケンを開始する。
一回め、お互い同じグーをだしてあいこだった。
それから何度かジャンケンが続く。
はたで見ていて、かなり気合の入ったジャンケンだった。
なぜこんなにも気合が入っているかというと、これまた二人が決めたゲームであった。
数枚の紙にお互いバツゲーム的な内容を書き、ジャンケンに負けた人はこれらの紙を1枚引いて、
そのバツゲームをしなくてはいけないのである。
最初のうちは控えめな内容だったが、回数を重ねるごとに無理難題を書いてくるようになった。
とくに夫である真が、妻の糸に普段してくれなそうなことを書いてくるのである。
それらをしたくない糸は、どうしても負けることはしたくなかった。
そして、真も糸にやってもらうためにはどうしても負けるわけにはいかなかった。
「ふー・・・こんだけあいこが続くとはね・・・」
「しきりなおしに、一回やり直そう」
十数回のあいこを繰り返して、二人はいったん息をつく。
「せーの、ジャンケンポン!」
・・・そして、勝負は一瞬にしてついた。
「やったー! 勝ったー!」
「うそ・・・また負けた・・・」
勝った糸は大喜びし、負けた真は頭を垂れて落ち込んでいた。
「それじゃ、今回もまこにひいてもらいましょうか」
嬉しそうにテーブルの上の紙をまとめ、糸はざっと目を通す。
その中のいくつかの内容に、糸は眉をひそめた。
そして内心やっぱりな・・・と思う。
真が書いた内容と言えば「一緒にお風呂」「はだかエプロン」などなど、ちょっとエッチなものばかりだ。
「では、どうぞ」
「・・・・・・・」
糸は真の前に紙を差し出した。
真はそれらの紙を真剣に睨みつける。
しばらく考えて、真は一番はしの紙を引いた。
「なんだ、無難なの引いちゃったな」
「糸さん・・・」
ほんの少しつまらなそうに糸は真に声をかける。
引いたカードは「一週間夕飯担当」だった。
「そんなわけで、今週は真が当番だな」
「はいはい。ところで糸さん、そろそろバイトに行く時間じゃない?」
「あ、本当だ」
壁にかかっている時計を目にすると、糸は急いで立ち上がった。
「それじゃ、行ってくる」
「がんばってね。おいしい夕飯作って待ってるよ」
そう言って、真は糸にキスをし、見送った。
ピンポ〜ン♪
真が犬の相手をしていると、呼び鈴がなった。
「誰だろう? 今日誰か来るって連絡はなかったし・・・」
新聞の勧誘かな、と思った真はそのまま玄関に行く。
「はーい」
玄関を開けると、いきなり大きな花束が目の前に現れた。
「!?」
「やあ、久しぶりだね」
「一条先輩!」
花束の横から、覚えのある顔がこっちをのぞいていた。
高校生時代、何度か演劇指導にきていた一条先輩だ。
真が劇団に入るといったときに、自分が所属する劇団に誘った人でもある。
卒業パーティー以来なので、ほぼ一年半ぶりの再会である。
「ど、どうしてここに?」
「君が結婚したと、時から聞いてね。これはぜひお祝いに行かなければ、と思っていたのだが、
いかんせん舞台が忙しくて、こんなに遅くなってしまったよ」
動揺を隠しながら、真は一条先輩に尋ねる。
「それは、ありがとうございます・・・。中にどうぞ」
「いいのかい?」
「ええ、糸さんはいま出かけてますけど」
「・・・そうか」
なぜか嬉しそうに答えながら、一条は成田家へと足を踏み入れたのだった。
「それにしても、君がこんなに早く結婚してしまうとはね・・・」
「意外でしたか?」
淹れたてのお茶を、一条の前に差し出す。
つづけてお茶菓子もテーブルの上に置いた。
「どうかな。それより劇団の方は順調かい?」
「はい。夏から舞台のほうにも、何度か立たせてもらってます」
「それはたいしたもんだな」
カップに口をつけながら、感心していた。
「でも、まだまだです。覚える事はたくさんありますし」
夢を語ったときと同じ瞳をして、真はそう言った。
一条は出会ったときは女性だと思っていた、目の前の人物をじっとみつめる。
あの時、どうして女性である真が気になったのか、とても不思議だったが・・・。
高校を卒業して、本当の姿を見たときに、全てが納得いった。
一条はため息を一つついた。
「・・・やっぱりもったいない」
「は?」
「今からでも遅くない。僕とどう?」
一条は真の手をつかむと、真剣な表情で真を見た。
「あ、あの・・・」
「僕が今まで見てきた男の中でも、君は好みのタイプなんだ」
「いえ、俺には糸さんがいるので」
「内緒にしていればわからないさ」
なおも迫る一条に、真は身の危険を感じた。
掴まれたままの腕を放すように、自分のほうに引く。
その時、一条はバランスを崩して、足がテーブルにぶつかってしまった。
「あ・・・」
テーブルの端に置いてあった紙の束が床に落ちたほかは、カップの中身が少しこぼれた程度で済んだ。
「ああ、すまない・・・」
「いえ、たいしたことはないので・・・」
一条はかがんでその紙の束を手にする。
ふと、そこに書いてあることが目に入った。
「これは・・・なんだい?」
「・・・! そ、それは・・・」
まずいものを目にされた、と真は直感的に思った。
それもそのはず、昼過ぎに糸とやったゲームのカードを見られたのだから。
そこには人にとっては、かなり過激な内容のものだ。
「何かのバツゲームなのかい?」
「ええ、まあ。そんなものです」
言葉を濁しながら真は答えた。
「ほう・・・これなんかいいね。裸エプロン。君のが見てみたいな」
「・・・一条先輩!?」
さらに、身の危険を感じる真。
「ぜひ、してくれないかな。僕のために」
一条は立ち上がって、両手で真の手を握り締めた。
「・・・・・・・・」
「そうしたら・・・」
困惑気味の真に、一条はなにやら言葉を続けたのだった。
「ただいまー」
すっかり夜も更けた頃、糸はバイトを終え自宅へと帰ってきた。
「?」
いつもだったら、家にいるときは玄関まで出迎えてくるんだけどな。
そう思いながら靴を脱いであがろうとすると、見知らぬ靴が一足あることに気がついた。
お客さんか、納得してリビングのドアを開いた。
「ただいま。まこー、お客さんか?」
「やあ、お帰り。お邪魔してるよ」
「!?」
中に入った糸に最初に声をかけたのは、真ではなく糸も知っている一条だった。
しかも、その格好は目を疑うものだった。
(な、なに!? あたし・・・頭おかしくなったのか!?)
なぜ、自分の家で他人の一条が、裸エプロンをしているのだろうか。
しかも、かなりノリノリである。
一瞬にしてパニックに陥る糸。
そんな糸を背後から背中を叩き、真が姿を見せた。
「お帰り、糸さん」
「まこ・・・」
ほっとしたのもつかの間、振り返った瞬間、目に入ったものがさらに糸をパニックにさせた。
「なっ、なんでお前までっ!?」
愛する夫も、バツゲームでもないのに裸エプロンなのだ。
もう頭の中ははてなマークでいっぱいだった。
(一体全体どうなってんだー!?)
糸はクラクラする頭を抑えながら、二人の姿を極力見ないようにした。
「・・・なあ、何でそんな格好してるの?」
何とか落ち着いてきた頃、糸は最大の疑問を真に投げかけた。
「一条先輩がね、裸エプロンしたら、俺のこと諦めるって言うからさー」
何事もないように真は答えた。
「残念だけど、いいモノ見せてもらったよ」
と、口調はとても残念そうに思えない感じで、真の隣にいる一条が言った。
そして、その手はどこか真のお尻を狙って怪しい動きをしていた。
(・・・こいつら、絶対おかしい・・・)
一体、自分が留守中に何が起きたのだろうか・・・。
しかし、怖くて知りたくもない。
糸は再びクラクラする頭を抑え、リビングのドアの開けた。
「あたし、着替えてくる・・・」
「あ、もうすぐ夕飯できるから早めにね」
「う、うん」
優しい声に送り届けられても、振り返る気もおきなかった。
糸は手短に着替えると、重い気を引きずってリビングへと戻った。
そして、戻ってみると、リビングにいた二人もすっかり着替えて洋服を着ていた。
「それじゃ、そろそろ僕は失礼するよ」
手には定番の手鏡を持って、一条は二人ににっこりと微笑む。
「はあ・・・何もおかまいもしませんで」
糸はあっけに取られて、言葉も詰まりがちだった。
「いや、真さんが相手をしてくれたからね。それで充分だよ」
一条は真のほうを向き、怪しい笑みを浮かべた。
「あはは・・・」
引きつったように、真は笑みを返した。
「それでは、二人とも末永くお幸せに!」
「また遊びに来てください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「暗いので気をつけてくださいね」
玄関の外に出て、二人は一条の姿が見えなくなるまで見送った。
「さて、ご飯食べようか」
「・・・そうだな。ところで、まこ・・」
「何?」
「一条先輩、何のようで家に来たんだ?」
「結婚祝いで遊びに」
「・・・それが、どうしてあんな格好を・・・」
真の言葉に、糸はつぶやくように言った。
「まあ、いろいろあって」
「そう・・・」
これ以上は聞くまいと、糸は誓った。
知らない方が身のためと言うこともある。
そして、今日も一日が終わろうとしていた。
<まこ糸新婚物語>
<管理人より>
夏が来ない辺境に住んでいる管理人のために、師匠・葵さまがこっそり書いてくださった
寒中見舞い(笑)のお話です♪♪
あんまりにも激しく感動したので、お許しを得て公開させていただきます<(_
_)>
しかも、また懲りずに挿絵も描いてしまってます・・・^_^;
すいませんっ!!葵さんっ!!撃たないでねっ!!
ありがとうございましたっ!!!
もう一生ついて行きますっ!!←迷惑な・・・(汗)