TRPGリプレイ『アリアンロッド』小説


 第1話 竜姫兵『Dragoon』見参!
 


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3 戦闘 ――彼らの実力

 一息に開ける錯覚。実際には入り口がそれだけ狭いということだが――それにもましてその部屋は大きかった。
「はぁああ」
 最初に目にはいるのはその空間――ではない。
 そもそも人間の目は、形のあるもの、目に見えるモノしか理解できない。
 だがそれも自分の常識の範囲までだ。
 ランタンの光で大きく照らし出された一つの影がそびえ立っていることに気付いて、それが樹である事を認識するには、一度見回す必要があった。
 広い部屋に、大きな樹が鎮座していた。
「樹って……」
「……樹だな」
「樹ですね」
 レティの表情は冴えない。
「な、な〜んか嫌な予感がしますよ……」
 額に汗を浮かべるドーガ。
 樹。
「……ま、先のメイズツリーほどではあるまい」
 メイズツリーの冒険は、ヘイドにとってはさしたる物ではなかったのかも知れない。
 ファオが酒に酔って眠っているうちに終了した冒険だった事を付け加えておく。

  ぴぃん

 張りつめた弦をはじいたような、甲高い音が響いたように錯覚した。
 ジョーとレティの手が柄に伸びる。
 ざりっという二人の足音に、ドーガとレンが臨戦態勢に入る。
「うひょーぅ」
 ジョーが声を上げた。
 樹の向こう側に見えた人影――ヒトのはずがない。
「ふみ、ファオファオは下がっていてくだたい」
 構えたレンが、前にいるファオを引っ張って後ろにつかせる。
 幸いここは広い。戦闘は容易だ。
 各々の武器を構えて、それぞれ姿を見せる人影に備える。
 樹の影からランタンの灯りの中へと踏み込んでくる足は――ぼろぼろの衣服をまとった男。
――フォモールだ。
 その後ろにいる、背の低い群は見覚えがある。わざわざ考えるまでもない。
 ゴブリンの集団だった。
 最初に見付けた――判断できたジョーの行動は早かった。
 一気に身体を沈め、まるで倒れ込むように見えたかも知れない。
 彼はその体勢から一気に地面を蹴って加速する。
「ちょわぁああああ」
 それが合図になって、全員が駆けだした――いや、魔法を使う準備に入ったものは詠唱を開始した。

  深きモノ 暗きモノ 形無きモノにして全ての姿をつかさどりしモノ

 ルティアの詠唱が響き渡る中、ジョーの両手は一息にバゼラードを抜き放つ。
 全身のバネを使って小さく跳躍。
 低くした身体を、折り畳むような動作で小さく宙返りして、地面を激しく蹴りつける。
 跳躍が小さくてもそれは充分な予備動作になる――遅れて彼の上半身が、止まってしまった足を軸にして。
 反らせた胸を大きく縮めるようにして、大きく、一気に集団を切り裂く為だけに腕が振り抜かれる。
――戦士が修得すると言われる、一対多を体現した技『ブランディッシュ』である。

  きぃん

 今度こそ甲高い音が周囲を支配した。
 切っ先が音速に達したのだろう、衝撃波が走りそのままゴブリンの集団に襲いかかった。
 薙ぎ払われるゴブリン――肉がぶちあたる音に液体が弾ける音、そして蟲のような悲鳴。
 飛沫に変わった血の雫が彼の周囲に舞い、遅れて彼の髪が有るべき形へと収まる。
 うずくまるような姿に浴びせかけられる怒号と悲鳴――それは別の場所でも続けて響いた。

「喰らえ喰らえ喰らえ!骨も残さず噛み砕け!」

 ファオの足下に煌々と蒼白い輝きが走り、同時に彼女の髪の毛が舞い上がる――いや、それは彼女の頭に載っかったファミリア『ツァール』の触手だ。
 ツァールの触手にも同じ輝きが宿り、目に見えない風が彼女を取り巻いた、と思った瞬間。

  ばしゃ

 液体の弾ける音と同時にフォモールは言葉にならない悲鳴を上げてのけぞった。
 まるで冗談のように穿たれていく穴、それは肉体が自ら開くようにも見えた。
 一瞬ファオの上に浮かんだモノ――召還された獣『ファブニール』。
 その不可視の顎がフォモールに襲いかかったのだ。
 だが致命打にはなり得ない――ファオはその傷が意外に浅いのが判った。
「次弾装填!」
 舌打ちして2発目の準備にかかる。
 そこに、レンが踏み込んで、倒れそうなフォモールの顎に拳をヒットさせる。
 振り抜いた拳が、ぱきんと骨を砕く特有の甲高い音を捉えた。
 レンの貌が快哉に歪む。
 崩れるフォモールの向こう側から、もう一人生き残ったフォモールが刀を振り上げて気勢を上げる。
「――むっ」
 多分まだ興奮していたんだろう。
 構えた瞬間、ずるりと倒れたフォモールの血糊に足が滑る。
「みえっ」

  べちゃり

 倒れた。
 いや……結果的には、彼のすれすれを刀が走り、まあ助かったのだが。
「…フォモールの一撃を紙一重で回避するレン…」
 先ほどから待機していたヘイドは、ため息をついて自叙伝にきちんと記録していた。
 ほぼ同時、しゃがみ込んでいるジョーの頭の上を越すようにして大剣が薙ぎ払われる。
「食らいなさい!」
 レティの、重戦士のブランディッシュだ。
 本場本元のブランディッシュは、このように大きく大剣を振り回して実現する。
 ジョーは暗殺者故に最も似合わない攻撃であり――まあ普通、バゼラードでは、両手持ちとはいえ難しい技だ。

  ぅおん

 風切りを残した両手剣が、ゴブリンを両断する。
 だが、レティのブランディッシュもジョーの頭越しだったせいだろう。
 不覚にも届かなかったゴブリンが居た。
「ちっ」
 まだ生きている――ゴブリンの口元が愚かしく歪み、笑みを浮かべる。

 命育みしモノよ 生きとし活けるモノから 奪え簒奪の刃

 どん、と濁流のような水流が襲いかかり――音を立ててゴブリンの目の前で幾つもの刃へと姿を変えた。
 そこに残っていたゴブリンにつぎつぎに襲いかかり、声もなくゴブリン共は貫かれて斃れていく。
「うーふーふー、見た目ガキンチョだからって、舐めるなぁ!」
 そしてレンを飛び越えるようにして、フェスが最後のフォモールに躍りかかる。
 振り下ろした刀の横から踏み込み、小さな身体を最大限に生かして拳を奮う。
 勢いよく、回転数を上げていくように小さな身体が躍動する。
 めり、めりと命中するたびに嫌な音が響き――フォモールはそのまま崩れ落ちた。
 多分倒れる前に既に息絶えていたのではないだろうか。
「次に死にたい奴、前へでなっ!」
 びっと両手の血糊を払うように振り、親指で首をかっきる仕草をして、そのまま床を指さす。
「ああ。ノってるところ悪いが、フェス。もう敵はいないよ」
 ヘイドの容赦のない突っ込みに、かくっとフェスは肩を落とした。
「ふぅ」
 ジョーとレティは同時に大きく息を吐いた。
「巧く行きましたね」
「ありがとう、ルティアさん」
 振り返って礼を言うジョーに、苦笑を見せるレティ。
「助かったわ」
 にっこり笑って小首を傾げ応える。
 彼女の魔法が無ければ、ゴブリンの反撃が二人に襲いかかったのだから、感謝してし過ぎることは無い。
「皆さん、強いですね。私、出番なしでした……」
 ほっとしてため息をついたドーガ。
「次は働いてもらいことになる」
「そ、その時は頑張ります」
 ヘイドの言葉に応えて大きな答えを返すが、その様子も外観からはどうにも不釣り合いと言うかに合わないというか。
「ともかく、お宝漁りや」
 それに誰も反対する理由が無かったりした。