TRPGリプレイ『アリアンロッド』小説


 第1話 竜姫兵『Dragoon』見参!
 


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2 危険だらけの迷宮探索、罠もあるよ!

 全員が武器を構えて遺跡へと踏み込んだ。
 めいめいが思い思いに灯りを掲げて周囲を見渡す。
 正方形に切り取られたような廊下が織りなす直方体は古代文明を感じさせる。
 比較的広い感じがする遺跡だ。
「なんだろ、先が見えない程遠いなぁ」
 ファオは先頭でそう呟いて、ゆっくりと手を差し出す。
 入り口はここしかない。
 まっすぐに伸びるこの廊下には必ず踏み込まなければならない。
「…なんだこれわ…?」
 だがそこは、あり得ないほど長い距離に伸びた長い長い廊下だった。
 ランタンの光も届かない。延々に伸びる廊下。
 歩けど歩けども、風景は変わらない。
「新手の罠か。んでも、解除しようがないやん」
 ただの廊下だ。別に罠でも何でもないともいえる。
 逆に言えば、解除不能の罠ともいえる。
「気ぃ狂いそうやな」
 とことこと足音を立てる廊下。普通の自然な洞窟などでも、長い洞窟は不安を醸す。
 だが、これだけ規則正しく作られた廊下が延々と続くのは、まるでその場で足踏みでもしているかのように感じてしまう。
 何人かは既にめまいを感じているのか、鼻の付け根をつまんで頭を振る者もいる。
「こーいう所には……おおぅ……目眩が」
 先頭で歩く二人は既にぐろっきーだった。
「あくまがーあくまがいるー」
 めがぐるぐる回っているファオ。
「うん、結構気持ち悪いよね」
 と言いながらけろりとしているのはルティア。
「性格悪いんじゃないかな?こういう仕掛けは」
 やはり平気なのはフェス。
 結構頑丈な精神を持っているようだった。
「幽霊とか出そうだよね。鏡の間には幽霊がつきものってね」
 実際には鏡ではないが、鏡を置いて作られた虚像のようなその風景に、フェスは呟いた。
 そうこうしているうちに、何とか端まで辿り着いた。
 左右に、同じような廊下が折れている。
「さて」
 ジョーよりも僅かに踏み出し、両手を差し出す。
 別に手を差し出す意味はないが、実は意外に掌というのは敏感なセンサーの役割をする。
 彼女はそれを全てトラップ探知に費やすために、素手で、何も持たずに進むのだ。
「取りあえずうちがトラップ見ながら前進するから」
 すい、と闇の中に顔を突っ込む。
 自分が影になって、先が見えなくなる。
――あ
 何かに気づいて振り向くと、丁度ドーガがランタンにスイッチを入れるところだった。
 焦っているのか、かちかちと火打ち石の音がけたたましいが付く様子がない。
「オイル」
「あ」
 慌てて栓を開いて、今度は音を立てて炎が上がる。
 どうやらドーガの持つランタンは少し程度の良い物で、光量を調整できるような機構がついているらしい。
「幸先暗いな…」
 ヘイドは額に手を当てて唸った。
 ちなみに彼も手にランタンを提げていない。腰にぶら下げるタイプを使用しているのだ。
 断熱材を使って腰に固定できるものだ。
「うん、先が見えないよ」
 何を勘違いしたのか答えるファオの元に、慌てて駆け寄るドーガ。
 ファオの影が駆け抜けるように真後ろへと飛ばされる。
「ほぉらあかるくなったろぉ」
 何故か彼女は、急におどけた調子で言って一人笑う。
 誰も判らなかったのか、彼女だけがくすくす笑いながら先に進む。
「お金を燃やすなぁ」
 いや。
 どうやら、レンだけは知っていたのか(相手にするだけの元気があっただけか)ぼそりと呟いていた。
「まぁ気にするな。誰もが一度はやる」
「はい……。とにかく以後気をつけます。」
 ぽんぽんと後ろからドーガの肩を叩くヘイドに、彼は苦笑して応えた。
「というよりは、この無精がランタンを持てばいいんだ」
「それはうちの勝手や。縁起かつぎでもあるし、集中するのに物を持ちたくないんや。腰にぶら下げとったって、今度は変な影が出来て逆に見にくいんや」
 正しいのか正しくないのか、奇妙な論理を展開してファオは答えた。
「さぁ、気を取り直して……どっちから行く?」
 このダンジョンは構造上、右回りに行く場合は壁面を伝うことになる。
「壁は避ける?左行くんやったら、それでええで」
 壁側は構造上脆く、また外側に何もおく必要がないのでトラップを仕掛けるのに絶好である。
 避けるのは一応、基本だ。
 彼女はそのまま少し背を低くして、猫背になって上下に注意を払いながら進み始める。
「未踏だから、下手に暴れないでね……」
 右手を挙げて答え、ファオはゆっくり周囲に視線を回しながら灯りの届く位置まで進む。
 灯りはドーガの手元にあり、通路の右に曲がっている場所――扉のある位置までを照らしている。
「〜♪」
 適度な緊張感が続く。両掌からは風の流れる気配だけが伝わってくる。
 耳は天井から垂れる水滴の音を捉え、目は瞬時に陰影を捉えて全ての動きを感じる。
 ありとあらゆる感覚を解放するこの瞬間を、彼女は楽しんでいた。
 足で床の様子を探りながら、壁や天井には手を加えた形跡を探す。
 そして、僅かに浮いた額の汗をふき取るとにっこり笑って振り返る。
 罠がなかった時の彼女の合図のようなものだ。 
「よし、大丈夫や、いけ、レン」
 満面の笑みで、有無を言わせない口調。
「…行け、レン」
 ヘイドは淡々と。
「頑張って、先に進んでね。レン君♪」
 何故か凄く嬉しそうに、ドーガが。
「なんやー、うちが大丈夫ゆうてるんや、但し、見えるあそこまでな」
 と、自信たっぷりに探した場所を指さすと、ばんばんと背中を叩く。
 レンは気楽に頷いて、とことこと通路のはしまで行って。

 ばたん。

「こらーっ!そこはまだうちはっ」
 だが、時は既に遅し。
「え?」
 振り向くレン。
 何の悪気もなく彼は扉を開けてしまっていた。

  ずごごごごごごごごごご……

 途端、地震と地鳴りが彼らの周囲を襲う。
「うーきゃーっっ」
 立っているのがやっとというその揺れの中で、全員立ち往生することになってしまう。
 ファオは奇声を上げてその場にうずくまる。
「う、な、なんだ、身体が……!」
 何とか倒れるのを堪えたドーガは、すぐに視線をルティアに向ける。
 ふらり、ふらりと揺れとはまるで別の動きで体を揺らしている。
「ルティさんを守らなきゃ!」
 すぐに彼女の元に走って掴まえるドーガ。
 ぽす、とドーガの腕の中に収まって、ルティアは笑顔で応える。
「さんきゅ」
「はい。離れないでくださいね。ルティさん」
「…でかい音だな」
 ヘイドはそれでも相変わらず落ち着いて、取りあえず周囲を見回す。
 それだけ揺れている中で、地面にうずくまったファオは何か地震とは関係のない金属的な音を聞いて眉を顰める。
「どこかでなにか機械仕掛けがうごいとる。これは……」
 ダンジョンの構成を強制的に変更する、特殊なトラップ。
――厄介な物引き当てやがってぇ
 多分、今組み変わっているのは既に通過した部分だろう。
 下手すれば新しいトラップが配置された可能性だってある。
「……」
 ひと。
「レン?」
「ん?」
 ファオの真後ろに、人の気配というよりは感触を感じて声をかけると。
 案の定返事があった。
「なにやっとんの?」
「……添い寝?」
 ゆらあり。
 揺れている中でも判るぐらいはっきりと、彼女は達人の域に入った歩法で間合いを決める。
 ずらあ。
 バゼラードを腰から引き抜き、彼女は目をつり上げて構える。
「いや、痛そうなことはやめて」
「邪魔するんやないで。大丈夫、痛くない痛くない」
 ちきり。
「痛くないんなら……って、見るからに痛いだろ!?」
 鼻先まで突きつけられたバゼラードに思わず引きながら叫ぶ。
「感じる前に殺しちゃる」
「ころすなー!」
 そんな馬鹿やってる中で。
「……伝説のダンジョンハザードか。…ふむ。人生は驚きに満ちているな」
 どうやっているのか、この揺れの中でもヘイドは何かをメモしている。
 既に都市伝説と化しそうな気配である。
 ファオと同じように、あぐらを組んで座り込んでいるフェスも首を傾げる。
「うーん、こりゃまたやっかいなしかけだねぇ」
「ふぅむ。さて、どうしましょうかね」
 ジョーは首を傾げて、懐から水筒と固形食料を取り出した。
 この固形食料は、ジョーの出身である暗殺集団が秘伝していたものである。
 干し肉に乾燥させた野菜の粉末を混ぜ、これを小麦粉と混ぜて練った物を焼き上げた物である。
 端的に言って、栄養のあるクッキーだ。
「とりあえず、ダンジョンの構成が終わるまで休憩にでもしましょうか」
 懐から出したクッキーをぼりぼりとかじる。
「……大分構造が変わったようだな」
 落ち着いているのがヘイドとジョーだけなのでヘイドはジョーの側に来てそう呟く。
 いや、慌てている訳ではないが、地震が怖いヒトや関係なしに騒いでいるヒトは数えない。
「進んでったら戻れません……みたいな事はないでしょうねぇ?」
「なんとか出口はまだ確保されてる」
 バゼラードを振り回してレンを追いかけ回していたファオが応える。
 ちなみに、レンは今床で必死に切っ先を避けている。
「もう赦してやれ」
「やだもん。こいつ、一体誰のせいだとっ、この、このっ」
 ヘイドの呆れた口調にも気づかず、彼女は必死に避ける彼に立て続けに突きを繰り出す。
「わーっ、許してぇ」

  がこぉんんん……

 その時、何かを打ち合わせたような巨大な音が響き、部屋の振動も音も収まった。
 再構築が終了したようだった。
「…ともかく、進むしかないようだな」
 ヘイドの言葉に合わせるように、全員が扉をくぐった。