TRPGリプレイ『アリアンロッド』小説


 第1話 竜姫兵『Dragoon』見参!
 


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1 遺跡の入り口

「ここですか」
 荒れはてた光景がそこには広がっていた。
 レティが先頭で地図に有るとおりに歩いた先に、それはあった。
 小さな丘の上に、いかにもと言う形で鎮座する、巨大な石造りの遺跡。
 恐らく長らく風雨にさらされたのであろう、削れた石の柱や穿たれたくぼみは年月の重みを感じさせる。
 入り口が見えるところまで来て、一旦一行は足を止めてその遺跡を眺めていた。
 理由は一つ。
「なんでこんなのが未踏査なのでしょかねぇ?」
 呟くジョーの言葉を借りるまでもなく、それは見つけるなと言う方が難しい、そんなものだった。
 いかに二日の旅程とは言ったって、かなり離れた位置から確認できるような代物だ。
 近くの遺跡に来た人間は、必ずここを見付けているはずだ。
「…でかいな」
 彼が疑問を呟いているあいだ、やはりその規模の大きさに素直に驚いたヘイドの貌は、僅かに目を見開いていた。そして、手帳を取り出すと日課の自叙伝にさらさらと綴る。
 『…こうして我々はその遺跡へと足を踏み入れた。そこで何が待ち受けているかも知らずに……』
「不思議ねぇ……でもその方がいいじゃない」
 レティはそうジョーに声をかけ、またその巨大な遺跡を見つめる。
 その隣で、むせて喉を押さえながらファオが言う。
「けほ、昨日のジョーの料理がまだ喉に……」
 咽せながら片目で覗くように、彼女は嬉しそうに口元を歪める。
「多分、魔法で隠れてたんやね。一番乗りって奴はうち、好きやねん」
 彼女に混じってるエルダナーンの血のせいだろうか。
 一番魔法に疎そうな彼女はほとんど決めつけるように言った。
「なんかありそうですね。この遺跡……」
 ごくり、とのどを鳴らすドーガ。
「マスター何かヤバイ仕事間違って持ってきたのと違いますか?」
 ドーガの呟きにジョーも頷きながら苦笑する。
 だが――まあバードは良くありがちではあるのだが――ヘイドはゆっくり首を振って応える。
「我々に探査される運命だった、そういうことだ」
 ざかっと、堅い地面の上を蹴る靴音。
 探索に向かう時に感じる、いつもの不安。
 レンは珍しく真面目に、真剣な顔つきで遺跡を睨み据え、後ろをひょこひょこと歩きながらため息をつく。
「その分、危険かもね。一番乗りは」
 さすがになれて来たとはいえ、未だその不安は取り除けない。それが未踏の遺跡で有れば尚のことだ。 
 遺跡の探索につきものの危険も、既に踏破されていればそこに宝物はないとはいえ、モンスターの生息区域が確定し、物によってはトラップ攻略法付きマップも販売されている。
 まだ若い、経験の少ない冒険者に経験を積ませる訓練場扱いと言うわけだ。このラインには数カ所それがあるという。 
 また、その規模が大きいために探索中の遺跡にも、探索されていない区間に対して侵入を試みる冒険者もいる。
 協定や探索に関わる危険の為に、始めに幾らか情報が手に入る物の、こちらは他人が既に探索しているダンジョンだ。
「でも、取り分増大よ♪」
 緊張しているレンの肩を軽く叩いて、にっこり笑いながらレティは言う。
「人数が途中で減って取り分増大ってのは、勘弁です」
 そう言う考え方もある。
「それが自分だったら嫌ですね……」
 落ち着きのない、初攻略のドーガが横で聞いていて、貌を蒼くする。
「人数が減ったら攻略などできんよ」
「不吉なこと、入る前からぬかすな」

  ごつん

 落ち着いた物腰で、後ろの二人に声をかけるヘイドに割り込むようにして、横合いに回ったファオがげんこつをレンに落とす。
「あ……痛いよぉ」
「五月蠅い」
 レティは騒がしい連中だ、とその様子に大きく肩をすくめてみせる。
「まったく、もう。まぁいいわ、とりあえず、入る準備でもしましょう」
 その声に合わせて、パーティは足を止めて明かりやらの準備を始めた。
 尤も彼女のかけ声もきっかけに過ぎない。既に準備をしなければならないのは判っているのだ。
 だがその中でも準備がままならない者が一人いた。
「頑張らなくては、ウォーリアの俺がしっかりしなきゃ」
 ドーガにとってはこれが初の仕事。
 それだけ緊張しているせいか、取りあえず武器を確認したりバックパックを確認したりしている。
 何をして良いのか判っていないように見える。
――がちがちやん
 すぐ側にいたファオはそれに気付いた。
 どんな人間でも、必ず初心者の道を通る。
 それは彼らだって同じ事だ。
「…遺跡の前は奇妙なほどに静まり返っていた……」
 メモを片手に自叙伝を書くヘイドを除けばだが。
 バードというのはいつもなのだろうか?マイペースというか、物語を書くことが仕事と言えば仕事なのだが。
 彼だけは緊張など何処吹く風でずっとこんな調子だった。
 そんなヘイドを尻目に、彼女は声をかける事にした。
「?」
 装備品が少なく、既に準備が整っていたレンに目配せして。
 彼が納得した表情を浮かべるのを見てから、彼女はドーガに一歩近づいた。
「ドーガ兄ぃ」
 こうして並べば判るが、ファオとは対して背が変わらない。
 彼女が兄と呼ぶのは、多分その髭のせいではないだろうか。
「ん、なんだい、ファオ君?」
 心なしか、顔が強ばっている。
 それを見て彼女は口元をにいっと歪めて笑う。
 先刻から自分の装備品ばかり準備してぶつぶつ言っていたので、指を彼のバックパックに向けて言う。
「ランタン準備しといてや」
 ファオは洞窟のような暗い場所に入る時、灯りを持っている事はない。
 暗くても見える訳ではないが、両手で罠を探るためにはどうしてもランタンが邪魔になるのだ。
 だから誰かにいつも照らして貰う必要がある――歓迎の宴の時に、勢いで任せた仕事だ。 
 みんなより先頭に立って罠を調べて回る仕事を手伝ってくれと。
 尤も、とうの本人に危険が及ぶ事は少ないので……と言う事に気づくのはこの後のこと。
 本人鈍感と言う割には自分に危険な罠だけはしっかり見つけて逃げるのだ。
「そ、そうだったね。すっかり忘れていたよぅ」
 慌ててバックパックを降ろして荷を開くと、彼は中からまだすすけていないランタンを取り出す。
 オイルを確認したり、かちかちと火打ち石が仕込まれた発火装置を使ってみる。 
 その横から彼の視界にひょこりと獣耳が現れる。
「だいじょぶ、緊張しなくていいよドーガ兄ぃ」
 見た感じは子供だが、こうして側で見れば判る。
 がっしりと詰まった筋肉と存在感。彼の笑顔を見ると安心させてくれる。
 先刻まで緊張していた彼も、自分より緊張しているはずの彼を見つけてそれどころではないと思ったのだろうか。
「う、うん。レン君……」
「そやそーや。こいつ居れば取りあえず誰も死なへん。多少無茶しても罠はうちが、敵はこいつがどうにかするから」
 にぱっと笑ってレンの頭をくしゃくしゃと撫でつけて反対側の手でドーガを指さす。
「うちかて、初めてん時はわややったで。トラップ見過ごすわなんや……。御陰で鈍感扱いされてんのやで」
 彼女が言ってる後ろで、既に準備を終えたのか、ジョーがヘイドの真後ろから覗き込むようにしてメモにペンを伸ばす。
「その前に煩い集団がうじゃうじゃ……書き書きつけたし」
「む・・・ジョー、私の自叙伝に何をする」
 ヘイドの周囲でわいわいと。
「正しく書いときましょうねぇ」
「何一つ間違いなど書いていない」
 ファオはレンの頭に乗せていた手で、彼らを親指で指し示す。
――成程五月蠅い連中だ
 ドーガの顔に苦笑のようなものが浮かんで、ゆっくりと思考がクリアになる。
 まだ彼らの後ろで良い。
「あーん、それ自叙伝やったんか」
 早速突っ込みに行くファオと入れ替わるようにレティが彼に声をかけた。
「緊張しすぎると、動きが鈍るわよ?」
 リラックス、と言いながら頭をぽんぽんと叩いて、ウィンクする。
「はい」
 今その緊張を解いて貰いました。
 少なくともドーガの顔には先刻まであった張りつめた物はなくなっていた。
 それを見て、レティは全員に顔を向けて言う。
「みんな準備いい?じゃあ入るわよ。編成ー」
 レティの声に装備を持った冒険者達が隊形を組み始める。
「はいはい、んじゃ皆さん順番決めてからはいりましょーねぇー」
 一番先頭に、トラップ担当のファオと、予備兼斬り込み隊長のジョー。
 次にパーティの盾ことレンに、ドーガ。
 魔術を使うための待機として、ルティアとヘイド。
 しんがりとしてレティとフェスである。
――ミアが居なくて良かったかも
 一瞬レティは思った。
 このパーティーだとミアを配置するべき場所が見あたらないというか思いつかない。
 彼女は、アルケミストらしく射撃武器を扱う。
 問題はここだ。
 置くとすれば前線の直後、今ドーガの居る位置が一番最適である。が。
 だとするとドーガはどこに置くべきか。
 後ろに置きすぎると、彼女の射撃では仲間を撃ち抜きかねない。
「……意外と、問題よねぇ」
 パーティーリーダーとして、頭の痛い問題だった。