第1話 竜姫兵『Dragoon』見参!
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エリンディル大陸の、とある片隅。
この光有る大地に根ざす人間達は、いつも何か大変な事に追われている。
街を一歩出れば、危険な魔物達が。
街の中では、喧噪と争乱と陰謀と。
でもたった一つだけ、自慢できることも彼らにはある。
それが自由と希望、誰もがそれを享受できるという事だった。
そんなエリンディルの、どこにでもあるような街、遺跡の街ラインの片隅。
小さな宿屋があった。
『Bar Dragoon』
不定期に店を開けているこの店こそ、小さな小さな冒険者達の集う宿。
ギルド『竜姫兵』の根城だった。
「んぁ……あーっ!それ、わたしのっ」
「みゃぁっ!」
「はいはいはーい、おかわりは幾らでもありますから遠慮しないで」
「……お前ら、たまには静かにしたらどうだ」
入り口には定休日の看板が掲げられているが、中ではどんちゃん騒ぎが始まっていた。
そして、定休日とその騒ぎにもかかわらず、気にもせず客は扉をくぐる。
からん からら
「らっしゃい!」
「ファオ、お前もだ」
扉に向かって大声で叫ぶ少女をたしなめる声。
狭い食堂の中央のテーブルを囲む、やたらとハイテンションなこの連中こそ『竜姫兵』のメンバーだった。
このエリンディルに住まう者で有れば知らない者のない職業の一つ、『冒険者』。
様々な遺跡を探索したり、はたまた人助けに旅を続ける者達が名乗る職業。簡単に言えばヤクザである――と、定職についているヒトは思うかも知れない。
だが、聖都ディアスロンドの神々の使った神具を探す探索者たちが発祥だと言われ、今でも彼ら冒険者は神殿に登録されて『使徒』として扱われている。
尤も今では名前だけだ。
冒険者達は、彼ら自身の自治組織として『ギルド』を結成する。
神殿の下部組織のような形で、相互扶助を行うために作られている。
パーティも、普通はこのギルドメンバーから選出するわけだが……。
「まったく、うちの連中ときたら……」
ため息をついてコップの水を飲み干す彼が竜姫兵のギルドマスター、セイルその人である。
天翼族と人間のハーフで、ギルドメンバーにとっては謎のお兄さん扱い。
尤も、後ろ暗いのではなく、謎めいた過去がありそげというだけである。
ちなみにこの宿屋は彼の持ち物である。意外と面倒見の良い物持ちさんだったりする。
彼は、中央のテーブルでわいわいと管を巻くギルドメンバーをため息をつきながら眺める。
「マスター、そこの常連さんに出したおつまみ、こんなものでいいですか?」
普段からオールバックの髪に、今は三角巾を巻き付けて厨房のコックさん状態の彼はジョー(仮名)。
気さくな感じの青年だが、これでも暗殺集団の生き残りである。
ジョー(仮名)が仮名なのは、それ故の事らしいが本名があるかどうかもはっきり言って未定。いや、不明。
そも暗殺集団の生き残りという点だけでも怪しいのだが。
「ああ、ごくろうさん」
実はギルドの台所を握る、料理上手である。
女だらけのギルドメンバーの中で一番の料理上手というのが、暗殺集団の生き残りの男。
これが何を意味するのか。
ばんばん、と五月蠅い店内でも景気良く聞こえる音に目を向けると、完全に酔っぱらった顔で少女が叫ぶ。
「こらじょー、あたらしー肴作ったら、ほら、ここ座る」
ちょっと見少年にも見える彼女。
濃い肌の色と気さくな感じからだと、誰も彼女のことを女だとは思えない。
本人も殆ど気にしていないから始末に負えない。
彼女の名前はファオ=ブラナルス。
「ファオさん、自分はお酒が飲めないといつもいってるでしょう」
彼女は片手にジョッキで嬉しそうにつまみをあさりながら、けらけら笑って応える。
ギルドメンバー中最も酒飲みで、酒を飲んで寝ている間に冒険が終了した事もある。
誰彼構わず絡み酒、奇妙な方言でなれなれしいことこの上ない。
「んぁあ、毒物劇物あれだけ扱ぉうてて、なんで酒だけ呑めやんのかね」
右手で器用にジョッキを持ったままジョーを指さして、そのまま一口すする。
するとその隣で静かに升を傾ける、耳の長い青年。
「ヒトに呑ませたり使ったりする人間だからだ。獄吏がマゾって話は聞いたことがない」
実は黒い肌の若きエルダナーン、とはいえエルダナーンだから若いのであって、年は24。
彼の名はヘイドレッド=ランバルギーア。
しょっちゅう手持ちのノートに自叙伝を書き連ねる詩人――バードである。
彼の言葉に目だけを向けて、しばらく考えるように明後日の方向を見つめる。
「ん……まあ、まそやな」
何故か考えるようなそぶりをして、ファオはまじめな顔で頷くとジョッキを一息に煽る。
かたん
「ぷはーっ♪」
そんな彼女のそぶりを眺めている二人組。
向かい側に座って料理を皿に取りながら、隣に座る女性に声をかける、たくましい髭の青年。
どうにも髭の似合わない体型であるが――これがネヴァーフの特徴。
指先の器用さとその髭が彼らを独特のイメージで形作る。
名前をドーガ=ダイアン、つい最近メンバーに入った青年である。
「やっぱり女の子に見えませんね」
その風体に似合わない丁寧な口調と女の子を守る事が趣味という奇妙な戦士。
「可愛いところはあるのにね」
くすくすと彼と話しながら笑うのはルティア=ハーグリーヴス。
ふっくらした女の子らしい顔立ちとセミロングの亜麻色の髪を揺らしておかしそうに口元に手を持っていく。
「もう少し女の子らしくさせてみようかしら?」
彼女の魔法はパーティを守るためにあると胸を張っているが、その破壊力にも恐ろしいものがある。
本人、あまり自覚ないが。
「〜♪」
その隣に座って、嬉しそうに銃を磨いているウサギ耳の娘。
リュミアーナ=マクトファレスティは、その変わった名前を『ミア』と呼ぶようにしている。
多分、このメンバーの中で一番可愛らしいかもしれない。
その黒ささえなければ。
「けどなあ、へいどぉ。そやけどや?だからって、サドな獄吏がいたらいたで困るで。良く居そうな話あるけど」
まださっきの話は続いているらしい。
「まあ、物話としてはな。無理のない設定と言う奴だ」
「えー、そうかなあ。でもそれは仕事しすぎで駄目になるパターンだよね」
真っ赤な顔のファオに、顔色の変わらないヘイド。
そして、その隣から割り込むようにして話しかけてきたのは、しらふの猫耳。
最年少の外観の少年、レン=フカフカである。
ちなみに最年少の外観の少女は部屋の隅でジュースを飲んでいる。
名前はフェス=フォード=コスワース。
紺碧の、光の加減や重なり具合で濃淡を生み出す髪を持つ少女。どう見ても十代前半で通じる恰好だ。
自称21というのは誰も信用していないものの、時々妙に達観した語り口調だったり、妙に料理の腕がある事から『見た目通りではない』とは思われている。
どうにもこうにもこうして見渡してみれば、似非若作り(?)が多いのがこのギルドの特徴。
エルダナーンが多いせいでもあるんだが。
「レティ、遅いな」
からん
セイルの言葉をまるで待っていたように、扉につけた鐘が鳴り、扉をくぐる紅い髪。
ばさっと宙に広がる様は焔が踊っている様にも見える。
彼女は無言で空いた卓について、にこりと笑う。
「おはよう」
レティス=ロサ=ウォルタ。セイルと同族の――いや、彼女は純血だが――天翼族の彼女は、その長い髪と物腰で美人の部類に入る。
どこか芯の強さを感じさせる切れ長の瞳をしている。
歳が近いセイルと並び、存在感はあるのだがあまり目立たない為に、ギルドの隠れお姉さんで通っている。
しかし侮ってはいけない。彼女は見た目とは違い、重戦士であり、その一撃に耐えられる者は珍しい。
セイルがパーティに不在することが多いだけに、彼女が良くパーティを指揮する。
もう時間は遅いよ、そう思いつつもセイルは肩をすくめて見せる。
「全く、仕事が入っていない時はいつもうちはこうだ」
昼間っからどんちゃん騒ぎ。
普段からこんなのだが、常連客も慣れたもので、一緒になって騒いでいたりする。
もっともこれだけ騒ぐのは、大抵の場合新しい仲間が入ったりした時なのだ。
既に輪の中に入っているが――ドーガ=ダイアンをセイルが連れてきて、つい先刻紹介を終えた所だった。
このメンバーの殆どはセイルが連れてきた(拾ってきたと、メンバーは皆言うが)者だ。
セイル、レティの二人で組み始めたギルドだったが、ファオ、ルティアと立て続けに女性メンバーが増えてしまい、ファオはぴん、と貌を明るくさせてこういったのだ。
『Dragoonって、竜騎兵やね。……ね、ギルドネーム『竜姫兵』にせぇへん?』
確かに、その後も女性メンバーとしてミア、フェスと入ってきたのだが、現状は男女比率等価だったりする。
しかし。
ダークなミア。
うでっぷしのレティ。
破壊力のルティア。
遠慮のないファオ。
殴り屋フェス。
何故か女性陣は見た目以上に女性らしさのないもので『どくだみ……いや、らふれしあ?!』とはファオの言。
自分で言うなとセイルにつっこまれていたりしたが、まあそこはそれ。
今回入ってきたドーガにしても、猫耳のレンにしても、加えるなら料理上手のジョーにしても。
やはり男性陣のほうが『きれいどころ』が揃っているように見えるから面白い。
「仕事?……その話なら、ちょっと」
レティは相変わらずにこにこしたまま、手招きしてセイルを呼んだ。
料理と酒が片づけられた『Bar Dragoon』のテーブルに、メンバーが座っている。
真正面にセイルが立ち、隣にレティ、回りを固めるようにヘイド、ジョー、ファオ、レン、フェス、ドーガ、ルティアと言う順番で座っている。
仕事の話……別にミアは嫌いなわけではないのだが。なにせ大義名分をもって銃を撃てるのだから。
ミアはいつものことで、遊びにでも行ってしまって居ない。
「そういう訳でだ、みんなに遺跡に潜って来て欲しい」
竜姫兵はこのBar Dragoonにほぼ住み込みと言う形で生活している。
宿屋の経営自体はおまけみたいなものだが、何せ元が宿屋である。
いかに経営者の趣味だと言っても、幾ら何でも十を越えればヒトを拾ってくるのにも限度がある。
次のヒトを拾う前に、部屋を拡張する必要が出てしまったのだ。
レティからの進言でやっと腰を上げたセイルは、こうして仕事『も』拾ってきたのだ。
コネとか色々あるらしい。
「なに?もう部屋ないんか?」
ファオの言葉に、ジョーもうんうんと頷いている。
「まあ、本来ならマスターの個人判断でやってることなので、マスターに稼いでもらいたいんですけど」
比較的冷静に答えると、ちらりとセイルを見る。
が、もちろん顔色一つ変えない。
「分かった。先立つものがなくては寝床も確保できん」
ヘイドは極々当たり前というように答え、平然と続きを待つ。
ギルドマスターに雇われているような形なので、それも当たり前といえば当たり前なのだが……。
「遺跡までの地図はこれだ」
と言って、右手に提げた羊皮紙を開いて机に置いてみせる。
簡単なメモのような地図には、この街から遺跡までの子細が書き込まれている。
「おったからっ!おったから!」
ファオは謎の歌を歌いながら覗き込むと、フェスもそれに合わせるように覗き込む。
「ほえほえ」
「は、初仕事か〜。緊張します……」
真面目に地図を書き写すヘイドを後目に、ドーガが真面目な貌を興奮に染めていた。
羊皮紙に書き込まれた道筋にセイルが指を指して、道の上を滑らせていく。
そしてとんとんと遺跡の場所を叩いて言う。
「二日ほどいかなきゃいかんらしい。流石に1日圏内の遺跡で未調査の物はそうそうでてきやしないからな」
ここラインには数多くの遺跡が存在し、そのために初級冒険者が気軽に冒険するのにもってこいの立地ともいえる。
過去に領主が握っていた遺跡と言えば有名だが、何せ片っ端から白み潰されて、何にも残っていないのが現状だ。
二日程度にあるのなら、むしろ感謝すべき距離かも知れない。
「わかったわ。あと……そうね、何か噂っぽいものはあるのかしら?」
「規模は?結構お宝ありそうなん?」
目をきらきらさせて、嬉しそうに聞くファオの姿は、盗賊にふさわしいというか。
でもどちらかというと、好きな物を目の前にぶら下げられた子供と言う方が正しい。
「噂なんて特にないな。未調査の遺跡の大きさなんか、俺にわかるかよ」
むす、と眉を寄せるセイルに、したり顔で頷くレン。
「行けば分かることだ」
ヘイドは相変わらず平然と答えて目を閉じる。
「それじゃレティに地図も渡したし、さっそく出かけてもらおうかな?」
「新築改築仕入れに報酬♪さーしゅっぱつだー!」
嬉しそうに謎の歌を歌うファオの後ろから、呆れた貌でため息をつくセイル。
「ファオ。出発は良いが、地図を持ってるのはレティだぞ」