市場戦士タンバリン
第9話「タンバリン死す?」
国家が最低限の生活を全国民に保障しようとすることは、それが「持てる者」から「持たざる者」への強制的配分を含むものである以上、権利の侵害を伴うものであり、したがって不当である。ロバート・ノージック
大阪南港、関西汽船所有の第2駐車場で繰り広げられる戦いは、CIAの不正規隊員(イレギュラーズ)によって密かに各国の高官の観賞するところとなっていた。
この映像にもっとも衝撃を受けたのは、中○人民共和国科学技術庁長官の李玉鳳であった。
人民の希望、国家の威信を賭けた最新鋭万能ロボット「先行者」を「無限の正義」に貸したのは、タンバリンとの直接戦闘にうち勝ち、その優秀性を全世界にアピールするためだった。
ところが、わずか2秒であっさありタンバリンの軍門に下ってしまった。
いわば全世界に中○の恥をさらすことになってしまい、李玉鳳はすでに自決の思いを固めていた。
手にしたトカレフを、なおこめかみに当てていない理由はただひとつ、先行者の後にトレーラーから出現した「先駆者」の性能を見ておきたいからだった。
「ア○リカと日本、どちらが世界最強か、見届けねば死ねぬ」
しかし李玉鳳は苦悩していた。
どちらが勝っても、祖国にとって好ましい結果ではない。
しかし、どちらかといえば、やはり日本に勝って欲しかった。
日本は確かに憎むべき敵だが、脅威的存在ではない。
しかしア○リカは将来的に、否現実的に人民に脅威を与えている。
人民を自由市場経済と民主主義という、偽善の仮面を被った堕落と退廃に満ちた世界に落とすことだけは防がねばならなかった。
「ロシ○を見てみるがいい。貧困層は1日1個のジャガイモすら買えないではないか。マフィアが闊歩し、麻薬とアルコール、物乞いと売春が国土を席巻している。自由市場などア○リカと一部の西欧諸国だけが利得を得るための搾取制度にすぎない。いま、我々は革命の理念を再確認し、偉大なる毛同志の意思を継いで人民の国を守らねばならぬ・・・」
先月、劉主席が人民大会議でそう演説した。
それゆえに、核兵器に代わる新世代の兵器としての戦闘ロボット開発には並々ならぬ関心を持っていた。
だが・・・。
「喰らえタンバリンキーック!」
昨日見た「仮面ラ○ダー」のビデオに触発されたアルは、内部に仕込まれた強力なスプリングの反動を使って蹴りを入れる。
しかし、コミカルな外見からは想像もつかない素早さで、先駆者はその蹴りをかわし、右手の機関銃を発射した。
反動を抑えるため口径は5.56ミリNATO弾であって衝撃力はなかったが、先端を劣化ウラン弾で覆った強力な貫徹力を持つ弾丸が、クロム合金装甲のタンバリンに襲いかかる。
「くっ」
間一髪でかわすアル。
「ぐわぁぁ!」
逸れた弾丸の一発が、どうやらジャスティーの誰かに命中したらしい。
無論、友軍相撃はどうでもいい。
しかし、もしそれた弾丸が各国の高官が乗っているバスに当たったら大変だ。
「こうなったら!」
タンバリンは巧みに射線を誘導し、バスとは反対の方角に銃口を向けさせることに成功した。
その間にも弾丸がアルの身体に襲いかかり、重大な損傷ではなかったが2発が足や胴体にめり込む。
「カートリッジ、チェンジ」
弾倉が空になったのか、先駆者は射撃を中断して腰から新しいマガジンを取り出す。
「チャンス!」
アルはそれを見た瞬間、ためらうことなくジェット噴射ボタンを押した。
「くらえタンバリン・アターック!!!」
強力な推進力で先駆者に向かうアル。
「カモン!」
しかし、先駆者は堂々と抱えるようなポーズをとった。
がきぃぃぃぃんんん!!
金属と金属が衝突する、甲高い音が駐車場内に響き渡る。
先駆者はタンバリンを受け止めたまま、アスファルトをひっぺがしながら後退する。
そして、遂に後に駐車してあった装甲車に激突する。
「ぎゃぁ!」
その時、不幸にして巻き込まれたジャスティーの一人が一瞬で生焼けのミンチとなった。
べきべきべき
タングステン特殊鋼の装甲車の車体が音を立てて割れてゆくが、30センチほどへこんだところで止まった。
「マイ・フェイズ」
先駆者はそう発声すると、何事もなかったかのように立ち上がり、剣のような手を振り上げてアルに襲いかかる。
「そ、そんな馬鹿な!?」
信じられないといった表情で、しかし振り下ろされる剣をなんとか避けながら、アルは自分の目を疑った。
あのタンバリン・アタックに耐えきっただけでなく、さらに反撃をするだけの余力を持っているとは、とうてい信じられるものではなかったのだ。
「小山先生、これは!?」
「ガガガ・・ジージー・・・」
とっさに無線を入れるが、さっきの衝撃で壊れたのだろうか、耳障りなノイズ音しか聞こえてこなかった。
「くっ」
今度は後回し蹴りから手刀の連続攻撃を掛け、先駆者の左腕に差してあったマガジンをたたき落とすことに成功した。
「プライオリティ」
先駆者はフェイントに引っかかりマガジンを落とされたものの、すぐさま右足を振り上げてアルの空いた脇腹に蹴りを入れる。
「くおっ!」
今度はまともに喰らったアルは、その衝撃で後に倒れ、二度後転して片膝をついた。
その時だった。
先駆者の股間から、コードが延びており、それがトレーラーに繋がっていることにあるが気がついたのは。
(もしかしてこいつ、外部電源?)
そう思ったとき、アルは勝利の確信を抱いた。
外部電源であれば、対処法は簡単だ−コードを切ればいい−。
アルがそうした思考に数秒を要したとき、先駆者は異様な動きを始めていた。
膝を固定したまま上体を起こし、しかし腰の部分を前後に振っている。
はたから見れば変態的な動きだが、意味がないわけではないだろう・・・。
「!!」
その瞬間、アルは最初に左手を使用不能にしたあの電磁砲のような光を思い出した。
「しまった!」
アルがそう叫んだ瞬間、先駆者の股間の砲から発射された白い光のシャワーが、アルの全身を包んでいった。
「ははは、見たまえソロン博士、東京市場で我が社の株が暴騰のストップ高だよ」
福山は上機嫌でワインの栓を抜いた。
ドン・ツェペリの高級品で、日本円なら50万円はするだろう。
「博士のチームにもボーナスをはずまんとな。年末決算では中央アジア支部と中東支部を抑えて1番になるのも夢じゃない」
福山が自分で注いだワインをソロンに勧めたのは、これが初めてではなかったか。
「次のニュースです。中○人民共和国の科学技術省長官の李玉鳳氏がピストル自殺をしたため急遽副長官の董昆明氏が長官に就任したそうです。中継は北京支部の太田レポーターから・・・」
「中国支部も、うまくやっているようだな」
ほくそえみながら、福山はワインを飲み干した。
いまの一杯で5万円ぐらいか。
「それで、緊急の仕事とはなんですか。結局、予定通り京都議定書はア○リカ抜きでの発効となりましたが?」
「うむ、次は槇田大臣だ」
そう言うと、福山はテレビの番組を国会中継に移し替えた。
画面には衆議院で答弁する民自党の槇田外務大臣が移っている。
「え〜辻川議員の質問にお答えします。現在外務省では平成7年度以降、2億円程度の裏金を掌握しておりそのうち5千万円が私的に流用され・・・」
「別に、自由主義と民主主義の敵には見えませんが?」
ソロンがいぶかしげに答えると、福山は不適な笑みを浮かべた。
「ところでソロン博士、中東でイスラエルの次に民主的な国家はどこか知っているかい?」
「いえ」
「イラ○だよ、そしてイラ○。我々が支援しているサウ○やヨルダ○なんて選挙すらない」
「・・・?」
ソロンは事態を飲み込めていなかった。
無論、博士の頭が悪いわけではないが、えてして天才ほど、単純な問題が認識できないものだ。
「大切なのは株主の意向だ。我が社の最大の株主はア○リカ政府だからね。槇田大臣はミサイル防衛計画に否定的で、先日もオースト○リアでは大統領を批判したそうじゃないか。それに木林総理の靖国神社公式参拝も反対している、親中○派の左翼だよ。今のうちに排除しておくのが、株主の意向というわけだ」
「なるほど」
胸くそが悪くなるような違和感を押さえ込みながら、ソロンは頷いた。
「それで、今度は何をするんですか?」
「くく・・・今度東京のホテル『ニュー大山』で行われる日韓ワールドカップの友好外交会議、それに外務大臣が欠席すればどうなるか?」
福山は、輝かしい栄光に包まれた大成功の青写真を描いていた。
アル・海田の機体は、密かに愛知県豊田市の自動車実験場の研究室に運ばれていた。
先駆者の光のシャワー、正確には強力な電気エネルギー砲の直撃を受けたアルは、一時期脳死判定が下りたほどにひどい状態だった。
しかし最新鋭の救命処置を施されたうえで、無限の正義の諜報網をかいくぐるため密かに小山博士の古巣、トヨタン自動車の実験場に運ばれて一命を取り留めたのだった。
アルが回収できたのも、電気砲を撃った先駆者自身もまた、タンバリン・アタックのダメージとあいまって爆発し、壮絶な相打ちとなったからであった。
その意味では、決して負けたわけではない。
しかし、アルがうけたダメージは相当なもので、単なる修理では快復不能であった。
「直りますか?」
厚生労働省生物医薬局から駆けつけた課長の一人が、沈痛なおもむきの小山博士に話しかけた。
「機体はな」
博士はそう一言だけ答えた。
そう、問題は機体ではない。
問題はアル自身が立ち直ってまた戦えるかどうか・・・精神の問題だった。
・・・中東ではオスロ合意が崩れ、中央アジアでは新たな覇権争い始まりった。
21世紀の始まりの年は、悲しみと憎しみを増しながらその師走を迎えようとしていた。