市場戦士タンバリン
第7話 水面下の戦い
「あれこれ調べるのがマスコミの仕事なんだろうが、我々の仕事は人命を奪うことなんだ」今は無きバリュージェット航空会社の社長ルイ・ジョーダン
無限の正義(株)の日本支部は、絶えることなく若者であふれかえる東京都の原宿は竹下通りに面したビルの4階にある。
ビルの1階部分はアメリカ資本のブティック、2階は外資系証券会社のオフィス、3階は消費者金融アコ○の「むじんくん」設置コーナーで5階はテナント募集中だ。
支部長の福山は近くのアパートに妻ジェシカと二人の子供とともに住んでいる。
彼は大阪への出張から帰るやいなや、家族の待つアパートに帰る暇もなくこのオフィスである政府高官と密会していた。
「…で、いったい我が無限の正義にどのような用件で?」
大阪での商談の成功に満足していた福山は、上機嫌でそう言った。
福山が話しかけた相手、禿げかかった頭と分厚いメガネが印象的な典型的日本人サラリーマンに見えるその男は、しかし立派なスーツに身を包んでいた。
「これは内閣にも極秘事項なので、他言は容赦ねがいたい」
「ふふ…我が社には守秘義務があります。というより、他言できるような依頼をもってこられる顧客はおりませんから」
福山は愛用のマルボロに火をつけながら、余裕の表情を見せた。
「それではお話ししますが…」
その男は外務省安全保障局長の春日淳次と名乗った。
外務省の中でもエリートコースで、うまくいけば大使にもなれるコースであり、彼が外務省のエリート官僚であることは容易に想像がついた。
「実はご存じかと思いますが、現在我々は苦しい立場に置かれています」
「槇田大臣だな」
「ええ、その通りです」
槇田大臣は3月前の内閣改造で外務大臣に就任した男だが、もともと正義感の強い男で、外務省の汚職や公金の流用などを徹底追及すると言ってはばからない。
すでに彼のリークした情報で5人が逮捕、19人が減給などの重処分の憂き目にあっている。
「あの男は、なにかと中国の肩を持ち、アメリカに批判的だったな」
「ええ、そうです。あの男が来てからというもの、我々がせっかく築いた利権や外交努力が脅かされています。最近では、官費で料亭にも行けませんし、機密費で愛人のマンションの家賃を払うこともできません」
「そいつは深刻だな」
福山は日本の未来が、とは言わなかった。
「このままでは外務省が立ちゆきません。貴社のお力であの大臣を更迭させていいただきたいのです」
「確かに、共産国に肩入れするような男が日本の大臣を務めるようでは、我らが標榜する民主主義と自由市場経済を脅かすおそれがある。だが…」
たばこを灰皿に押しつけながら、福山は春日局長に顔を近づけた。
「後任は誰に?」
福山がそう言うと、春日局長は落ち着きの無い様子であたりをきょろきょろ見回し、つばを飲み込んでからぼそっと言った。
「奥田議員で」
「ああ、片山派の国会対策委員長か。確か外務省次官経験者だが?」
「ええ、槇田大臣にめちゃくちゃにされた省を復活させるには、内情をよく知っている方がいいと思います。親米派ですし」
福山は思わず笑いそうになったのを必死に我慢した。
奥田議員は親米派というより、米国の操り人形だった。日米民間航空機乗り入れ交渉でも、ガイドライン改定でも、あの男はすべてアメリカ政府の意向をそのまま政府に持ち帰ってくれた。
もっとも、さすがに通産省と防衛庁の反対で一部修正の運びとなったが。
「彼はいい政治家だ。任せてくれたまえ、次の国会で大臣を更迭に追い込んでおこう」
「ありがとうございます。…報酬の件ですが、50万ドルをスイス銀行の例の口座にということでよろしいですか」
「ああ、いつものようにな。契約書は、明日届けさせる」
にやけながら、福山は答えた。それから、さめかけたコーヒーを飲み干す。
「君も遠慮せずコーヒーを飲むといい。のどが乾いたろう、こいつは純正品のキリマンジャロだ」
「ありがとうございます。それでは…」
春日局長がコーヒーを飲むのを見ながら、福山はふと最後の質問をした。
「ところで、報酬の金はどこから出るんだ?」
一瞬、局長の表情が強ばり、あたりに緊張の空気が立ち込めた。
そのころ秩父にある無限の正義の秘密研究所では、新しい超人の生産が急ピッチで進んでいた。
この秘密基地は、かつて原人が使っていた石器や土器が出土したとして遺跡に指定されたが、その後発掘を担当した教授の捏造とわかり、今では誰一人見向きもしない閑散としたゴーストタウンに作られた。
捏造が確定した後に市が二束三文で投げ売りしていたのを無限の正義の子会社が購入し、ロボット研究所として建設したのである。
「ふむ、問題はタンバリン・アタックだ。あれに耐えられる強度を追求すれば、エンジン部に負担が大きすぎる…やはり先制攻撃がいいか…」
白衣に身を包んだソロン博士が、数名の助手たちと討議をしていた。
助手たちはみな、天才的才能がありながら日本の学会に受け入れられなかった者たちだ。 彼らは新天地を求めてアメリカに渡り、当時マサチューセッツ工科大学の客員教授をしていたソロン博士の弟子となったのだ。
「博士、いっそのこと爆弾しかけたらどうです。タンバリン・アタックでタンバリンごと爆発させるのです」
「…一度やったら、超人希望者は出なくなるだろう。それに福山から自爆は民主主義の敵だと言われている」
「こっちも同様の機能をつけますか、パトリオット・アタックとか」
「…残念だが、あのタンバリン・アタックに匹敵するロケットがない」
ソロンは吐き捨てるように言った。
実際、ソロンがいたマサチューセッツ工科大学には世界最新鋭のロケットがあった。
しかし、それはあくまで戦闘機やスペースシャトル用のもので、小型のロケットはミサイル用の単純なものしかなかった。
ミサイルは使い捨てだから、廉価大量生産品でよかったのだ。
ところが、である。
日本の小山教授を中心とするグループはこともあろうに空中車を作るという荒唐無稽なプロジェクトを行っていて、小型で性能のいいロケットを開発していた。
結局、このプロジェクトはバブル崩壊で研究費が出なくなり潰れたが、優れた小型ロケットが残され、小山教授が特許を持っていた。
「博士、大変です!」
突然、助手の中で一番若い男が駆け込んできた。
「あの中国の科学技術省が、タンバリンを越える戦闘ロボットを開発したと報道されています!!」
「何だと、そんな馬鹿な。中国にそんな技術があるわけがない!」
ソロンは立ち上がり、ニュース番組をつけた。
「…それでこれが世界最強のロボット『先行者』です!」
画面に中国が誇る世界最強最新鋭(自称)の映像が映し出された。
つぶらな瞳、パイプをつなぎ合わせたかのようなボディ、妙な形の手、股間にある奇妙な筒状のもの…およそタンバリンどころかアシモにも遠く及びそうもない貧弱な機体。
「…」
「……」
「………」
「博士、あの股間の筒はなんでしょう?」
「…つっかえ棒か?」
「てゆーか俺の10年前の夏休みの宿題以下だな」
全員が正常な思考力を取り戻した頃には、スポーツニュースの時間になっていた。
「…先行者か…後ろのケーブルはたぶん電源だろう…ん、そうか、その手があったか!」 突然、ソロン博士が立ち上がった。
「そうか、いままで内燃機関に拘泥しすぎておったのがいけなかった。外部電源にすれば遙かに大きなパワーが出せる」
「でも博士」
さっき先行者のニュースを持ち込み、先輩たちにぼこぼこにされた若い助手がおそるおそる口を開いた。
「外部電源では戦闘行動に大きな制限が出ます。それにコード切られたらお終いじゃないですか」
「ふん、その点も考えてある」
博士はバッテリーを指さし言った。
「電気自動車と同じ原理だ。充電して、数分だけ戦えればいい」
「なるほど、さすがは博士。ではさっそく充電用リチウム電池の開発に取りかかります!」
そう言うと、若い助手はうれしそうに研究室を飛び出していった。
その頃タンバリンは、修理も終わりビデオを見ていた。
いくら日本人とはいえ、中東生活が長く日本文化になじみの浅いアル=海田のため、小山博士らが日本的な映画や番組を見せていたのだ。
「いやーやっぱ寅さんはいいよなぁ〜」
しかし、選ばれた映画は小山博士の趣味を反映していた。
それからしばらく、無限の正義の目立った行動もなく9月が過ぎた。
しかし、それは嵐の前の、ほんのしばらくの休息に過ぎなかった。