市場戦士タンバリン
 
第5話 四天王寺公園の戦い
 
「あなたの敵を愛し、憎む人を恵み、呪う人を祝し、悪く言う人のために祈りなさい。右の頬を打たれたら、左の頬も差し出すがいい。上着を奪う人があれば、下衣も与えよう。・・・許そう、与えよう」イエス・キリスト
 
 
 大阪四天王寺公園。
 かつては万博や観光客で賑わった場所であったが、今では、特にバブル経済崩壊後は、至る所に惨めな人生が見える。
 ゴミ箱を漁る老人、先週の古週刊誌を売りつける初老の男、一日中空をぼんやりと見つめる中年の女。
 鼻を突くアンモニアの臭いと無気力な空気が支配する世界。
 比較的新しいテントから、スーツに身を包んだ50がらみの男が、今日もまた職安に出勤していく。
 そんな彼らの生活を支えているのは、大学生を中心とした支援のボランティア達の炊き出しと、ゴミを漁って売るほそぼそとした商業だ。
 彼らの多くはリストラされた建設業や中小企業の職員だった。
「今こそ公共投資を見直して構造改革をすべきなのであります。国民は、多少の痛みを我慢しなければなりません」
 そんな彼らの脇を、与党の党首選挙の宣伝カーが通り過ぎる。
 政治家達が松阪牛の焼き肉パーティを開き、
「国民のみなさん。牛肉は安全です、さぁみんなで焼き肉屋へ行きましょう!」
 というニュースが入り込んでも、ここでの生活に変わりがあるわけではない。
「我が国は神の国です」
 時の首相は言った。
 けだし神がいるなら、貧しき者に神はまだ慈しみを与えてはいない。
 そんな彼らの生活を、侮蔑の目で見つめる男がいた。
 脳以外をすべて機械化された超人。
 その男は、全身黒装束で身を固め、抜き身の日本刀を携えた風体をしていた。
「くくく・・・、土地代も払わず資本主義の害をなす虫けらどもが、我が『無限の正義』が天に代わって成敗してくれるわ!」
 ニンジャ男は、四天王寺公園の幼児用滑り台の上で、そう叫んだ。
 
 
「大変です先生!」
「何じゃそうぞうしい!」
 午前7時02分、研究所の仮眠室に厚生労働省の職員が駆け込んできた。
 昨日タンバリンの修理で3時頃にやっと寝れた小山博士が、眠そうな、いかにも不機嫌な表情で答えた。
「博士早く来てください、また『無限の正義』の連中が事件を起こしているんです!」
 博士の視線に怯みながらも、その若い職員は叫んだ。
「やれやれ、わかったすぐ行く。すまんがタンバリンも起こしてくれんか」
「はい」
 すばやく返事をしてから、彼は地下の格納庫に走っていった。
「やれやれ、連中、このワシに休む暇もくれんのか。ケチじゃのう」
 そう言う問題ではないことを、博士は呟いた。
 
 
「タンバリンさん、起きてください!」
「・・・・・・」
「あーもうタンバリンさん起きてくださいってば!」
「・・・・・・」
「あ〜どうして起きてくれないんだろう」
 タンバリンを起こしに行った職員がいくら叫んだり揺すったりしても、タンバリンは目覚めなかった。
 実はタンバリン、通常は余熱になっていて機動スイッチを入れないと起きないのだが、職員はそんなことはまったく知らなかった。
「ええ〜いこうなったら!」
 
 がきぃぃぃぃぃぃぃん!   
 
 職員は近くにあったペンチで思いっきりタンバリンの頭を叩いた。
 もしタンバリンが生身の人間だったら、間違いなく職員は殺人未遂になったであろう。
 しかし幸い、タンバリンは頑丈だった。
「・・・・・・」
「ああ〜なんで起きないんですかぁ〜」
 多分、普通の人間だったら二度と目覚めないであろう一撃を加えておきながら、職員はへたりこんだ。
「こりゃ、何をしとるか!」
 そこに、小山教授が入ってきた。
「だって博士、タンバリンさん全然起きないんですよ!」
 職員がそう言うと、小山は無言でベッドについている余熱のスイッチを切った。
 するとタンバリンことアル・海田の目が開いた。
「おお、起きたかアル。また事件じゃ。すぐに司令室まで来てくれ」
「はぁ」
 アルは状況をよく掴めなかったが、とりあえず暖まるまで止まっていた。
「まったく、起こし方も知らんでいきおってからに」
(起こしてくれといったのは博士じゃないですか)
 若い職員はそう思ったが、そこは縦社会の官僚組織。
 2級職員が5級職員に刃向かえるわけがない。
「申し訳ありません。今後気をつけます」
「うむ、素直でよろしい」
 そういうと小山はいそしそとエレベーターホールの方に歩いていった。
 一方、アルはやっと暖まったらしく、立ち上がって服を着始めていた。
 その様子を見ながら、若い職員は呟いた。
「タンバリンさん・・・実は・・・コピー機だったんですね」
 そのギャグはしかし、仮にギャグ足り得たとしても、マンモスが凍え死ぬほど寒かった。
 
 
「事件発生場所は大阪四天王寺公園付近、人数は6〜7名。内一人が時代劇のニンジャのような格好です」
「超人だ!」
 医薬局職員の説明を聞くや否や、アルは叫んだ。
 昨日、ジャスティー達をまとめていたのは、骸骨のような姿をした超人だった。
 とすれば、そのニンジャ男が新しい超人である可能性が高い。
「うむ、間違いなくその男が指揮官じゃろう」
 小山も頷く。
「連中は現在、四天王寺公園に不法に居住する住民への支援の炊き出しの列に割り込んだり、公園内のゴミ箱を分別処理して空っぽにするなどして住民の経済活動を妨害しています」
「なんてひどい奴らだ!」
 アルは叫んだ。
 アル自身、何度もユニセフの炊き出しに並んだり、ゴラン高原にPKOで来ていた自衛隊のゴミ箱を漁っては売れそうな物を市場に持っていったことがある。
「しかも奴ら、手口が狡猾になっておる。前回の次官の誘拐の時には府警の協力が得られたが、今回の手口はそれすらないやもしれん」
 小山が首をひねりながら言うと、アルはいても立ってもいられない様子で、
「博士、何を迷っているんですか。今すぐ出動命令を出してください。アッラーの名にかけて『無限の正義』の連中の野望を阻止して見せます!」
「あせるなアル、あせって『文明の衝突』を起こしてはならん」            小山は諭すように言った。
「いいかアル、これは罠じゃ。奴らの行為は軽犯罪以下のものにすぎん。そんなせこいことで『無限の正義』の業績や株価が上がるとは思えん。とすると奴らの狙いはお主を誘い出して叩きのめし、連中の科学技術力や軍事力の優秀性を宣伝する事じゃ」
「でも先生、逆に俺が連中を叩きのめせば、『無限の正義』も痛手を受けるんじゃないですか?」
「うむむ・・・確かに」
 アルにそう詰め寄られて、小山は答えに窮した。
「それなら、逆に好都合じゃないですか。それとも先生、俺が負けるとでも!?」
 そこまで言われて、小山は遂にいきり立った。
「うむ、お主がそこまで言うなら、お主に賭けよう。じゃが決して、無理をしてはいかんぞ」
「はい先生、俺には必殺『タンバリン・アタック』があります。超人なんか一撃です」
 うれしそうに、アルは言った。
 
 
 アルが新しいスーパーカブ(市販品)に乗って大阪四天王寺公園にたどり着いたとき、付近のゴミ箱は空になっており、支援のボランティア達の姿も消えていた。
 ニンジャ男に指揮されたジャスティー達はホームレスの人々が大事にしている段ボールを取り上げて府のリサイクルカーに放り込んでいた。
 もちろん、そのリサイクルカーはジャスティーが府からレンタルした物だ。
「こら、『無限の正義』。自由市場経済と民主主義なんぞを口実に弱い者を虐げるとは人道にもとる非道。この『タンバリン』が成敗してやる!」
 そう言うや否や、アルを無視して段ボールを紐で縛っていたジャスティーをぶっ飛ばす。
「くくく・・・貴様こそ無抵抗のジャスティーを殴りつける野蛮人ではないか。何が成敗だ、片腹痛い」
「何ぃ!?」
 アルが振り向くと、そこにはお子さま向けジャングルジムの上にニンジャ男が立っていた。
(こいつ、いつの間に?)
 アルがいぶかしがっていると、そのニンジャ男は
「ははっ、罠にかかったなタンバリン。拙者はソロン博士の超人2号、サスケ。貴様に正義の裁きを下すために派遣された、死ね!」
 そう言い終えた刹那、右手に隠し持っていた棒状の手裏剣を投げた。
「なっ!?」
 アルはすぐさま身をよじり、間一髪で交わしたがその分だけ、隙が生じてしまった。
「勝機!」
 サスケは左手の手刀でアルの右側から襲いかかった。
「くっ」
 それもなんとかかわすが、僅かにふれたのかマグナム銃が入ったホルダーがちぎれた。
 からからと音をたてて44口径の拳銃が地面に転がる。
「それそれ!」
 サスケは立て続けに手刀を繰り出し、アルの体に切れ目を入れる。
 一発一発のダメージは大したことなかったが、何発も喰らうと各所で配線が切れて動きが鈍くなる。
「くそ!」
 アルも得意の脛蹴りを繰り出すが、あっさりとかわされる。
「はーはっは、無駄無駄ぁ。貴様のスピードなど、このサスケ様にとっては亀も同然!」 そう言いながら、サスケは鋭い手刀をアルの右足に突き刺し、アルの反撃をかわしながら後に側転3回にムーンライトを決めた。
 一方、右足に重大な損傷を負ったアルは、機動力が半減していた。
「はーはっは。元大阪国体の体操部門8位入賞にしてオリンピック強化選手予備の私の実力、存分に思い知るがよいわ!」
「くぅ!」
(だめだ。こんなに動きが早いんじゃ、必殺『タンバリン・アタック』なんて使えない。いったいどうしたら?)
 アルは焦っていた。タンバリン・アタックを喰らわすには、少なくとも1秒、相手の動きを止めなければならない。
 前回の骸骨男はパワーこそあったが動きが鈍く、しかも初めてタンバリン・アタックを見たものだからかわす余裕がなかったのだ。
 しかしこのサスケは違う。パワーはあまりないようだが、その分スピードをつけ、タンバリン・アタックを撃つ暇を与えない。
「ははぁ、どうした、タンバリン。不調か。それとももともと弱いのか?」
 サスケはさらにアルの左足に一撃を喰らわした。
「くっ」 
 遂に体重を支えられなくなり、アルは地面に突っ伏した。
「はーはっは、タンバリン。無様よのう。所詮、正義の前に悪は潰えるのだ!」
 高笑いをしながら、サスケは背中から日本刀のようなものを抜き出した。
「これでジ・エンド。さようならタンバリン」
 そう言いながら、サスケは突進してきた。
 だがその瞬間、アルは満全の笑みをたたえて叫んだ。
 
「かかったな、食らえ『タンバリン・アタック』!!」
 
 その瞬間、アルはロケットを噴射した。
 アルはサスケが油断して直進するのを待っていたのだ。
 爆音を響かせて、アルの身体が中に浮く。
 
 がききぃぃん!!!
 
 次の瞬間、激しい金属音が、四天王寺公園に響き渡った。