市場戦士タンバリン

 
第4話 タンバリンの秘密
 
「でもね、刑事さん。私より悪い役人が霞ヶ関にはいたんですよ」
        外交機密費を5億6千万円横領した松尾克俊被告
 
 内閣危機管理室で「焼き肉パーティー」についての議論が伯仲する中、霞ヶ関のある会議室で行われいる次官級会議では、思い空気が立ちこめていた。
 「『無限の正義』であるが・・・」
 口を開いたのは財務省主計局の大里局長であった。彼の左手に光る銀製の腕時計は、東大を主席卒業したときに貰ったものだ。
 「自由市場経済と民主主義の狂信者であり、話し合いの通じる相手ではない」
 会議室に集まった一同はうなだれた。話し合いで解決できない以上、武力解決しかない。しかし、下手に手を出せば国内の左翼勢力や人権団体、日教組や労組など、多くの敵を抱えることになる。
 「報告に拠れば敵は重武装しているし、機械人間を使っているそうじゃないか。もはやこれは警察権の範疇ではない。自衛権の範疇だろう。防衛庁さんにお願いすべきと考える」
 警察庁長官が発言し、すぐさま海上保安庁長官も頷いた。
 「しかし・・・」
 防衛庁の防衛局長が困惑の表情を浮かべて答えた。
 「我々が出動するには治安出動か防衛出動命令が必要です。そのたびに総理に命令を発してもらい、事後とはいえ国会に報告するとなると、事件が起こってから出動するまでに5,6時間はみてもらうことになりますが・・・」
 「すると間に合わんか・・・」
 大里主計局長が呟く。
 会議室がしばしの静寂に包まれた後、労働厚生省の菅野次官がおそるおそる口を開いた。
 「あの・・・それで我が省での極秘開発を命じられた『タンバリン』の管理替え先はどこになるんでしょうか。もともと予算要求項目上の都合で我が省が管轄したんですが、運用などできません」
 「誰か管理替えを希望する者は?」
 大里局長があたりを見回したが、ほぼ全員が意図的に視線をそら した。
 誰も、ババを引きたくなかったのだ。
 「それでは・・・」
 大里局長が口を開くと、一瞬、会議室全体でに殺意に似た視線が交錯する。
 「移管先については各局長級の話し合いで善処することにする。そこで当面、労働厚生省で運用することにする。以上だ」
 
 結局−重要案件はたいていそうであるが−この問題も先送りされることになった。
 
 
 
 −同時刻、大阪。
 
 「これから、俺どうなるんですか?」
 損傷した右腕の修理を受けながら、アルは小山博士に聞いてみた。
 「今頃、政府のお偉いさん方が考えとることじゃろう」
 博士は切断されたコードの新品を袋から出しながら、そう答えた。
 「ワシの知っている限りでは、昨年の予算請求上の理由から労働厚生省の職員ということになっておる。一応行政職1級の1号俸がついとるぞ」
 そう言うと、小山は机の引き出しから一通の預金通帳をとりだした。
 「おぬしの給与振り込み口座じゃ。改造中に初任給が出とるぞ。基本給は247,500円じゃが所得税と住民税、長期短期の掛け金に福祉費を引いて通勤手当と勤務地調整手当を加えると197,099円の振り込みになっておる」
 「ええっ! そんなにもらえるんですか!?」
 あうやく電源コードが引きちぎれるほどの勢いで、アルは身を起こした。
 考えてみれば、職を転々としていた頃は時給500円程度のアルバイトを1日12時間も休みなく1月働いて、やっと20万円いくかいかないぐらいだったのだから、この給与は魅力だった。
 「うむ、君も立派な国家公務員で、しかも1種待遇じゃからな」
 「1種って何ですか」
 「まぁ、官僚ということじゃ」
 インスタント・コーヒーを入れながら、小山は答えた。
 「すごいですね先生。不法就労者がいきなり官僚ですか。それだけ給料があれば、もう吉○屋の牛丼(並)とかマク○ナルドの平日60円バーガーを5個買ったりしなくていいんですね」
(そーゆー生活しとったんか・・・)
 「あっ」
 小山は重大なことを思い出した。
 「残念じゃがお主は電動なのじゃから飯は喰えん」
 「ええっ!? それじゃあ人生の半分を楽しめないじゃないです か」
 「うむ」
 小山は申し訳なさそうに、さっきまで食べていたポテトチップスの袋をゴミ箱に捨てた。
 その時、アルの脳裏に恐るべき思考が浮かんだ。
 おそらく、結果は最悪であろうが、しかし聞かずにはいられない。
 
 「あの・・先生・・・まさか・・・あっちの方も・・・」
 
 
 「・・・・・・」
 
 
 しばしの、しかし無限にも感じられた静寂。
 悲痛な表情を浮かべながら、小山はうつむいた。
 そしてやおら立ち上がり、さっきまで読んでいたエッチな本をリサイクルボックスに放り投げてから言った。
 「アル、世の中には辛いことが沢山ある。この地球上には5人に1人が飢餓に苦しんでおる。お主ばかりが、辛い思いをしているわけではない」
 「せ・・・先生・・・それじゃあ・・・」
 アルは震える声で、みなまで言えなかった。
 
 「いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
 
 アル・海田29歳の夏。男としての死刑判決を聞いてしまった。
 
 
 一方その頃、大阪四天王寺公園の一角の小屋に、『無限の正義』のメンバー達が集まっていた。
 「今回の作戦は、こういう公共の施設に不法に居住する、資本主義社会にあるまじき利得を享受する輩を排除することを目的とする」
 まるで時代劇の忍者のような黒装束に身を包んだ男が、5人のジャスティー達に言った。
 「無論、こんな作戦が株主に利得を与えるとはおもえん。即ち、この作戦は陽動だ。『タンバリン』とかいうふざけた野郎をおびき出してカメラの前でやっつけ、株主達に我らの戦闘力を科学技 術力の偉大さを知らしめるのだ!」
 「ジーザス」
 ジャスティー達が答える。彼らはステロイド注射と怪しげな薬によって肉体を人類の限界まで鍛え上げることに成功したが、副作用で頭は悪くなっていた。
 「そこでお前らの任務は段ボールを運んでいたり施しに並んだり、飲食店の生ゴミを漁っている連中を威嚇してその不当な経済活動を妨害するんだ。ただ人を殺すなよ。殺せばさすがに自衛隊が出てきてやっかいなことになる」
 そこまで言うと、忍者男は日本刀を抜いて叫んだ。
 「よし行け、正義の使徒達よ。市場経済の裏切り者達を駆逐し、世に市場経済と民主主義の正義の光を知らしめるのだ!!」
 「ジーザス!」
 
 ジャスティー達が立ち去った後、一人残った忍者男はプリペイド式の携帯電話を耳に当てた。
 「大丈夫ですよ、ソロン博士。この私が必ずや『タンバリン』に引導を渡して差し上げます」
 その声は、しかし大阪四天王寺公園で騒ぎ立てるホームレスの人たちの喧噪の中に消えていった。