市場戦士タンバリン
 
第3話 それぞれの思惑
 
「各国は米国の側につくか、テロリストの側か、選択しなければならない」
                         ジョージ・ブッシュ
 
 
 「どうやら初仕事は失敗したようだな」
 ナスダックの株価が刻々と映し出される画面を見ながら、大柄な男は吐き捨
てるように言った。
 「もう情報を公開したのですか?」
 流暢な日本語だが、しかし抑揚の無い声で白衣を着た白髪の老人が答える。
 「科学者にはわからんかもしれんが、株主に対する答責責任は株式会社の義
務だよ、ソロン博士」
 大柄な男はそう言うと、胸ポケットからマルボロを取り出して火をつけた。
 ディスプレイに映し出される『無限の正義(株)』の株価は、一気に1%ほ
ど下がったが、それ以降はほとんど動かなくなった。
 「もっともこの国の企業家どもはその辺のところがわかっちゃいない。会社
 は株主の物だ、経営者のものではない。例え秘密結社であってもな」
 一呼吸でそこまで言うと、興奮を抑えるためかタバコを吸う。
 冷ややかな目でその姿を見ながら、ソロン博士は株価の推移に目を通した。
(俗物が。正義だの口にしているが、実際は金の亡者ではないか)
 無論声に出しては言わなかったが、ソロンの内心ではこの男を、いや、この
男を産みだした自由市場経済を蔑視していた。
 その意味では、ソロン博士はアングロ・サクソンの性癖を受け継いではいな
かった。
 彼の父はヒットラーの新人類創造計画に共鳴し、多くの人体実験に手を染め
た戦犯だったが、戦後は米国に亡命して1969年にニクソン大統領が生物兵
器の製造を断念するまで、生物兵器を作りつづけた。
 彼ら親子にとっては、金銭などどうでもよかった。実験に必要な予算には関
心があったが、それ以上のものは気にしなかった。
 「株のことはわかりませんが、これについてどうお考えか、ミスター・福山」
 ソロン博士は別のディスプレイに映し出される映像を指さした。
 画面には結社の工作員である『ジャスティー』達と改造人間であ
る骸骨男がターバンを巻き、白い服姿の男と戦っているシーンが映し出されている。
 「この国の危機管理態勢は幼稚園児並だと思っていたが」
 まだ数回しか吸っていないタバコを灰皿に押しつけながら、福山は高価そう
なソファーから立ち上がった。
 「すでに我々の上陸を見越して先手を打たれたようだ。国内法の適用を受け
 ずに活動できる改造人間を作っていたか」
 福山は冷静を装っていたが、かみ殺しきれない怒りが容易に感じ取れた。
 「ソロン博士、できるだけすみやかにこの『タンバリン』とかい
 うふざけた野郎を始末できる新しい『超人』を作ってくれ給え」
 醜態を晒しておきながら、しかしあくまで尊大な態度で、福山は命令した。
 無論ソロンとて、自分の改造人間第1号がこうもあっさり同じ改造人間に敗
れることは屈辱であったから、異論はない。
 「ああそうだ、博士」
 部屋を出ようとするソロンを、福山は呼び止めた。
 「今回の予算だが、2万$の枠を守ってくれよ」
 余計なことを、福山は言った。
 
 
 ・・・少し前のこと。
 タンバリンの必殺技、『タンバリン・アタック』の直撃を受けた骸骨男は、
火災を起こしていた。
 改造人間は脳以外の組織を機械化し、脳が発する微弱な電流を増幅して動け
るように作られている。
 しかしその分、ステロイドやその他怪しげな薬品を用いて人体を強化できる
だけ強化した『ジャスティー』達とは戦力もコストも比較にならない。
 実は、骸骨男は衝突時の衝撃により内部の配線が切れて漏電し、潤滑用のオ
イルなどに引火して火災を起こしたのだった。
 
 「オーマイゴット!」
 
 改造人間に痛みは、ない。しかし人間だった時の記憶が、『自分が燃えてい
る』という現実に対する冷静な判断を妨げた。
 一方、タンバリンは平気だった。アスベスト製のターバンと衣服を着ている
うえ、水冷エンジンの冷却水を使って火災を初期消火できるようになっていた。
 空冷の骸骨男には、消火は期待できない。
 アスベストは発ガン性物質だが、改造人間は癌になることはないから大丈夫
だ(たぶん)。
 そもそもこの必殺『タンバリン・アタック』の最大の効果は相手に振動を与
え、内部の血管や配線をずたずたにして相手を倒すという、東洋人ならではの
きめの細かい心遣いを具現化した技なのである。
 派手さや破壊力を追求した『超人』達にはとうていまねのできない発想が、
そこにあった。
 「おい、次官はどこだ?」
 骸骨男が火だるまになって動かなくなるのを見届けると、手近に倒れていた
ジャスティーをたたき起こして次官の場所を聞いた。
 おそらく日本語は理解できなかったであろうが、アルが何を聞いているのか
を本能的に察したのか、装甲歩兵戦闘車を指さした。
 「よし!」
 アルはそのジャスティーを放り投げると、戦闘車の後部のハッチを開いた。
 すると口を粘着テープで塞がれ、手には手錠をかけられた初老の日本人が横
たわっていた。
 「次官ですね!」
 アルがそう聞くと、次官らしき男は頷いた。
 「今助けますよ」
 アルがそう言ったとき、急に空からバラバラとヘリコプターの音が聞こえて
きた。
 「ま・・・まさか?」
 アルは、ヘリの音に敏感になっていた。
 彼の父はパレスチナでイス○エル軍のヘリから放たれた対戦車ミサイルで車
ごと吹き飛ばされた。兄と親友も、ヘリからの機銃掃射で命を落とした。
 本能的に危険を察知したアルは、次官を背負うと一気に戦闘車を降りて走り
出した。
 刹那、
 
 どかぁぁぁん!!
 
 戦闘ヘリ、アパッチから放たれた対戦車ミサイルが、戦闘車に炸裂する。あ
と1秒遅かったら、車内で乱反射した鉄甲弾によってミンチになっていたに違
いない。
 ヘリからはライフルを構えたジャスティー達が降下し、気絶したり重傷を負
った仲間を回収しはじめた。もっとも、骸骨男は手遅れだったが。
 「小山先生、聞こえますか。アルです。次官は救出しましたが、
 無限の正義の連中が仲間をヘリで回収してますが」
 「よくやったぞ、アル。連中はほっといて、とにかく次官の安全を確保する
んじゃ」
 アルが最後まで言う前に、小山は答えた。
 
 
 12時間後、某所。
 「総理、今日の成績はいかがでしたか?」
 「ああ、今日は100を切れたよ。いやぁしかし、通産大臣にはかなわんね」
 内閣危機管理室に向かう廊下で、内閣総理大臣の木林が国家公安委員長に対
して陽気に答えた。
 「マスコミの方は、うまくやったかい?」
 「ええ、いくらなんでも唐突すぎて、半信半疑のようですが」
 「そうか、うん、よくやった」
 総理はそう言いながら、危機管理室に入った。
 部屋にはすでに官房長官、財務大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、日本防
疫センター所長及び見慣れない数名の官僚が席に座っていた。
 ちなみに、報道陣は一切シャットアウトだ。
 「それでは会議を主催します」
 官房長官がそう言うと、正面の巨大なスクリーンにPJの映像が映し出され
た。
 
 「狂牛病対策緊急プロジェクト」
 
 そう題されたプロジェクトには、閣議で焼き肉パーティーをする
か否かについての、極めて精密な分析がなされていた。