市場戦士タンバリン
第2話 激突! 大阪南港駐車場決戦
「保護主義はすべて短気、強欲、先見の明の欠如からきた誤りであって、それさえなければ市場は自らの困難を解決する」という自己調整的市場の概念はユートピアであって、その進行は社会の現実主義的自己防衛によって停止させられる。 K・ポラニー
「どうしてこんなことになったんだろう」
大阪南港に向かう高速道路をバイクで駆け抜けながら、アル・海田は呟いた。
彼が乗っているバイクはホンダの「スーパー・カブ」で、本来なら高速に乗れるわけはないが、特別の許可証があるので問題はない。
白い対弾スーツとターバンを身にまとい、44口径のマグナムを腰のベルトに指し、ヘルメットにはGPSと高性能無線機を装備した近代的な月光仮面のような姿で「スーパー・カブ」に乗る姿は、滑稽極まりない。
事実、彼の姿を見て爆笑したドライバーが中央分離帯に衝突して玉突き事故を起こし、現在下り線は通行止めである。もっとも、おかげで追跡は楽になったが。
速度計は、現在時速220キロ前後を示している。無論、市販品の「スーパー・カブ」の最高速度を遙かに凌駕しているが、これは当然ながら改造車であるからだ。
「でも、よく考えると変だよなぁ」
アルは出発時のことを思い出した。
「さぁ、タンリバン。これから『無限の正義』の工作員どもの野 望をうち砕きに行くのじゃ。場所は大阪南港。これに乗ってゆけ」
そういって小山医師が指し示した先には、どう見ても原付バイクにしか見えないものが置いてあった。
「あの・・・まさかこの原付に乗るんですか?」
おそるおそる聞いてみると、小山は得意げに頷いた。
「うむ、調べたらお主は普通免許しかもっておらん。そこで原付 にハーレ並の能力を付与したホンダの『スーパー・カブ』を特注 したのじゃ。見てくれはただの原付じゃが、わが国が誇る最高級 の技術を使用した結果、性能的にはすばらしいものができた」
「・・・最高級の技術が、最大限無駄に使われている・・・」
アルがそう呟いているのを聞いてか聞かずか、小山は続けた。
「お主は素手でも十分強いが、念のため武器を持ってゆけ。マグ ナムじゃ。ただし、武器使用は正当防衛・緊急避難時だけじゃか らな、厚生労働省の飯尾局長が委員会で国会議員どもに約束した ので、注意するように。」
「はぁ」
小山から手渡された拳銃をホルダーにしまいながら、アルが諦めきった顔で答えた。
「それから、これはGPSと通信機装備のヘルメットじゃ。右目 で自分の現在位置と付近の道路を確認できる。通信は送受信同時 可能じゃ。送信するときは赤いボタンを押すのじゃ」
「はぁ」
ヘルメットをかぶりながら、アルはふと疑問を口にした。
「それで、僕はどこで何をすればいいんです?」
「ふふふ、君には大阪南港インターチェンジの下から奴らを追跡 し、止まったところで次官を救出するのじゃ」
「その工作員達はそこで高速を降りるんですか?」
「うむ、実は奴らのメンバーがチャーターしたと思われる不審船 が南港に停泊しておる。今、府警が捜索許可状を裁判所に申請中 じゃが、地裁は忙しいから間に合わんじゃろう」
「そこまで情報がありながら、この国の危機管理って一体・・・」
アルは一種のめまいを覚えたが、さりとて現状を非難してもしょうがない。
「細部の指示やお主の能力については無線で連絡する。とにかく、 今は一刻も早く大阪南港に向かうのじゃ」
小山からそう言われ、原付のキーを受け取ると、アルは国家最高の技術を投入した−原付バイクにまたがった。
アルが出発時のことを考えている間に、大阪南港のインターチェンジが見えてきた。左手には、何隻ものフェリーと、乗船を待つトラックやトレーラーが列をなしている。
「やつらはまだ来ていないようだな」
アルはGPSで示された現在位置と、府警から送られてくる目標の位置を見比べた。『無限の正義』の乗った車両は異様に遅い。
時速にして80キロ前後、インターチェンジには後10分近くかかる計算だ。
「なんでこんなに遅いんだろう?」
そしてその疑問は、10分後には驚愕に変わった。
待つこと10分、『そこの車、止まりなさい』という言葉を日本語と英語の両方で言い続ける4台のパトカーを遠巻きにしたがえて、『それ』は現れた。
「何じゃありゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
いかつい装甲に35ミリGAN、12.7ミリ重機関銃に対戦車ミサイル4機を装備したそれは、軍隊では『装甲歩兵戦闘車』と呼ばれる、機構師団の保有する兵器そのものであった。
戦闘車はゆっくりと高速を降り、情報通り南港に向って道路を左折した。
「と、とにかく追うぞ」
アルは戦闘車の後を追った。
スピードは時速50キロ前後と遅いが、何分にも軍用戦闘車両である。うかつに手は出せない。
「なんとか降りる時を狙わないと」
そう思いながら、アルは戦闘車の死角から−戦闘車は前面しか見えないが−慎重に追跡を続ける。
しばらくすると、戦闘車はフェリー乗り場の方に向かった。するとそこでは米軍の海兵隊などが使う上陸用舟艇が待機している。
「だぁぁぁ、めっちゃ怪しいやんけ!」
アルがそう叫ぶと同時に、駐車場に入ったところで、戦闘車が急にストップした。装軌(キャタピラ)車なのですぐに止まれるのだ。
しかし、もちろん、言うまでもなく、バイクは急に止まれない。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
がしゃんと大きな音を立て、国家の技術の粋を尽くした原付バイクは、一瞬にしてスクラップと化した。
一方、特殊合金装甲の戦闘車は傷一つ、ない。
バイクから放り出されたアルは全身を強く打ったが、不思議なことに痛みは全くなかった。
「ああ、私のバイクが・・・少しうれしい気もせんでもないが、 この落とし前はつけてもらうぞ!」
アルがそう叫ぶとほぼ同時に、戦闘車の後部の扉が開き、中から奇怪な黒い全身タイツの男達が10人ぐらい下車を始めた。
「くっ、こいつらが『ジャスティー』だな。叩きのめしてやる!」
アルはそう思うやいなや、『ジャスティー』達の輪の中に走って行き、呆然とする彼らに向かって叫んだ。
「おい、お前達。おとなしく次官を返せ。そうすれば命だけは助 けてやる!」
すると骸骨のような覆面をし、黒ずくめの服に身を包んだリーダーらしき男が戦闘車を降り、アルに向かって話しかけた。
「貴様ハ何者ダ。警察カ自衛隊カ、イズレニシロ我々『無限の正 義』ノ邪魔ヲスルナラ、正義ノ為ニ武力ヲ行使スルゾ」
骸骨男は片言の日本語で語りかけた。
「俺は市場戦士タンバリンだ。自由市場経済だか民主主義だか知 らねぇが、力ずくで正義を押しつけるような輩は許せないぞ!」
アルはそう叫ぶや否や、後から忍び寄ってきたジャスティーに回し蹴りを喰らわす。アルはイラ○が出資するレバノンのテロリスト養成キャンプで育ったため、実は格闘技が得意だったのだ。
どげしっ!
派手な音を残して、ジャスティーの一人が宙を舞う。
「オノレ、タンバリン。ユケ、正義ノ使途達ヨ。自由市場経済ト
民主主義ノ力、存分ニ見セヨ!」
「ジーザス!」
すると唯一神の御名を讃える叫び声を発しながら、ジャスティー達は次々とアルに襲いかかった。
しかし、20年に渡ってレバノンやパレスチナでイ○ラエル軍を相手に戦い抜いた実戦の感と、改造人間としての力を身につけたアルに、ステロイド強化人間にすぎないジャスティー達がかなうはずもない。
正拳突き、後回し蹴り、肘討ち、膝蹴り、脳天かかと落としに跳び蹴りを喰らい、あっという間に残り2人に討ち減らされた。
「ん、一人足りな、」
ダダダダダ!!
突然、重機関銃の射撃音が鳴り響き、12.7ミリ弾が降り注いだ。
「くっ」
とっさに射線を外し、かろうじて直撃を免れたものの、数発の跳弾が脇腹に食い込む。
「くそっこのままじゃあ」
(殺られる!)そう思った瞬間、
「タンバリン、今のは銃声だな。正当防衛じゃ、銃を使え!」
通信機から小山の声が聞こえた。
「そうだ、よし」
アルはとっさに銃を引き抜くと、狙いを変えようといったん射撃を中止したジャスティーに向かって引き金を引いた。
バキューン!
常人なら反動でのけぞってしまう44口径のマグナムが火を噴き、重機関銃の銃座にいたジャスティの右鎖骨を貫いた。
「死ネ!」
アルの注意が機関銃座に削がれた隙をついて、骸骨男が棍棒のような白い棒で殴りかかった。
「くっ」
アルは右手で防いだが、激しい金属音と共に火花が飛び散り、衝撃であうやく転倒するところであった。
「ヌゥゥ、ドクター・ソロン博士ノ改造ヲ受ケタ『超人』タル私 ノ攻撃ニ耐エルトハ!」
アルは骸骨男がたじろいでいる隙に態勢を立て直したものの、右手の指が動かない。おそらく、さっきの一撃で電気系統がショートしたのであろう。
「くそっこのままじゃ銃も使えない。どうしたら!」
通信の送信スイッチを押しながら、アルは叫んだ。するとすぐに小山の声がかえってきた。
「いいかタンバリン。実はお主の背中には1回だけ使えるジェッ ト噴射装置がある。スイッチは左手の青いボタンじゃ。思いっき りジャンプして噴射装置を使い、相手に体当たりチョップをして 倒すのじゃ。この技は必殺『タンバリン・アタック』じゃ!」
「わかりました先生!」
その声を聞きながら、アルは残ったジャスティーを叩きのめした。
残るは骸骨男のみ。
「いくぞ骸骨男、必殺!」
アルはそう叫び、思いっきりジャンプした。その高さ3メートル18センチ!!
すかさず左手の青いボタンを押すと、背中のブースターが火を噴く。ロケット工学の原理に基づき、急激に加速する。
「タンバリン・アターック!!!」
−その声よりも速く、タンバリンは骸骨男に向かって爆進した。