市場戦士タンバリン
 
最終話「無限の正義日本支部壊滅」 
 
「リンカーンは全ての人を自由にした。しかし平等にしたのはサム・コルトだ」
 南北戦争のスローガン
 
 2002年1月、日本では今年行われる日韓共同のサッカーのワールドカップに対する関心が高まっていた。
 こうした関心はサッカーファンや経済界のみならず、昨年の教科書問題や靖国神社参拝問題で悪化した日韓関係の改善をもくろむ外務省にとっても絶好の機会となり得るはずであった。
 時の槇田外相はこの日都内の一流ホテル「ニュー大蔵」で行われる日韓ワールドカップ壮行会に出席するため、午後5時10分に霞ヶ関を出発した。
 壮行会には日韓のサッカー連盟会長や駐日大使、日本代表の監督などが参加することになっており、そこでは日韓両国がそろって予選を突破できるように、祈願することになっていた。
 外相が昨年公用車に採用した低燃費、液体水素エンジン車で門を出たとき、一人の黒ずくめの男がそれをじっと見つめていた。
 外相を乗せた公用車が出発するのを見届けると、男はおもむろに秘匿装置付きの携帯電話を取り出した。
「福山様、槇田が予定通り出発しました」
「よし、わかった」
 電話の相手は、それだけ言うとすぐに電話を切った。
「それじゃあ俺はふけるか」
 そう呟くと、その黒ずくめの男は東京の夜の闇に消えるように霞ヶ関前から姿を消した。
 
 
「くくく、準備はいいな。ここで大臣を捉え、晴海埠頭に連行するぞ」
 大臣出発の連絡を受けた福山は、超人である亀男と、強化人間ジャスティー×10を引き連れて赤坂の交差点付近に身を潜めていた。
 『無限の正義』はすでに先刻、新宿のホームレスのたまり場を爆破し、渋谷と六本木で爆弾騒ぎを起こして警察・消防の眼をそらすことに成功している。
 これらの事件はもちろん陽動であって、今のところ被害者は一人が重傷を負っただけであったが。
「もうすぐ来るぞ」
 時計を見ながら、福山は小型無線機でジャスティー達に準備命令を出した。
 それを聞いてジャスティー達は短機関銃や拳銃を取り出し、いつでも襲いかかれる態勢を整える。
「ようし、来い。槇田」
 福山は陣頭指揮をしながら、この作戦の成功を確信していた。
 すでに2カ所の中継地点から、外相の車が春日局長のリークした情報通りのコースでこの交差点へ向かっていることを確認していた。
 タンバリンも死に、情報は完全につかみ、おそらく外相の車にはSPが一人か二人であろう状況からして、作戦が失敗する要素は全く見あたらなかった。
「来ました!」
 ひとつ前の交差点を監視していたジャスティーから最後の一報が飛び込む。
「よし、かかれぇ!!」
「ジーザス!!」
 福山の号令と共に、ジャスティー達は用意した大型トラックで車の進行方向を封鎖し、それを包囲するように展開した。
 一瞬の出来事だった。
 外相の乗った公用車は急ブレーキをかけた後、あっという間に身動きがとれなくなってしまったのである。
「くくく、残念だったな槇田大臣、貴公の身柄はこの『無限の正義』が預からせていただく。おとなしくついてきてもらおうか!」
 勝利を確信した福山が、車に近づきながらそう言った。
 車の周囲には銃を構えたジャスティー達が包囲網を完成していた。
 そして、車の後部のドアがゆっくりと開き、スーツを着た男が車を降りた。
 
 刹那−
 
「な、なに!?」
 福山の表情が凍り付き、まるで幽霊でも見ているかのように驚愕の眼差しを向けた。
「き・・・貴様タンバリン!!」
「そうだよ、福山。お前の悪行はこのアル=海田検察事務官が、しっかと見届けたぜぃ!」
「く・・くそう、何でばれたんだ?」
 唇をかみしめながら、福山が叫んだ。               
「教えてやろうか、春日局長の電話を盗聴したんだ。もう逃げられないぞ!」
「くそ、あの馬鹿。ええいこうなったら今度はホントに殺してやる。ゆけ、タートル!」 福山はそう叫ぶと、逃げるように走り出した。
 そしてそれと入れ替わるように、亀のような甲羅をつけた背の高い男が現れる。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。わしはドクター・ソロンの第4番超人。タートルマンじゃ。おぬしのような若造にはまだまだ負けんぞい」
 やけに年寄りじみたことを言いながら、そのタートルはアルに襲いかかってきた。
「鈍いぞじいさん!」
 アルがそう言いかけた瞬間だった。
 
 バリバリバリバリ!!!!
 
 ジャスティー達がタートルもろともアルに向けて機関銃や拳銃を乱射し始めた。
 
 キーン、キーン、キーン!!!
 
 タートルはその装甲で次々と銃弾をはじいたが、アルは差さすがに無傷ではすまない。「うわわぁぁぁ!?」
 数発の直撃を受け、アルは地面に倒れ込んだ。
「いまじゃ!!」
 その瞬間を逃さず、タートルはその鋭い爪を繰り出す。
「その手に乗るか!」
 倒れながらアルは両手を地面に付き、脚を回転させてタートルの首に強烈な蹴りを繰り出す。
「ふぉっ?」
 しかしタートルは一瞬で首を甲羅の中に収納し、爪の一撃をアルの腹部に突き刺した。 が、
 
 パキーン 
 
 なんと折れたのはタートルの爪の方であった。
  
 
 ・・・2週間前。
「ソロン博士、爪の素材ですけど、特殊タングステン鋼にしますか?」
「馬鹿者、それでは予算オーバーじゃ。どうせ使わないんだから鉄でいい」
「そうですか、でもこれでタンバリンのチタン鋼刺したら折れちゃいますよね・・・」
 
 
 僅か数千ドルの経費節減が、ここに来て致命的な結果を招いた。
「ふぉふぉっ???」
 一瞬ではあったが、タートルの動きが止まる。
「いまだ!!」
 その隙を逃さず、アルは銃弾の雨の中でジェット噴射のボタンを押した。
 
 
タンバリンアターック!!!!!!
 
 
 次の瞬間、福山が眼にしたのは爆散するタートルマンの最後であった。
「くそ、タンバリンめ、覚えていろ!」
 それを見た福山は、ジャスティー達に時間稼ぎを命じると、自分は用意した車に乗り込んだ。
「出せ、晴海に撤退だ!」
 専属運転手にそう叫ぶ福山だったが、直後に何かしらの違和感を感じた。
 そして、その予感は最悪の形で的中した。
「残念だったな、この車の行き先は晴海じゃなくて東京地検特捜部の取り調べ室だぜ」
 運転席に座っていたのは、韮崎検事だった。
 
 
「春日局長逮捕」
 翌日の主要新聞の見出しはこう書かれていた。
 『無限の正義』に関する報道は政治的理由から伏せられたが、代わりに外務省の現役局長が逮捕されるという情報を積極的に公開したため、マスコミは無限の正義についてついに報道することはなかった。
「おてがらじゃったな、アル」
「よくやったぞ、海田事務官」
 その日の祝勝会では小山教授や韮崎検事をはじめとする特捜部の面々、元労働厚生省医薬局生物製剤課の人達、それにメンテナンス担当の技術者達が駆けつけてくれた。
「豪華な料理に並んで、すてきな充電器がテーブルの上に輝く」
「いやぁ、あの『無限の正義』日本支部を壊滅できたなんて、夢のようです」
 アルは照れながらそう言った。
「法廷闘争はこれからじゃがな」
 有頂天になるアルに、小山教授が釘を刺す。
「それにお手柄だが、昇進したかったら副検事の試験に受からんといかんしな。明日から勉強三昧だぜ」
 韮崎検事が追い打ちをかける。
「いやだなぁみんな。そういう無粋なことは明日になってから言ってよ」
「まったくですね」
 五十嵐事務官がそう答えると、一同にどっと笑いが出た。
「さぁ、これからも頑張ってみんなでこの国を悪の手から守りましょう、乾杯!」
 アルがそう言うやいなや、にぎやかなパーティーが始まった。
 
 
 
 
 その頃、奥秩父の『無限の正義』の研究所には、まだ捜査の手が及んでいなかった。
「ふ・・・馬鹿福山めが。いい薬になったじゃろうて。所詮、自己顕示欲にまみれた小物であったか」
 ソロン博士は弟子達とシャンパンを開けながら福山の逮捕を祝していた。
 その時、通信室にいた弟子の一人が電報文を持って博士に駆けよる。
「博士、本国からの辞令です。『本日付けで博士を日本支部長に命ずる』、と」
「そうか・・・くくく、これからが本当の勝負だよ、ドクター・小山」
 その辞令をさも当然に待っていたかのように、ソロン博士は不敵な表情を浮かべた。