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魔王の世界征服日記
番外第0話 ばれんたいんでぃ


 そわそわ。
 妙に落ち着かない態度のシエンタに、アクセラは眉を顰めて声をかける。
「何そわそわしてるんだよ」
 するとシエンタは驚いたように目を丸くして、しどろもどろと何か言おうとする。
 でも、結局困ったような顔でなにも意味をなさない言葉を紡ぐだけ。
「なんなんだよ」
「んやー、だからー」
 ぼん、と音を立てて顔を真っ赤にする。
「まおさまは、ばれんたいんでーってどうするのかなーって思って」
 ん?とアクセラは?を頭の上でくるくる回す。
「なんだよそれ?その、番連帯でーって」
「それじゃ奇妙な黒服を着た学生の集まりみたいじゃないか」
 確かに。
「そうじゃなくて、聖人ヴァレンティヌスが決してキリストを裏切らなかった故事から永遠の恋人を誓う日になったんだよ」
 ほお、とアクセラは納得したように応え頷く。
 うんうんと頷いて、再び首を傾げる。
 今度は盛大に?が大回転している。
「……それ、どこの故事?」
「いや、ボクも知らないんだ。なんだかそう言うことを知ってる設定みたい」
 こらこら、思いっきりばらすんじゃない。
「まあいいや。それで、それが何でまお様と関係が」
 またシエンタはぼんと顔を赤くする。
 真っ赤にして湯気まで出す。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 そして両手を振り回して何かを言おうとしているようだが、何も言えないようだ。
「……ふうん」
 アクセラはますます?をぽんぽんと頭の上に出してくるくる踊らせる。
「多分一生理解できないな、そりゃ」
「そうか、それは勿体ない事だな」
 おう、と二人は驚いて飛び上がる。
「ななな」
「あーるさん」
 二人の真後ろにいたのは四天王のひとり、アールだ。
 ひげ面の癖に紳士。まあ、お約束だが。
「むふー。男としては外せない一つの基本だ。覚えておき賜え?まあ、それはそれとして」
 目を閉じて空を仰ぐ。
「あの魔王陛下がかぁ。確かに気になるなぁ。お前らも魔王陛下と一緒に生まれ直すから覚えがないかもしれないがな」
 性別女の魔王が初と言うこともある。
 今まで魔王は(そう言うことはなかったんだが)「貰う方」だったのだから。
「ヴァレンタインデーでチョコレートを作って、誰かにあげるのかぁ。うむー」
 シエンタは頬を染めてうんうんと頷いて、両拳を自分の胸の前で合わせて見上げている。
 意味が分かったのかアクセラは目を伏せるようにして、ぷいと背ける。
「噂じゃあ、サッポロの方で良い感じの男の子もいるらしいしな」
「え゛ーえ゛ーえ゛ー」
 お前らは女か。
 いや、アクセラ+シエンタの二人は元は女性の時間の方が長かったわけだが……
「あんたら、こんなとこでなーにを騒いでるんだか」

  びくっ

 飛び上がるようにして、三人が振り向いた。
 そこにはジト目モードで両手を腰に当てた、甘味大魔王がいた。
「なーにがヴァレンタインよ、それは人間のおはなしでしょ?ほら、下らないこと言ってないで行った行った!」
 しっし、と両手で追い散らされて、その場にはまおだけが取り残される。
「ふん、もう」
 そこは、厨房。
 何でそこで彼らがたむろしていたのか、そのぐらいのことは想像できる。
 ばれんたいんでーってモノが、ニホンの商業主義とヨーロッパの小国に伝わる謎の伝承に惑わされたモノのお祭りであることは知っている。
 知っているけど、そんなもの。
――やってみたくなるのが、やっぱりヒトなんだろうなあ
 人じゃないけど。
 思いながらも言った手前、くるくると周囲を見回して、そろりと厨房に入る。
「あーらいらっしゃーい」
 ずて。
 激しく頭からずっこけるまお。
「んふ、意外とレトロリカルな趣味ですのね、魔王陛下」
「五月蠅い」
 ぷうんと甘い匂い。
 厨房には既にチョコレートの匂いが漂っていた。
「て、カレラ。あんた、男でしょ」
 そう。女装して女言葉だが決しておかまではない。
 正真正銘男の趣味であるカレラが、バレンタインデーのチョコレートなんか関係ないはずだが。
「そよー。でも男がバレンタインデーに手作りチョコで女の子をたぶらかしてはいけないという法律はないのよ」
「誑かすのは違法です」
 微妙に突っ込みを入れながら、まおはため息をつく。
「んんー、男女の仲ってのは難しいモノなのよ。乗り越えるのが大変な壁が多くて」
 いかにも恋の伝道師のような口調で言いながら、鍋の中のおたまをくるくると回してチョコレートをかき混ぜる。
 左手の人差し指を立てて、ぱちりとウインクする。
「男女だったら、人間だろうと魔物だろうと関係ないから」
 はっとして、まおはカレラを見返す。
 カレラは優しそうな顔で笑っている。
「その顔と口調で人間の女の子をたぶらかすのか」
「いやん」
 なんて奴だ。
「魔王陛下。自分に素直な方が、きっと素晴らしいですわよ」
「むー」
 真剣な表情のまお。
 すこし頬を赤くしている。
「……そだね。うん。ね、カレラは得意なの?」
「チョコのことですか?それともたぶらかす方ですか」
「がー!」

 その頃、ミマオウ家。
「もう、ねーちゃん、そんな甘ったるいチョコレートケーキなんか、俺くわねーっての」
 年上の姉妹にもてあそばれるが如くチョコレート責めを喰らっていた。
「ヒロ君にあげる前に味見してよー」
「アキ姉!」
 幸せそうではあった。
 なお、まおがチョコレートの宣伝に出て大人気を博したのは、この直後の話である。
「ほらほら、あの娘でてるよ!ナオ!」
「五月蠅い!」


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