みなさんお忘れのようなので忠告いたします。
 まおはアレでも魔王。魔力の塊。
 いわば世界を七度灰にするよりも力を持っているのです。



 そこは地獄だった。
 そうとしか言いようのない光景の中、まおは立ちつくしていた。
 塵。芥。肉、肉、肉、血と臓物と嫌悪感の坩堝。
 何故まおがそんなシリアスな似合わない場所にいる理由はただ一つ。

 彼女は襲われたのだ。

 唐突に彼女は暗闇に押し込まれ、乱暴に両腕を拘束された。
 とん、と背中に触れたのは壁か床か。
「何すんのっ……」
 天地も何も判断する術も時間も暇もなく、唐突に塞がれる口。
 聞こえてくるのは何かの音。
 衣擦れの音と、周囲の悪意。
――いや、それを悪意というには相応しくない。ただ――

 まおにはそれがどんなものであろうと、少なくとも脳裏に浮かんだのは『餌』の自覚。

 と、同時。
 まおの中にある何かが警鐘と、同意を求めて来た。
 まおの精神時間がゆっくりと加速を始め、身体の感覚が別のそれへと変わる。
 ゆるりと待つまでもなく、まおの『魔王としての尊厳』がぷちん、と切れた。
「魔王が餌を貪るのだ、貪られるものではないっ」

  どん

 彼女を中心にして高速のゆらぎが走る。
 彼女が持つ魔力が発生させた、魔法が発動する直前に起きるマナの縦波――『魔法風』だ。
 魔術論理を紐解くことで理解できるだろうが、魔術を行使する際に練り上げたマナ(と呼ばれるもの)は、言葉(真言)により繰る事ができる。
 おのおのの魔術により練り上げたマナを『発動韻』により魔法を発生させる領域へと展開する。
 この際のマナ濃度の変化が、魔法風と呼ばれる揺らぎになるのだ。
 これが怖ろしく濃い場合、視覚で捉えられる事もある。また、物体では遮ることは出来ず貫通してしまう。
 身体を抜けた場合、細かい蟲の群が駆け抜けたような嫌な感触があるだろう。
 今まおの前面周囲総てにそれが走り――

  目標 捕捉

 まおの顔が、『魔王』の笑貌(えがお)へと変わる。
「喰らえ――但し、生きたままだ!」


「あーあぁ。申し訳有りませんねぇ」
 ほっかむりに白い大きなエプロン、もんぺ姿の女性はゆっくりかぶりを振る。
「いえいえ。私の仕事は塵浚い(ごみさらい)、それがどんなゴミだろうと世界から駆逐するのが役目ですから」
 そしてきらりと額の汗を光らせて笑みを湛える。
「全く、あなたが居なければこの魔城もゴミだらけになっていますよ」
 はっはっは、とおかしそうに笑うマジェスト。
 それにつられるように女性も笑った。
「ではこれで。ゴミが私を呼んでいますので」
 彼女はぺこりと小さくお辞儀して部屋を去っていった。
「ねえ、まじー。先刻のヒト何なのよ」
 再び灯りをともされた執務室は、以前より増して輝いて、新品のようになっていた。
 先程の惨状がまるで冗談のようである。
「あ、彼女ですか?彼女はこの世界広しと言えども不世出の稀人遍人、『掃除の鉄人28号』でございます」
「なんでふせいしゅつなのに28号なのよ。それに遍人ってなに?」

 ―――――――― 教訓 ――――――――
  まおは襲ってはいけません。一応でも魔王です(笑)。