みなさんお忘れのようなので忠告いたします。
まおはアレでも魔王。魔力の塊。
いわば世界を七度灰にするよりも力を持っているのです。
彼女は襲われたのだ。
唐突に彼女は暗闇に押し込まれ、乱暴に両腕を拘束された。
とん、と背中に触れたのは壁か床か。
「何すんのっ……」
天地も何も判断する術も時間も暇もなく、唐突に塞がれる口。
聞こえてくるのは何かの音。
衣擦れの音と、周囲の悪意。
――いや、それを悪意というには相応しくない。ただ――
まおにはそれがどんなものであろうと、少なくとも脳裏に浮かんだのは『餌』の自覚。
と、同時。
まおの中にある何かが警鐘と、同意を求めて来た。
まおの精神時間がゆっくりと加速を始め、身体の感覚が別のそれへと変わる。
ゆるりと待つまでもなく、まおの『魔王としての尊厳』がぷちん、と切れた。
「魔王が餌を貪るのだ、貪られるものではないっ」
どん
彼女を中心にして高速のゆらぎが走る。
彼女が持つ魔力が発生させた、魔法が発動する直前に起きるマナの縦波――『魔法風』だ。
魔術論理を紐解くことで理解できるだろうが、魔術を行使する際に練り上げたマナ(と呼ばれるもの)は、言葉(真言)により繰る事ができる。
おのおのの魔術により練り上げたマナを『発動韻』により魔法を発生させる領域へと展開する。
この際のマナ濃度の変化が、魔法風と呼ばれる揺らぎになるのだ。
これが怖ろしく濃い場合、視覚で捉えられる事もある。また、物体では遮ることは出来ず貫通してしまう。
身体を抜けた場合、細かい蟲の群が駆け抜けたような嫌な感触があるだろう。
今まおの前面周囲総てにそれが走り――
目標 捕捉
まおの顔が、『魔王』の笑貌(えがお)へと変わる。
「喰らえ――但し、生きたままだ!」
「あーあぁ。申し訳有りませんねぇ」
ほっかむりに白い大きなエプロン、もんぺ姿の女性はゆっくりかぶりを振る。
「いえいえ。私の仕事は塵浚い(ごみさらい)、それがどんなゴミだろうと世界から駆逐するのが役目ですから」
そしてきらりと額の汗を光らせて笑みを湛える。
「全く、あなたが居なければこの魔城もゴミだらけになっていますよ」
はっはっは、とおかしそうに笑うマジェスト。
それにつられるように女性も笑った。
「ではこれで。ゴミが私を呼んでいますので」
彼女はぺこりと小さくお辞儀して部屋を去っていった。
「ねえ、まじー。先刻のヒト何なのよ」
再び灯りをともされた執務室は、以前より増して輝いて、新品のようになっていた。
先程の惨状がまるで冗談のようである。
「あ、彼女ですか?彼女はこの世界広しと言えども不世出の稀人遍人、『掃除の鉄人28号』でございます」
「なんでふせいしゅつなのに28号なのよ。それに遍人ってなに?」
―――――――― 教訓 ――――――――
まおは襲ってはいけません。一応でも魔王です(笑)。