Winged-White 数々のコネタ 数々のギモン


歴史とかの小ネタです。
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<他人のことが言えますか?>2003/04/12

 太平洋戦争末期の米軍の幻の作戦に、「ダウンフォール作戦」という日本本土侵攻作戦がある。  九州侵攻の「オリンピック作戦」・関東侵攻の「コロネット作戦」があり、総計180万人を動員する未曾有の大作戦になる予定だった。

 1945年9月に開始予定だった「オリンピック作戦」(動員数81万人)では、敗戦国ドイツから接収した悪魔の新兵器、「サリン」の使用が支持されるよう、マスコミと結託しての世論作りが進められていた。 また、九州地方へのさらなる原爆投下も肯定的に検討されていた。

 ちなみに「オリンピック作戦」での米軍死傷者は、27万人と試算されていた。  これは人身だけを考えると、イラク戦争で展開している米軍が(増派予定を含めて)まるごと壊滅する数字だ。

 当然日本軍も準備していた毒ガスなどで応戦していただろう。 凄惨を極めた沖縄戦でさえ米軍死者数は12,520人だったことを考えると(※)、日本側の被害は想像を絶する。  (※日本側の死者は軍民合わせて244,136人。)
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<沖縄1〜平和の楽園>

 セントヘレナに島流しになっていたナポレオンが『武器のまったく無い平和な島があるそうです』と侍従に言われ、『そんな島がこの世に存在するわけが無い』と驚愕した。その平和の島こそ、沖縄。(実は薩摩藩の刀狩があったので)

<沖縄2〜マニフェスト・デスティニィ始動>

 ペリーは来航の際沖縄に寄り、『この島をプレジテントにプレゼントしたら喜ぶだろう』と言った。

<沖縄3〜百年後の達成>

 悲壮な沖縄戦などの後、マッカーサーは無条件降伏の調印式のために、わざわざペリー来航時の星条旗を取り寄せた。

<沖縄4〜ヤンキー・ゴー・ベース>

 その結果、沖縄はアメリカに委任統治され、今も本島の18%が米軍基地になっている。
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<沖縄おまけ1>

 日本に復帰後、『私は沖縄弁を使いました』という紙を持って廊下に立たされた、なんて教育が横行していたらしい。ローカル派の僕は大激怒した。このような郷土愛を無視した教育が、現在の沖縄で行われていないことを願う。<地元を愛せない人が、祖国を愛せるわけが無い。ましてや他の地方、他の国の人の、郷土愛を理解できるはずがない(郷土愛なくしてのコスモポリタニズムなど、砂上の楼閣だ)。>(さらにできれば文部省が、『方言国語』の科目を設置することを望む。←今あるのかな〜?)

<沖縄おまけ2>

 沖縄〜奄美諸島の方々、松本修 著「全国アホ・バカ分布考」、是非ご一読ください。自分の故郷の方言を『恥ずかしい』とお思いの方も、全員必読!です!! 『フリムン』、『おらが国の言葉』に、自信が持てまっせ〜。

<沖縄おまけ3>

 沖縄の自衛官は、沖縄の女性との婚姻を奨励されていた時期も、あったらしい(TBS『ニュース23』より)。
 あの、それは……。民主主義国家が奨励する類のことじゃ、ないでしょ??(大丈夫か、ジャパーン??)
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<エライよイギリス人>2001/12/29

 イギリスの高校歴史の指導要領には、日本の鉄道歴史に関連して、日本人を「イノベータ(発明家)」ではなく「イミテータ(まねしぃ)」と位置づけること、とあるらしい。
 鉄道の歴史はイギリスから始まり、明治日本にもそれをもたらした。このことはいつまでも感謝したい(国産第一号蒸気機関車「860形」の製作指導をしてくださったのは、なんと「鉄道の父」トレビシックのお孫さんなのだ)
 だが、『既存の技術しか使わない――』そう自戒しつつ開発された0系新幹線の技術革新・完成度は、エポック・メイキングでこそあれ、どう考えてもイミテーションではない。
 そのくらい、高校生のイギリス人にはバレてしまうと思うが??
(一年ほど前、0系新幹線はイギリスの鉄道の博物館にめでたく「殿堂入り」しました。過分な願いかもしれませんが、上記の指導要領と矛盾せぬよう、宜しく取り計らっていただきたいものです。
また、「イギリス」という語はあまり使いたくないのですが()、混乱を避けるためこの語を使っています。)

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<すごいぞジパング1>

 戦国時代終了時、鉄砲保有数は世界一だった。

<すごいぞジパング2>

 江戸時代初期、銀の産出高世界一(他、金・銅の産出or輸出高も、世界最高水準だったらしい。こんなに軍備とカネがあって、血気盛んな武将もうじゃうじゃ――、世界征服を狙いたくもなる??)
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<食わねども武士、ニッポン……>2002/9/30

 太平洋戦争末期、昭和20年4月12日に米ルーズベルト大統領は急死したが、日本政府はなんと「お力落としの無いように……」と、弔電をアメリカに送っている。 (和平工作の一環ともされる。)

 3/10東京大空襲・4/1(3/26)沖縄戦開始・4/7戦艦大和轟沈――実際は「お力落とし」もクソも無いような状況だったが、当時アメリカにいたドイツ人作家トーマス=マンは、「日本はサムライの国だ、見上げたものだ」とラジオで述懐した。
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<ひどいぞニッポン1>

 人類初の無差別爆撃は、日本軍による重慶爆撃。後にヒトラーもポーランド空襲でWW2を開始、米軍も狂気の殺戮を日本本土で繰り広げることになる。

<ひどいぞアメリカ1>

 原爆のターゲットは『広島市』。ここまで来たら無差別も無差別、メチャクチャだ。(続く冷戦の核兵器も、何をか言わん)
 今なおこの国の軍隊は空爆が大好きで、かつて彼らに焦土とされた国の首相が、『断固支持』したりもするそうな。さすが人類初の空爆をした国の首相だな。あーあ。
 (さすがにミロシェビッチ邸を空爆した時には、いかがなものかと思ったぞ。(←でも、一番理に適った攻撃だったかもしれない。)このユーゴ空爆で、最初の無差別空爆を被った国の大使館が誤爆されたのは、なんとも酷いことだ。)


<おまけの空爆>

 ふと気づいたが、最強国家アメリカの本土が攻撃されたものに、『風船爆弾』という奇想天外な兵器があった。日本からジェット気流を利用して攻撃するという、まったく行き当たりばったりのエコロジカルな(←違うって)爆弾。効果はほとんどなかったが、西海岸の人々を憂えさせた。
 全ての無差別爆撃に反対する僕なのであるから、彼我の枠組みを超えて、風船爆弾といえども非難の対象にせねば、せねば……うーん???(しかし発想自体は恐ろしい兵器ではあり、戦争に全く関係のなさそうな人々が被害を受けたことも、忘れてはならない。)
 ちなみに米オレゴン州が、日本軍の潜水艦伊25の艦載機によって攻撃(爆撃?)されたことがある。この時、山火事を起こしたそうで、まあ『無差別』だろう。
 真珠湾攻撃は、『無差別』ではない。当時の外務省〜大使館の失態により結果的に「Sneak Attack」の汚名を着せられているが、兵士達は徹頭徹尾「正々堂々の奇襲攻撃」を完遂した。蛇足だが当時は『併合』状態。州としては1959年に昇格。さらに蛇足、1942/03/04には二式大艇2機がハワイを追爆撃した。悪天候により推量で爆弾を投下、山林が被弾。結果的に『無差別(効果無し)』。)
 爆撃ではありませんが、2001/09/11、ハイジャックされた旅客機の体当たりによって、米本土と米国民が無差別な攻撃を受けるという、言語道断の事態が発生しました(同時多発テロ)。卑劣最低の攻撃形態であり、人道的にはまったく許されません。

<空爆は続くよどこまでも>2001/12/17

 さてそのテロ事件の報復攻撃(2001年)ではご存知の通り、燃料気化爆弾「デイジーカッター」、地中爆発弾「バンカーバスター」、無人偵察機(→参考)など、新兵器っぽいものがかなり使用されている。
 「核兵器に次ぐ」という燃料気化爆弾(湾岸戦争の地雷処理にも利用されたらしい)は、言わばバックドラフトの超巨大バージョン。周囲の急激な気圧低下で内臓破裂さえ引き起こしてしまう、とんでもなく非人道的な兵器らしい。どれだけ正義を訴えても、結局やることは人非人VS人非人の見本市。

 また、食料の空中投下でも罪無き人が犠牲になったりした。これじゃ風船爆弾と変わらない。食料投下に一定の評価はするが、もう少し丁寧にやってほしかった。
[2001/12/30には村を「誤爆」、100人以上死亡……ええ加減にせんかい。]
[2002/07/01には結婚式を「誤爆」、120人以上死傷……どう言えばいい?]

【Sin-Century6】 【テロへの憂悶】 【Sin-Century5】

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<どーなんだアメリカ1>

 西部開拓の歴史はそのままネイティヴ虐殺の歴史だが、それを『フロンティア=スピリット』などと称し、未だ文化としての『銃社会』を肯定しているのはいかがなものか? それではナチス=マニアとやってることが変わらんのではないか?
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<大丈夫かホモ=サピエンス1〜MADの沙汰>

 ここからは、核戦略の話。『相互確証破壊戦略』=敵の先制攻撃を受けても、報復用の核兵器を残存させられるだけの核兵器を、あらかじめ保有しておく→敵は先制攻撃を諦める、という状態が、お互いに保たれる戦略理論。米ソ両国家に不毛な核軍拡競争を招いた。
  ところで、この戦略を英語で縮めて『MAD』という。……考えた奴、分かっててやってるよ、絶対……。

<大丈夫かホモ=サピエンス2〜オウンゴール>

 弾道ミサイル迎撃システム(ABM)では、1970年代以降核ミサイルも配備された。つまり、核で核を迎撃するというミサイル。後で分かったことなのだが、ソ連の攻撃核ミサイルよりもそこで迎撃するABMの方が核弾頭が大きいこともあった。これでは迎撃しない方が被害が少ない。オウン=ゴール。

<大丈夫かホモ=サピエンス3〜重すぎた傘>

 米ソの核軍縮の最初の条約は、このABMを制限する条約(1972)。単純な喩えで言うなら、『お互いこれ以上大きな剣を持たないでいいように、お互い持っている盾を小さくしましょうネ』。ここまでにならなきゃ、分からなかったらしい……。
  (以上3つの参考文献:舛添要一著『アメリカの軍事戦略』)
 原子力は(バケツの件も含め)まだまだ人間が扱えるシロモノではないような気がする。
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 ……ところで、まったくデタラメな方のコネタは、 こちら

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