2008年4月から6月までの神戸元町WINDWARD「店主のOFF」

 

 

6月29日  至福の場所・・・慎太郎情報

 

関東学院大学は昨年関東4位の実力校。関西8位校の同志社ですが、ほぼ互角で戦えました。

 

昼から大学試合を2つ見て来ました。
息子の所属チームのアメリカンフットボールの試合と
すぐ隣のグランドでラグビーの試合。

ちょうど2つのグランドのあいだに陣取って
テレビのチャンネルをふたまたかけるように、
同時に違うスポーツを観戦して来ました。

ラグビー好きのわたしにとっては、
まさに「至福の場所」だったのです。

アメリカンの試合の方は
終了間際に1点差に迫るタッチダウンを成功。
キック成功で同点終了でしたが
最後のワンチャンス(トライフォーポイント2点)を狙い失敗。
1点差の惜敗でした。

 

ラグビー部は最近実力の上がって来た関西学院大学と練習試合。息子の友人たちが多く出場していました。

同時進行のラグビーゲーム。
こちらは写真(28-14)の後も得点を重ね
終われば42-19と同志社の快勝でした。

どちらもそれなりに見ごたえのあるゲームでした。
この日で、おおかたの大学スポーツは春シーズンを終了しました。
本番シーズンまでに各校の実力がどれだけ上がるか?
秋がたのしみです。

それにしても
ふたつの異なる大学スポーツをライヴで同時に見れる場所なんて
めったにないですよ。
・・・・ええ場所見つけました!!

 

 

64番スターターで出場の慎太郎。今回は反則はなかったようです。

 

 

 

 

 

 

6月23日  梅雨です。

 

 

わが家の3Fのベランダは愛犬「マック」のすみか。網戸張り替え作業には彼の邪魔が入ります。

 

 

半年に1回受けている健康診断、
(先週受診した分を)今朝検査結果を聞きにお医者さまに行ってきました。
結果は、・・・・ヨットに乗れる程度の体らしい(??)です。

・・・うれしいじゃないですか。
人間、健康が一番です。

さてさて、梅雨本番のこの季節
レースの予定もなく
家にこもって体を休ませました。「完全休養日」っていうやつです。

とはいえ、家にいるとついつい貧乏性が出て来まして
春さきにやり残している「網戸の張り替え」作業をやり終えました。
梅雨の合間の時間帯に大きな網戸3枚を片付けました。

その後は、映画を1本見て、パソコンで遊んで
近所の広東料理「良友酒家」でフィニッシュ。
ここの名物「醤油鶏」はなかなかです。

ゆっくり休めた日曜日、・・・よい休日でした。

 

 

 

6月15日  須磨で一番の「かじ取り」は?  須磨ヨットクラブ6月度ポイントレース

 

レースのあとで、上架待ちのファンタジアンチーム。

 

20年ものあいだヨットレース艇にヘルムスマン(かじ取り)として乗り続けると
(私だけがひそかに気付いていると思っているのですが)
「美しく操船するかじ取りの姿」をたまに発見することがあります。
もちろん私には100年かかっても会得できない天性的な姿なのですが。

波があろうが、風が強かろうが
いつもかわらない落ち着いた姿勢でコックピットに座り
艇が水上を滑る航跡はいっこうにぶれがない。
この「姿」を私は美しいと考え、レース中の一瞬に感じ取ることがあるのですが
この条件をみたすことができるレース艇(とヘルムスマン)には最近なかなか出会えないものです。

ワンデザインクラスなど高度な選手権レースでの上位ヘルムスマンは
たいていこれに近い美しい「姿」を持っています。
以前シアトルでみたブライアン・トーマスも最上の「姿」の持ち主と記憶しています。

さてさて、
それではわがヨットクラブでこの「姿」を持っているのは・・・・。
あくまで20年間の私見ですが
ルパンのU氏とハングオーバーのE氏。
残念ながら、このベテラン「おふたかた」しか須磨にはいないと私は思っています。
・・・・ちょっとホメすぎたかな??

昨日のレース、
E氏ドライブのハングオーバーにコテンパンにやっつけられました。
従来のしぶとい走りで昨日はダントツの月間優勝。
わがupwind、第1レースは一瞬トップにおどりでましたが
最終のレグで30度の右振れで撃沈。
第2レースは・・・・・zzzzzzz。

それにしても、ひさびさ登場のE氏
艇を走らせる姿にぶれがなかったのです。
ええもん見せてもらいました。

第2レース。無風に入り「ダンケツ」。笑わなしゃーない!!自分撮りでした。

 

 

 

 

 

6月8日 反則負け・・・第60回 慶応大学定期戦

 

 

6月の新緑と同志社の赤煉瓦のキャンパスの色の取り合わせはほんとに美しいのです。京田辺 知真館前で

 

梅雨入り後、週末は雨の予報が続きますが
8日の日曜日の朝、なんとか雨は免れました。
午前中、
4月末より1ヶ月を費やして完成したヨットクラブ名簿250册を
ヨットハーバー事務所に届け、
クラブ員への発送の手配してきました。
その後、愛艇upwindのボトムに溜まっているビルジ(おもに雨水ですが)を抜き
購入予定のジブシート、スピンシート、ライフラインワイヤーの長さを
購入ロスのないよう規則にのっとって綿密に測って来ました。(最近のロープは新素材で価格が高いのです。)

昼食は移動の車内でとり
(同志社大学京田辺キャンパスまで神戸から阪神高速、名神高速、京滋バイパス、京奈和道経由で1時間30分かかります。)
午後からは、息子の出場するアメリカンフットボールのゲームを観戦しました。

この日のゲームはタイトルのとおり
「第60回 同志社大学 対 慶応大学 定期戦」
伝統の試合の結果は13対24で慶応の逆転勝ちでした。
前半リードしていただけに残念な結果でした。
敗因はいろいろ考えられますが、
特に同志社の反則が多かったことがあげられます。

競技歴1年ちょっとの慎太郎も5ヤード後退させられる同じ反則を2回も犯してしまいました。
反則名は「無資格レシーバーによるダウンフィールドへの侵入」????


ネット辞書Wikipediaによりますと
「パスプレー時、エンド以外のラインメンがスクリメージラインより3ヤード以上前に出ること(5ヤードの罰退)」。

そんな反則があることをさっぱり知らなかった慎太郎。(もちろん私も知りませんでした。)
試合後は反省しきり・・なのでした。

人間だれしも失敗を経験して大人になっていくものなのです。

 

慎太郎#64のトイメンの慶応ディフェンスラインは188cm100kgの大型選手でした。

 

OL(オフェンスライン)のけが人が多く、監督命令の第1Qから第4Qまで1軍フル出場はきつかったようです。

 

 

 

 

 

6月1日  レーシング & ツーリング 淡路洲本

 

昨年同様のロートルメンバー(左から岡田オーナー、森下、小林、荒尾)で西日本選手権に挑みましたが・・・

 

小学生にもわかる流水算の問題

軽風域で時速3ノットのスピードで走れるヨットAと時速2ノットでしか走れないヨットB
同時に時速2ノットで逆に流れる潮のなかをスタートし
1マイル先の第一マークに向かおうとしています。
ヨットABは1時間後にはどの位置にいますか?
その後、このコースを2往復するヨットレースはどうなっていますか?

答えは想像におまかせします。

昨日私は、ヨットBでレースに参加しました。
晴天のヨット日和のなか、自身の気分は戦闘モードになっていましたが
・・・昼前にはそうそうにレースを切り上げ、(リタイアしたのですが)
淡路島を代表するサントピアマリーナ前の高級リゾートホテルで
オーナーに昼食を御馳走になり
愛車ヤマハマジェスティーで
淡路島東海岸をゆったり神戸に帰って来ました。

異なる帆走能力の艇が同じ海面でレースをするとき
各々にハンディーが与えられます。
しかし、そのハンディーは完全ではなく
場合によっては大きくはずれてしまうことがあります。
昨日はヨットAに対し1時間あたり10分以上ものハンディーキャップを貰っていたにもかかわらず
逆潮をのりこえることができないわれわれヨットBは
ハンディー以上の大きな差を付けられ
タイムリミット内にゴールすらできず(DNFと記録されます。)
悲しくハーバーに帰って来ました。・・・・くやしぃ〜。

ちなみに、優勝したヨットAの艇長は私のJ/24の師匠。
言いたい放題(?)の森さん、中村さん、山田さん・・優勝おめでとうございます。
来年は・・・リベンジさせてもらいますぜ!!

というわけで、
ヨットレース西日本選手権は厳しい結果でしたが

往復の250ccスクーターによるロングツーリング
6月の淡路を吹き抜ける潮風はさわやかで
すご〜く気持ち良かったのです。

 

夕方辿り着いた「たこフェリー」岩屋港。淡路旅行を楽しむライダーが多く混み合い明石行きは1時間待ちでした。

 

 

 

5月25日  同志社大学グラウンド 

 

昨年のキャプテンナンバー#64を受け継いだ慎太郎。相手ディフェンスラインと勝負します。

 

 

2008年大学アメリカンフットボールは春シーズンの真っ最中。
息子の慎太郎がついにスターターで出場を果たしました。
相手は中部地区の強豪「愛知学院大学」。

まだまだ下級生の息子。
1年次はジャージを着てピッチには出ていましたが試合には不出場。
2年生になって昨日はじめてOL (オフェンスラインの略・・・女性社員ではありません。)左ガードとして出場しました。

メジャースポーツであるラグビーが大好きな私、
アメリカンフットボールなんてローカルスポーツやんか!!
と、この競技を軽く見ていました。
息子の影響でゲームやルールを勉強するようになると
このスポーツの奥深さに
今や大いに興味を持つようになりました。

30年も昔の話ですが
私が高校生のころ、SUNTV放映「USAカレッジフットボール」を欠かさず見ていましたが
当時はゲームの流れを見ることは当然ボールを持っている者を追い続けることだと理解していました。
ところがところが
昨日のゲームは息子がOLというポジションであったことで
ボールを追わず「ラインの攻守のせめぎあい」を注視することで
全体のゲームの流れが少し理解できたように感じました。
ラグビーのスクラムでのフロントローの駆け引きに似たところがあります。

スポーツに限らず
ものの見方をかえれば急に理解が深まることってよくあります。
わたし的には51才になった今でも、
こういう「気づき」はウエルカムです。
人生ひとつ得をした気持ちになります。

で、試合の結果ですが
ラインのせめぎ合いに負けた慎太郎チーム
・・・7対20で完敗でした。

 

キックオフリターンのチームでも出場しました。

 

ディフェンスチームが頑張っている時間帯はコーチによるOLだけの厳しいミーティングがくり返されます。

 

 

 

5月19日 KYC(関西ヨットクラブ)ポイントレース

 

久しぶりのファーストフィニッシュ。最終レースの快挙。これから1週間はポジティブに暮らせます。

 

ヨットレースでコース(進路)を選択する方法はセーラーによってまちまちです。
レースの講習会なんかで教えてくれる「コース引き」は
ごく基本の教科書的な方法なのですが
優秀なセーラーは「コース引きセオリー」から発展、独自であみ出した
「勝てるコース引き」を実行し勝利します。

並み(?)のセーラーである私の「コース引き」
30年のレース経験があるにもかかわらず
いつも基本から逸脱せず独創性に欠けます。
良い言い方をすれば「保守的なコース引き」ですが
「鳴かず飛ばずのコース」で勝てずに終わってしまいます。

さてさて、
地元開催の「神戸まつりヨットレース」をすっぽかしてまで
挑んだ、KYC J/24ポイントレース。
6艇中6-5-1と第1、2レースは完敗。
最終レースで一矢報いて帰って来ました。
特に第1レースはコース引きが冴えず、よくわからないまま終わってしまいました。
(第2レースの敗因、第3レースの勝因は良く理解できたのですが・・・)

私の場合、ブローの動き、潮の影響、スタートラインの傾き・・・・
いろいろの情報を集め第1マークまでのコースを決めます。
最初の方針どおりの第1マークまで到達して、結果が悪ければ
第2マークは最初と逆コース(違うコース)をとります。
第2マークでまたまた結果が悪ければ(裏目に出れば)・・・いよいよ脳内はパニックになります。
自艇にそこそこスピードがある場合、問題はさらに深刻になります。
悩んでるうちにレースは終わってしまいます。

・・・・ヨットレースは「ひとの人生」によく似てます。
「過去を振り返りながら修正をくり返す」作業なのです。

ちょっと、哲学的かな?!

 

男性2人女性セーラー3人の軽量「クラリス」。フリーのスピードは抜群。
クロスホールドでなんとか重量級UPWINDが勝利しました。

 

 

5月11日  木工作業

 

ホームセンター担当者(オレンジ作業着)は本職の大工さんのように職人的です。
今回のようなカットは「ホームセンターの仕事ではありません。」とぼやきながらも無理をきいて貰いました。

 

先週おしらせのとおり
今週末は朝から艇の木工整備にかかりっきりの予定の一日となりました。
キャビンの床板がビルジのために傷み(・・ビルジ抜きをさぼったのが原因ですが)
チーク材に似た合板をホームセンターで購入し
自分達で取り付け工事を行ないました。

傷んだ床材(4枚)をホームセンターに持ち込みました。
このホームセンター
そのサイズどおりのカットを
新しい合板にワンカット¥30という破格値で受けてくれます。
ややこしいアールや微妙な角度の直線カットも短時間で完了しました。

出来上がりをヨットハーバーに持ち帰り
現場あわせの微妙なカットをし
木ネジで取り付けて終了。
所要時間は実質2時間というところです。
ホームセンター「アグロガーデン」の木工サービスがなければ
5時間はかかる作業でした。
時間も短縮の上、カット料金はしめて¥490。

「えらいとくしたなぁ!!」の一言です。

時間が余ったので
バリアントのウインチを2ケ、オーバーホール。
新しいゼノアと回航用の燃料を満タン積み込んで
来週のKYC(今年初)に備えました。

気分は・・・いざっ!西宮へ!です。

 

 

5月4日  世界遺産登録「港都神戸」

 

茶屋までの山道に昔からすばらしい「ログ小屋」があります。

 

「ミナト神戸」を世界遺産に登録する話が新聞に掲載されていました。
近年、世界遺産の選定基準が変化して来ているのが一因ですが
平安時代から「大輪田の泊」として
江戸時代は「兵庫の津」として
天然の良港を中心に発展して来た港都を
世界遺産にノミネートさせようと考えは
わたし的には共感に値します。(英国の港都リバプールがすでに登録されています。)

天然の良港の多くは
すぐ背後に高い山地が形成されています。
神戸港の背後にはまさに六甲山系が存在し
遠い昔から冬の北西風から船を守ってくれています。

GWの休日、
朝から六甲山系の一部
再度山(ふたたびさん)を歩いて来ました。
朝ごはんは、かの有名な(?)「灯籠茶屋」。
新緑の自然に囲まれた別世界で船の汽笛が聞こえてきます。
自宅から徒歩15分でこんな体験できるのは
「神戸」ならでは!!と思うのです。

 

シアトル訪問や瀬戸内各地にクルージング中の艇が多く、GW中寂しい須磨ヨットハーバー 
CAYHO号のオーナー「ますおさん」と友人「もりくん」はフォアステイの修理にかかりっきりです。

 

午後から須磨ヨットハーバーへ。
わが艇のキャビン床が傷んできているので
張り替え工事の段取りです。
キャビン専用合板を造船会社から取り寄せると\35000〜\40000。
ホームセンターで似た合板を購入すると¥4000くらい。
もちろん耐久性は専用材がはるかにgoodですが
コストパフォーマンスを考えると・・・・???
前回(5年前)も同じ考えで自作したのです。

最近貧乏なわが艇の合い言葉は

・・・do it ourselves!! 

 

 

4月27日  デジタルな休日

 

夕方立ち寄ったヨットハーバー。GWに入り閑散としていました。多くのメンバーはシアトルYCを訪問中です。
練習熱心な「クロスチーム」が元気に海から帰って来ました。

 

 

原油高から始まった日本列島物価「値上げ」連鎖現象は
わが店にも深刻な影響を及ぼしています。
3月、4月中に小麦粉、乳製品などの原材料費がほとんど全て値上がりしました。
いつものことなら小幅な材料値上げはメニュー価格に転嫁せず
わが店で泣く泣く価格を維持するのですが
今回ほどの大幅な値上げは「我慢の域」を超えてしまいました。

ということで、
すばらしい天気(ヨット日和)のこの週末は、
「メニュー価格の改定」のため
パソコンとプリンターとラミネーターをフル稼動させ
メニュー紙やテーブルポップ、レシピ表なんかの制作に励んだのです。
おまけに、ヨットクラブの名簿作成を担当させられ
これまた慣れないソフトでパソコン編集作業を強いられることになりました。

お昼に家族で出かけたのも「パソコンショップ」!
息子のソニーのパソコンのメモリー増設につきあわされました。
彼のVAIOもメモリー不足ぎみ。
1G増やして¥9000。(もちろんお金は私の負担です。)

いまやパソコンなしでは生活が成り立たなくなってきました。
せっかくの日曜日パソコン作業で疲れてしまったのです。


せめて週に一回の休日、
アナログに過ごしたいなぁ〜。

 

 

 

4月20日 息子が二十歳になりました。

 

飲む前に撮影。20年もののワイン名、ベルカーブ美藤氏によると
クロ・ド・ラ・ロッシュ・キュヴェ・ウィリアム・グランクリュ 1988 ポンソ」という名前です。 

4月18日、息子の慎太郎が20歳になりました。
人間の能力の中で一番大切なのは「体力」であるという私の方針で
体力強化のため小学1年生からはじめたラグビー
高校3年生まで大きなけがもなく
人並み以上の強いからだが出来上がったように思います。
大学入学後はアメリカンフットボール
ラグビーよりも深刻なけがをする率が高いスポーツですが
勉強もせずに元気に打ち込んでいるところです。

とりあえず、脳天気な息子は
まわりの多くの人に支えられて
ありがたく20年を生きて来ました。
このページを利用しまして父親のわたしからみなさまにお礼申し上げます。

さてさて4月17日の夜は(1日早かったのですが)
ヨット仲間の美藤さん(ワイン屋さん)のワインセラーに15年くらい前から寝かせておいた
1988年産(息子が生まれた年です。)ブルゴーニューワインを家族3人で楽しみました。
このワイン、15年前に購入した価格の2倍(6〜7万円)にも値上がっているらしいのですが
15年間待ち続けた私たち「下戸3人家族」は「これそんなに高価なワインなん??」
という程度の楽しみ方だったのです。(美藤さん、すいません!)

成人後はそろそろ「体力」以外の能力(?)も強化してもらいたい。
というのが、私の願いです。

 

 

「五月晴れ」の須磨沖。人相の悪いおっさん3人です。(ジェームス小林撮影)

4月20日、
いつものポイントレース。
好天に恵まれ、須磨沖はすばらしいヨットシーンの連続でした。
わがupwindチーム
レース結果は10艇中10位と最低でしたが(リコールと勘違いし大きく出遅れてしまった。)
レース中の各人のモチベーションの高さを確認でき
秋の全日本選手権にむかって始動しました。

・・・・今年の全日本、やりまっせ!!

 

 

 

 

4月14日 生田神幸祭 梶原武者

 

WINDWARD店前で笑顔の私(アネロン洋子撮影)。このあたりは序盤で元気だったのですが・・・。

 

「元町地区」の氏神さまは、あの藤原紀香の結婚式で有名な「生田神社」。
その春のお祭り「神幸祭」がにぎやかに催されました。
私の生まれ育った「元町」は11年に一度廻ってくる祭りの当番町にあたり
私も写真のように「梶原武者」の係りにかり出されました。

朝の7時の着付けから夕方6時の宮入まで
元町、栄町、海岸通を神事を行いながら歩く武者行列
鎧兜(よろいかぶと)の重さだけで27kg
足腰、首の負担は想像を超え
まさに難行苦行の一日となりました。

この役回りを言い渡されたのは2週間前。
それからというもの
毎朝のトレーニングのスクワットの回数を増やし
私なりに準備してのぞんだのですが
行列終盤は「落ち武者」のように疲れ果ててしまいました。
夕方の本社宮入のあと着衣をとった爽快感は
それはそれはすばらしいものでした。

総勢600名を超える行列参加者のうち
この「梶原武者」の鎧をつけ戦った(?)5名の武者仲間
レース艇の同僚のような「戦友」として私の生涯の記憶にとどめたいと思います。

それにしても体力勝負の「梶原武者」
11年先の私には・・・ぜったいできない役回りです。
今回やることができて良かった!良かった!

 

私(手前)の隣の武者は神戸小学校同級生の「はた」くん(はた珈琲店主人)です。お互い51才の老年武者でした。

 

  

 

 

4月6日  忌明け法要

私(右)は177cm、78kg。大学2年の息子の体はいまだ成長中で180cm、91kg。ただし脳内の成長は止まったままです(笑)。

 

家内の父親(岳父)が2月に亡くなりました。82才でした。
私の父と同じく大正生まれのがんこ世代でしたが、
とても家族思いな良き父でした。

七日七日の法要は2月3月の日曜日ごとにあり
最後となる四十九日法要(忌明け法要)が4月6日、
家内の実家でとり行われました。

忌明けの会席は京料理「八百忠」。
多くの親族が集まり
家内の母親を励ますべく終始にぎやかに行なわれました。
「法事」は残された親族のコミュニケーションの場、
明るくにぎやかな会だったので故人も喜んでくれたと思います。

料理屋の庭の桜があまりに美しく、
息子と写真におさまりました。

・・・この日の西日本各地、桜の名所だらけでしたねぇ。

 

  

ヨット仲間「もり君」の愛艇が淡路島からやって来ました。ハルが鉄製の7.3mクルーザーです。マストは木製です。