神戸元町WINDWARD店主のOFF情報  2007年1月から4月まで

 

4月29日  神戸港でランチです。

 

左から前ヨットクラブ会長前川氏、長女のあっこちゃん、スコットランド人のジャン、アネロン洋子でした。

 

9連休のGWが始まりました。
私の休日は4月29日と5月6日の日曜日の2回のみ。
毎年のことながら、この期間は仕事に追われる身に悲しい思いをします。
そんな貴重な日曜日、ヨットクラブの先輩からデイクルーズのお誘いを受けました。

行き先は、神戸港内の煉瓦倉庫。
港めぐりのあと
イタリアンレストラン「セントラル」でランチを食してきました。
ゲストのKR&AC(神戸レガッタ&アスレチッククラブ)のイギリス娘と
片言英語と片言日本語を交え、楽しく過ごしました。

天気、風、メンバー、料理・・・すべてに恵まれた1日。
私にとってはデビルウィークの今週ですが
ナイスセーリング後の一週間は気分新たに頑張れるのです。

 

ハーバーランド南の岸壁に横付けの「ViVi3」(コーニッシュクラバー24ft)。さぁ、今からランチです!!

 

 

 

4月22日 いざ西宮へ・・・KYCポイントレース

 

レース休憩中  哀愁漂う、30代独身「ハナテン」!!

 

「8:30須磨ドックアウト(出港)」。
西宮で開催のレースに出場時のわがチームの集合時間です。
その日の潮の加減もありますが、
神戸港を西から東(須磨から西宮)に走り抜くこと2時間半、
11時レーススタートに間に合うぎりぎりのドックアウトなのです。


、というわけで、寒い小雨のなか、
いつもの5人で朝からレースを楽しんできました。
前線の通過で少し強い西風が入り
ブローの見極めなどコース取りの難しいコンディションでしたが
スタートの出遅れをレース中盤から追い上げる
まずまず(?)の結果でした。(7艇中 4-5-4)
ボートスピードでは他艇にさほど引けをとらないレベルでしたので
コースさえ当たれば、上位も見えてくる位置でした。


今年の世界選手権5位の「シエスタ」のスピードはさすがでしたが(3レースともトップ)
どの艇が2番になってもおかしくないレース展開でした。
ロートル化の進むわがチームも3レースを充分楽しむことができました。
この「船あそび」・・50才になってもなかなかやめられません。

 

 

 

 

4月15日  須磨ヨットクラブレースのコミッティー当番です。

 

クラブ救助艇「アイリス」で本部船を担当しました。優良ドライバーは高校生のけんたろう君でした。

 

私の所属するヨットクラブ、
毎月のレース運営係りは各艇持ち回りと決まっています。
お金持ちヨットクラブとはちがい
イベントはなんでも自分達でこなす主義なのです。(単にお金がないのですが・・・)
船遊びの同好が集まったクラブですので
この主義の方が欧米的で格好よいと私は思っています。

ということで、
2007年4月の月例レースの運営は私のチームが引き受けることになりました。
運営者をレースコミッティーといいますが、
その仕事は
朝から運営ボートを2隻下ろし、
艇長会議を開き、レース備品を積んで海面に出ます。
海上の決められたポイントにレースマークを打ち
スタートの号砲を鳴らし
ゴールまで待って、各艇の時間を記録します。
レースが終了するとアフターパーティーと表彰式を開催し
宴会の司会までこなします。


朝8時から夕方4時くらいまで
年に1回、メンバー達の遊びの犠牲となり
私のチームは全員へとへとになるわけですが
「コミッティー、お疲れさま!!」
と一日の最後にメンバーから労ってもらうのが
私としましては気分が良いのです。

来月は、「神戸まつりヨットレース」
今度は楽しませてもらいます。

 

 

微風では良い走りのファンタジアンチーム。一番前でセールを取り込むのはアネロン洋子でした。

 

 

 

 

 

4月8日  西宮フローティングボートショー

 

私の左は岡崎造船営業のS氏です。ヨット雑誌「舵」の彼のエッセイは毎月おもしろいのです。
彼によりますと、岡崎造船に今ヨットの注文を入れると進水は来年5月以降になるらしいです。
生産ラインをフル稼動しても追い付かないくらい忙しいということです!!うらやましい!!

 

最高のセーリング日和の日曜日でしたが
ヨットの予定はなく、
午前中に家のやっつけ仕事をこなし
昼から新西宮ヨットハーバーで催されている
「フローティングボートショー」(実際に海に浮かべているヨットの展示会)にぶらぶら出かけました。

その昔(?)ヨット業者であった私は、
ボートショーの売り手側の雰囲気から
その年の景気や経済情勢を少なからず感じ取ることができます。
今年はどうやら、格差社会がますます広がっているようです。

昨年に続き「上質で高額」なボートやヨットのブースが人気でした。
庶民うけをねらった、少し廉価な商品は見向きもされない雰囲気なのです。
表現は適切ではないのですが
・・・高額ヨットを買える「お金持ち」のあいだだけで「お金」が循環しているように感じました。
このことを敏感に感じとっている業者のブースにお客(お金)が集まっているようです。
少数の「お金持ち」だけを狙うこの業界、
今後ますます先細りしそうで心配です。

庶民派の私としましては、「上質で低額」なヨットの出現を待ち望んでいます。

 

 

 

 

4月1日  大学生の入学式に親が付いていくなんて

 

私達が過ごした今出川キャンパスの数十倍の広さを持つ広大な京田辺キャンパスで式典が行われました。

 

おかげさまで、(・・誰のおかげかよくわかりませんが)
息子の慎太郎は晴れて「大学生」となりました。
なかなか子離れのすすまない私達夫婦は
京田辺で行われる入学式まで付いていくことになりました。

「大学生にもなって入学式に親がいっしょに出席するなんて??」
と思われる方も多いと思いますが、
これには少し私の事情があります。

32年前の春、私はこの大学に入学しました。
学生運動さかんであった当時
大学移転問題、学費値上げ問題などで学生の自治組織と大学当局がいがみ合い
私たちの入学式がボイコットされてしまったのです。
入学式に出席できないまま学生生活を送り、卒業してしまった私(私たちの学年)には
今でも人生のグレーな部分として心に残っています。

そんなわけで、私としては息子の入学式を利用して
(ちょっとリベンジ的な気持ちで)
はれて32年遅れの自分自身の「入学式」を完結させたわけです。

礼拝の形で執り行われる式典
賛美歌の後、
校祖「新島襄」の「同志社大学設立の旨意」の朗読を聞き
学生時代の自分には気付かなかった
この学校の奥深さを50才になり改めて感じた次第です。
「もう一回、学生生活をやりなおしたいよぉ〜。」


デイビス記念館には経済学部、法学部、神学部の新入生約2000名と、
それと同じくらいの数の父兄が入学を祝いました。2階席もグリークラブの学生以外は父兄で満員でした。

 

 

3月25日  淡路島〜明石ドライブ

少し運転に慣れて来たのか、高速運転中にもかかわらず・・・鼻歌が聞こえて来ます。

朝から予定満載の日曜日でした。
早朝、お彼岸のお墓参り、
10時からヨットクラブ年次総会、
その後須磨ヨットハーバーの保管更新手続きを済ませ、
昼から息子と先週の恐怖の練習ドライブの続き。
コースは海峡大橋を渡って淡路島佐野運動公園にラグビー観戦(近畿高校大会準決勝)。
夕方には海峡をたこフェリーで渡って帰り、
明石市内で玉子焼き(たこ焼き)を楽しんで帰宅しました。

いやぁ〜、疲れました。
せっかくの休日、もっとのんびりしなくっちゃ!!

知る人ぞ知る・・・地元人が認めた玉子焼き店「よふけ」1人前20ヶ¥680です。

 

 

3月18日  ヨットレースと息子の初ドライブ

 

私が恐怖の助手席担当でした。家内は後部座席で終始無言(?)でした。

 

先日、免許センターで運転免許の交付を受けたばかりの息子に誘われ
(日曜日の)夜のドライブに出かけました。
コースはわが家から御影あたりまでの往復。

いやぁ〜、恐かったですね。
ブレーキングのタイミングが私とまるでちがうので助手席で冷や汗の連続でした。
とは言え、この運転レベルまで引き上げていただいた「自動車学校の先生」に脱帽です。

・・しばらくは、この恐怖のドライブにつきあうことになりそうです。

人数不足でレースメンバーは私を入れて4人。ミドルポジションが忙しくなります。

 

時間は前後しますが、
朝から3月度の須磨ヨットクラブポイントレースに出場しました。
出航時から北よりの強いブローが入る、楽しいレースコンディションが期待されましたが
レース時刻になると一転して東のそよ風になってしまいました。
結果は10艇中の2位、7位で総合3位。スマキングのほうは4艇中1位、3位でした。
コースが短く、片のぼりに近かったこともあり
スタートで出遅れると挽回が不可能な競馬コースでした。

レース後、課題のスピンポールを作ったり、
帰り道にチーズケーキとロールケーキで有名な東須磨の「ボックサン」に立ち寄ったり、
忙しい日曜日を過ごしました。

来月は年に一度のコミッティー当番です。

              

              カーボンポールの自作です。             住宅地にあるケーキ工場。超人気です。

 

 

3月11日 京都は冬です。

 

鞍馬街道沿いの貴船神社は朝から雪でした。

 

久々に初春の京都を訪れました。
朝の神戸はピーカンの快晴でしたが、写真のように昼の京都は真冬の吹雪でした。
特に市内の北部、西部は断続的に雪が降り
気温もグッと下がりたいへん寒かったのです。

お昼御飯は嵯峨野の豆腐をたのしみに
大学時代の友人が経営する釈迦堂の湯豆腐屋を訪ねましたが
なぜか閉店となっていました。

嵯峨野、嵐山を中心に散策を楽しんだあと
東山三条で今話題の帆布かばん屋さんを訪ねましたが
定休日ということで、またまた空振りでした。

事前にアポイントをとっていたわけではなかったので
すっかり訪問予定は狂ってしまいましたが
まぁ、それなりにのんびり「春の(?)京都」を楽しめました。

途中、通りがかった「仁和寺」。
・・・次回の訪問予定です。
今度は下調べしてから行くことにします。

 

 

 

3月4日  須磨ヨットクラブの将来

 

須磨YHクラブハウス2Fからは明石海峡大橋とサンセットの美しい景色が楽しめます

 

午前中は先週のメンテナンスの続きを3人でやり終えました。
ニス塗装の後始末、ブーム金具の取り付け、スピンバッグの修繕、スピンポールの適正化など
てきぱきと細かい仕事をルールに法ってこなしました。
ハナテンとジェームス小林が帰ったあとも、ハルとボトムを洗剤液でていねいに水洗いしました。
特にボトムの洗剤洗いは前回乗艇時の目に見えない付着物を取り除くことができ
次のレースで良い結果が得られそうな気分です。

午後3時から、月例のヨットクラブ運営委員会に出席。
1月、2月と予定が重なり3回ほど欠席していましたので
議題についていけない状況になっていました。

議事の中心はPFIとNPO。
どちらも須磨ヨットクラブの将来に関係する重大な問題を議論しました。
要は、「先細りするメンバーを増やしていくための方法をどうするのか?」
を3時間30分もかけて議論したわけです。

お隣の「新西宮ヨットハーバー」は最近利用者の数が増えています。
ハード面を管理するハーバーが利用者増のためのいろいろな施策を打ち出し、
利用者団体であるKYCも積極的なイベントを展開しています。
双方の目的が一致して好循環を生んでいるようです。
そしてなにより、須磨にはない「静穏な水面」が新西宮にはあります。

「管理よし」、「運営よし」、「水面よし」の三拍子揃った新西宮に対し
いくら、須磨ヨットハーバーが「景色よし」の一点で頑張っても限界があります。


てなわけで、PFIやNPOを模索する須磨ヨットクラブの先行きはどうも暗そうですが、
私としましては、・・・乗りかかった船、もうしばらく須磨で頑張りたいと思っています。

 

写真ではわかりませんが、風のない穏やかな日でもマストはいつも揺れているのです。
ハーバー内の波のエネルギーは消えることなく、永遠にヨットを揺さぶり続けます。

 

 

2月24、25日  春節祭とヨット整備

私の右のカラフルな物体は「龍の頭」なのです。後方には観光客の御夫人方がシャメっています。

 

先週の18日と今週の24日、25日
元町に隣接する南京町で、中国の旧暦のお正月を祝う「春節祭」が盛大に催されました。
私のお店「WINDWARD」にも南京町に住む龍がやって来ました。
いわば日本の獅子まいの「祝儀とり」のようなものです。
「縁起をかつぐ主義」の私には毎年たのしみにしている行事なのです。

ちょうど龍が来店した時の店内には、神戸観光のお客さまが多く
階段越しに、迫力ある中国龍を見ていただくことができました。
ふだんの南京町は「中華風テーマパーク」の感がありますが
春節祭のこの時期は、華僑のみなさんの心意気が神戸を訪れる観光客に伝わっているようです。

 

 

気温が低くて仕上げのニス塗装には長い待ち時間がありました。
その間、ハナテンとミノサンタの結婚話(?)で盛り上がったのです。

 

25日の日曜日は朝から愛艇UPWIND号の木部ニス塗り作業をていねいに行いました。
・・・・・「美しい艇は速い!」
という説はまんざら嘘ではありません。
手入れや掃除の行き届いている艇は、無駄なものが搭載されていません。
その分艇体が軽く、速く水面を滑ってくれます。
そしてなにより「頼むから速く走っておくれ!!」という乗り手の愛情が注がれているからです。


てなわけで、「美しい船」の大好きなジェームス小林とハナテンと私の3人は
午前のニス剥がしから午後3回のニス塗り作業までもくもくと働いたのでした。

肉体の衰えを感じる50歳の私としましては
レースの次の週くらいは家でゆっくりしたかったのですがねぇ・・・・。

 

 

2月18日  ポイントレース&新年会

 

いつものメンバーとレース後の撮影です。

2月度の須磨ポイントレースに参加しました。
寒いにも関わらず、わがチームは6名の出席。
30ftを超す大型(?)ヨットチームでもクルーが足りず、総勢5名とかで戦っているのですから
わがチームの出席率は誇れるものです。
さらに、J/24の参加が5艇。出席率100%と盛況なのです。
ヨットレースは参加艇が多ければ多いほど楽しいものです。
今月のような参加率で2007年のクラブレースは推移して欲しいものです。

さてさて、レースのほうですが
10艇中2位というまずまずの結果でしたが
1レース目はともかく、2レース目は反省点の多い内容でした。
波のないシフティーな北風のなか、
1レース目の結果から右海面が良いことがわかっていながら
ついつい左ブローに魅せられて左海面へ寄せ、そしてドツボにはまったというところです。
過去、何百回とやっている失敗をまたやってしまいました。(反省です!!)
スタートもぴりっとせず、へぼへぼポートスタートの超3線級でした。


クルーのみなさま、来月はしゃきっと頑張りますのでお許しください。

とろけるような塩タンをゆっくり楽しんだのです。

レースのあとは、恒例のupwindチーム新年会。
2月になっての新年会はいつものことですが、
今年はファンタジアンチームも合同の12人の宴会になりました。

場所は神戸駅南西の「たじま屋」。
知る人ぞ知る、屋台風の焼肉店です。
プロ野球選手、Jリーガー、格闘家、俳優、お笑いなどなど有名人の来店写真とサインが壁じゅうに貼ってあります。
七輪で高級和牛をゆっくり焼きながらの新年会、
「冬の焼肉」もなかなかのものです。

 

 

 

 

 

2月11日  ラグビー部卒部式

 

大学3連覇、社会人7連覇の大物ラガーマンとスリーショットです。

 

夕方から、大阪梅田で息子の所属校の「ラグビー部卒部式」に出席してきました。
3年間厳しいラグビー部の練習に耐えれた者のみが出席できる栄誉の式典です。
監督をはじめ、コーチ、OB、父兄などなどラグビー部の関係者が一同に集まり
来月卒業して行く3年生を労(ねぎら)いました。

息子たちの学年メンバーは退部などの脱落者が出ず、
全員が無事、系列の大学へ進学することになりました。
記念のジャージを受け取る息子を見て、
私達夫婦の感慨もひとしおでした。

さて、写真まん中の人物ですが、
現役高校生たちを大学ラグビー部へリクルート(?)に現れた日本を代表するラガーマンです。
彼は日本の若者にラグビーをとおして感動と勇気を伝える
NPO法人「HEROES」を主宰しています。
3月20日にその発足パーティーがあり、その宣伝もかねて卒部式来賓出席となりました。
私の大学の後輩でもあり、記念のスリーショットとなりました。

超大物ラガーマンと話ができたラグビー好きの私、すっかり御機嫌の笑顔を見て下さい。

 

ロック(5番)の記念ジャージを受け取り、謝辞を述べる慎太郎でした。

 

 

 

2月4日  冬の団欒の会

 

無国籍の料理はすべて御夫婦の手作りです。どれもが美味でした。
Y氏(右3人目)はチェロの演奏からヨットドジャーの自作までこなす多才人物なのです。

 

所属するヨットクラブのメンバーのお宅で「冬の団欒の会」がありました。
御主人のY氏は神戸の造船会社に定年までお勤めの後、今はその専門知識をいかし国立大学で教鞭をとられています。
また奥様も昨年まで市内の有名私立高校で教師として御活躍されました。
そんな御夫婦が数年前に建築された家に、お招きに預かりました。
昨日は「とてもとても知的なお宅」訪問となりました。


私のように、生活におわれる身の50歳では、なかなか思うように理想の「家」は建てれませんが
Y氏のように60歳前後になってから、仕事や家庭生活にひと区切りがつき
豊富な時間とお金と人生経験、そして健康の四拍子が揃う人には、
人生60年の理想の形の家造りが可能なのです。
大阪湾一望の神戸東灘の高台に建つY邸は、まさにそのパターンがあてはまるように感じました。

デンマーク製の薪ストーブ、ソファの上の野鳥図鑑、艇名を彫り込んだタンブラー
おとなしく寝そべる「バーニーズマウンテン犬」、はじめて飲むブランディー「カルバトス」・・・・
ランチのあと、リビングでゆっくりとくつろぎながらのヨット談義。

私にとって年に数回の・・・・・非日常の一日でした。

 

 

 

 

1月28日  愛犬マックとお散歩です。

 

若い時に比べ毛の質も柔らかく、マーキングのために私をひっぱる力も心無しか弱くなったように思います。

 

朝から予定のない日曜日。
少し長時間の「犬の散歩」に行ってきました。
我が家の次男坊「マック」は今年10才の老犬となります。
写真のように口のまわりに白いものが目立つようになってきました。
若い時は(?)散歩のときにはうれしさのあまり暴れまわり操縦不能になることがよくありましたが
近ごろはおとなしく、坂道を登るスピードも「のそのそ」とスローになってきました。
この手の犬は寿命が13〜14年と獣医さんから聞いています。実年齢では私の年齢を抜かしてしまったのかも知れません。
小さい時から家族の一員として、いろいろ私達を癒してくれましたが
これからは飼い主の私達が彼の老後をしっかり見てやらねばと
白いヒゲを触りながら覚悟を新たにしました。

 

登り坂はスローですが頑張って六甲山系の遊歩道を歩きました。

午後からは、高校の卒業式を前に
長男慎太郎の「卒業式&入学式」のスーツアイテムの購入に付き合わされました。
濃紺のトラッドスーツにあうYシャツ、ネクタイ、革靴などを吟味しました。
スーツやジャケットなど年に数回しか着ることのない父親の私です。
服の知識は25年ほど固定されたままですので
ショップで店員さんに最近の「はやり」を教えてもらいました。
デザイン的には「トラッドはトラッドのまま」というあたりまえのうれしい意見が返ってきました。
旧居留地の「ポールスチュアート」「ポロラルフローレン」「ブルックスブラザース」なんかをはしごしましたが
結局は私の好きな(・・っていうか少し安価な)大丸神戸店の「Jプレス」で落ち着きました。
革靴も私や家内が贔屓にしている元町3丁目の「リーガルシューズ」で
定番のプレーントゥの黒を買ってやりました。

それでもシャツ、ネクタイでン万円、革靴がン万3千円。
・・・「ンン万円あればヘリーハンセンのカッパの上下が買えるやん!!」なんてつぶやきながら帰ってきました。

これからの息子の大学生活、いったいいくらほどお金がかかるのでしょうか?
デフレしらずの授業料の納付書を見るだけで、腹立たしく思います。


子供がひとりだけの私なんかまだまだ甘いんでしょうねぇ。

 

1本ン万円のネクタイを前に、さっさと決められない「いねむり慎太郎」でした。

 

 

 

 

 

1月21日 須磨ポイントレース

 

いつものメンバーとレース後のワンショット。村田君(中央)はレース後5時間かけて単身赴任先へ帰ります。

 

毎年のことですが、1月の寒い中、須磨ヨットクラブの2007年ポイントレースが始まりました。
同時にJ/24クラスだけのポイントレース「スマキング」もスタートしました。

朝からほとんど無風、しかも明石海峡の西流が7kntを超える潮の強いコンディションでしたが
なんとか全艇がショートコース5レグを走りきり、レースは成立しました。
クルーザークラス4位(9艇中)、スマキング1位(3艇中)という結果でした。
わが艇としましては微風で抜群のスピードがあるファンタジアンをやっつけたことが収穫でした。
3人のクルーがレース中ダウンビロウ(キャビン内で横たわること)してじっと耐えた結果です。
この調子で1年間スマキングを突っ走りたいと考えています。

話はかわりますが、この日から新しいレーティング(ハンディキャップ)システムに移行しました。
クラブレースではいろいろなヨットが同じ海面でスピードを競います。
形の違った艇が競技を行うわけですからレース後に計算で順位をつけなければいけません。
そのため艇の長さや幅、セール面積、デザイン船齢などを考慮して艇独自のハンディが与えられます。
昨年までの須磨はCRレーティングという国産のハンディキャップシステムを使っていました。
このハンディは艇の性能、レースコースの長さ、風域などを考慮し
最後はコンピューターで複雑な計算をします。
これに対し、2007年から使われるハンディは、(実は以前にも使っていたのですが)
レース所要時間(秒)にその艇の持っている数字を掛けるだけで結果(修正値)が出るようになっています。
TCFというハンディキャップシステムですが、これは電卓だけで計算できる簡易性を持っています。
相手艇の数字(TCF)さえ知っていれば、レースフィニッシュ時に即座に勝敗を判断できます。
例えば、レース時間1時間あたりわが「upwind」は須磨最速艇「ルパン」とは9分以内に近寄っていれば「勝ち」
という結果が計算で出ています。
2時間のレースでフィニッシュタイムがルパンに18分以上離されると「負け」なんてことがすぐにわかるわけです。

全国のクラブレースでは現在いろいろなハンディキャップを使っていますが
須磨ヨットクラブレース委員会では1年かけてクラブ艇のハンディが正しいかどうかの実証実験を毎年行ってきています。
すでに20年近くかけてハンディの見直し作業を続けています。
最近は極めて実情に近いハンディになってきたことは認めますが、
正解は永久に導けないことも世界的事実なのです。

レース委員会からハンディを貰うことは各艇が1年間の実証実験に参加していることでもあります。
レーティングレースは仲良しクラブのメンバーだからこそできる息の長い理科系的船遊びなのです。
2007年度の新しいレーティングの不平不満は1年間禁止となっています。

文句のあるオーナーは是非ハンディのないJ/24を買って「スマキング」に参加してくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月14日  「スマキング」が来週から始まります。

 

計測員のみんなが持っている私の自作のシァライン計測器はJ/24クラス協会のものと整合性があります。
つまり、全日本レベルの正確さなのです。

 

 

私の所属する須磨ヨットクラブには、いろいろな委員会があります。
メンバーが200名を超える大所帯ですので、ヨットの乗り方も人それぞれだからです。
数多い所属艇のなかでもレースを楽しむメンバーはレース委員会に属します。
そしてレース艇のなかでもJ/24というかたちのセーリングボートを楽しむ仲間たちが、
今年から新たなレース企画を立ち上げました。名付けて「スマキング」。
簡単に言えば、須磨のJ/24セーラーが年間優勝の賞品を賭けてポイントレースを楽しむ企画なのです。

ポイントレースは毎月第3日曜日に行われるのですが、
2007年の第1回目が来週ということで
この日は全艇の状態をイーブンにするための計測を実施しました。
マスト、フォアステイなどの長さのルール違反がないか、みんなの目でお互いを確かめる作業でした。
結果は全て合格でした。これで今年も気持ちよくレースが楽しめます。

「スマキング」は、まぁいわば大人の「あそび」ですが、
周到な準備のもとに始める「あそび」ほど結果がおもしろいとメンバー全員が理解しています。
この「あそび」これから何年続けることができるかわかりませんが
私としましては、精一杯楽しみたいと思います。

「スマキング」メンバーのみなさん、今年もどうぞよろしく!!

 

 

マスト長さ、フォアステイ長さ、シァライン、Jmaxなどデッキ上の計測を主に実施しました。

 

 

 

1月7日  三宮をうろうろ

 

ミント神戸ではアメリカの雑貨屋さんではなくドイツの雑貨屋さんが出店しています。
ヨーロッパの食器に見とれるオレンジのダウンパーカーの御婦人は・・・・・。

 

近ごろの私は、元町、三宮でもバイクや車で移動することが多く
徒歩でお店や街を見学することが少なくなっています。
たまに歩いてうろうろすると、新しい発見に出会います。

朝から大荒れの天気のなか、
午前中は須磨ヨットハーバーの安全祈願の神事に出席し
午後から久しぶりの三宮を見て歩きました。

お目当ては「ミント神戸」。
昨年オープンしていたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。
特に7、8階の飲食店は「ワンダフルコウベ」でチェックを入れていたのですが
どのお店もハイレベルで最近のスタイルを前面に出し、大いに勉強になりました。
とくに、生牡蠣を扱う「オイスターバー」は興味があったのですが
「なまもの」に弱い私を気づかってドクターストップならぬワイフストップがかかりました。
ノロウイルスの風評が去ってからチャレンジすることにします。

他の階にもアパレルや雑貨系でおもしろいお店がめじろ押しでしたが
一挙にオープンのお店が出現すると、数カ月後には閉店するお店も多く出ます。
自由競争社会では仕方がないことですが、何千万円もかかる内装費や敷金を考えると
店鋪オーナーには厳しい現実が待っています。

この「ミント神戸」、12年前のハーバーランドのオープン時によく似ていると感じました。
ほっとできる「街のすきま」が存在しないのです。
バランスの良い商業ビルになるにはもう少し時間が必要だと思います。


私の「元町」のように「街のすきま」だらけも考えものですが・・・・。

 

 

 

 

 

 

1月1日  初日の出

 

愛犬マックとビーナスブリッジまで初日の出を見に行きました。

 

1月1日といえども、我が家の次男坊犬「マック」の朝の散歩はサボれません。
いつもより30分ほど早く家を出て、いっきに坂道を駆け登り、
ビーナスブリッジで彼と「初日の出」を拝みました。
展望台に着いたのは6時30分。ちらほらの参拝客も
日の出の7時10分頃には200人を超し、
あらためて、神戸市民の山登り好きの多さに驚きました。

帰宅後、年賀状の整理をしたり、借りてきたDVDを見たり
のんびり家の中で正月を過ごす予定でしたが
お昼からキックオフの花園情報を知り
急きょ、今度は長男慎太郎とラグビー観戦に行ってきました。
慎太郎が昨年対戦した、大阪桐蔭高校や東海大仰星高校のゲームがあり
実戦経験のある彼の解説で、違った視点でゲームを楽しむことができました。

せっかくの休日、ゆっくり過ごせず
ついつい忙しくすごしてしまう私の貧乏性は今年も続きそうです。