雪山にて
いつのまにか、目に映る景色は白一色になっていた。
夏美の言うままに、山に足を踏み入れてから、まだそれほど時間はたっていないのだが、皆の足取りは降り積もっている雪に足を取られてか、非常に重いものであった。
そして、皆の吐く息も当然、積もっているそれと同様に、真っ白なものになっていた。
まさか、雪山を登ることになるとは誰も考えておらず、皆一様に普段の恰好のままで、服の合わせをかき寄せたりして、どうにか寒さをしのいでいた。
ふぅっっ、と白い息を付いて、キールは少し先を迷いのない足取りで進む夏美を見た。
幸い彼は普段から厚着のため、寒さはしのげていたが、目の前を歩く少女は、非常に寒そうな恰好をしていて、時折、寒そうに首をすくめていた。
「夏美」
「なに??」
キールがかけた声に、夏美はそのまま歩きながら振り返る。
「寒くないかい?」
「うん、寒いね〜。でもずっと歩いてるから、多少はあったかいよ」
「でも、やっぱり寒いだろう?」
そう言いながら、肩のマントを脱ごうと手を掛けるが、夏美は、そのマントの裾をつかんで、
「キール、このマント暖かそうだよね」
と言うと、つかんだ裾を自分の肩に回し、マントの中に潜り込んだ。
「あ〜やっぱり、あったかいや。人肌っていいよねぇ〜」
と、何やら年頃の女の子が年頃の男の子と同じマントにくるまって言うには、かなり間違っているような気がする台詞を非常にうれしそうに言ったのだが、マントの持ち主の方はそうはいかなかった。
「な…ななな…夏美??????」
何というか、嬉しいやら恥ずかしいやら……………はたから見れば、真っ赤になったり、歩き方が不自然になったり、意味無くあたりを見回したりと、完全にアヤシイ人のようである。
ちなみに、着るものが増えた夏美は暖かくなっているが、マントを引っ張っていかれているキールの方はすきま風で寒くなっていたりする。
まぁ本人はそれどころではなく全然気付いていないが、これは気付いたからと言って、彼にはどうしようもないことで、むしろ気付いていない方が幸せかもしれなかった。
……かもしれなかった、のだが、
「あ…ごめん。これじゃキールが寒いよね」
そう言って夏美は歩きながら、キールの腕をとる。ちょうど腕を組んで歩いているような状態になっていた。
彼自身が気付いたわけではなかったが、夏美に気付かれたことにより、案の定キールは更に挙動不審になっていた。
「な……なんだって……また……」
腕まで組む必要があるんだ!!
そう聞きたいものの、うまいこと舌がまわらない。かろうじて言葉になった部分から続きが推定できたのか、
「だって腕でも組まないと、キールの歩調に合わないんだもん。それじゃ、お互い歩きにくいでしょ?それに離れていたんじゃ、すきま風でキールが寒そうだし」
と、きちんとキールが言いたかったことに対しての返事が返ってきた。
「………………」
そういう問題ではなかったのだが、反論できずに黙り込む。顔は真っ赤であった。
(………………まぁ、いいか……)
どうにか苦労して気を取り直す。そう、組まれている腕は気になるし、すごく照れくさいのだが嫌ではない。というか正直言って嬉しい…のだと思う、多分。例え夏美がどういうつもりであっても、だ。ならそれでいいではないかと、どうにか自分を納得させた。
そんなこんなで、一生懸命心の中で葛藤を繰り広げていた(?)キールであったが、夏美の声に我に返った。
「モナティ〜!!」
と、向こうに見える、レビットの少女に声を掛けている。よくみると、モナティは相当寒そうで、そしてくしゃみを連発しているようだった。見かねて声をかけているのだろう。
「モナティ、大丈夫???ちょっとこっちにおいでよ」
その声に応えて、ぽてぽてとモナティが駆け寄ってくる。
「マスター、なんですの??」
たったそれだけの言葉の間にも、なんどもくしゃみをしている。
「うん、モナティ、寒いでしょう?こっち入りなよ、あったかいから」
そういって夏美は、まだ片手につかんでいたマントをモナティに掛けてやった。
「あ、ほんとう〜。あったかいですの〜」
「…………………………」
がっくりと膝をつきたいような気分になる。そう確かに彼女がどういうつもりであろうとも嬉しいとは思っていたが……
「夏美……」
思わず、恨めしそうな声で夏美に声を掛ける。
「ん、なに?」
あくまでもいつもの調子で聞き返す夏美に、
「いや……なんでもない」
と答えて、溜息をつくキールであった。
旧キルナツ推進委員会に投稿したモノです。
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