深崎籐矢は困っていた。

目の前には紫色の変わった形のワンピースを着ている少女が壊れた机のなかに座っており、嬉しそうにこっちを見ている。彼女は自分と目が合うとえへへと笑った。
更に教室の入り口側からがたんと音がして、そっちを見るとクラスメイトの橋本夏美がいた。絶体絶命のピンチであった。


「ふ…深崎くん。その子誰?それにさっきの音…」

「橋本さん。彼女にジャージを貸してあげてくれないか?」


当然の疑問を口にする夏美を遮って、籐矢はそう言った。





「それじゃ、これね」

「ありがと」


体操服ではなく町中を歩いていても多少は格好のつく部活用のジャージを渡しながら夏美は言う。


「あたしもう、この時間はサボるつもりだけど、あたしがいっしょじゃないほうがいいよね?」

「ああ悪いけど、外してもらった方が有り難いよ。ありがとう、橋本さん。事情はジャージを返すときに説明するから」

「ううん、いいよ。じゃぁね、カシスちゃん」


そういって手を振りつつ夏美は非常口からベランダに出ていった。どうやらベランダは彼女がサボるときの常用コースらしい。
そのようなことを思いながら、カシスを見ると、彼女はにこにこしながら「ありがと〜」と言って手を振りかえしている。そういえば、先程も呑気に夏美と自己紹介をしていた。当然であるが、こちらの状況を判っていない。
籐矢は頭を抱えて溜息をついた。





「ところでカシス……」

彼らの他に誰も居ない生徒会室の中で、ひとしきり再会を喜び合った後、籐矢は深刻な顔でカシスに問いかけた。


「どうして、来たんだい?」

「…………来ちゃ悪かった?だって会いたかったんだもん」


少しすねたように言うカシスは、心なしか傷ついたように見えて籐矢は慌てた。


「いや!そんなこと言ってないよ。まさか君が僕を追いかけてきてくれるなんて思ってもみなかったから驚いたけど、こんなに早くカシスと逢えたのはとっても嬉しいよ」

「へへへ…ビックリしたでしょ?一生懸命勉強したんだよ〜。キミに会うためにね。だって待っていても来ないかもしれないって思ったから、それなら自分で行っちゃえ!って」


恐るべき行動力。しかし籐矢はカシスが追いかけてきてくれたことは嬉しかったが、それによって生じた誤算について悩んでいた。
先程より更に深刻な声になって、籐矢はカシスに告げた。


「カシス、僕はね、いずれリィンバウムに戻るつもりでいたんだよ」

「え?」

「ただ、その前にこっちでやることがあったんだ。リィンバウムでやりたいことがあるから、その準備をしておきたかったんだ」

「籐矢…」

「ラーメンを」

「は?」

「ラーメンが無い世界なんて堪えられないから、きちんとリィンバウムでも作れるようになってからあっちに行こうと思っていたんだ」

「……籐矢」

「何だい?」

「リプレちゃん、らーめん完成させてたよ?あの後帰ったら」

「………」

「だから、食べたいんならいつだって食べられるんだけど」

「…………………いや、僕が作れないと意味がないんだ。もう前みたいにフラットの無駄飯食いではいたくないんだよ。だから僕はラーメン屋になろうと思うんだ」

「らーめん屋?」

「そう、リィンバウムに帰ったらラーメン屋を開きたいんだよ。そのためにも僕はラーメンを極めたい。究極のラーメンを作りたいんだ!!」

「究極のらーめん??」

「誰もが一口食べただけで後ろに波背負ったり火山爆発させたりしながら美味い!!!と言うような…そんなラーメンが作りたいんだ!!!!!!」

「な……何年かかると思ってんのよ!!却下よ!!!却下!!!!!」

「なんだって!!美味○んぼ、ミスター味○子等で研究し、ミネラルウォーター合計ん100本を消費し肉屋や粉屋のおじさんと顔見知りになりながら研鑽を重ね、尚かつ近所のラーメン屋を荒らしまくって、そろそろスープのダシがわかってきたという某ラーメン○選手権に出れそうなとこまで頑張ったっていうのに!!」

「な…なによ、それ……」


さっぱり判らない単語を持ち出されて混乱しかけたカシスであったが、果敢に攻撃を再開する。


「だ……だいたい、らーめん屋開くっていったってお金どうするのよ!!いくらかかると思ってるの?」

「ああ、それなら大丈夫だよ。リィンバウムにいた頃に将来のために貯めておいたお金があるから」

「…………あ、あのねぇっっっっっ!!だったらなんでそのお金を生活費に入れなかったのよ!!!だいたいそれはどうやって調達したわけ!?」

「オプトュスとかから揉める度に慰謝料として貰っていたヤツだから、リプレに渡したら怒られると思っていたんだ」

「……………」


カシスは頭を抱えて沈黙した。
そのカシスを見ながら、籐矢は優しく諭すようにカシスに告げた。


「そんなに長いことはかからないと思うんだ。だからカシス。サイジェントで待っていてくれないか?」

「それって、帰れってこと?」


泣きそうな顔になったカシスに籐矢は言う。


「そういうことになるね。でも今回は僕も行くから」

「え?」

「リプレがラーメンを作れるようになったんだろう?是非一度は食べておかないと。材料当てられるかどうか気になるし、味付けのコツとか聞いておきたいしね。参考に。それに前にいたときはあまり気にしていなかったけど、店を開く以上どんな食材ならあるのか確認しておかないといけないからね」


そう言うと、籐矢はにっこり笑って席を立った。


「それじゃぁ、行こうか?」

ベランダに出て、籐矢はカシスに手を差し出す。

「え?」

「リィンバウムにだよ。さあ、行こう」

「…うん、でも夏美ちゃんの服は?」

「それは、僕が返しておくからここに置いたままでいいよ。ほら」

「もう、しかたないなぁ…」


そう言ってカシスは苦笑しながら籐矢の手を取った。





結論から言うと、籐矢はリプレのスープの材料を当てることができなかった。
リィンバウム特有の調味料も使っていたからである。
彼がリィンバウムの調味料をしこたま持ち帰ったのは言うまでもない。

そして、いくらかの時が過ぎて、
サイジェントの片隅に、小さなラーメン屋台ができた。
将来この店は、聖王国中から客が訪れるという名店となる。





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