「おもちが食べたい」

夏美が突然そう言い出したのは、ある寒い冬の日のことであった。

「…………………なんだい?それは」

聞き慣れない単語に、キールは数秒考えてから質問を返した。

「食べ物だよ」

「いや、そうじゃなくて」

「あたしの世界の食べ物だよ」

「それなら、この間リプレに作ってもらっただろう?」

「あれとはまたちがうのー!!!あーっっっっおもち食べたい〜!!きなこ付けたりあんこそえたり、しょうゆ付けてのり巻いて〜、ううん!ぜいたくなんて言ってらんないから、この際さとうじょうゆだけでいい!!これならすぐにでも作れるもんねー砂糖がぜいたくだっていうならもうおしょうゆだけでもOKOK〜〜!!!あーーーーーおもち食べたいっっ!!アレがないとあたしの新年はむかえらんないの!!!!!!」

なんだかわからない夏美のハイテンションさに、キールは思わず後ずさった。
(無茶苦茶だ)
至極もっともな意見を抱くが口には出さない。そのかわりに、

「しょうゆはアカネが持ってきたんだろう?それなら、おもちもあかなべにあるんじゃないのか?」

こういう状態の人間に関わり合いになってもろくな事にはならないと、彼女にどこか他の所でその情熱を発散してもらうべく、あかなべの名前を挙げる。

「あ、そっか。キールあったまいいー」

素直に感心する夏美にキールはすこしだけほっとした。が、夏美の次の台詞であっさりと粉砕された。

「じゃ、キール。今すぐ行こう!」

「どうして僕まで!!!」

「だってほら、論より証拠、って言うじゃない?どんなものかはキールも食べてみたらわかるよ」

「それは、百聞は一見にしかず、だろう?」

なぜに日本のことわざなど知っているのだろうか?

「あーもう、そんなことごちゃごちゃいっても仕方ないよ!!ほら、行くよ!!」

そう言うと夏美は、キールの腕を掴み、アジトから駆け出していた。





「あたたたた………」

南スラムへと遊びに行くべく、あかなべから出て最初の角を曲がろうとしたところで、アカネは凄まじい勢いで走ってきた誰かにぶつかった。

「ちょっとアンタ!どこみて歩いてんの?」

「ごめんなさい……あ、アカネ!!ちょうどよかった!!」

文句を言いながら顔を上げると夏美がいた。

「ちょうどよかったって、何かあったの?」

「あのね、あかなべに、おもちない??」

「は?餅??」

「うんそう。なんだか急に食べたくなっちゃって〜。みそもしょうゆも、お米にお漬け物まであるんだもん。おもちもあるんじゃないかなーって思って」

米に漬け物まで貰っていたのか

「うーん、どうかな。アタシもこっちにきてから食べてないしね」

「だめかなぁ?今、すっっっっごく食べたいんだけど」

「お師匠に聞いてみよっか?なんかアタシも食べたくなってきたし、もしかしたら今無くても作れるかも」

「そっか。つけばいいもんね!!じゃお願い!!」

そういって夏美はアカネを引きずり、あかなべのほうに駆け出した。





店頭で茶を飲んでいたシオンは、ふと何かに気付いたように入り口の方に視線を遣った。その途端、ドア(引き戸)が破壊されそうな音を立てて派手に開いた。飛び込んできたのは夏美で、それに続いて弟子のアカネも飛び込んできた。

「こんにちは!シオンさん。突然ですけどおもちありませんか!?」

「こんにちは。扉はこわさないようにしてくださいね」

「あ、ごめんなさい」

「お餅ですか。残念ですがうちにはありませんね」

「えー、お師匠、作ったりとかはできないんですか?」

夏美があやまっているうちにさっさと回答に入ったシオンに、すっかり夏美に洗脳されたアカネが訊ねた。

「まあ、餅をつくにしても臼も杵もありませんからね。あまりいいものはできないでしょう。それに大体…」

「臼と杵ですね!わかりました!!!」

「じゃあ、行って来ます、お師匠!」

話を聞かない弟子と、その友人は喜び勇んで今度は扉をあまり音がしないように開けると飛び出していったが、扉を閉めるより前に、南スラムの方から息も絶え絶えになりながら駆けてきた少年にぶつかりそうになり、水を差されることになった。

「あ、キール。やっと着いたの??もう、足遅いんだからー」

とだけ言い残すと、キールを後目に、薄情な夏美はアカネと二人で町の外の方へと走り去っていった。

(僕が遅いのではなくて、君の方が早いんだ)

と思いながらも、呼吸が整わず反論もできないまま、あかなべの入り口で潰れたキールに、このままでは営業妨害になると思ったのか、

「まあ、落ち着いて。お茶でも飲みませんか?」

と、シオンが声を掛け、店内へと招き入れた。





ガレフの森で、ハイホーハイホー(違)と狩りをしていたスウォンは、遠くから誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。

「スウォン〜〜!!」

気のせいではなかったらしく、目を向けた方角から、土煙を上げかねない勢いで、夏美とアカネが駆けてきた。

「あのね!うすときね作って!!」

目の前にたどり着いた夏美は、単刀直入にそういった。もちろんスウォンにとっては意味不明である。

「なんですか?それは…」

「え?あ、そっか………………………アカネお願い」

「あ、えーとね、臼はこんなカンジで、杵はこんなカンジの……」

アカネが、地面に図を描きながら説明する。

「で、まぁアタシの故郷の、えーと、料理に使うワケなんだけど、作ってくれないかなぁ?」

「それを木で作るんですか?」

「うん、そう」

「無茶言わないでくださいよ、そんな太い木、僕は切ったことありません」

「ええ〜!??なんで〜!?スウォン森の中でくらしてるんでしょう??」

夏美が不満たらたらな声をあげる。

「森で暮らしているといっても、木はそんなに切らないですよ。木を切って生計を立てているならともかく、普通に生活する分なら薪を拾うくらいでいいですし、切るとしても枝を落とすくらいですね。だからその、うすというものが作れるくらい大きな木を切ろうとしたら、相当時間がかかりますよ。それに慣れてないから危険も大きいですし」

「そっか〜」

「でもさ、杵くらいはできるんじゃない?」

スウォンの台詞に、夏美は残念そうな声をあげるが、アカネがあきらめ悪く食い下がった。
(もともとアンタが言い出したんじゃない)
何あっさり引きさがってんのさ、と夏美を小突く。

「そうですね。もしかしたら作れるかもしれません。詳しく造りを教えてもらえますか?」

そう言うスウォンに、アカネがまた地面に図を描きながら説明する。

当然その間暇になった夏美が、ぼーっと、アカネの話を聞くとはなしに聞いていると、

「何やってんだ?おめーら」

と、薪にする枝を小脇に抱えたガゼルが茂みからひょっこりと出てきた。 聞いてみると、さっきからのやりとりが相当うるさかったらしい。 ガゼルは、聞き慣れない単語に興味がわいたらしく、夏美に事情を聞いた後、アカネの説明に聞き入っていた。

「うすってのが、木じゃ無理だってんだな? 石じゃ駄目なのか? エドスが石工なんだし、それなら社割りでどうにかなるんじゃねえか?」

「しゃ…社割り?」

そんなものあったのか。

「あー、ナルホド〜。石臼ってあるもんね、それいいかも! ガゼル、ありがと!」

「いや、石臼とは違うんだけどさ。ま、いっか。 じゃ、スウォンヨロシクね〜!!」

そう言い残すと、ふたりは石切場の方へと駆け出していった。





「エドス〜!!!」

木陰で、リプレから持たされた弁当を広げていたエドスは、聞き慣れた声に驚いた。ここは彼の仕事場で、これまで夏美もアカネもここを訪れることがなかったからである。

「お?どうかしたのか??」

「あのね、エドスうす作ってくれない?」

スウォン同様、当然エドスにも意味不明である。
不審そうにする彼に、再度アカネが、地面に図を描きつつ説明する。

「つまりワシに、そのうす、という物を作らせたい訳だな?」

「うん、そうなの」

「悪いが、それはできんな」

「えええええー!!どうして〜?」

「今、仕事の方が立て込んでてな。作ってやりたいのはやまやまなんだが、生憎と暇がないのだ」

「うーん、どうしても駄目?」

「仕事として依頼するなら、多分一週間後くらいには取りかかれると思うんだがな」

「そっか〜……」

「おい!エドス。まぁそう言わず作ってやんなよ!折角来てくれたんだ。今日はもう休みにしてやるからさ」

様子を見ていた責任者らしい人がそう声を掛ける。

「あ、ありがとうございます!!」

夏美とアカネが二人揃って、頭を下げる。

かくして再びアカネは地面に図を描き、エドスに臼の説明をはじめた。





「いいお茶ですね。とても美味しいです」

「ありがとうございます。お茶菓子もまだありますから、ゆっくりしててください。……しかし、キールさん、なかなかに筋が良いですね」

二人は、何故か碁盤を挟んで向き合っていた。

「そうですか?ありがとうございます。ところで、さっきから気になっているんですが、このカップについてる文字みたいなものは何なんですか?全部、左側の部分が同じものの様なんですが」

キールの手元には湯飲みがあった。一面に漢字が書いてある

「ああ、それですか。魚の名前ですよ。左側が魚を表す部首で、それと右側の各々異なる部位をあわせることで、それぞれの魚の名前になるんです」

夏美がこの場にいたら、どうして寿司屋の湯飲みがここにあるのか訊ねたことだろうが、キールはただ、そうですかと頷いた。

ぱちん、と音を立てて、キールが盤に石を置く。
さっと盤に目を通して次の石を置こうとしたシオンが、その手を止めて入り口の方を見た。
それにつられるように、キールが入り口に目を遣ったその瞬間。
がらっっっ、と景気の良い音を立ててあかなべの扉が開いた。

「う…うすときね、持ってきました!」

「こ……これで、餅つきできますよね!お師匠!!」

そこには、重そうな石でできた物体と、木でできた鍬やツルハシにに似た物体を持った夏美とアカネが立っていた。
おそらくあれが、『うす』と『きね』なのだろうと、キールは見当を付けた。

「……残念ですが、餅つきはできません」

「ええ〜!!???」

「どうしてですか!?お師匠!!」

シオンの一言に、二人は揃って不満の声をあげる。
そんな二人に、シオンは軽く溜息をついてこう告げた。

「二人とも、人の話は最後まで聞かないといけませんよ。誰が餅米があるなんていいましたか?」

「え?…ってコトは…?」

「そ…そんなぁ……」

疲れが一気にどっと来たかのように座り込む二人に、キールは掛ける言葉を持たなかった。


因みにその後二人は、ただ単に『なんとなく餅を食う文化圏にいたっぽく見える』という理由で、ジンガを東に旅立たせたとか立たせなかったとか…
恐るべしは女の執念、である。





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