朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
Democratic people's Republic of korea

 



開城、板門店への道すがら・・・

平壌から南に約200q。軍事境界線の板門店(パンムンジョム)へ向け、バスはハイウェイをひた走る。
燃料不足で、バスもろくに走らない。リュックを担いだ人々が、田舎へ向かってテクテク歩く姿がある。
食料の買い出しに違いない! 
ガイドさんに問うと、意外にもアッサリ認めた。衣類やタバコを食料と交換してくるのだそうである。


しばらく走ると、バスのバウンドが激しくなってきた。道路の整備が行き届かないようである。平らなようでうねりが激しい。
特に橋の手前は要注意。橋と道路の継ぎ目の段差がスゴイ。時速90〜100qで走るバスがそのまま突っ込もうものなら、天井に頭をぶつけてしまうほど激しくバウンドするのだ。
一度など、Wトンジは本当に頭をぶつけたと言うから尋常ではない。
それでも、ドライバーが手荒な運転かというと全然そんなことはない。橋の手前では時速50qぐらいまで減速して、ショックを和らげるために少し斜めに突入する。それでも激しくバウンドするのだ。
後の反省会でWトンジが語っていた。94年に来たときは、こんなことはなかった!と。

途中トイレ休憩のため、路肩に駐車した。「平壌〜板門店」に休憩所が一カ所ある。ちょうど中間点だ。しかし、冬場はクローズとのことで通り過ぎたのだが、突然もよおしてきた人がいて、予定外のストップと相成ったわけである。
自分の名誉のためにあえて言うが、もよおしたのは断じてサラリ〜マン氏ではない。ドライバー氏である。
ドライバー氏のネイチャ〜コ〜ル!の間、路面状況を観察すると、思った通り「基礎工事がされていない」。
日本をはじめ、先進国の舗装道路は、まず砂利を10〜15p程度敷き詰め、ロードローラーで踏み固める。途中、薄くアスファルトで固定しながら、バームクーヘン状の地層みたいな基礎工事をする。
まず、この基礎工事が一切なされていない。アスファルトが剥がれた下からは、1〜2p厚の砂利、その下は土だ。これではアスファルトがウネるのもムリもない。

さらに、アスファルトそのものの厚さが2pとないのである!
日本のアスファルト舗装は、アスファルトの厚さが10pはある。基礎工事部分まで含めれば、30p弱ものブ厚い舗装なのである。
女子マラソンの「タスマ・ロバ」女史が、日本の道路に驚いて
「どこまで行っても平ら!裏通りも平ら!! どうして?」
と語ったそうである。鏡のように平らな日本の道路。住んでると気付かないものだ。

バスが走り出した。
辺りには民家一つない山間の高速道路をホウキで掃いている人がいる。おそらく自分の掃除区域が決まっているのだろう。ある部分から線を引いたように掃除をはじめている・・・。
だから、高速道路は殆ど塵一つない。高速道路に限らず、我々が行くところは、ゴミ一つ落ちていないのである。この徹底ぶりはシンガポール以上であると断言できる。



途中、3カ所ほど検問所があった。写真を撮ってはいけないと言われたが、すでに撮った後だったのでスッとぼけた。
KトンジやHトンムによると、昨年は検問なんて一箇所もなかったそうである。

我々のバスは外国人の観光客ということでフリーパス。一般の車は徹底的に調べられていた。どうやら我々はお呼びでないらしい。
旅行許可証を持たずに移動する人を取り締まるためとのウワサもある。
北朝鮮では旅行許可証がないと他の街へも自由に行くことが出来ないのだそうである。
日本だって昔は関所があって、手形がないと関所を通れなかったのだから、ヨソをとやかく言えないが、不便であることは間違いない。体制の維持強化に、検問所は欠かせないということなのだろうか?


深刻な燃料不足で、平壌の火力発電所も石油から石炭に変わったという北朝鮮。首都平壌ですら信号も灯かないのに、田舎にまで電気が来ているのだろうか?
疑問に思ったサラリ〜マン氏、何処までも続く電線をず〜っと眺めていた。すると・・・
「あっ、電線が切れてる!」
数カ所、電線がないところを発見!
深刻な電力不足の北朝鮮。地方にまで電気を供給できないのは容易に想像がつく。送電線が切れていても、修理する必要がないに違いない。
それより何より不思議なのは、地方には発電所がないのか?ということである。

最近は友好国の中国にまでドル払いを要求されて、石油を輸入できなくなっている北朝鮮。資源がないのは我が日本と同じである。どうすれば現在の危機的状況を打開できるのだろう?


サラリ〜マン氏が北朝鮮に親しみを感じるのは「見栄っ張り」なところだ。
我々日本人も極めて見栄っ張りな国民だということに、異論を唱える人はいないと思う。日本人だけでなく、南朝鮮(韓国)や中国、台湾でも同じことが言える。モンゴロイドは見栄っ張りなのである。
Kトンジによると、偉大なる首領様もご教示の中でおっしゃられているそうである。
「我々北朝鮮の国民はナイのにアルと言う、悪い癖があります。」

開城、板門店への道すがら、時々見える村々にも「見栄」が顕著で微笑ましい。
道路沿いの家々は、皆白亜の2階建て。その向こう側は白亜の1階建て。ず〜っと向こうはあばら屋。どの集落も、殆どがそうなのである。これなんぞは見栄以外のなにものでもないと思う。実に人間的で、サラリ〜マン氏は見栄っ張りな彼らが大好きである。

飛行機からも見たが、北朝鮮の山々はハゲ山ばかり。燃料(薪)にするための無計画な伐採と、植林を全く行わなかった結果だそうである。
ハゲ山は治水能力を失い、雨が降ると大洪水、降らないと大干ばつを引き起こす。ここ数年の食糧危機は人災だというのが世界的な見方だ。何故なら南朝鮮(韓国)は豊作続きだから・・・。

確かにハゲ山ばかり。山に木というモノが生えていない。ツンドラ地帯でもなければ4000m以上の高地でもないのだから生えないわけない。ひどいものである。






 


板門店(パンムンジョム)で珍しがられる

1988年2月(ソウルオリンピックの直前)、南朝鮮(韓国)から板門店に行き、建物の中でちょっとだけ北朝鮮側に足を踏み入れたサラリ〜マン氏(当時は学生だった)。
いつか北朝鮮側から来てみたいものだと思った。
10年後、北側から来れるとは思ってもみなかった。それだけに、感激もひとしおである。

南朝鮮(韓国)は、板門店への道すがら、チェックが厳しい。途中で荷物検査まであり、服装も厳しくチェックされる。
しかし、北朝鮮では全然問題ない。そもそも南が北の侵入にピリピリしているだけであって、北は南の進入なんて考えていないのだから当然と言えば当然である。

10年前、南側から見た北朝鮮の警備兵はムッツリして怖かった。が、見ると聞くでは大違い。結構陽気な人達である。自分から、
「一緒に写真とってもイイよ!」
べつにチップを要求するわけではない。

マイクのコードで分断された国境を示している停戦小屋は、10年前と変わらぬ姿でサラリ〜マン氏を迎えてくれた。
南の兵士は国連軍と称する米軍。
アメリカ人はいつものあの調子である。北側からやってくる観光客が珍しくてしょうがないらしい。停戦協定小屋の中で子供のように走り回ってハシャぐ超カルト5人衆を、興味津々といった面持ちでのぞき込んでいる。
その彼らに、北朝鮮の兵士が自動小銃を向けて威嚇する。スゴスゴと引き下がる米兵達。

そりゃぁ珍しいだろうな。Kトンジなんか「ポラロイド」「普通のカメラ」「ビデオ」、3つも首から下げて走り回ってんだよ!!






開城(ケソン)は神戸の美観地区みたい・・・

開城(ケソン)は、板門店の北西8qに位置する。高麗500年の歴史を誇る古都(高麗王朝の首都)である。日本で言えば京都に相当する街は、社会主義国家「北朝鮮」を忘れさせてくれる「趣」のある街だ。

朝鮮戦争の戦火も逃れ、古くからの町並みが残る開城(ケソン)は、米軍が南朝鮮(韓国)側に併合するつもりで爆撃しなかったのだそうである。瓦礫の山と化した平壌とは明暗を分けたと言えよう。

平壌でも感じたことだが、歴史的な街なのに寺社仏閣がないのは不自然だと思う。偉大なる首領様、将軍様が信仰の対象であって、神を祭り上げることは、この国の方針にそぐわないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだか・・・。
北朝鮮に限らず、宗教を否定するのが社会主義。寺社仏閣が好きなジジくさいサラリ〜マン氏にとっては、ちょっとばかり不満の残るところでもある。

開城民俗旅館(ケソンミンソクリョグァン)がある一帯は、神戸の美観地区そっくり。ここを歩くと、昔の日本にタイムスリップしたような気さえしてくる。ハングルの発音といい、トラディショナルな風景といい、日本の文化は朝鮮から伝わったんだなぁ!って実感させられる。

民俗旅館の部屋を覗かせてもらった。基本的には10年前、南朝鮮(韓国)で泊まったオンドル部屋と同じようなモノなのだが、10年の年月はサラリ〜マン氏をシブい大人に成長させたようである。
と、自分で自画自賛しないと、誰もホメちゃくんないからネ!

床暖房だぁ!ワィワィ!! と騒いでいた10年前は何も感じなかったが、部屋の造りや瓦屋根の形など、本当に日本家屋に近い。
朝鮮半島とは地理的に極めて近い中国東部(東北部)ですら朝鮮文化との近似性はあまり感じないのに・・・。

なぜ日本は50年前まで、この国を侵略していたのだろうか?
なぜ未だに仲良くできないのだろうか?
なぜ互いに歩み寄ろうとしないのだろうか?
10年前、南朝鮮(韓国)で空き缶を投げられた記憶がよみがえってきた。
日本人帰れ! と追いかけられた記憶が・・・。
サラリ〜マン氏が生きている間に、仲良くできる時代が来るとイイなぁ! 
ちょっと悲しい気持ちになるサラリ〜マン氏なのだった。

昼食は統一館(トンイルグァン)という民俗食堂で戴いた。トラディショナルな朝鮮スタイルの料理に、神仙炉まである。

神仙炉は15世紀から食されている朝鮮料理の一つで、肉や魚、山菜など30種類以上の具を別々に加工して並べたものを更にグツグツやるのである。 味は表現の仕方が難しいのだが、調味料臭くない、深みのある古典的な味。って感じかな。

ビールを頼んだ我々は、丁重に断られてしまった。
「ここは民俗食堂なので、焼酎はありますが、ビールは置いてません。」
とのことだ。
日本で言えば、寿司屋でビールを頼んだら日本酒しかないと言われたようなものかな?
リピーター達に言わせると、以前はあったそうだ。どういうことだろう?

食後に超カルト5人衆は、数々の名所を見学した。
・金日成主席の銅像が街を見下ろす子男山(チャナムサン)。
グーテンベルグの時代より古くから使われていた! という活字を展示した「歴史博物館」
・巨大な亀の石碑「表忠碑(ビョチュンビ)」。
・1216年に架けられ、1408年に暗殺された政治家の血痕が今でも残っている「善竹橋(ソンジュクキョ)」

日本人の常識を逸脱した朝鮮の歴史的遺物に、驚き?の色を隠せない超カルト5人衆は、更に不可思議な事実を発見するのだった・・・。 


 




新婚さんの怪

万寿台(マンスデ)でも出会った新婚さん。ここ開城(ケソン)でも見かけた。勿論同一カップルではないが、二組とも実に不思議な共通点があるのである。
どちらもタイミング良く記念写真を撮っている。
・ついでに、と我々が写真を撮っても全く動じない
々が写真を撮る間、
全然動かない!!
・そして、
新婚さんは笑わないのである。


笑顔の少ない国民なのは、わからんでもない。しかし、新婚さんというのは幸せなモノなのではないだろうか?

左側が平壌。右側が開城。
どちらも、我々のためにポーズをとってるかのようだ!