論述Q&A

Q
1 論述の勉強のしかたはどうすればいいですか?

1A 今が4〜8月のころであれば、なにも論述の勉強の第一歩は論述問題そのものを解くことでなくセンター試験や一般的な私大の問題を集めた問題集を解くことをすすめます。論述問題を解いたら論述問題が解けるようにはなりません。それより書けるだけのデータが充足していないと文章はできないのです。センター試験で8割とれないようなら、書く資格はないといっていいです。ある程度の蓄積ができてから、10月ころから過去問を一週間にひとつ解くペースでいき、センター試験が終わってから集中的に論述問題を解くという、ゆっくり集中度をあげていくのが「書ける」ようになる道筋です。


Q2 通信添削は役にたちますか?

2A 役にたちます。しかし、ひとつの目的においてです。世界史の知識を吸収する、という点で役にたちます。提出する前にカンニングして調べていくと、その調べるという過程で知らなかったこと、十分あたまに入っていなかったことが把握できるようになる、という点です。これは狩猟採集の段階です。なにも見ないで文章をつくりあげる、また問題要求にあったものにしあげる農耕段階にはたっしません。こういう段階まで進歩しないのは学生に責任があるというより、添削の主宰者が論述の解き方・文章構成のしかたを知らないためです。提出する側でなく添削する側の指導力のなさも進歩しない理由です。


Q3 『(旧版)青木世界史B講義の実況中継』(5ページ)に「論述対策は要らない」と書いてありますがホントですか?

3A ウソです。知識があれば解けるはず、という推理の無知な発言です。知識がなくては解けないのは当り前ですし、単純な論述問題であれば、とくに修練しなくても解けるものもあります。しかし国立文系の二次で論述をだす大学の問題を解かなくてはならない学生にはあてはまりません。どんなに知識があっても点の取れない答案しかつくれない学生はたくさんいます。知識をどう構成するかが問われるからです。構成のしかた(方法)を知らないと、どれだけ文字を羅列しても意味をなしません。東大の歴史学の教授のことばを紹介しましょう「記憶しているデータが同量でも論述のしかたによって大いに点差がひらくことがある」と。これはゼミの学生に採点に関して告白している時のことばです。


Q4 大学がどんな風に採点しているか知らないかぎり、模試や添削をやっても無意味なのではありませんか?

4A まったく知らなかったら確かにそう言えますが、同僚(予備校)のなかには採点にたずさわったものも居ますし、大学を退職したかたが予備校の職についています。また大学に知り合いがありますので、デタラメなことはしていません。採点基準の作成・変更については少しですが知っています。


Q
5 模範答案を暗記するのは得策ですか?

5A 最悪の方法です。第一にまったく同じという問題が出題されない。第二に受験産業のだしている模範答案が「模範」であるかどうか怪しい。そういことが合格体験記に書いてあったりすると役にたつと思ってしまうのでしょうが、その体験記をよく読めば、それがどのように役にたったかは実は書いてありません。そういう無駄な勉強のしかたをしたとは言えるでしょう。「藁(わら)をもつかむ」という心境では鎮静剤がわりにはなります。しかし暗記の時間が無駄です。それよりは教科書本文の要約練習(600〜1000字くらいの章・節を100字に縮約する)をするほうが、社会科学的な文章の独特の言いまわしや簡略表現を習得できます。


Q
6 論述の方法はどのように学ぶのですか?

6A 青本の志望大学の解説のなかに、はじめに問題を分解・分析しているところがあり、そこを注意して読むことです。その分析が問題要求に直結します。その分析にしたがって答案を書いてみることです。他の解説部分や「模範」答案は大事ではありません。1ヶ月もかけてプロが書き推敲の結果だされた答案を、受験場で数十分で書かなくてはならない学生にとっては、どんなに優れたものであれ、いや優れたものであればあるほど「模範」であるはずがありません(青本の模範答案にも怪しいものがありますから、これは青本を全面的に信頼すべしと言っているのではありません)。第二は予備校の講習に参加して実際に問題の分析と、解く手順を講義してくれるなら方法を学ぶことができます(拙著『世界史論述練習帳』で学べます)。第三に方法論を知っている先生・講師に添削してもらうことです。


Q
7 論述は書く練習をたくさんすれば書けるようになりますか?

7A いいえ。まさにこの期待があるからこそ「書く練習」のために添削が営業としてなりたっているのでしょう。しかし書く練習をしても上達して合格可能な能力にたっするかどうかは判りません。スポーツの練習なら、走りこむことで基本的な体力をつけることはできますが、論述はスポーツではありません。あたまの働きですから、「書く」という行為がスポーツのように次第に効果をあげることはありません。知識と方法(考え方)を習得することが必要であり、たんなる書く練習は指の力を強くするだけです。もっとも書いてみないとじぶんの実力のなさはわかりませんから過去問にあたってみて、書く練習でどうにもならないことを確認してもらうとよいでしょう。


Q8 どの程度の知識量で論述は書けるようになりますか?

8A 第一に、基本的には教科書の内容でいいです。政治と経済(受験生にとっては経済史がわかりにくいので特に勉強しなくてはいけないですが)が主で、作品カタログのような教科書の文化史はあまり出題されません。知識量の目安としてはセンター試験で80点以上がとれるくらいが望ましい。第二に、この教科書の知識にプラスすべきもので、経済史を含めたよく論述で問われるテーマというものがあり、それを学習して書けるようにしておく必要があります。これは拙著『世界史論述練習帳 new』(パレード)巻末の「基本60字」で学べます。第三に、基本的な年号(教科書本文にでてくる年号)をおぼえてください。論述に年号? といぶかるかも知れませんが、何世紀から何世紀までの……と長い時間わくで問われますから、じぶんがこれから書こうとしていることが、課題のなかに入るできごとなのかどうか自信がなかったら書けませんよ。論述に年号暗記は欠かせません。


Q9 私大の穴埋め問題ならできるけど、文字を書くとなったら手も足も出ない、どうしたらいいでしょう?

9A 短い文章を書くことです。たとえ長文の論述問題でも短文の積みかさねですから。これは拙著『世界史論述練習帳 new』(パレード)巻末の「基本60字」に短文で書く問題ばかりを集めています。知識不足と方法(問題の分解・構想のたてかた)が判っていないことも、こういう質問をする原因ですが、とりあえずは短文で練習をし知識をえてください。


Q10
 志望大学の過去問を解くのに3〜4時間かかります。もっと早く書く方法はありませんか?

10A あります。問題の分解と構想のつくりかたを練習していくと、早く書ける、つまり何度も書き直しをしなくてもよくなります。受験場でも書き直しの余裕がないですから、この方法を身につけることが必須です。志望大学の時間にあわせてタイムをはかりながら書く練習も直前にはしたほうがいいです。しかし、センター試験の前の段階であれば、時間をかけてじぶんとしてはこれでベストだと思う答案を時間をかけてつくったほうがいいです。この時間をかけた練習で要約のしかた、全体構成を考える力がつきます。それを次第にスピード化していけばいいです。じゃ、「問題の分解と構想のつくりかたを練習」というのはどうするのか、という声が聞こえてきますが、これはQ6のAで答えています。


Q
11 じぶんの書いた答案が正しいのか、合格できる答案なのかどうか評価できない、どうしたらいいか?

11A じぶんの答案を評価できるなら合格も近いことになります。つまり基本的には受験生には不可能なのです。しかし、合格可能かどうかの評価ができないかというと、まったく無理というわけではありません。それはひとえに問題文の要求することがらを正確につかむ→それにしたがった構想をつくる、ということができるならです。すぐは上達しませんが、いくつかの読みとりにくい問題の分解をやってみることと、8種類の構想の方法をまなべば、ほぼ評価がじぶんで可能です(この構想の方法は、予備校の講習でしか私は公開していません。パレードから出していただいた『世界史論述練習帳 new』に開示しています)。しかしそれをまなぶチャンスや教師が周辺にいなければ、とりあえずは、友人や身近な教師に答案を見てもらい、なんでもかんでも思いつくまま言ってもらうことでしょう。前もって「殴らない」という契約書を提出しておくことががその際のエチケットです。そういう友人・教師がいないならば、書いた答案を1週間見ないで寝かせておき、1週間後まず問題を読み直して要求をつかみなおし、それにしたがって書いたかどうかじぶんで検討するといいでしょう。


Q
12 教科書だけの知識で論述は解けますか?

12A Q8の答えに答えがあります。教科書以外の知識で必要なのは、たとえば産業革命の先進国別のちがいや、2種類の三民主義のように論述でしか出題されないものがあります。また大学によっては経済史が詳しい(金沢大学経済学部・一橋大学・東京大学)とか、中世史が詳しい(一橋大学)とか、高校生にはまったく解けそうもない詳細な説明をもとめるもの(一橋大学、一橋大学にも教科書内のよい問題もたくさんありますが難解きわまるものが時にあります)もあり、教科書だけでOKでないことが現実です。大阪大学のように教科書の知識だけに限定して出題することを決めている大学が増えればいいのですが。大阪大学もかつては学生のレベルを無視した「高等な」問題を出していたのですが、全体として低すぎる学生の答えに対して合否を決定することの困難さから教科書に限定する決心をしました。それが結果的に勉強してきた学生とそうでない学生のカーブがきれいにできて合否判定がしやすくなったと出題者が述懐していました。東京大学・京都大学の問題も、ほぼ教科書内にあります。


Q
13 論述は歴史の流れがわかっていたら解けますか?

13A いいえ。歴史の流れという年表的に事件を順に書きつづっていくだけの問題は少ないです。京大のばあい1998年度からの10年間を見ても、91年度・3(b)(150字)と95年度・1(300字)、96年度・3(a)(200字)、98年度・1(300字)、99年度・1(300字)、3(300字)と28問中6問です。東大のばあい第1問だけをとると、93年度、95年度、96年度、99年度と最近になって多くなってきましたが、どの問題も中身は教科書とはちがう視点(広角度のレンズ=視点)で書かせており、いわゆる王朝史的な勉強では歯が立たないものです。むしろ政治・経済・文化の分野別で書かせたり、さらに比較・原因→結果・理由・意義・関係という論理的な思考を要求しており、単純に、ああなってこうなって……という歴史物語をつづる答えは少ししか求めていません。


Q
14 論述に良い参考書はどんなものがありますか?

14A 難病に効く良い薬はありませんか、ときいているみたいですね。残念ながら良いものはありません。
 河合塾の論述によくでるテーマと名をつけた参考書は、(1)テーマが実際にでている問題からすれば少なく、(2)解答している模範答案が、問題の要求を正確につかんでいないため、(3)結果として「模範」でなくまちがった答えがそうとう掲載してある、(4)時代順に問題がならべてあるため(これはどの参考書もあてはまる欠点)、時代が長く、地域も広い問題を避けているため、点差のひらく難問がでていない、(5)あつかわれている問題の内容がほとんど流れ(展開・推移・過程)の問題か、何かについて説明せよ、という単純なものばかりであるため、比較・意義など思考力を要求する問題に対処できない、などの欠点があります。
 山川出版社でだしている論述問題集は、ほとんど「字数」で段階的に問題をのせて説明しているが、論述は長短で難易がきまるわけではないです。問題の思考要求の型に分けてあるものの、その思考の導きだしかたや、どう具体化するかの方法論に言及していません。
 Z会の問題集は時代別にただならべただけのもので、時間と空間の大きい問題、最近のどう解いていいか判りにくいテーマはあつかっておらず、解答にまちがいと思われるものが多い。 
 もちろんこれらの問題集・参考書は一種の過去問集ですから、どんな問題がでているか一部としてはのぞけるし、すべてがダメな答案というわけではないから、まったく役にたたないわけではないです。しかし(1)どんな問題がでるのか網羅したもの、(2)問題要求のつかみかた、(3)構想のつくりかた、(4)文章化のテクニック──という学生にとって困難な面をカヴァーしてくれる参考書・問題集は皆無といっていいでしょう。解答用紙の使い方を実例をあげて示したものさえありません。
(拙著『世界史論述練習帳 new』(パレード)にわたしの方法論が述べてあります)


Q
15 指定された語句についてなんらかの説明文をつけ加えながら書くと点がもらえますか?

15A それは論述を書くさいの基本的な姿勢でなくてはなりませんが、いくつかの限定もあります。まず、論述問題は語句を与えられても、それが必要な語句のすべてではないことです。あたえられた語句を説明したら、それでいいと思ってしまい、別に書かなくてはならない語句を無視する危険性があること。また東大のように450字の問題に8個も語句指定があると、たいてい大きい長い時間のテーマであるため、いちいち語句説明に終始していると必要なことがらが書けなくなることです。第一に書くべきは、テーマに沿った解答で、文章全体がテーマに沿った構成をもっていることが大事なのであって、語句説明ではないことです。東大の最近の問題のばあいは、あたえられた語句になんらかの説明文を、という考えは捨てるべきです。 いちいち説明をしていたら字数オーヴァーになります。これは実際に解いてみると判明します。


Q
16 60字論述問題集の「秦漢帝国を同時代のローマ帝国と比べ、共通点と相違点をあげよ」という問題の解答に「共通点。多民族を軍……相違点。後者には皇帝を……」というふうに、どちらかと言えば箇条書きのような書き方がしてありますが、許されるのでしょうか?

16A もちろん許されます。文章たるもの、ひとつづりの文章でなければならない、切ってはいけない、体言止めはいけない、という固定観念があるからでしょう? 論述といっても、論述の文章が独立して存在しているわけではありません。あくまで解答の文章であって、問題を知らないと他人も判るような文章である必要はありません。受験とは問答であり、問うた相手が判るように答えたらいいのであって、問いを知らない一般世間にむかって発信するものではありません。随筆でも新聞記事でも文学作品でもありません。解答は問いに依存しています。問いを見ないと、なんの文章なのか判らないようなものであってもいいわけです。問うた試験官・採点者だけが知りうるものであればいいのです。狭い世界の文章です。「これからまず共通点を述べさせていただきます……」なんて文章はなくても、「共通点。……」で十分判ります。「共通点は……である。」でももちろん良いのですが。そんなに双方に差があるでしょうか?
 ときには文章になっていなくてもいいのです。たとえば『60字論述問題集』の解答に「国内産業の保護と貿易の振興のため。中継貿易のオランダに打撃をあたえ3次の英蘭戦争がおき、勝ったイギリスが海上覇権を奪った。」というのがあります。これだけ読んだらなんのことか判りません。いくつか主語が抜けています。しかし「1651年に発布したクロムウェルの航海法の目的と結果を記せ」という問題の答えになっています。


Q
17 最初のマス目は空けなくていいのですか?

17A 空けなくていいのです。まちがえてはいけないのは、解答であって、なにか随筆でも書くことを要求されているのではありません。用紙も原稿用紙ではなく、「解答用紙」という特殊なものです。「300字以内で書け」とあれば300字以内で、段落もなしに、ひとつの段落として書け、ということです。300字使え、という条件を出しておきながら、ホントは299字以内で書けと言っているんだ、ととる必要はないのです。もし文章として変な感じがする、ということであれば、「句読点も1字に数える/ふくむ」という条の最後に字を入れて、さらにすぐ句読点がきたら、一般の文章のばあいは、字と句読点を一つのマス目に入れこんでしまいますが、この論述の要請は、次の行の最初のマス目に句読点を入んが、これが論述の書き方なのです。それでも心配なら1字空けて書いたらいいでしょう。最初のマス目は使わなかった、ということになり、たんなる無意味な1マスの空白のために減点 次に実例を示します。
1. 最初のマス目を1字空ける必要はないです。
2. 世紀のつもりで「C」を書いていますが、「C」を誰でも「世紀」ととってくれる訳ではありません。略字は使わないようにしてください。
3. 数字は「数字も1字と数える」ということわりがないかぎり1マスに2字入れてもかまいません。採点官である教授たちも原稿を書くときにそうしています。「2000」も2マスに入れます。一橋大学の地歴・公民用問題冊子には「注意」として「……洋数字およびアルファベットにかぎり、1マスに2字入れることができる。句読点は、1マスに1文字とする。問題番号にも、1マスを使用すること。例えば、問1ならば1と書けばよい。」とあります。
4. これは消しゴムをできるだけ使わないための方法で右から左に返って読んでくれます。時間の余裕があれば、消して書き直してください。
5. 下線を要求されたらできるだけマス目の線を外して引いてください。薄い鉛筆で線にそってキッチリ引かれると線があるのかどうか判りません。
6. 文章の終わりが一行の終わりにきたら、次行の初めに句読点をもっていくのが、句読点を1字と数えた書き方です。
7. 中黒の「・」、カッコの(「)、(」)なども1字と数えて書くのが一般的です。ただし冒頭に記号(1)を入れてから書き始めよ、と指示がある場合は、この冒頭は最初のマス目を意味しますから、3マス使うのでなく、1マスに(1)を入れてしまいます。
8. 「ふきだし」といって時間がないときに、後で気がつき語句を挿入したい、しかし消して書き直すほど時間がないときの窮余の方法です。しかし多用しないでください。この答案の場合でも無くてもいいですね。 


Q
18 イギリスを「英」としアメリカ合衆国を「米」と表記してもいいのですか?

18A 構いません。国名だけで相当字数が埋まってしまうという短文論述の場合に、実際そのように書きなさいという指定をした過去問もあります(1988年度東大に「解答において、イギリス、アメリカ、フランス、プロイセンを、それぞれ、英、米、仏、普、と表記してよい」、1990年の京大なら問題文に、「日露戦争(1904−05年)の結果ロシアの東アジアヘの進出がとまったことによって、ヨーロッパ列強(英、仏、独、墺、伊、露)どうしの関係はどのような影響をうけたか」と出てきます)。これらの文字の近くに麦とか稲とかがなければ「米」が米国を表わすことは判別できます。また英として判りにくいと思うような場合は英国とすればいいです。たった1字ふえるだけです。


Q
19 文のはじめに序文は必要ですか?

19A 必要ありません。いきなり本論にはいる、というのが論述の書き方です。300〜450字の文で起承転結を考える必要はありません。この程度の字数の文はひとつの段落程度の文章を書けと求められているにすぎず、長い論文であるかのように考えないことです。いきなり本論にはいらないと、後で書かなくてはいけないことを思い出しても書き足すことができなくなります。書くことがなくてマス目が余るようだったら、加点は期待しないでマス目を埋めるためだけに「まとめ」を書くといいでしょう。「起承転結」をすすめる参考書もありますが、それはもう牧歌的な綴り方教室の世界です。


Q20 文章には必ず結論なり「まとめ」を書く必要がありますか? 

20A 必要ありません。理由は19Aと同じです。起承転結を考える必要はありません。


Q21 知らない語句が指定されたら、無理にでも使うべきなのですか?

21A いいえ。無理に使ったら前後の文章が破綻(はたん)する可能性がありますから文章の中では使わないことです。それでも、減点なり「没」の危険性があるかも知れないので、使わないで使う方法があります。解答としての文を書きおわったら、つづけて「(指定語句)については知りませんでした」と書いて必要なら下線を引いておくのです。これで使ったことにする。これ以外の方法はありません。
 なぜこのような対処をすすめるかというと、理由は二つあります。
 第一に、採点官の立場にたてば理解できるはずです。大学の採点はたくさんの答案をいかに「処理」するか、という観点にたっているからです(予備校の教師として学生の答案を添削するときは、学生の良いところをできるだけひろってあげよう、育てよう、という立場で添削しますが、それとは対照的です)。歳をとったひとたちが何百枚もの答案を見るのは耐えがたいことでしょう。指定語句を提示し、かつ下線を引け、という条件をだしてくるのは、語句でヒントを与えている面はあるものの、なにより採点のスピード化に役立つからです。受験生の解答を読む前に、まず指定語句を使っているかどうか数えます。もし一個でも使っていなかったら減点か、あるいは没にすることが機械的にできるからです。この機械的に減点なり、没にされるより、さいごに語句を使ったことにしておけば、読んでくれる利点があるからです。
 第二に、もし「(指定語句)については知りませんでした」「(指定語句)は使えず」と書いても没になる可能性は実は非常に少ないだろう、ということです。教育者でもある採点官の教授・助教授たちがそこまで機械的にはなれない。やさしい短文の問題であれば可能性はありますが、200字以上の長文であればしないだろう。駿台の模試の採点基準も没ではなく、減点法をとっています。とすれば、無理に知らない語句を文中に使うと周辺が破綻して、大幅に減点されるより得だということです。1個使わなかったマイナスより大きい減点が予想されます。わたしがこれまで見てきた答案ではそうでした。


Q22 
模試で結構書いたつもりなのに点がとれません。なぜでしょうか? 京大を受験します。

22A 答案を見てみないと確かなことは言えません。しかし推測できることの一般的な原因を言っておきます。
 与えられた課題にたいして充分な具体例をもりこまなかったことがあげられます。歴史的データを入れないで、わずかなデータだけ書いて、それをいくら長々と説明しても加点ポイントが増えないですよ。京大の問題は1行か2行程度の短い問題文で問うてきます。つまり、わずかな行で書いてある大きなテーマについて「具体例をあげて」ということばが入ってなくても、実際は具体例をあげて説明しなさいと要求しているのです。もちろん京大ですから、なにも詳細な具体例をあげろ、ということでなく教科書にあげてあるもので十分です。逆に東大は具体例になる語句を指定してくるので、その語句に圧倒されて問題文の大きなテーマを忘れてしまい、語句の説明に終始してかえって論理的な文章ができない、という京大とはちがう穴に陥る可能性があります。 
 受験場で入れ込むべき具体例が思い出せない場合があります。そのときは、課題からはずれていても、その課題の同時代のできごとやテーマに関連することはなんでもメモしてみるのです。たとえば、1991(H3)年の「春秋戦国時代の中国において、鉄器の出現がもたらした経済的・社会的変化を300字以内で述べよ」とあれば、経済・社会とあって政治のことが要求されていないにもかかわらず、政治的なものをよく知っているはずですから、書いてみるのです。とくに「社会」が判りにくいですね。政治的なことから出発しても、経済・社会になることをさがすつもりで、芋づる式に推理します。人によって推理のありかたはちがっていますので、下のように推理しなくてはいけないわけではありません。自分のやりやすいようにします。
 五覇→周王の権威がたおち→王を名乗るものも→封建制の動揺→封建制の崩壊
 戦国→七雄→下剋上→従来の卿大夫士の動揺→身分の動揺
 七雄→富国強兵→灌漑をすすめる→耕地の拡大→貧富差の拡大→豪族・豪商の登場・没落する農民も……
 という風に、さいごの部分を解答に入れたらいいのです。


Q23 
具体的な年号を入れたほうが、たとえば1699年カルロヴィッツ条約と入れたほうが、採点官への印象がよくなって点数もあがるでしょうか? 東大志望です。

23A 問題によってです。東大の長い流れの問題であれば、どこかに時間を示すことばがないと、どのような時間の近さか遠さか、いつから始まったのかが不明なため、読者である採点官が迷ってしまうということがあります。いつのまにか変化してしまっているなあ……ということになる。「印象がよく」「点数があがる」ために時間用語を入れるのでなく必要性があるからです。ですから2〜3箇所でも時間用語を入れていくと判りやすいので入れて下さい。その場合必ずしも1699年のような細かい表現でなくとも17世紀末というものでいいのです。論述は細かい知識を問うのが課題ではありませんから。細かく書いて、もし年数が間違っていたらかえって減点対象になりますから、とくに要求がないかぎり世紀で書くといいです。流れの問題でなければ全く入れなくていい場合もあります。流れの問題でなくても、時間的なことを短文論述でも必要な場合があります。結局、問題の要求内容と、判りやすさが時間用語を入れるかどうかの判断基準です。

Q24 「16世紀から18世紀にかけてヨーロッパの諸国家は、重商主義政策をとって自国の商工業を保護・育成しようとした。この重商主義政策はイギリスとフランスにおいてどのような形で行われたか、具体的な事実を挙げて、200字以内で論述せよ。(京大1996(H8))」という問題がありますが、これは英仏の重商主義のちがいも比較することを求めているのですか? 問題の意図がどこにあるのかわかりません。

24A いいえ。比較を求めていません。比較してほしいのなら、そのように文面にあるはずです。この場合そうした文句がありませんから、前半をイギリスの重商主義、後半をフランスの重商主義について書いたらいいのです。かんぐる必要はありません。問題文のとおり素直にとっていいのです。もし意図があって隠れているのなら、問題文じしんに問題があります。東大の場合でも、「ヴェトナムとドイツ……この二つの分裂国家の形成から統合への過程を、冷戦の展開と関連づけて略述せよ。(1993(H5))」という問題で二つの国の比較は求められていません。前半をヴェトナム、後半をドイツについて書けばいいだけです。もし比較してほしいなら、「双方のちがいに留意して」という語句が入るはずです。問題文が要求のすべてです。


Q24 
模試で結構いい成績だったのですが、模試は出題されないと聞きましたが、ホントですか?

24A 大学側が模試の問題を見ているからです。予備校で出題された問題が出た、と大学側としては新聞で言われたくないために予備校の問題を収集しています。また予備校も模試の問題をもっていき、その代わり速報のために大学の問題をできるだけ早くいただく、という共生・依存の関係にありますから。
 また模試の問題が大学側の傾向研究の対象として見ても、あまり意味をなさない。たいてい実際の問題よりレベルが低いことが多いからです。レベルとは、問題の熟成度が低いという意味で、充分に研究・検討して出題していると評価しにくい。東大の模試の例でいえば、実際の問題より細かいデータを盛り込み時代・空間設定も狭い(S)とか、過去問の焼き直しにすぎないものだったり(K)で、実際に出題された過去問のほうが数段優れているからです。
 当たったという予備校の掲示は怪しい。問題の一部が時代や地域が合っていただけで当たったと、宣伝しているものがほとんどです。あるいは別の模試とテキストの問題をむりやりくっつけて当たったことにしている。いかに予備校というものが信用できないかを如実に示す例でしょう。予備校のしごとはどんな問題が出題されても解答できる力を学生に植えつけるのが課題なのに、それを放棄しているようなものです。宝くじのように考えている。論述の勉強の基本は教科書(内容とその要約の練習)と過去問の研究、それから導き出せる技法(これは拙著『世界史論述練習帳』に詳しく書いてあります)を習得することです。


Q25 
同一の指定語句が複数回出てきたら、そのすべてに下線を引かなくてはいけないですか?

25A 「初めに使用した時に」という限定がなければ、安全策としてはすべてに下線を引いておくといいでしょう。本来、下線を引かせるのは採点のさいに全部使っているかどうか確認するためのもので、複数引いてあることが課題ではないはずですが。


Q26 
「前者・後者」という表現を解答に使ってもいいですか? たとえば東京大学の過去問1987年の朝鮮戦争とヴェトナム戦争を比較させる問題のように、いちいちこの戦争の名称をあげながら書いていくのは字数からも省きたいからです。

26A もちろんOKです。たとえば、わたしなら次のように解答します。
(C) 共通点。ともにひとつの民族が南北にわかれて国家をつくり、独裁政治がおこなわれ、それを背後から米ソ超大国が支援したことが原因である。とくにアメリカ合衆国はどちらの戦争にも強力な軍事力で南の政府のてこいれをしたことが戦争を誘った。国際的影響の面では、米ソの同盟国が参戦・協力をした。なかでも日本は両戦争で米軍の基地となり「特需」といわれる景気によって戦後の復興と繁栄をものにした。相違点。朝鮮戦争は米ソ占領終了後の建国と対立によっておこったが、ヴェトナム戦争は植民地化していたフランス軍の撤退のあとを米軍がひきつぎ、南部の反体制勢力になやむ独裁政府を支援したことからおこった。国際的には前者が半島のみを戦場としたのにたいして、後者は周辺国にも波及した。また前者では中ソ封じこめの軍事ブロックをアメリカはつくりあげたが、後者では封じこめ政策がやぶれ米中接近・日中国交に変わってしまい、むしろ中ソ対立によって国際政治の多極化をうながした。前者では一部の知識人にすぎなかった反戦運動が、後者では学生を中心に世界的な運動となった。前者ではまだ繁栄を保てた米経済は後者でドル危機をまねいた。結果は前者が統一失敗・米軍駐留、後者では北による統一・米軍撤退が成功した。


Q27 
ずばり「文明」といったら、政治・経済・宗教などすべてを含んだことでしょうか? 東大の1995年度の問題に、「ローマ帝国の成立からビザンツ帝国の滅亡に至るまで、地中海とその周辺地域では、どのような文明がおこり、また異なる文明の間でどのような交流と対立が生じたのか」という問題があり、この場合の文明は何を書くのでしょうか? 

27A 文明とは、宗教でなく、宗教も含む文化全体に重点をおいた表現です。地理的にせまいとか、期間的に短いものは文化ですが、それが一民族をこえて多民族に共通する文化となったときに文明といいます。その問題の場合はローマ文明、ビザンチン文明、イスラム文明、「12世紀ルネサンス」(と後のルネサンス)の西欧文明などをあげるといいのです。その中に含まれるものは、言語(公用語)、法律、建築、技術、文学、宗教、美術様式などが入り、とくに各文明の特徴的なものをあげるといいです。たとえば、ローマ文明なら道路・橋・公共建築物などの土木技術、ローマ法(万民法)、キリスト教。ビザンチン文明なら、モザイク・丸屋根などの寺院建築、ローマ法大全、イコン(聖像)と、古典墨守(保存)、装飾過多などの特色。イスラム文明なら、都市を基盤とし、古代地中海世界の文明も吸収した普遍的なものとなった、具体例では化学・医学、説話文学、細密画(ミニアチュール)、アラベスクなど。12世紀ルネサンスと後のルネサンスならイスラム哲学・科学を吸収したスコラ哲学、カトリックの教会建築、ステンドグラス、騎士道物語、14世紀以降のルネサンスなら、俗語(各国語)による人間的な文学、遠近法の絵画、油絵、肉体表現の彫刻、火砲(火薬)・羅針盤・活版印刷など。


Q28 
「16世紀から19世紀初頭の時期におけるエルベ川以東(プロイセン)の農民の地位の変化を90字でまとめよ。」という問題のことですが、
 16世紀以降・・・ユンカーによるグーツヘルシャフトの形成によって、農奴化した、とまとめると、
 19世紀のプロイセン改革における農奴解放後はどうなったのか?? と悩んでしまいました。『小作農化』でいいんでしょうか? うーん……なんという言葉が適切でしょうか?

28A 小作農化ではなく、農業(農村)労働者です。賃金をもらう労働者です。
 一部のひとは有償でも、ローンで金を払って土地を獲得し、独立自営農の小農・中農になれましたが、大半の農民は農奴ではなくなったものの、代償として農民の土地を3分1ないし2分の1を旧領主にささげ、共同地もささげさせられました。また所によっては解放の対象外にさせられた農民もおり、これは追放されました。どうにしろ所有権を得たわずかな土地では、生きていけないので、旧領主の大農場で働く賃金労働者となったのです。追放された農民も賃金労働者(農業労働者)となりました。旧領主の方は、農民にささげさせた土地と共同地をえて土地をむしろ拡大することになり、従来の封建的領主制による領地経営を、この拡大した土地で農業労働者を雇って経営する資本主義的農場経営に切りかえることができました。こうして変化した経営のありかたを、経済史学では「ユンカー経営」といいます。中世以来のグーツヘルシャフトに代わる表現です。領主裁判権も警察権も残し、未解放の農民もけっこう残ったそうです。ここにドイツの古い体質が20世紀までもちこされた、と批判される改革でした。


Q29 
草稿用紙に解答を書いてから解答用紙に写す、というやり方をしてきました。時間ぎりぎりになりますが……。

29A やめた方がいいです。時間的に余裕のある場合は別として、たいていは時間切れになり無理です。草稿用紙は構想メモを書くために使えばいい。文字を埋めてから写すものではありません。


Q
30  こんにちは。僕は高3で一橋大学志望です。先生のHPでみて、論述の参考書にみられる誤りの多さに驚きました。そこで質問させていただきたいことがあるのですが、赤本、青本、各参考書が誤りだらけなのなら、何を使って勉強していけばいいのでしょうか? 僕はまだベースができてないのでしばらくは基礎を固める予定ですが、いずれは論述の練習に移りたいと思います。気になるので教えていただけますか? 反抗的な響きがあるかもしれませんがその意図は無いです。

30A 「赤本、青本、各参考書が誤りだらけ」ではありません。
 一部に誤りがあり、大半は正しい解答を出しています。批判をするとどうしても誤りが目立つので「誤りだらけ」という印象をもってしまいます。
 しかし真剣に学習している学生にたいしては、できるだけ誤りのない解答をだすべきで、多くの参考書は失礼なことをしていることはかわりありません。
 一橋の場合なら、2003年度の第三問のB「中東で生じた事件を一つ取り上げ」とあるのにフランスでおきた「ドレフュス事件」をあげたら得点できません。これは何もわたしが言わなくても学生でもわかる誤答です。
 合否はわずかな差で決まりますから、受験生の立場でもっと真剣に解答をだしてほしいものです。
 「何を使って勉強していけば」というのであれば、どんな参考書でもいいのです。どれであれ、過去問を提示しているのですから、問題文を見ることができますし、解答・解説も参考になるはずです。ひどくはずれた解説・解答は出していないからです。ただそれで得点が完璧になるかは別のはなしです。ときに的外れのもあります。参考書だけでなく模試でもそうです。それらのものに誤答がないか、はじめから信用しないで冷静に見つめることが必要です。
 参考書が信用できないので、わたしは『練習帳』をだしました。結局じぶんで批判する力を養わないかぎり、他人のも、ましてじぶんのも批判的に見れず、結局満点に近づく答案はいつまでもできないからです。受験場ではどんな参考書もじぶんの助けにはなりません。たいていは(参考書で)見たこともない新しい問題に直面しますし、過去問の解答を暗記してきたものは、ここでいかに無駄であったかを知らされますし、なにより目の前の問題にどう対処するかが迫られています。その際、役に立つのは、どこかの有名予備校の名前でも講師でも参考書でもなく、じぶんの鍛えてきた(かどうかは知りませんが)頭だけです。頼れるのはじぶんだけです。
 じぶんを鍛えることが肝心です。鍛える、とは知識をためること、その知識をつかって問題にあわせて思考する訓練をすることです。『練習帳』を勉強されることと、じぶんの書いた答案をだれかに添削をしてもらえば、この訓練はできるはずです。


Q
31 論述の解答に体言止めをつかってもいいのでしょうか? 「体言止め 」をつかわないのが日本語文として正しいのではないでしょうか? 現代文では体言止めを使うと必ず赤のチェックが入ります。

31A 体言止めばかり使うと堅苦しい文章になり、スムーズには読みにくいものです。しかし一部に使う程度なら、それほど読みにくいものではありません。現代文の先生たちは神経質に赤を入れるかもしれませんが、それほど気にすることではありません。今日から新聞でも小説でも体言止めがあるかどうかを気にしながら読んでみてください。日常的に体言止めをつかっていることが判明するでしょう(朝日の「天声人語」が代表例)。体言止めを好む作家もいます。たとえば丸谷才一は小説でなく評論で体言止めを使う名手です。最近の本では、山口仲美著『日本語の歴史』(岩波新書)には頻繁に体言止めが使われていますが、違和感はありません。樺山紘一著『地中海』(岩波新書)にも何の躊躇もなく体言止めが使われ、まるで体言止めが文体にまでなっています(著者は現東大名誉教授の歴史家、1995年の東大の論述問題「地中海におきた文明」の作問者と推測できる人)。
 受験生がつくらなくてはならない解答は短いですから、体言止めを使わないと書ききれない問題もあります。当然ながら予備校の解答例にもあります。最近の解答例から体言止めの実例をあげておきます。つまり多用しなければそれほど気にする必要もないことです。下の解答は読みにくいですか?

河合塾 一橋02)
聖職叙任権闘争。1O世紀に成立した神聖ローマ帝国では,皇帝が領内の聖職者を任命し,奉仕を義務づけて帝国支配の基礎とする帝国教会制がとられていた。11世紀にクリュニー修道院の教会刷新運動が展開されると俗人である皇帝の聖職叙任が問題となり,その影響を受けて教会改革を進めた教皇グレゴリウス7世は聖職売買を厳禁し,皇帝の聖職叙任をそれに当たるとした。皇帝ハインリヒ4世は教皇の廃位を謀ったが逆に教皇から破門を受け,1077年カノッサの屈辱事件で教皇に屈服した。クレルモン公会議に始まる十字軍が聖地奪還に成功すると,教皇の権威は上昇し,これに対して皇帝側は教会財産の押収,俗権の停止などで対抗したが,1122年皇帝ハインリヒ5世は俗権授与と聖職者選挙への立ち会い権を確保した上で教皇の叙任権を承認するヴォルムス協約を結び,教皇との妥協を図った。その結果教会勢力の皇帝権からの自立が明確となり,皇帝権の神聖性は失われた。(399字)

河合塾 京大04第4問)
(15)人間存在を不条理な存在としてとらえ、その在り方を追求する立場

代々木 東大04)
16世紀、スペイン・ポルトガルの海外進出により世界経済の一体化が始まった。スペインはポトシなど新大陸の銀山を開発、これらの銀はマニラ経由で明に流入して墨銀とよばれた。日本銀や墨銀が流入した結果、明は諸税を銀で一括納入する一条鞭法を始めた。当時、国際交易の中心はアントウェルペンだったが、17世紀にはアムステルダムに移った。また、東欧は西欧への穀物輸出地域になり、プロイセンでは賦役労働で穀物の商品生産を行うグーツヘルシャフトが現れた。一体化は17世紀半ば以降さらに進展、西欧の武器などをアフリカに運んで奴隷と交換、それを新大陸で砂糖などと交換して西欧へ運ぶ大西洋三角貿易も活発化した。すでに西欧では、銀の大量流入によって物価が急激に上昇する価格革命がおこっていたが、その結果、封建勢力がさらに没落して絶対主義化が促された。絶対主義諸国は重商主義を採用、その担い手である各国の東インド会社は各地で衝突したが、18世紀にはイギリスが覇権を確立した。イギリスによるインド支配の結果、イギリスにインド産綿織物が流入して産業革命を刺激、イギリス主導の一体化がはじまった。

駿台 東大04)
解答例4
1869年レセップスにより開通したスエズ運河はイギリスとインドの距離を半分に短縮した。イギリスは75年その株式を買収し、82年アラビ・パシャの反乱を鎮圧してエジプトを植民地化し、3C政策を展開した。これに対抗してドイツはバグダード鉄道敷設権を獲得、バルカン・中東に3B政策を展開した。世紀末汽船はそれまでの帆船に代り、大量輸送を可能にし、労働力の輸送やアジア・アフリカからの留学を容易にした。有線電信に始まるモールス信号は、世紀末マルコーニの無撤電信にも応用され、アジア・アフリカにも世界のニュースは伝えられた。ドイツの膠州湾租借を機に欧米による運輸手段で失業した中国人は扶清滅洋を唱えて義和団に投じ、北京を占領、列強の鉄道を破壊した。1904〜05年目露戦争での日本の勝利の報は、インド人の民族意識に刺激を与え、インド国民会議は06年カルカッタ大会のスワデーシ、スワラージ等4綱領で英のベンガル分割令に対抗した。またイランのカージャール朝でも日本勝利の報は刺激となりイラン立憲革命が起こった。ガンディーは英留学で弁護士となった後、南アフリカでインド人の権利擁護闘争でサティヤグラハを創め、第一次大戦後これをインドにもちこんで拡大した。

駿台 東大01)
解答例 2
ナイル川下流域のエジプトは前3000年頃ファラオによりて統一さたが、肥沃な穀倉地帯であったため、外来勢力の侵入をうけた。前2000年紀には西アジアから侵入したヒクソスに征服され、新王朝の下で独立を回復したが、前1000年紀にはクシュ人・アッシリア・アケメネス朝の支援を経て最終的にギリシア人のプトレマイオス朝が成立した。アクティウムの海戦でロ一マの属州となったが、7世紀アラビア半島から興ったイスラム教徒に征服された。10世紀チュニジアから興ったシーア派のファーティマ朝が首都カイロを建設して以後、東西交易の中継点として繁栄。サラディンのアイユーブ朝を経て、13世紀マムルーク朝はモンゴルの遠征軍とキリスト教徒の十字軍を撃退したが、16世紀オスマン帝国に征服された。英仏の第二次百年戦争の一環として、18世紀末フランスの軍人ナポレオンがイギリスとインドの中継点エジプトを占領、続いてイギリスも出兵したが、19世紀初頭ムハンマド・アリーがかこれを撃退してエジプト総督に就任、1830年代トルコと戦ってエジプト国王に即位した。第一次大戦中イギリスの保護国となったが、第二次大戦後エジプト革命で王政を倒したナセル大統領はスエズ運河国有化を宣言、これに反対して出兵した英仏・イスラエルを世論の支持で撤兵させた。


 このように体言止めを使っているのに、使っているひとたちがハッキリ体言止めが許容できることを発言していません。そのため、わたしだけが体言止めを推奨しているかのように錯覚しているひとたちもいます。使っていいかと受験生に是非を問われるので、許容できるといっているだけです。しかし、体言止めを多用する受験生には使わないようにたしなめることにしています(わたしが教えた受験生の、このHPに掲載している再現答案にも体言止めをつかった例がありません)。


Q32 もうひとつ、主語抜き文も現代文の講師には赤ペンを入れられてしまいます。先生の『練習帳』のコラムに「主語はときにはなくてもいい」と書いてあり困ります。

32A 主語を執拗に書くことを強調するのは、とくに現代文の講師(教師一般・日本語文法学者)によく見られる傾向です。しかしほんとうにそうなのか。そんなに分かりにくいことなのか、という疑問をわたしはもっています。井上ひさしという作家は日本文をうまく書く方法として主語を書かないことを提唱しています。実際に新聞や随筆・論文で主語のない文章はなんぼでも日常茶飯事的に見ることができますし、そういう文章を悪い文章とはわたしはおもいません。まして受験での解答文は主語はなくてもいいことが多いのです。
 なぜそうなのかというと、現代文の講師の一番わかっていなことは、解答は出題者に向かって述べる文章であって、なにもしらない一般世間にむかって発する文章ではないことです。問題があって解答がある、という、これは密室のできごとであり、問答といういいかたがあるように、相手があって初めて成り立つもので、解答文は問題によりかかっているし、また、よりかかることではじめて解答が成立します。問題を知らないひとに分かる必要はないのです。解答は対話の一方にすぎません。わたしの解答について解答だけ見て主語がないとわめくひとがいますが、問題文がすぐ近くにあることを無視しているからです。主語(主題/主テーマ)はたいてい問題文に書いてあり、そのことをいちいちまた言わなければならないほど無知な相手にむかって述べるものではないからです。問題のテーマもひとつかふたつ、ひとつの国、ふたつの国程度のことです。現代文の講師たちはなにか学界発表とか文学作品とかのつもりで文章は書かれるべきとおもっているふしがあります。問いがなんであれ、一般世間に出しても恥ずかしくない文章(解答)であるべきだとおもっているようです。これは錯覚です。だいたい主語不可欠を金科玉条にしている講師たちは主語病にかかっており、これは黒船以来の日本人の劣等感が反映しています。現代文の教師たちはだれであれ、金谷武洋著『日本語に主語はいらない』(講談社メチエ選書)に反論してほしいものです。その上で、わたしにも文句をどうぞ。

Q33 論述の勉強のために年代(年号)を暗記する必要はありますか?

33A このことは拙著『世界史論述練習帳 new』(パレード)のコラム(p.27〜28)にも書いています。もちろん必要です。というのは論述問題は細かい年代を問わないものの、○○世紀から○○世紀までのテーマについて書け、という問い方が圧倒的に多いため、課題の世紀に合ったデータを入れていかないと解答にならないからです。また世紀からはずれたデータは減点対象になります。受験場で自信をもって入れることができるには、年代を覚えておくと確実です。細かい年代をおぼえる必要はありません。推薦している中谷まちよ著『世界史年代ワンフレーズnew』(パレード)のセンター試験向きのものをおぼえるといいです。この語呂本の半分くらいです。ぱっ、と課題に合ったデータををそろえることができるようになり構想メモも早くつくれます。

Q34 設問番号を含めた字数で論述しないと字数オーバーとして減点されるのでしょうか? 冬の東大実戦模試では改行してしまって論述で三点も減点されました。夏の実戦模試では今回と同じように書いて減点されなかったので気にしていなかったのですが……。やはり“設問1”などと行の頭に書いて30字が字数だとしたら27字以内として論述するべきですか??

34A 第1問は、解答欄(イ)に17行(510字)以内で
第2問は、解答は,解答欄(ロ)を用い,設問ごとに行を改め,冒頭に(1)〜(3)の番号を付して記しなさい。
……というのが通常の書き方の指示です。
ですから、第1問は解答用紙にすでに(イ)が印刷されていますから、問題番号を書き入れる必要がありません。ときに1問の中に2つのテーマがあり、それを番号(たとえば(a)(b))を入れてから書きなさい、という指示があるときには、(a)(←1字分)と初めのマス目に入れてから書き出せばよく、つぎに(b)と途中で入れてから次の答案を書いていくことになります。もし500字以内の問題であれば、498字分が解答範囲です。
 第2問の場合は、行を改めてから、最初のマス目に(1)(←1字分)と初めのマス目に入れてから、4行(120字)でということなら、119字で解答を書くことになります。けっして「設問1」などと書く指示は出されたことがありません。
 改行してしまって論述で三点も減点……なぜそうなったのか分かりません。8月も11月も同じ問い方でしたから、採点ミスでしょう。


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