夢のし尿処理技術

長野県、伊那中央衛星センター職員の熱意で実現

●汚泥分解力高い細菌に注入
●空気調整し無臭化
●汚泥は堆肥に利用

●1億余の経費節減

 臭いを出さずにし尿を処理でき、処理後の水で淡流魚のイワナが泳げ、残った汚泥は堆肥の種菌となる。そんな夢のような、し尿処理技術が長野県、伊那市伊那中央衛生センターで稼動している。研究熱心な職員の熱意で実現したこの技術には、特定の細菌が有効に働いているという学術的裏付けもでき、技術普及のための団体も発足した。

後藤隆行(ジャーナリスト)

技術の確立

  同センターは昭和55年、現在の施設に改新。無臭処理になるよう統計されたが、稼動を始めるとほかの施設同様、悪臭がプンプン。これを何とかしたいと62年から、職員が立ち上がった。


 空気を吹き込むことで汚泥のなかの生物を増殖させ、生物の分解力を利用してし尿を処理する方式を採っている。

 この方式では、原生動物が有効な働きをするとみられてきたが、管理係長の青木満さんは汚泥に含まれる細菌の動きに注目。処理槽の中の汚泥を取り出し、原生動物などとともに顕微鏡で観察し始めた。細菌などの種類や数の状態によって、送り込む空気や汚泥の量を調整していくうち、平成元年に無臭化を達成。理想的な細菌の状態を保つことで、処理後に残る汚泥量を減らしていった。

 その後、信州大農学部の入江亮鐐三教授(生物有機化学)らと細菌を反応実験で調べ、その中からバチルス属という細菌の分解力の高さを付きとめた。バチルス属を増やすことで、処理の効率化が進んだ。

数々の副産物

 人にとって利用価値が少なく、辞書でひくと「害するもの」という意味もあるパチルス。だが、この生物のおかげで確立した技術は、数多くのおまけを生み出している。

 処理後の水は、BOD(生物化学的酸素要求量)が設計基準比約8分の1、法規制値比約15分の1と飛躍的に減った。この水を使ってイワナの稚魚を飼い始めたところ、2年以上も生き続けている。

 残った汚泥は、鶏ふんなどと混ぜて発酵させると堆肥になる。市販され、白菜のネコブ病に効果があるという。


 脱臭やろ過に大掛かりな装置を使わずに済むおかげで、全体経費も設立当初と比べて年間1億2千万円以上軽減できている。

普及への課題


  同センターの取り組みに対し、全国各地から視察が相次ぎ、既に実践しているし尿処理場もある。下水道への転用も図られ、福井県敦賀市の下水処理場で実施されている。食品工場の排水処理にも利用されている。韓国の都市から、議員団が視察に来たこともあった。この技術を一層普及させる目的で昨年4月に「新活性汚泥技術研究会」が発足した。

 一方で、し尿処理はこれまで現場の経験が頼りという職人肌の世界で、このような画期的な技術も受け入れがたい土壌があるという。縦割り行政の弊害もあってか、近隣の下水処理には導入されていない。

 研究会の発足にはこうした背景もあるのだが、青木さんは「職業イメージのアップにもつながるはず」と普及に自信をもつ。同研究会の座長で水処理工学の第一人者、北尾高嶺豊橋技術科学大教授も「現場で実証され、学術的な裏付けも取れた点で重要な意義がある」と評価している。



メモ

 伊那中央衛生センターは、伊那市、高遠町、蓑輪町など5市町村で組織する伊那中央保険衛生施設組合が運営している。し尿の運搬、処理のほか、ゴミの焼却もしている。12人の職員のうち、技術者は10人で平均年齢は29歳と若い。


(地球人通信1997.4)