香港で白イルカに会う


 「香港に野生のイルカがいる」〜新聞で香港のイルカの存在を知った時の驚きは忘れられない。西洋と東洋、新と旧、金持ちと貧乏・・・・・ごちゃ混ぜの香港、人工的なこの都市に野生のイルカが本当にいるのだろうか。

荒木会巳(イルカウォッチャー)


白イルカの危機


  昨年の夏、翡翠市場の露店で見つけた紅水晶のイルカのペンダントヘッドに導かれたかのように、私は香港にいるピンク色だというイルカについて調べ始めた。通称、香港ピンクドルフィン。学名Sousa Chinensis、英文名Chinese White Dolphin。インド洋に棲むザトウイルカの一種で、南アフリカからオーストラリア、アジア、台湾近海沿岸部に見られる。中国の揚子江カワイルカと共に、アジアの開発、発展が進む中で、絶滅寸前の希少動物に挙げられている。

 生まれた時は70センチ程だが、成長するに従いピンク色になり、285キロ、3メートルくらいになる。口は長く、背びれは小さめ。ショーなどでおなじみのバンドウイルカなどを見慣れた私には、少しずんぐりむっくりに見えてしまう。小魚やイカ、エビを好んで食べ、あまり深くない岩の多い岸辺に群れを作って棲息する。問題はこの棲息地が、香港の新空港建設予定地と同じエリアであるということである。学者は、このままの状況が続けば、あと4年で香港海域に棲息する約70頭のイルカは全滅すると予想する。

棲息地は、新空港建設現場の埋立て地

 薄曇りの日曜日、ドルフィンウォッチの看板を掲げたスタッフを目印に船へ乗り込んた。この日の参加若は約80名。西洋人の家族連れがほとんどだ。地元香港人はといえば、学生グループが2組と家族連れ1組。皆、新聞やスナック、飲み物などを持ち込み、ピクニック気分でおしゃべりしていた。

 隣に座ったのはカナダからやってきた環境学を専攻している女子大生2人組。「インターネットでこのツアーを知って、休暇を兼ねて参加した」という。

  ビクトリア湾は、庶民の足となっている、たくさんのフェリーが行き交う。出発して約30分、青馬大橋が見えてきた。新空港と市街地を結ぶ大動脈になるであろう大プロジェクトは、機内からも見ることができた。この辺りからコンビナートや工業施設が目立ってきた。

  1時間が経過すると、船酔いする子どもが続出した。スタッフはしょうがのスライスとばんそうこうを持って船内を走り回った。手首に貼ると船酢い止めになるのだそうだ。大橋を過ぎ、右手の島の南岸には土葬の墓が見えた。緑に囲まれ海を望む風水の良い永眠にふさわしい墓地であろうが、はてさてここに眠る皆さんの頭上を高速道路や鉄道が走ることになろうとは思いもよらぬことだろう。

  世界最大の埋立て地、新空港建設現場の北岸へ到着する。この周辺が白イルカの棲息地だ。スタッフはこの辺りで確認されたイルカの写真を回覧し「100年前の開発されない、イル力や人間にとって緑の多い過ごしやすいいい場所だったことを想像してごらんなさい」と言った。


中国返還祝賀のシンボルに

  大きなトロール船が数隻漁をしていた。餌となる魚を求めて白イルカがこの近くに現れるだろうという船長の読みが当たり、白い背ビレが現れた。潜っては頭を出す。周りには魚(ボラ)が跳びはねている。歓声があがった。45分間、そして別なスポットに移動して約1時間、私たちは夢中で白イルカを目で追った。先のカナダから来た女学生の2人は、「こんなに巌しい環境の中で、白イルカが生きていることに驚き、同時にこの自然を守っていく必要があること、今日、見聞したことをひとりでも多くの人に伝えたい」と言った。

  踏み出したばかりのこのエコツーリズムは、試行錯誤中だが、人と白イルカの関係をとらえ、人間と白然が仲良く共存していける方法を工夫していこう、お互いがよりよく生きていこうという意識を高めるきっかけ作りとなったらおもしろいだろう。

 神話や伝説の中でイルカが人聞を導いたり、守ったように、白イルカが正しい自然と人間の共存のあり方へと導いてくれたら素晴らしいだろう。

 香港の中国返還祝賀のマスコットシンンボルが、この白イルカに決まっている。歴史的一大イベントとして世界中が注目する香港返還と共に、私は白イルカの将来を見つめていきたいと思う。試行錯誤の歴史の中で、世紀末というステージで、私たちは白イルカとどう共演していけばいいのだろうか。



香港海域の白イルカの死亡要因は?


◆下水のたれ流し

 洗濯水などの家庭排水や工場排水など、消毒処理がなされていない未処理の下水が毎日15万平方メートルたれ流されている。

◆有害化学物質の流出
 現在使用が禁止されている有毒物質のDDT(中国ではまだ殺虫剤として利用)とポリ塩化ビフィニルはイルカの細胞から高濃度で検出されている。

◆相関関係にある要因
 他には魚の乱獲、船舶運航状況などがあけられる。餌が不足すると、空腹になったイルカは新陳代謝のために有機塩素などの毒素を蓄積した脂肪細胞を使う。すると血液中の免疫システムが弱まり、そこへ下水に含まれるウイルスやバクテリアなどを摂取すると、病気にかかりやすくなるなど、全てが相関関係にある。



メモ


  昨年5月、3週間程の間に8頭のイルカの死が確認された。このうち4頭は赤ちゃんイルカ。96年生まれのイルカは4頭しか残っていないことになる。だが、実際の総数は、発見される前に腐敗したり、沈んだりしてしまうことから、発表された数よりずっと多いことが予測される。

  愛媛大学の田辺博士の報告では、有機塩素が問題ではないかと予測している。有機塩素の体内蓄積は、脂肪組織にあるため、肉食動物は、その濃度も高くなる。イルカの母乳は40%が脂肪なので、母イルカは赤ちゃんイルカ(とりわけ最初の子ども)へ高レベルの毒素をあげてしまうことになると説明している。

  体内蓄積は免疫を弱くし、伝染病にかかりやすくなる。オスイルカの方は母乳として体外へ毒素を排出する能力をもっていないので、死亡率は高くなっている。実際、最近の大人イルカの死で、性別の確認ができたものはすべてオスイルカだった。

 ちなみに香港に住む人間の母乳のPCBレベルを調べたところ、他より高かった。おそらく地元シーフードによるものと考えられる。

(地球人通信1997.4)