ワールドレポート
メキシコのストリートチルドレン

ボクが家を出た理由 ストリートチルドレンを生み出したもの

 
 人ロ約2千万、世界最大の人ロ集中都市、メキシコシティ。この街では、多くの子どもたちが通りで生活している。彼らストリートチルドレンは、現在街に2、3万人ほどいると言われている。この数字には、陰で売春や家政婦労働に使われている少女たちは含まれない。プラジルのように、麻薬絡みの大組織がストリートチルドレンを操る、ということはないが、大人の都合で、子供たちが振り回されていることに変わりはない。


工藤律子(ジャーナリスト)


家出して路上で生活する


 「オレたちふたりは兄弟さ。こいつ(一緒にいる弟)の下にチビがいるけれど、それは違う男の人の子どもさ。父さんはとっくに死んじゃったんだ」


  話しかけると、気軽に身の上話をしてくれたファン・マヌエル(14)。彼は、義父のいじめを逃れ、弟のマリオ(13)と共に街頭で暮らしている。メキシコは、「マチスモ(男性至上主義)社会」のため、男が次々と女を替え、残された女が新しい連れ合いを探すことがしばしばある。連れ子となった子どもの中には、新しい父親に馴染めなかったり、いじめられたりして、家を飛び出す子も多い。


  実の両親が揃っている家庭でも、失業や低収入を苦にした親が子どもに八つ当たりし、家出に追い込むことがある。「母さんが何でもボクのせいにして殴るんだ。だから、決心して家を出たんだ、ずっと前にね」


 家を出て4年目の少年ロベルト(12)は、半寝ぼけでそう話す。深夜のバスターミナル。眠いくせに、話し続ける。お父さんは日雇いの露店商であること、仕事のない日も外でブラブラしていたこと、自分は家出してから何度も施設に人れられては逃げ出していること・・・・。彼の家族は、貧しかった田舎暮らしを捨て、部会に職を求めてやって来た。ところが、過剰な人口集中に喘ぐ都市は、新参者に職を与える能力をもたず、両親は荒れ、子どもを家出にまで追い込んだ。

  「ボク、大きくなったら、車とトラック、それに飛行機の運転手になりたいな」 ロベルトは家庭の記憶よりも今の夢に生きようとする。


寄り添って生きる子どもたち

  深夜近く、市内の大きな長距離バスターミナルへ行くと、シンナーのような匂いが漂っている。大勢の子どもたちが、いつもの薄汚れたよれよれの服に身を包み、チョモと呼ばれる接着剤を吸っていた。みんな10歳から18歳くらいだ。各々の家庭の事情で家出してきた彼らは、互いの傷を慰め合うかのように、つねに寄り添って生きている。


  食べ物は3個100円ほどのタコスや、パンにハムなどが挟まったトルタ。

これも100円。同情する通行人からもらったり、車のガラスを拭いたり、物を売って稼いだ小銭で買って食ベている。飢えることはなさそうだが、栄養がかたよっているので、視力や学習力が極端に落ちた子が多い。寝場所はターミナルや廃屋の片隅。年中わりと温暖なため、凍死の心配はあまりない。


  彼らにとって「通り」は「避難所」だ。「逃難所」にいる子どもたちを、政府の保護施設の職員たちが、夜、保護して歩く。「ストリートには危険が多いので、施設に保護して、家庭のように規律のある生活を教える」という考えだ。


  しかし、たいていの場合、子どもたちは、落ち着く前に脱走してしまう。施設は堅苦しうえに、本当に必要とするものをくれないからだ。食べ物やベッドや遊び場はある。が、一番欲しい「父さん、母さんのぬくもり」は、そこでは感じられない。


  「施設には限界がありますから、親のもとで暮らすのが一番なのですよ。しかし家庭が荒れているケースが多く、どうしようもないんです」と、施設所長はため息をつく。


南北問題の歪み


 親の離婚、浮気、失業、家庭内暴力・・・、子どもたちがストリートチルドレンになるきっかけは、常に大人が抱えた問題にある。


 貧困と「発展」の狭間に生きるメキシコの社会は、多くの矛盾に歪められ、大人たちの心を荒廃させている。そのツケが子どもたちにまわされ、ストリートチルトレンを増やしていく。忘れてはならないのは、こうした第三世界の社会の矛屑が、実は私たち先進国の身勝手に由来しているという事実だ。貧しい国の人々から得る安い原料や労働力を利用して、私たちは豊かさを享受している。

  世界を見渡せば、この豊かさの罪なき犠牲者たち=ストリートチルドレンが3千万人、あるいは1億人もいるという。彼らは辛い気持ちを押し隠すかのように、常に明るく元気にふるまう。が、その笑顔に安心して、私たちは問題の本質から目をそらしてはいないだろうか。子どもたちの未来のために、私たちは今、世界の現実をしっかりと見すえ、問題と取り組まなけれはならない。

地球人通信1996.7)