イスラムの国の楽しみはバザールにあり(ヴィー・トラベル2003.8)

  西アジアでも、中東地域でも、イスラムの国々を旅していて、思ったよりも退屈しないで過ごすせるのは、あの賑やかなバザールの存在が大きいような気がする。トルコでも、ヨルダンでも、エジプトでも、大きなバザールは、古いモスクがある旧市街地に多く、外国人観光客だけでなく大勢の地元の人たちでいつも賑わっている。

  どこからともなく流れてくる、あの独特の音色をもつアラブ音楽に誘われて、こちら日本人の旅人も商品を山積みにした間口の狭い商店がぎっしりつまったバザールに紛れ込み、雑踏にもまれながら異国情緒を心ゆくまで楽しむのだった。
文=つかもとこうせい



イスタンブール/トルコ
生活の香りが漂うエジプシャン・バザール

  日本からのツアー客、外国人観光客が必ず立ち寄るのが、カパル・チャルシュ(屋根つき市場)と地元では呼ぶ、あのグランドバザール。薄暗い丸天井の商店街の中には、織物屋があるかと思うと、靴屋があったり、カセットやCDを売る店があったりする。ちょっと間口が広い大きな店は、絨緞屋。水たばこの器具を売る店はヨーロッパからの観光客に人気がある。

 レストランももちろんあるし、トルコ名物のドネル・ケバブの専門店もある。垂直の鉄棒に、薄く切ったラム肉を何重にも巻きつけ、ゆっくり回転させながら炭火で焼き上げるケバブである。最近では、東京でも見かけるが、なかなかの美味。トルコ料理といえば、すぐ頭に浮かぶのがシシカバブだが、オリーブオイルで揚げたひき肉入りのナス、さやいんげん、玉ねぎ、ひき肉、トマト、ピーマンなどの入ったオリーブオイル煮といったものもあり、料理の種類は結構多い。それもそのはず、世界三大料理として、フランス料理、中国料理、そしてトルコ料理という説があるほどなのだから。

  しかし、僕としては、ガラタ橋近くの岸壁の下で、小舟の上で作りながら売るサバのフライのホットドックが気に入っている。海に身を乗り出し、落ちそうになりながら、手渡されるホットドックのうまいこと。揚げたてなので、臭みもなく、一食だったら毎日食べても飽きそうにない。

  さて、グランドバザールだが、僕は、ここではあまり買い物はしないことにしている。というのも、昔はともかく、現在は、ほぼ全店とも、観光客を主な対象としていて、真剣に値引き交渉をしても、その甲斐がない。その価格は、ツーリスト・プライスに、″スーパー″をつけたいほどだ。

 イスタンブールには、さまざまな民族が入り混じって暮らしている。例えば、ギリシャ系、アルメニア系、クルド系、アルバニア系などだが、そのさまざまな顔がうかがえるのが、イエニ・ジャミモスクの裏手にあるエジプシャン・バザール、地元の人たちからはミシル・チャルシュ(香料市場)と呼ばれているバザールだ。このバザールの中を、身の丈、倍はあろうかという荷物を担いで歩いているのは、クルド人だそうだ。商品の香料の香りとともに、ここには、イスタンブールの生活の縮図が詰まっている。この近くの露店で、焼きトウモロコシを買って食べたり、果物屋をひやかして歩くほうが、僕には合っている。




アンマン/ヨルダン
シリア人経営のゴールデン・スーク

  アンマンの旧市街に、エル・ハッサンという由緒あるモスクがある。背後には、丘陵地を利用して建設された古代ローマの円形劇場跡がある。フィラデルフィアと呼ばれた観光地で、ヨルダンを訪れるツーリストは、ジェラシ、ぺトラ、死海とともに、必ず見学に立ち寄るところだ。

 このエル・ハッサン・モスクの前のロータリーを渡ったところに、ゴールデン・スークがある。指輪やネックレスなど金製品専門に売る店が数十軒を連ねて密集している。ブルクをかぶった地元のご婦人たちが、連れを伴って大勢買い物に来ていた。

  結婚して、ここアンマンに長く住んでいる日本人女性の話しによると、ここのゴールデン・スークの経営者は、ほとんどシリア人で、みんな中東でも凄腕として評判の高い商人たちだそうである。では、ここのパレスチナ人は、と問うと、彼女は、パレスチナ人は、どちらかというとホワイト・カラーに属し、専門職、技能職に就いている者が多いと応えていた。では、イラク人はと聞くと、激高しやすく、やや粗暴なところがあり、他のアラブ人も用心しているように見受けられると言っていた。当然のことながら、アラブ諸国のなかではそれなりの民族的個性があるようだ。

 このゴールデン・スークには、菓子屋も多く、アラブ特有のやたら甘い菓子が売られていた。あるいは貴金属を買いに集まってくるご婦人方をターゲットにしてできたのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
写真キャプション)
1.イスタンブール最大の国際的に有名なグランドバザール。観光客、地方からのおのぼりさん、地元住民で賑わう 2.独特の模様が美しい絵皿の数々 3.イスタンブール旧市街のガラタ橋近くで食べた抜群にうまかった!サバのフライのホッドドック 4.イスラム圏名物のケバブ。焼きたてのケバブのサンドイッチは観光客にも人気 5.グランドバザールに比べて庶民っぽいエジプシャン・バザール、通称、香辛料市場 6.料理に使われるオリーブも山盛り 7.ヨルダンの首都アンマンのゴールデン・スーク



カイロ/エジプト
騙されるのもバザールの楽しみ

  カイロに赴任していた友人を訪ねたとき、彼の案内で、今有名なカノン・エル・カリーリ・バザールをのぞいたことがある。通りから、一歩バザールに踏み込むと、待ち構えていた客引きの少年数人が駆け寄ってきた。エジプトの言葉はわからないが、「僕の知っている店は安いんだぞ」といった口調で、少年はある小さな店に招きいれた。もちろん、観光客相手のみやげ屋である。正面のショーケースの向こう側には、店主らしきおやじさんがいる。

 手元のショーケースの台の上、背後の柵には、赤いラベルが貼られた小型の細いビンがずらりと並べられていた。「いったい、これは何ですか?」と聞くと、「これか?」といった表情で、小ビンの蓋をとって差し出す。においを嗅げということらしい。香水だった。店の主人は得意気に「これは、クレオパトラも使っていたエジプトのバラの花からといった香水だ」と、たちまちセールス・トークが始まった。「天然もの」だというが、確かに匂いにいまひとつ冴えがない。「いくらなの?」と聞くと、「10ドル」という。「えっ、10ドル? こんな小さなビンで?」と聞く。「1ドルだったら買ってもいいよ」と笑って言うと、話しにならないという顔をした。もともと欲しいと思っていないので、「じゃ、またね」と帰ろうとすると、「ちょっと待て、3ドルでいいよ」と声をかけてきた。冷やかしだけでは悪いと思い、僕が1本、友人が奥さん用に5本買ってそこを出た。

 少し歩くと、また子どもたちが声をかけてくる。今度は「アレクサンドロス、アレクサンドロス」と繰り返す。友人が「何だ、アレクサンドロスって?」と聞くと、「宝石だ」という。また1軒の店に連れていかれた。友人が「それならアレクサンドライトじゃないのか?」と聞くと、奥のおやじさんが、「そうだ」と答えて出てきた。「この子はアレクサンドロスといっていたが?」と確認すると、「エジプトで有名なのはアレクサンドライトだ」と強調した。友人はおもしろがって1つ買って、奥さんへのおみやげにした。後日、その友人から聞いたところによると、「あの石は、有名なアレクサンドライトではなかった。しかし、アレキサンドロスといった宝石も聞いたことがない」ということだった。つまり、僕たちは、みごと、バザールのしたたかおやじに騙されたというわけである。だが、これもバザールの楽しいところだ。