中国往来記
不思議な咳止め
牛 春燕


  私のコレクションといえば、絵から水晶、漢方薬、ブレスレット・・・。これらにどんな統一性があるのか。実は、私がコレクションしているのは、これらに隠されている物語だ。


  ここにガラスビンに入った生薬の粉がある。通訳の仕事で、中国へ行った時に手に入れた。 東京を出発する時から咳が出ていたが、北京に着いた頃には咳込むようになり、洛陽に着いた時には声がかれていた。現地のカイドさんから風邪薬をもらっても、全く効き目がない。東京を出て五日目、私の故郷西安に入った。夜、私の宿泊するホテルに両親が会いに来た。

  漢方医の母に、咳止めの薬がほしいと頼んだ。母はすぐに家に戻り、1時間後、生薬の粉とラップに包んだネギのおろしを持ってきた。母は得意技を披露するかのように、手早くへその上に載せ、ばんそうこうでとめた。これで本当に効くのだろうか。一か八か、どうでもいいから効いてくれ。

 
  翌朝、目が覚めると、不思議なことに咳が止まっている。ばんそうこうをはずすのは24時間後という母の言いつけを守ってそのままにして仕事に出た。昼になると、へそがかゆくなってきた。トイレヘ行ってはずそうか。しかし、咳を抑えているんだ、我慢しよう。


  夜、お風呂に入る時にはずしてみるとばんそうこうにそって真っ赤にかぶれていた。母に電話で報告すると、「かぶれは放っておけば治るよ」という。でも、どうしてへそに薬をつけると咳が止まるのだろう。

  母は、「へそは神闕ツボがある、督脈を通して肺と気管がつながって・・・・」 私にはよくわからない。「学問だね」と、母に言った。母は「深い学問だよ」と答えた。


  東京に戻り、辞書を開いて神闕ツボの闕の字の意昧を調べてみた。「神の住むところ」。あら、やっぱり学問が深いね。

(地球人通信1996.7)