わが町には珍しく駅前で路上ライブ。心地よい音色に足が止まる。チラシを見ると、2002年に脱サラし、サックス奏者として活動している中村健佐さん(43歳)という方。

サックスとの出合いは27歳、独学で学んだという。これまで3枚のCDを自主制作。大ホールで1500人を動員するコンサートも開催している。

今のままストリートミュージシャンとして活動を続けたい、そう。活動は春先から初冬まで。都内を中心に晴れていれば毎夜演奏する。ストリートで手売りとネットを中心にこれまでに3万枚のCDを売ったという。次々に人が買い求めていく。
(6月14日)


すべてはうまくいくようになっているから、大丈夫。何も心配はいらない。(6月13日)


北海道の旭川に斉藤晶牧場という、自然の力を最大限に活かした酪農が行われていることを知る。ニッポンにもその土地でコツコツと取り組んでおられる方たちがいる。また、そういうことに着目して研究を続ける方がおられることを知る。
(6月12日)


村のばあちゃんの普段着はもんぺ。腰が直角にまがっていた。町のばあちゃんの普段着はキモノ。背中が丸くまがっていた。
雨にうぐいすの声。(6月11日)


いよいよ始まるワールドカップ。マさんがつくった「サッカー・ドイツ観戦マップ」を、ジュビロイワタのシさん父へ即、転送。「周辺の燃える人たちへ宣伝してください」。ドイツで発行されたマップを翻訳して日本仕様に作りかえた、トーナメント図や特性シールをつけた参加型観戦マップ。<生鮮商品>! 観戦の準備は整った?
(6月10日)



昨日、ハさんからミさんが亡くなったという電話。「えっ!・・・・・・・・・・・。最期はどんなだったんですか?」「安らかな最期だったらしいです」のひとことに、なんだか少しほっとした。通夜には行かず、ろうそくを灯した。

オリーブとかポパイとかアンアン、クロワッサン・・・、カタカナ名の雑誌を出す会社で、「鳩よ!」という詩をテーマにした雑誌が創刊された。平和という意味が込められたもので、その創刊時の編集長がミさんだった。

ミさんと出会った当時はダカーポ発行人であったが、会社を辞めた後も、入院している時にも、ミさんの周りには作家の人やライターや編集者が集まっていた。人の原稿を否定したり、元気をなくすようなことを言う場面は一度も見たことがない。全然違った話をしているようでも、ちゃんと本質を伝えている。おそらく人を見抜く力というか直感のすぐれた人なのだ。

「今、こんなことしている、これからこうする」と伝えると、「うん、いいよ」。そのひとことがどんなに安心であったか。

幕末の話や吉田松陰、西郷隆盛の話は何回も聞いたけれど、聞くたびに話が展開していくので、1冊の本を読み聞かせてもらっているみたいだった。本を頼まれ、書いていたはずなのに、しゃべってしまって・・・。しゃべってしまったらもう、もう書かなくてもいい気分になる。

この2年くらいは、ずっと「オレって運がいいんだよなあ、いつも人に助けてもらって」と言っていた。岩手の農家に生まれ、地方紙の記者になり、上京し、雑誌社へ就職する。新聞社に就職した時は、○○の何さん、東京に来た時は○○さん・・・・雑誌社は○さんと・・・いう具合にいつも人にお世話になってきたと話す。一方、作家の○さんや詩人の○さんは、ミさんのおかげで助けられた、と言っている。読者投稿の選定委員ということで謝礼を出していたらしい。ミさんは「あの時、手伝ってもらえてこちらは大変助かったんすよ」ということだ。

ゲヘヘと笑うミさんの顔が思い出される。
(6月9日)大雨。あじさいが鮮やか



今朝届いた野菜を土産に、デザインのアさんの家へ。「この部分がこの野菜を作った人の原稿」と説明。色やデザインの変更や調整作業。ケさんの意向を伝えながら、画面に出していろいろ試してみる。ネコがときどきなにげなくやってきて可愛く自己主張し、くつろぎタイム。いよいよ最後のカバーデザイン。カバーにはコーヒーの麻袋を使うことに。載せる写真を選び、イメージを固めるところまでの作業。手書き文字の使用は、持ち帰って考えることに。
(6月3日)



税理士さんとのやりとりでお金と向かい合う年間行事の決算期。

活字メディア界での“地域経済”は可能なのだろうか。仲間とインディペンデントで作ったタブロイド新聞版・地球人通信は、そんな試みのひとつ。
エンターテイメント界では流通に乗り、全国津々浦々に行き渡る。お預かりしている原稿は、そのルートで伝えていく。一方、農業のシくんちのように流通を通さず直接消費者と結びつく方法がある。そのどちらの場合でも、同じようにこれまで培ってきた経験を活かし、読む人に届けていこう。未来につながっていけるような本。
この仕事をさせてもらえているのはユやカやツの友だちの支え、助け。仕事で出会う著者、編集者。読んでくれる人がいるおかげ。
しっかり踏ん張って健康でいよう。
(5月31日)


ヘレナ・バーグ・ホッジさんを招聘(ヘレナさん招聘実行委員会)し、「グローバリゼーションからローカリゼーションへ」をテーマにシンポジウムが行われた。その中でヘレナさんは、幸せの指標を求めるなら、ローカルゼーション(地域主義化)に行き着くと言いました。「地域経済がコミュニティに属する感覚や自分とのつながりをもたらしてくれる。自然界とのつながりを取り戻してください。今よりも必ず幸せになることを保証します。幸福の経済に向けて動き出してください。それが懐かしい未来に向けての筋道だと私は考えています」

ヘレナさんが代表を務めるISEC発行の『食と農から暮らしを変える、社会を変える〜行動のためのヒント集』(日本語版NPO法人開発と未来工房、64ページ500円)

(5月23日)


えんどう豆は元気にすくすく30センチ近く育っている、と思いきや、隣同士に巻きつき大変なことになっている。ちまちまと、ほどく作業。棒を立てなくてはいけないのだった。長芋のつるはベランダの柵にぐるぐると巻きついている。
(5月20日)


長芋のつるが1メートル以上に育った。毎朝、見るたびぐんぐん伸びるつる。理科の観察みたいな気分。台所からベランダに移す。藍、矢車草、えんどう豆、、ほうれん草の種を蒔く。


ギちゃんから話し。

高校1年の時、日本国憲法第9条を丸暗記する宿題が出た。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」これを記憶して先生の前で暗誦するというものだった。難しい言葉が多くてあまりよくわからなかったが、戦争することはないって思って、安心感を持った
ことを覚えている

(5月3日)憲法記念日



シラさんから話し。15年くらい前に語っていた原稿が、まとまろうとしている。
アさんへデザイン説明。調和がとれていると馴染むし、とれないと違和感が残る。(5月2日)



タさんから修正原稿を受け取る。タさんの会社では、あたたかな気持ち(=「ふわふわさん」って呼ぶのだそうだ)のやりとりを奨励しているそう。その反対は「チクチクさん」。原稿に「ふわふわさん」言葉が添えられていた。(5月1日)



ブログやソーシャルネットワーキングサイトで、個人の興味・嗜好、必要な情報は簡単に手に入り、発信できる。情報の扱いを再考。スポットを当てたいこと…が、ある。(4月30日)



ハさんから話し。


新聞によると、昨日、インド洋の観光地ザンジバル島北部(タンザニア)で、イルカ200〜400頭が浜辺約4キロに渡って乗り上げ、死んでいるのが見つかったそうだ。
また、新月に。(4月29日)



朝、ラフデザインをアさんへ本日到着便。昼、タさん原稿を作成、ご本人へメール添付。夜、カさんへ預かり原稿を手渡す。
オさんからシーさんと会ったこと聞く。(4月28日)



昨年春、近所の食品店の掲示板に「友だち」募集の紙片を見た。小さな子がいるお母さんのようだった。友だちって何だろうって、思ったことからスタート。男同士の友情って固いものがあるように思えるけれど、女性の場合ってどうなんだろう。それなら……チさんに。大人のための本。実用書にもなる本に…。いよいよその原稿ができたという知らせを受ける。



カさんから翻訳原稿の話し。コさんに協力を仰ぎ、素読み。
(4月27日)



オさん上京の知らせ=オールナイトでロフトでアースディイベント出演。(4月26日)




ユーさん、昨夜。小学校の先生の通夜で、投函できずに残されていた自分宛の手紙を息子さんから受け取ったという。本の感想や励ましが書かれていたそうだ。卒業以来一度も会っていないというから、特別な関係のよう。小学時代のユーさんを知っている先生が闘病中書いた・・・貴重な手紙。
(4月25日)雷



ラフをひきながら、シンプルって、手を加えないと実現しないのではないかと思えてきた。放っておくと、自然界はジャングルになるという。この部屋だって放っておくとあっという間に散らかる。手をかけ続けるからシンプルを保てる。その手のかけ方が、デザインということで、そこが各々のセンスということになる。
(4月24日)



「下のラインに土のイメージ、上は空のイメージを出しましょう。野菜も植物も生き物も土があるから生きているって感じ」と伝えると、「土って大切。植物というコンセントが土に刺さっていて、それによって動物も人間も生きている。今の私たちってコンセントにつながっているというより、充電しながら生きている」とレさん。

シンプルなデザインで。シンプルの意味を問われ、簡素なこと。必要以上に手を加えないこと。無駄のないこと。素材(原稿や写真)を活かすこと。全体で調和がとれていること。美しいこと。人工的ではないこと。思いつくままに伝えると、「自然なことですね」とひとことでまとめてくれた。
(4月23日)



カフェライフへ。肝臓と肺にがんが見つかって手術して2年半が過ぎるミセンセ。サプリメントで現状を維持していたが、最近痛みを感じ、西洋医学の治療を取り入れるつもりという。樺太から63年ぶりに故郷の地を踏んだ旧陸軍兵の話しから自分の話しに。中学一年で敗戦を迎えた。いつもよりも早く学校を返され家に帰った時、じいちゃんが「今日は早く風呂に入って早く寝っぺ」と言ったそうだ。多感な軍国少年は憤りを感じたという。正義ほど怖いものはないと常々話す。

和をもって尊しとなす・・・聖徳太子の17条憲法。「なーなーでよかったんだよ、ニッポンは」。それから日本独特の武士道精神について。「日本人が失くしてしまったものがたくさんある」。なくしてしまったもの、なくなったものって…。(4月22日)
アースデイ



「聞く」という字は門構えの中に耳がある。「それは要するに自分の価値観で聞くこと」と、産業カウンセラーのタさん。カウンセラーの立場では「聴く」じゃなければいけないという。「14の心で聴く。あーかもしれない、こーかもしれない、という想像力を働かせながら相手がどんな気持ちでいるかしらというのが、聴く」。 「傾聴する」カウンセラーはこれを徹底的に勉強させられるのだそうだ。なぜなら、「これがコミュニケーションの基本だから」。
(4月21日)夕方の空の雲の割れ目



強風に煽られ、黒雲が南から北へ移動。ザワザワザワ。大粒の雨がザーっと通り過ぎて、やがて雲がなくなり光がさして、晴天に。空のドラマをスクリーンのように眺める。嵐がうそのよう。天気のように、ココロも、晴れもあれば曇りもあれば雨もあれば、時にどしゃぶりもあるけれど、時間が過ぎると晴れるのが自然。
(4月20日)はたはた焼く。



いいださんが書いていたクラウン(道化師)の人を朝のテレビで見た。安曇野の病院。安曇野は今、桜が満開みたい。入院中の子どもがお腹を抱えて笑っている。クラウンメイクをして衣装を着た塚原成幸さん。「顔で笑って、心で笑う」っていい。心では泣くのだと思ってた。笑う方が真実みたい。<ホワイトマン>さんたちも、同じかも。
(4月19日)



ハちゃんの様子をカさんから聞く。ココロとカラダが離れた状態。正念場。ひたすら話しを聞く2時間。
(4月18日)



本屋で立ち読みしたリンカランに自然分娩で有名な吉村医院。カット写真に、メちゃんを探すがいない。そのメちゃんの夫、パパになったばかりのモーリからみんなに男の子の誕生の報告メールが届く。「親子三人同室で、木の生い茂った中庭を臨みながら、授乳やらオムツ替えやらでてんてこ舞いしながら、楽しく過ごしています。本当に赤ん坊って、かわいいですね。既に親バカしているので、生まれた翌日の写真を添付します。どうぞ見てやって下さい」 可愛い赤ちゃんと、メちゃんの喜びが映っている。報告してくれるパパも、うんと可愛い。
(4月17日)



ナちゃんとアロハナで会う! その前はカルマでばったり、だったし。その前は夢の中でも会った。
(4月15日)オさんどんぐり鉢に、種が飛んだのかしら、ゼラニウムの花が咲いた。



国内の家具・インテリア業界をしょってきた重鎮が上野に集う。海外から入る安い輸入家具やホームセンターに押され、この15年、廃業・倒産、吸収合併が続いていると聞く。家具職人の多くも転職。出席者は共栄するための道を提案し、業界を盛り上げていこうとする人たち。連帯して家具修理に対応するサービスが始まったが、どうも…男性センス。紅一点の女性が、サービスで配る栽培セットのキッドを持って来ていた。女性センスを活かすってこともひとつ。(4月14日)



クさんの番組データーマップの第一回放送を見る。構成とかナレーションのすべてに結集されたクさんの作品。
素敵だった。(4月13日)



母の誕生日に恒例の電話。その時、「子どもの時に話してくれた人のこと、もっと詳しく教えて」と聞いてみた。ばあちゃんは、何かあると、メディスンマン(60〜70歳くらいの女性)みたいな人のところへ行き、死んだじいちゃんを呼んで、アドバイスを得ていたそうだ。その話しの数々は子どもごころにも実にリアルで今でもよく覚えている。青森のイタコとか、沖縄のユタみたいな感じだろうか。民俗学の資料をあたったが、探せない。民話とか郷土史からその手がかりがつかめるだろうか。私が1歳の頃、同席していたらしいが、記憶はない。


4歳頃、歯痛で泣いていると、親戚が「本家のあんちゃんに診てもらえ」と言う。具合が悪くなると、みんなはその家に行って診てもらうのだそうだ。家は農家だし、ふつうの優しいおじちゃんだ。そのおじちゃん、私の頬に手を当て、何かぶつぶつ言っているうちに、うそのようにピタリと痛みがとれた。泣いていた顔の行き場を失い、なんかはずかしいようなへんな気持ちになった。不思議に思い「何でだべ?」と尋ねると、その時、確か「まじない」って言っていたように思う。そんな話しを母にしていると、父が何やら電話口の向こうで騒いでいる。電話に出てもらうと、「そんな話し、口にするんじゃないぞ。迷信だぞ」。その父に、なんで「まじない」ができるんだろうか、と聞いてみると、「親のまねしているうちにできるようになったんだど。もう、とっくに死んだ。今は誰もできねべ」と答える。ほんの少し前には、暮らしの中にまだ、息づいていたのだなぁ。


(4月12日)雨




駄洒落を言わせたら右に出るものはいないユちゃんと古民家カフェin神楽坂。互いに、薪でおふろとか、たらいと板で洗濯とか、ほうきと雑巾でそうじだとか・・・小さい頃にそんな暮らしに触れている。汲取りトイレとその行方についてひそひそ話しをしていたら、「お待たせしました」と、目の前に自家製カレーが。ユちゃんは、間髪いれずに、身も蓋もない(笑)一言をつぶやく。

いつもカラっと楽しいのは単刀直入だから。的を得た真実をついた絶妙なセンスで、周りを楽しくさせてしまう。
(4月11日)雨


シくんから定期的に野菜が来る。箱を開ける時に、今日は何が入っているんだろうかというわくわく感も楽しいし、それを料理している時も、食べている時もうれしい。無肥料か有機肥料で育つ野菜たちは、愛嬌のある顔をしている。一番びっくりしたのは、枯れるということ。スーパーで買う野菜って、枯れるというよりは、溶ける。菜っ葉は、到着してから2日以内に食べつくす。萎びて枯れるっていうのが自然と知る。

(4月10日)


レさんに協力を仰ぐ。息遣いもわかるし、スムーズでスマートで、安心感もある。レさんは、「きっと、何か意味があるんですよ。途中はどんなに大変でも、苛酷な状況であったとしても、終わった時に、よかったね、って思えるものができればいいんです」って言って、自分が携わった映画の舞台裏を話した。肯定的な言葉を発し、よく話しを聞く。プロフェッショナル。こちらも「あの時はどうなるかと思った」って言って笑い飛ばせるかしら。本来の楽しさ、を思い出す。

(4月9日)
花祭り



呼吸が合わせられないと、力を出すタイミングも合わない。漁師さんは「えんやーとっと」と、呼吸を合わせながら網を引く。呼吸が合えば楽しい。「わっしょい、わっしょい」。お神輿を担ぐ時も呼吸を合わせる。呼吸が合えばつらい作業が軽くなる。終わった時、心地よい充実感を感じられる。呼吸がズレていると、重いしつらい。終わった時に疲労だけが残り、喜びが得られない・・・から、それは避けたい。呼吸を合わせるためには、一緒に歌ってみるといい。互いに相手の息遣いを感じながら、歌いきれるといい。

(4月8日)ケ夢。雷



不安定で不確実で、心配ごとがひっきりなしに押し寄せてきても、各自、くつろぎを取り戻す方法を知っているはず。
(4月7日)



そういえば、友だちから「正論」って聞かない。周囲の人たちも「正論」って言わない。「正論」って、口にしたとたんに、高見に立って人を支配して人を傷つける。「正論」は、大勢を相手にして評論家とか批評家の人の言う文句(そういう役回りということもあるのだけど)。届く言葉って、相手との関係性の中で生じた言葉。そして正直に発せられる言葉たち。そうでなければ、言葉って届かない気がする。

(4月6日)桜の花びら風に舞う。


桜の下を歩く人の顔を見ていると、みんな笑みを浮かべている。
(3月31日)



ミヤワキさんは「忙しいとは心を亡くすっていう意味だよ」と言っていた。

ココロある対応ができないでいることが気がかりなら、そのことを伝えよう。相手にはその状況が見えないから。(3月30日)




「のうてんきな」生活ビジョンを共有するためのネットワーキングのサイトを手作りしたカルチャル・クリエイティブ・ナビゲーターのシちゃん。ミクシィみたいな場をサイトに構築。

きょろきょろ・うろうろ・おどおどしながら、サイト内を観光してみる。(まったりと海辺で三線を奏でるビギン似の)シちゃんのツアーガイドに頼りっつぱなし。オプショナル・ツアーもいろいろ用意。

滞在1ヵ月半。馴染みの仲間と言葉を交わすうち、その土地にも慣れて、地図も頭に入ってきた。旅の醍醐味って、あらゆるもの・ひと・すべてとの出会い。異文化に触れて、感じて、そして……自分を知ること。

その場所(サイト)には「心地いい手作りの生活感覚」を持つ、遊び上手なクリエイターたちが集まっている。準備が整ったら、一般公開という。


高円寺のカフェで新月会議。(3月29日)さちゃんが自宅のカギを仕事場に忘れ、泊まりに来る。




うつの人は、受け流す機能が落ちているから、いつまでも記憶するし、いちいち反応して疲れるという。あの時、あーすれば、よかったとか、後悔したり、いつまでも執着している。処理しきれないから。

セロトニン神経が鍛えられている人というのは、その時にすぐに反応できる。怒りもするし、不安にもなるし、喜びもするが、それでおしまい。

悪いことも、いいことも入ってきた情報を、受け流せる。溜め込まない。捨てられる。

「子どもはその時だけで生きています。泣いたと思っても、少し経てば笑っているし、また楽しく遊ぶことができる。子どもって幸せそうな顔をしているでしょう」。そう、子どもがお手本。(3月28日)



シくんのつくる野菜たち〜小松菜の菜の花、三東菜の菜の花、ルッコラのつぼみ。ラデッシュ、葉大根、ミニキャロット〜が届いて、食卓も春の彩り。
(3月27日)隅田川土手ミちゃんとお花見散歩。



コさん、来月から教職につく。「自分の人生に突然、こんな転機が訪れるなんて思わなかった」。受話器を置くと、今度はミさん。離婚したの話し。「2年半かけて出した結論」。新しいスタートを切るふたり。
(3月26日



脳の世界にどっぷり浸かっていた。セロトニン神経は、脳内にあって非常に特殊な働きをする存在。同じ脳幹にあるドパミン神経やノルアドレナリン神経のように、誰にでもわかる、はっきりとした単独の機能はみえてこないらしい。

たとえられる役割はオーケストラの指揮者ですって。しゃべったり、運動をしたり、物を見る、感じるなど、それぞれのパートを担う演奏家が、自分が担当する楽器を演奏している。指揮者は、演奏家が奏でる音を美しくまとめ上げる。

この神経の働きが強いか弱いかによって、各パートの活動レベルが上がったり下がったり、ゆっくりしたり、激しくなったり、脳全体の状態が変わってしまうのだそうだ。

起きている間ずっと、脳全体の活動レベルを調節し、元気な状態を演出しているから、ハピネス神経とも呼ばれるという。

セロトニン神経の働きが弱まると、当然、オーケストラの演奏がうまくいかない。ある演奏家は暴走し、また、別の演奏家はサボタージュを決めこんででしまったり、不調和音の混乱状態に陥る。すると、イライラ、キレる、依存症、拒食・過食、うつ、パニックとか、心身に乱れが生じる。現代のさまざまなネガティブな現象……。

それならこの神経がちゃんと活動できるようにすればいい。セロトニンを増やすためには、お日さまを浴びることと、体を動かす(リズム運動)こと。それからトリプトファンを食べ物から摂ること。セロトニン神経が鍛えられている人というのは、イキイキ、覇気がある。姿勢もまっすぐ、顔もすっきりハツラツ、なのだそうだ。

そういえば。オさんとかケさんとか、ナちゃんやサさんもそうかな。野外に出る機会の多い人って、意欲に満ちて元気に見える。

でも、一日中パソコンの前に座りっぱなしでも、セロトニン神経を活性化させることができるのですって。移動中、お日さまを浴びる。呼吸を意識して颯爽と歩く。ちゃんとご飯を食べる(咀嚼運動)。掃除する時にはリズミカルに(リズム運動)。そして呼吸法。・・・・・それができなくて、バランスの乱れた生活が、こんなふうに脳の働きに影響を及ぼしていたなんて。

昼夜逆転生活を続けるアさんのカラダのしんどさは、お日さま不足かも。

私も相当セロトニン神経弱っているみたい。もとの生活に戻ろう。全体のイメージをしっかり描く力を持って、心地いいハーモニーが奏でられるように。セロトニン神経がちゃんと活動できる環境を整えよう。(3月25日)
空が広い。桜の花もちらほら。



(2月28日新月 千葉・東浪見海岸にイルカ70頭)



ウちゃんと打ち合わせ後、雑踏の中を歩きながら考えていたら、ひとつ、解決の方法が見つかった・・・。気持ちがすっーと晴れていく感じがして、たぶん。突破口になるかもしれない。
(2月27日)



ラダックの映像の中に、砂粒で描かれる砂曼荼羅の制作風景があった。鉄製のパイプに砂を詰め、その外側を棒でこするとその振動によって微量の砂が少しずつ落ちてくる。くしゃみしたらどうするんだろ。緻密で微細で美しく、見ているだけで息をつめてしまう。描かれた曼荼羅はここで完成じゃなかった。せっかく作りあげたというのに、あっけなく崩してしまった。その砂は川に流されるそうだ。バリで見た光景を思い出した。人の骨は川に流される。出現と消滅・・・、ここで完成か
ぁ。(2月26日)



ジジ・ババに手をひかれ、歩いて来るチビたち。10キロと9キロだとか。ひとりにつきお米袋2つぶんの重さだ・・・、重い。妹はいつも悲鳴をあげている。今日はオバチャンのわたし、ジジ、ババが子守り。別れの時が来た。たくさんの花に包まれる。お姉さんに当たる荻窪の叔母さんが頬や手に触れながら、ずっーと話しかけている。いろんな思い出。自分の悲しみ。天国でお父さんもお母さんも誰々・・・も待っているから会ってたくさんお話するようにって。そして最期は、感謝の言葉だけになった。たまらない・・・こみ上げてくる。火葬場へ。カラダがなくなり、真っ白な骨が現れた。カラダと一緒にいられるってほんのいっとき、なんだな。カラダから離れる時が来るまで、このカラダを使っていろんなことを体験し、感じていられる。係りの人が手のひらにのど仏を拾って乗せた。「のど仏は第二頚椎。座禅を組んだお坊さんの格好をした骨」と説明。なんとなくそう見える。外に出たら満開の梅の花。
(2月25日)



妹のダンナになってくれたマ君のお母さんの通夜。結婚式ぶりに会う親戚の顔。このお母さんがマ君を産み、育て、大きくしてくれた・・・ありがとう。ろうそくの火。線香の煙。読経。カトレアの花。孫に会えたこと、ホントよかった。
(2月24日)雨



冬のロンドンはどんより曇り空。それで冬季限定で「光カフェ」なるものが登場し人気という記事を読む。太陽光と同じ照度の光を浴びると気分が晴れるとか。マリ子ちゃんの南イタリアで撮影したCFが流れ始めた。キャッチコピーは「あっ、太陽がいっぱい」。太陽に向かって両手を広げている。そして担当の本。太陽つながりでシンクロ。
(2月19日)



生命維持のための呼吸との違いは、「意識的に」。そして「コントロールしながら長く吐くという努力をリズミカルにやり続けるということがポイント」と。時間は5分くらい。吸うことは自然に任せればよく、重視しなくてもいいということ。息継ぎがへたですぐに溺れてしまうのは「吸う」ばっかりだったからかもしれません。歌うってこともぴったり。
(2月18日)



『司馬遼太郎で読む日本通史』が石原さんから届く。『司馬遼太郎の武士道』に続く第2弾。30年前、司馬遼太郎さんと岡本太郎さん…らの座談会を担当されたそう。
「非力を顧みず、膨大な司馬作品、評論を読み、そこから日本の歴史のほぼ全体像を浮き彫りにさせてみるという無謀なテーマに挑戦してみました。問題意識としては各時代に現れる日本人の典型的な“顔”を司馬さんがどう描いているかを探ってみたいというものでした。」石原さんといえば芋煮会の隊長であり、編集者でありながら、自ら、快感進化をテーマに現代人がよりよく生きるための処方箋を数多く出されている。(2月17日)



朝日を浴びることから一日をスタートする。気持ちを前向きにし、ハツラツした明るい気持ちに変えてくれるだけでなく、体のリズムのズレも整えてくれるのだそうです。
(2月16日)



ストレスは敵とか、ストレスに勝つ・負けるという発想こそがストレス。少しの負荷は原動力。強くなるために鍛えるというよりも、柔軟でしなやかなココロ、対応力を養うこと。そしてストレスを溜め込まず、上手に発散させること。幸い、行動傾向は自分で変えることができる。
(2月15日)



脳の指令をカラダは聞いてくれるけれど、カラダにも言い分がある。頭で考えた目標のためにカラダに無理を強いるよりも、カラダのリズムに沿ってことを計る方が実はずっとスムーズ。リズムの乱れを整えるためには、張り詰めた気をいったんゆるめる。するとカラダのこわばりもほぐされる。
(2月14日)



(1月29日)
新月&旧暦のお正月。



軸というか芯を通すと楽。バランスが保てる。バランスを崩してもすぐに戻れる。(1月28日)



子供たちに、たくさんのわくわく体験をプレゼントするオさん。凛とした静けさがあって、地球を遊び場にしている冒険者。「自然」をよく知る。自然との共鳴を、文章にしておすそわけしてくれる。自然に立脚した暮らし方、生き方、つながり方。(1月27日)



お腹をかかえて笑っていたら涙まで出てきた。富士山で捻挫して下山した話しをしているテさんを前にして大爆笑。松葉杖姿だし、笑えない状況なのだけれど、不思議にテさんはいつも愉快で笑いに満ちている。毎回新しいネタが披露されて、取材前の緊張がいっきに抜けて場がリラックス。ベストセラー「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」 の編集者さんでもある。(1月26日)



担当サイトの色をピンクから黄緑色に変更。ピンクは可愛い色でしたが、今度の黄緑色も透明感があってクリーンでナチュラルな色。マちゃんの植物的なイメージから発想。観葉植物のイメージ、静かに成長していく、周辺の人に癒しを与える、自然の美しさ、天に向かってまっすぐに伸びていく・・・・そんなイメージ。文字の茶色は大地のイメージ。大地から伸びていく植物のイメージを色にしてみました。(1月25日)



「なんくるないさ」(=なるようになるさ、なんとかなるさ)は、ナちゃんから教えてもらった沖縄の言葉。「深刻な問題があちらこちらにあっても、それをまともに受けていたらやりきれないから、やり過ごすというか、かわしていくような、そういう生きる術を見につけてきたのでしょう。だから島の中で生きていくには、人を追い詰めたりしないのかもしれません。
(「日本語なるほど塾」より)(1月24日)



人にしゃべっている自分の言葉にびっくり。「そう、そんなこと思っていたのね」という感じ。きっと人によって引き出されるものがあるみたい。(1月23日)



「自分の人生が突然変わったっていうような劇的なことって、あまり信用しない。いろいろな積み重ねがあって、あるときふと気づいたら変わっているんだよね」。かつて、藤原新也さんにインタビューした後に、そんな話しをされていたことをふと思う。「僕はメディアを扱った人から影響を受けるということはないの。むしろ、普通の人。旅の中で出会って、会話を交わした人。その関わりの中で影響を受けている」(1月22日)



上海のギちゃんからの福袋(福箱?)がコさん経由で届く。乾物のきくらげ、椎茸、ゆば、お茶・・・に、クコとかいろいろな調味料がたくさん。その調味料で煮物。部屋いっぱいに漢方の香りが広がって、ココロもカラダもあったか・ぽっ。(1月21日)東京に雪



担当編集のヒさんが勤務していた出版社を辞めたのは10年くらい前。その後、出版社の代表に。お金の運用をテーマにしたムック本が送付されてきたり、移転の知らせが届いたりしても、彼の個性とのギャップというか違和を感じていた。なぜお金方面に舵取りをしたのだろう、って。一連の報道でライブドア関連であることを知る。(1月20日)



「太陽は恵みだよ」という本の取材。太陽の光を浴びること。体を動かすこと。よく噛むこと。これらが脳内のセロトニン神経を活性化させてくれるという。自分の知らないところで、けなげに働いてくれている体とそのメカニズムを知れば知るほど、体の助けになることしたくなる。(1月19日)



その昔、ピエロに憧れていた。マイムをやったり、マルセル・マルソーを見に行ったりしたが、あえなく挫折。本の仕事に就いたのだけれど、もしかしたらおんなじ
かも、って思えた。読んだ人に笑ってもらいたいもの。(1月18日)



こん詰めて仕事している時には「息を抜く」必要がある。自然に「はーっ」と、ため息をつくと、カラダの中に溜まった憂や鬱を外に吐き出して、カラダの緊張を解いてくれる。(1月17日)大震災から11年



著者の今日子ちゃんが次のブログを発見。
「本屋さんでこの本を見た時、かなりビックリした。と同時に、この逆転の発想が何だか面白そうで、気付いたらレジに直行。家に帰るのも待ち遠しい位の勢いで帰宅して、一気に読んでみた。やせたらキレイになる、じゃなくて、キレイになったら、やせられる?!今までのいじけた気持ちが、一気に吹っ飛んだ!あ〜私、自分を粗末にしていたのね、って反省する事しきり。大げさに聞こえるかも知れないけれど、人生観変わっちゃう1冊でした。」すごい!そんなふうな本になれて万歳。(1月16日)



20年前にフェアトレード第3世界ショップを設立した片岡勝さん。その後、市民バンク(少額融資)、女性起業支援、学生起業支援、地域おこし・・・。様々な事業を展開、構築されている。「食える市民活動」を実践。よく笑う。(1月15日
)暖か一巡してみたら、そこは出発点だった・・・みたいなうれしさ。



1)東京発、マスコミュニケーションから→2)地方・地域発、リージョナルコミュニケーションへ。3)自分発ミニコミュニケーションへ。(1月14日)
満月



1冊1冊違う本だけれど、本質は同じ。そのために繰り返し本にして届ける。(1月13日)



賀状に語られる・・・自分ものがたりに乾杯。(1月12日)
寒中お見舞い



魅力ある人って、声がいい(大きい)。顔がいい(すっきりさわやか)。姿勢がいい(背筋がまっすぐ)。笑顔がいい(かわいい)!。(1月11日)




空想力って人に備わった能力。自分自身を観察し、ココロの状態をコントロールできる。(1月10日)



言い続ける、やり続ける、変化に対応し続ける。(1月9日)
成人の日



生きるためにも、身体のためにも、自分のためにも感動こそがいちばん重要。感動という体験が多いほど人生を豊かなものにする。(1月8日)



子を宿し、産み、育てていくことをまっとうすること。その大仕事のなかに、歓び、愉しみ、悲しみ、苦しみ、学びのすべてがあって、それを味わいながらいることで、充分のよう。(1月7日)
七草



「ひと息つく」「ひと息入れる」「息を抜く」「息が切れる」「息苦しい」「息をのむ」など、日常には「息」を使った表現が多くある。「息をひきとる」まで、一時も休むことなく呼吸をしながら生きている。ストレスや緊張でイライラしている状態の時には呼吸が浅い。胸の上の方だけで空気の出し入れをしているような感じ。クセになると普段でも、呼吸が浅くなったまま、という状況に。お腹が膨らんだりへこんだりしている・・・
かな。(1月6日)寒波



どもは実によく笑っている。笑ったり、怒ったり泣いたりと表情豊か。大人になるにつけ、表情が乏しくなる。ここで笑いのウォーミングアップ。
はははは……あっははははっ、最大級の明るい笑い。口を大きく。
ひひひひ……うひひひひっ、いたずらした時に出る笑い。口の両脇を左右に上げて。
ふふふふ……お上品に。
へへへへ……えへへへ、子ども的テレ笑い。
ほほほほ……おほほほほっ、奥様笑い。口元に手をあてて上品に。
「笑いのはひふへほ」(1月5日)



命力を高めるためには<笑い・感動>が必要。感動することを増やしていくことが大切。では、そのためにはどうしたらいいのですか、と村上和雄先生にお尋ねしたことがある。「自分の好きな領域に近づいていくこと。それから、自分の力だけで生きているのではない、ということを感じること。目には見えないかもしれないけれども、ものすごいもののおかげで生きていると感じることが大切」。感じる力を高めていこう。(1月4日)



脳の世界の助走編。セロトニン神経はオーケストラの指揮者にたとえられるという。ハピネス神経とも呼ばれるそう。

「人間だから怒るのは当然だし、人間だから落ち込むこともある。それを短時間のうちに処理し、また生きていくわけでしょう。しかし、それができない。バランスが取れない状態になって、その典型がキレるということですね。興奮ないしは不安もそうです。心のバランスは、本来は取れるんです。

ぜんぜん<快>がなかったり<不快>がないということではなくて、<快>があっても<快>に対して対応できる。<不快>があっても<不快>に対して対応できる。暴走させない。<快>と<不快>両方に対して上手にコントロールしていくと幸せになりますよ。ただ、それだけです。なくせばいいというわけではないです。<快>も調節できるし、<不快>も調節できて、それで生きていくことですね。

<快>が続けて与えられたら、もはや満足しなくなってしまいます。そういうふうにできている。おいしいものを毎日食べていたら、どんなにおいしいものでも「もういいや」になる。お茶漬けの方がはるかにおいしくなったりする。生き物ってそういうふうにできています。<快>という怖さはそれです。要するに満足できない。「さらにさらに」になってしまって結局、障害が出てきます。そこが問題ですね。

実はささやかな幸せがわかるようになると、本当の幸せが感じられるのではないでしょうか。そういう意味では心の持ちようにもなってきます。他人と比較しない。今のこの状況を「これを食べられておいしい、楽しい」と思えればそれで幸せになっていく。」
(1月3日)



郷の方言で「いだまし」という言葉がある。惜しいとか、もったいない、という意味。粗末にしたら悪いっていうニュアンスが入っている。「いだまし」とか「いだましべした」は、子どもの頃の記憶では日常の中で頻繁に使われていた。

ノーベル平和賞授賞マータイさんによって、この「もったいない」という言葉が注目された。英語にはない言葉だそう。「いただきます」、「おかげさまで」を加え、日本が世界に誇れる言葉。(1月2日)


らんしょない。あ、ほうがい。なじょすんだい。なじょすんべ。あったべした。もごせない・・・」(いらっしゃい、あーそう、どうするの?、どうしよう、あるでしょ、かわいいね)。一瞬で言葉のモードが変わっている。

「け」(食べなさい)、「こ」(来なさい)・・・、「いがんしょ」(行くでしょう)「いがねべ」(行かないでしょう)・・・・。東北弁って一文字で通じる単語があったり、全体的に短い表現が多い。口を大きく開けずに、口の中で<もごもご>って感じでしゃべる人も多い。寒いから、なるべく外気に触れないように、
かなあ。(1月1日)


今年最後の日で新月。昨日と違わない今日が来て明日が来て、また新たな一年。

友人に。出会った人、出会った本に、家族に、歓びを感じられる身体に。出会ったすべての出来事に。感謝。(12月31日)

メリハリのある生活を実行しよう。寝る、起きる、食べる、排泄する、を意識してみる。自分の体調を感じてみる。これなら簡単。習慣にしてしまいましょう。緊張と弛緩。張りのあるライフスタイルを身につける。そして「心地いい」「爽快」っていう感覚を増やしていこう。


アースウォーカさんのお話し会(森の遊学舎)でいただいたどんぐりを植え替え。(12月30日)

資料の中に、わー!「三畳ガーデニング」(かたぎりもとこ著)が・・・。帯のキャッチコピー「ベランダでゴーヤを収穫」に心魅かれて読書。来年はゴーヤ!と早くも影響を受ける。すだれにもなりそう。ベランダー暦10年の著者、ミニトマト大収穫だがナスは失敗のくだり、発見。まったく同じ。あとがきに「なにかとあわただしい今の時代に、結果がでるのが一年後だとか、毎日コツコツ地道なお世話が必要だとか、なんともアナログなベランダーの世界。(略)ゆっくり暮らすことやじっくり愉しむことを教わっていたりもするのです」。ビバ、ベランダー。

ベランダの畑じまい。ダンボールプランターを片づける。
(12月29日)


デさんの準備が整ったとの連絡を受け、寄り添う準備を整える。
紙面は正月特集一色で気分は新年。
(12月28日)

寒い中で世話をしていた姿を思い出したり、また、ちゃんと育ってこうして食べ物になってくれる野菜を感じながら、漬たり、煮たり、炒めたり。毎日食べる野菜だけれど、どんなふうに育つのか、どんなふうに手入れをしているのか、何を感じ・考えて育てているのか・・・・。作り手の気持ちが知りたいなぁ。シくんは、「「生きてる」って味がするものを伝えたくて、そんなお野菜になるように、日々手をかけてあげるんだ」って。

シンプルでいよう。マちゃんが夢に。(12月27日)


2代目社長マさんがまずやったのは、倉庫をなくして在庫を持たなくした。これまで捨てていた端材を利用した制作物を新たに加えた。ロットでの大量生産をやめ、オーダーされた数だけ製造するしくみに変えた。倉庫が完全になくなって現在4ヶ月。そのことが自信につながり、社員の意識が変わって、一丸となって取り組むようになったという。同時に地域の振興組合の仕事を課せられている模様。それも大切にしたいと語る。(12月26日)


シくんの育てた野菜たちが毎日食卓へ。じゃがいもは甘くてやわらかくてホクホク。サラダ、肉じゃが、コロッケ、カレーにしていただく。にんじんは香りが強い。ブロッコリーの葉っぱも食べてみる。初経験。レタス、ほうれん草、しゅんぎく、サトイモ、大根、みかん。おいしくって、ありがとう! (12月25日)


タさんとマちゃんのアフリカンダンス&ジャンベ教室10周年記念。マちゃんの躍動的でダイナミックな踊りも、場を和ませてくれるタさんの太鼓も10数年ぶり。当時タさんは研究所に勤務。辞めた理由を尋ねると「自然の流れ」って答え。アフリカから帰ったらいろいろ(効率優先、改ざん指示…)なことに違和感を覚えたという。「ここまで続けられたのはみんなのおかげ」と何度も言った。

場の、人の空気を読み、コミュケニーションをとりながら創り出していくセッション大盛り上がり。太鼓が身体にダイレクトに響いて細胞が活性化した気分。(12月24日)


サンディーさん率いるフラエンジェルのフラは見る人を圧倒する輝きがある。女性であること、それだけでこんなに美しいんだ…。
「軸があれば、どんなにターンしても、上に行ったり下に重心を落としてもぐらつかない。踊りが自由になってくるんです 。そして心身共に解放され、羽が生え、自由に羽ばたきはじめる。(略)幸せにする光が自分に宿っているから見ている人も幸せにすることができる。(略)フラを踊るって優しい存在になることなんです」。つむぎ出される言葉は、フラと同じ、優しさに満ちている。

ベランダのピーマン、緑色から赤色に変化。
(12月23日)


冬至。一年で一番昼間の短い日。キャンドルナイトへエントリー。すると
「参加のきもち、ありがとうございます。ちょうど1年前、茨城県牛久市から始まった"ココロのロウソク"は、最後に埼玉県さいたま市緑区を経て、4448人目のあなたの住む東京都江戸川区に届きました。キャンドルナイトが生まれてからこの夏で1年。今日のあなたの灯りを経て、いつかこの"ココロのロウソク"が時代を超えて未来の子供たちのもとに届くことでしょう。2003年夏至から始まった日本をつなぎ、時をつなぐ"ココロのロウソク"に、今日あなたが参加されたことを嬉しく思います。素敵なキャンドルナイトを!」っていうメーッセージが届く。

キャンドルナイトで、ミーが炎に近づきすぎて右の眉焦げる。小田さんのうた。(12月22日)


一連のインタビューではいろいろなキャラクターのトップが登場した。共通すること。不思議なくらい謙虚。人の話しによく耳を傾ける。誇りをもっている。自分の考えをわかりやすく人に伝えられる。自分の役割を承知している。・・・・話しを聞いているだけで、うれしくって楽しい気分。(12月21日)


シくんの農園へ。人参、大根、カブの収穫。人参畑の土が凍っている。昨日の強風と寒さの影響で大根の状態がよくないらしい。「発芽する時、小さい時に手をかけてあげることが肝心」(2〜3月)。「ここが野菜づくりの一番おもしろいところ」。家の前にはひなたぼっこのおじいちゃん。おもちを焼いたり、大根をおろして運んでくれるおばあちゃん。シくんのトレーナーを着たお父さん。親子猫。焚き火。やぎ。

黄緑色の大根おろし初めて。真っ赤もあるのですって。スーパーでは出会えない。(12月20日)


家具・インテリア業界を長年取材したナさんは、「文明が文化を駆逐した」話しをよくする。ならばどうしたらいいかというと、「土地の風土、暮らしにに根ざしたオリジナルなモノづくり。木工職人・匠の技術の継承。原点に戻ること」。異なる立場、異なる状況下、異なる分野の人でも、発せられる言葉はみんな同じ。

ツさん会社を辞めて独立。(12月19日)


アロマテレピーのサロンを自宅で運営しているクさんが言うには、お客さんに対しいつもニュートラルな対応をしていくためには、「自分を心地よい状態に保つことが大事。会って元気がなくなる友人には会わない、いやな文章は読まない、他の店(人)とは比べない。そうすることで無駄なエネルギーを使わなくなり、お客さん(仕事)に集中できる」と。「あまり目先のことにとらわれて一喜一憂しない。予想外のことが起こるのが普通」と話した。男前?な女性。自分に芯が通ると柔軟で自由になれる。

ムク鳥の巨大集団の旋廻に遭遇。ねぐらへ入るまでを見届ける。(12月18日)


本屋で探し物をしていると「山猿流自給自足」(青木慧:著)という本が目に留まり、ピンと来て手にとった。わあーやっぱりマさんが編集した本。前に東京発じゃなくて地元に近いところの作家さんで作りたいって話しをしていた。あとがきにマさんの様子が出ている。帰ったら金子由紀子ちゃんの新刊「ちょっとしたことでていねいに暮らせる45のコツ」が届いていた。第2弾もシンプルでかわいい装丁。(12月17日)


心苦しいが三センセを励ます会、欠席の連絡を祐ちゃん、高さん、浜さんへ。
満月。暖房をつける。新年号記事終了。
(12月16日)


光と影があるように、善と悪も、白も黒も同時にあるってバリで聞いた。そのバランスが大事なのだって。勧善懲悪の時代劇、水戸黄門の話しをしたら、バロンとランダの永遠に決着がつかない物語(舞踊)をしてくれたことを思い出す。(12月15日)


今日のインタビュー。「先のビジョンを提示していくのが僕の役割」、ときっぱり発言する。その提示の仕方は全体を見回して有効に関連づけて具体的に明らかにしていく。この両方の視点が持てると動き出せる。組織を率いるリーダーの思考に触れる。(12月14日)


現金を得る稼ぎの一方でそれを生み出す働き方ってあるような気がする。でも、それは今の市場世界での話しではなく、もっと小さな・・・顔がわかるくらいの・・・。助けてもらったり、支えてもらったりしている今、これをどう返していくか、ということが課題。(12月13日)


新年号のトップ対談の記事。発せられる言葉に、たくさんの叡智が垣間見えて心が躍る。これらの言葉を届けるために文字にしていく。(12月12日)


1995年に放映された「未来からの贈り物ーこの星を旅する物語」を見た。「未来に向かって旅をする。そのために、ぼくたちはひとまず過去に向かわなければならなかった。未来に向かう叡智は、昔と変わらぬ生きかたをしている人々の間にあった。」(池澤夏樹)


朝起きたら一面の銀世界。どこまでも真っ白。雪もみんなのプランもキラキラ光ってキレイ。みやげに藍(アイ!)の種をもらう。春に蒔いて花が開いたらユちゃんへ持っていこう。(12月11日)


一品持ち寄って集う。テーブルにはたくさんの料理とたくさんのデザートが並ぶ。おしゃべりがはずんでおいしくてうれしくなる。身体で喜ぶと踊り出す。(12月10日)


座談会の記事。6人のトップが集まれば新しいアイデアが生まれる。ひとりの詫びから対立関係がほどけ、協同へと向かっていく。ドラマみたいな1時間半。(12月9日)


Linux を開発したリーナス・トーバルズ氏は、長期的な計画はあえて持たないようにしているそう。思いついたときに臨機応変、自由に対応できるから。(12月8日)


クさんが紹介してくれた小説「イシュマエル(ダニエル・クイン著、小林加奈子訳)」を読み始める。坂本龍一さんがおすすめしていたという本だそう。(12月7日)


透明感のある響き&色をつけていく作業。見る人が元気になったり、喜んでもらえるように微調整を繰り返す。(12月6日)


「〜したいんです」と、自分の気持ちを伝えるよりも、「〜してもらえるますか」と、相手の気持ちを尋ねる方がいい。(12月5日)


ずっと胸に何かつかえている感じがするから、この判断は違っている。撤回。(12月4日)


あのヤ夫妻でさえも、パートナーシップは「寛容な気持ちと感謝のココロ」なんですって。(12月3日)


問題山積みで解決する術が探せなくても、問題をチャンスと捉えてみる。ここから・・・。(12月2日)


自分自身の体験を通して語られる言葉は、ちゃんと伝わってくる。(12月1日)


役割をクリエイトして愉しもう。相対関係の数だけ役がある。(11月30日)


自由自在に想いを届ける術があるとしたら、気持ちを開放してみればいい。(11月29日)


友だちの日常にリスペクト。子どものこと、家庭のこと。仕事を続けながら・・・らしく毎日を送っている。(11月28日)


ポインセチアの小さな鉢を飾って誕生会。人間界のささやかな祝いごと。(11月27日)


ベランダの花が満開。きれいな花を咲かせている。トマトも花をつけている。かわいっ・・・。(11月26日)


ずっと待っていた要の原稿。「人間界と自然界」のしくみを知る。俯瞰した視点をもてたら世界が変わる。(11月25日)


判断し、決断し、対応し、行動する。お手本をまねていく。(11月24日)




「今回のトラブルで、みんなの協同の場面が生まれました。プロブレム イズ ソリューションですね。とてもあったかいつながりんぐだなぁ、とうれしいです」
と、ウちゃんがみんなに伝えてくれている。

とさん。
「今回の原稿入力のお手伝い、私にも出来るかなと思いますので、手を挙げます。」
おさん。
「機械のダウン、たいへんでしたね。わたしも微力ながらお手伝いしますよ〜」
さちゃん。「また大きな思い出になりそうですね。ますます良い冊子がうまれますね。わくわく・・・・
ぷさん。「私もステキなことに参加させてください。」
シさん。
「なんだか、大変なことが素敵なことへ変わってますね。。。 もう手が足りていそう?ですが、もしもまだ お手伝いできることがあったらやります。言って下さいませ。」
協力してくださる12人に原稿を郵送。(11月23日)


思い切って相談したら、ウちゃんがみんなに声をかけてくれる。
「引き続き、ボランティアの募集をしますので、全部の原稿の入力が意外と早くできる道筋が見えてきました。みなさんに声掛けして、やっぱりよかったですね。作る過程がますます、自分たちの冊子らしくなってきました。うれしい限りです。必要な時にヘルプを出せる人たちがいるというのは、本当にありがたいことですね」

ナさん。
「データがどこかへ旅立ってしまったということですよね。最終投稿のしんちゃんが言っている手順でやって復旧できるならば、私もできることはお手伝いします。なんでも言ってくださいねー。きっとご担当のデザイナーさん?はショックを受けておられるのでは?と勝手にシンパイしていますが、安曇野の本は全然問題なしでしょう。(ね?ケさん?) 他のお仕事の大事なデータはダイジョウブですか? 機械本体は大丈夫ですか? 翻訳学校の先生に言われたことがあります。「どんなに技術が進歩してても、まだまだ“翻訳家”という仕事はなくならない。言葉の置き換えは機械にできても、その言語らしく整える作業は人間にしかできないんだよ、今は。“翻訳”は“訳を翻(ひるがえ)す”作業だから、何度も何度も翻して、これでもかこれでもか、といい表現にしていくんだよねー。人間にしかできない楽しい仕事なんだよ」と。今回のことは翻訳作業とは違うけど、また少し後戻りして取り組むことで、「せっかくだからここはこうした方がすてき!」というところが、たっくさんたっくさんでてくると思います。何度翻しても、もっともっと!!!というのが文章ですからね。そしてデザインも。だから、いいものにするためのチャンスと思って取り組みたいですね。しかも、私は何の文章も書いていないし、お手伝いという形でかかわらせてもらえるかもしれないなんてとてもうれしいことです。ラッキー!!やっぱり「かかわり」たいですからねっ。しんちゃん、CCしてくれてありがと。」
ケさんはPDFからテキストを取り出し、フォローしてくれている…。手伝ってくださる人がこんなにたくさん…。(11月22日)

「しんです。こんにちは。普段から壊れたPCの復旧はよくやってます。もうすでにいろいろ試されてるかと思いますが、力になれそうであればご連絡ください。」
エキスパートのしんさんへヘルプ。
「デさんにお話しお伺いいたしました。しかしすでにスーパーエキスパートな方が数名手を尽くし、業者にも頼んでいたそうで、おいらが再検証することもないかと思いました。プリントアウトで最終形が残っているということなので、レイアウトは同じようにorもう少し要望を加えて再構築する。原稿はサイトに残っている原稿を、プリントアウトの最終稿と見合わせて再度ワードか何かにまとめる。ってのが一番早い復旧方法だと思います。140ページ中40ページは無事ということで100ページだけなので最終稿の見直しは数名でやれば早いし、そんなに絶望的ではないと思いますのでお手伝いいたします。他にも声かけながら数日でやっちゃいましょう。」

「これからは大丈夫。必ずいい方へ着地するから何も心配ない」ってデさんへ。いい方へ転じていかせましょう。(11月21日)



印刷所入稿を目の前に、パソコンのトラブル。データー復旧センターの結論を受け止め、結果を待つふたりへ最終報告。デさんを励まし最初から構築の覚悟。このことがこの本にとって意味のあることでありますように(11月20日)

ケさんが関係各位へ報告

もうほぼ編集作業を終え あとは印刷所との最後の詰めを
する段階でしたが
デザイナーさんのPCの調子がおかしくて
今 最善を尽くしているところですがもしかすると
再デザインをする可能性も高いです。
そうすると発行が大幅に遅れてしまいます。
便利なものには問題点も多いですね。

心待ちにされていた方には申し訳ありませんが
これが現状です。12月の発行は無理かもしれません。

もう少しゆっくり歩めということでしょうか。

またこの問題によって新たな芽が育つかもしれません。
最後には素晴らしい着地点に到達できると思っています。
もう少し見守って戴きたいと思います。

よろしくお願いいたします。